国王になりたいだなんて言ってないby主

らいち

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嫉妬と羨望と

心を預けられる者

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 静かな執務室に、遠慮がちにノックをする者がいた。セレンはそろそろ執務を終えようと思っていた時の来客に、思わず眉を顰める。

 クラウンが、スッと立ち上がりドアへと向かった。

「あ、クラウンさん。お久しぶりです。あの、陛下はまだいらっしゃいますか?」

 噂をすれば影と言うのはどうやら本当の事のようだ。クラウンは軽く笑って、ルウクを招き入れた。

「お疲れ様です、陛下。まだいらっしゃるという事は、もしかしてかなり忙しいのですか?」
「ルウク……。お前……」

 ルウクの様子はハイドの言った通りだった。別に元々色が白かったわけでは無いが、連日の訓練の賜物か、彼の肌は良い感じに日焼けして少し逞しくなったかのように見えた。

「少し顔色がお悪いようですね……。無理言って業務を疎かにしてしまってすみませんでした」
「いや。……それにしてもお前、随分日に焼けたな」
「元々日には焼けやすいようです。実家に居た頃は、夏に家業を手伝うとすぐに黒くなりましたから」

 朗らかに笑うルウクにセレンが目を細める。信頼できる者が傍にいるというだけで気分も変わる物なのだと自覚して、セレンは自嘲する様に薄く笑った。

「あの、まだお仕事は済みませんか? 良ければお手伝いさせて下さい」

「ああ……、もう上がろうと思っていた所だ。気にしないで良い。片付けに入るから。クラウンも、もう上がっていい」

「はい」

 セレンの言葉にクラウンが手際よく片付けていく。その様子を見てルウクは、窓などを閉めて戸締りに掛かった。

「来週には復帰だな」

「はい。戻って参りましたら今までの分も取り返す勢いで仕事に励みます。クラウンさんにもご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

「いや、気にしないでくれ」

 クラウンは自分に向かってペコリと頭を下げるルウクを一瞥し、気にもしていないと言うように軽く流した。
 そのまま3人でセレンの部屋まで歩き、クラウンは一礼してその場を離れた。

「お前、食事は済んだのか?」

「はい、済ませて来ました。そのまま部屋に戻ろうかとも思ったのですが、もしかしたらセレン様がいらっしゃるかもしれないと思って執務室を覗いてみたのですが……。正解でしたね」

 セレンを見上げルウクがニコリと笑う。久しぶりに人を和ませるその笑顔に、セレンはやはり癒されていた。

「セレン様は? もしかして、まだ食事をなさっていないのですか?」

 わざわざ食事をとったのかと聞かれた事に、ハッとしてルウクが聞き返す。

「いや、私も先に済ませてから執務室に戻ったんだ。食事を済ませたのなら、頼みごとをしても良いか?」
「はい。何なりと!」
「……久しぶりにルウクの淹れた紅茶が飲みたい。少しだけ、寄ってってくれるか?」
「はい!」

 ルウクは、主に甘えてもらえるのはとても嬉しい事だと思っている。招き入れられたセレンの部屋に、ルウクは嬉々として入って行った。


 セレンの部屋で別れたクラウンは、そのまま食堂へと向かった。夕食を終えて出てきたところで、ナハイルと出会った。

「やあ、久しぶりだなクラウン。どうだ? セレン王の様子は」
「……侯爵が気に掛ける方だけあって、意志が強く責任感もある」

「なんだ、それだけか? あの侯爵があれだけ執心されている方だから、もっと……、なんていうか奇抜な方だと思ったんだけどな」

「それは無いな。一見冷静沈着で飄々とした雰囲気だ。だが……」
「だが?」

「硬さと脆さは紙一重な気もする。……王が一番信頼しているルウクという従者に、精神的な所を預けているような気がして、そちらの方が少し気になるかな」

「クラウンとしては、それは問題だと見えるのか?」
「ああ」
「庶子王に農民出身の従者か……。傷の舐め合いみたいなところがあるのかね」
「ナハイル」

 クラウンに低く嗜めるような声で呼ばれて、ナハイルはびっくりした。

「陛下の事を庶子王だなんて呼び方は、二度とするな」
「な、なんだよ。みんなそう言ってるぞ。しかも本当の事じゃないか」
「それを侯爵の前で、お前は言えるのか?」
「いや……。言えないけどさ」
「だったら二度と口にするな。俺も許さん」
「分かったよ。クラウンまでも、セレン王に心酔するとはな」
「そういう訳では無い。だけど支えるに値する人物だとは思っている」
「へえ……。普段は辛辣なお前がそう言うのなら、侯爵の言う通り、王になる器がある人物なんだろうな」
「そういう事だ」

 2人はしゃべりながら廊下を歩いていたが、クラウンの部屋に着いたところで、「じゃあな」と別れた。


 セレンの事では、様々な誹謗が王宮内で飛び交っている。成るべきでは無い国王が誕生したとか、その信頼する側近が農民出身という体たらくだとか。

 おそらくセレンには、そのどちらも耳に入っているはずなのだ。だがそれに対してセレンは動揺する様子を見せず、彼は全てを流しているようにも見える。

 心の内ではどうなのかは分からないが、セレンは唯々己のすべき事だけを考えているようにクラウンには見えていた。
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