36 / 83
嫉妬と羨望と
王としての意志
しおりを挟む
「これは何だ」
執務室で地方からの陳情書などを確認している所へシガがやって来た。そしてセレンに数十枚の資料を手渡す。
「セレン様……、セレン王に仕える重臣候補です。大蔵大臣や法務長官、国務大臣などを決めなければなりません。それと枢密院の顧問官もです。経歴も書かれております。それと人柄などはナイキ侯爵が追記しております」
セレンは渡された資料をパラパラと捲りながら、ため息を吐く。
「私に必要なのはルウクだけだ。シガ、お前が選べば良い。シガが選んだ人材なら間違いはないだろう」
「陛下……」
「私の事を王だの、陛下などと呼ぶな。慣れないから、気持ちが悪い」
「……分かりました。では、身内の者だけの時には従来通り呼ばせてもらいます。……セレン様」
「何だ」
「私も選ぶのを手伝いますから、ご一緒にご覧になって下さい。共に信頼関係を結んでいかなければならない相手です。気になる方は呼び出して、面談することも出来ますから」
「面談……か。その時はシガも立ち会えるか?」
「はい、もちろんです」
「……ルウクにも立ち会わそう。構わないよな?」
「はい、それが良いかと存じます」
シガがソファに腰かけ資料を広げると、セレンも素直に応じ、資料を手に名前と写真を確認し、経歴や人柄にも目を通していく。
「シガ」
「はい」
「この資料に、先に目は通してあるのか?」
「はい。ざっと簡単にですが」
「……フリッツは載っていたか?」
「フリッツ・マルコニー殿の事ですか? いえ、彼はこの資料の中には無かったと思いますが」
「……そうか。なあ、彼にも国政に携わってもらうというのはどうだろう? 兄上も、その方が喜んでくれるのではないかと思うのだが」
「セレン様……。そう、ですな。良い考えだと思います。それに人事を決める権限は、セレン様にお有りです」
「有難う、シガ。……では、丁度いいからシガにも頼んでおこうかな」
「何でしょう?」
セレンのどことなく真面目な物言いに、手にしていた資料をシガは一旦テーブルの上に置いた。
「今の教育の在り方をどう思う?」
「教育……ですか?」
「そうだ。階級や身分によって教育の在り方が違うだろう? しかも領主の裁量で領民に与えられる教育にも違いがありすぎる。ルーファスに赴いた際その技術の高さに正直驚いた。サントー伯爵の熱意が良い教師を招き入れ、領民にも高い技術を身につけさせることに成功している良い例だ」
「なるほど……。高い技術ですか」
「もちろん、だからと言って自然科学などの技術者ばかりを育てていてもだめだ。数学や、一般の犯罪者を起訴や弁護をする法律関係に詳しい人材も必要だし、生きていくためには農業や酪農、その他にも色々と学ぶ必要がある。だけど今の現状では。自由に自分が学びたいものを選択することは出来ないだろう?」
「そうですな。下々の者にそういう余裕はないでしょう」
「その通りだ。だから出来れば優秀な人材で経済的に苦しい者に対しては、国が奨学金を与えるような形で進学させるという方法も考えてもいいのではないかと思うんだ。そういう制度も含めて、フリッツが教育関連の長官になってもらえると有難いんだが」
「それはいい考えだと思います。……ですが、特権階級を持っている諸侯らには面白くない話かもしれませんぞ」
「そうかもしれんが。それが嫌だと言うのなら、私を王に据える意味が無いだろう。私なんか異例中の異例だ」
「そうですな」
シガは困ったように苦笑した。セレンは継承権の無い生まれだ。本来なら表舞台に立つ身分では無いので、多少窮屈な事はあってももう少し伸び伸びと己の信じる道を進んでいくことが出来たはずなのだ。
父である先代のシエイ王は彼に様々な知識や国の在りようを見分させていたが、それはあくまでも兄であるシザク王を補佐させる為であった。シエイ王の本意は別としても。
「シガ」
「はい」
「シガには私の秘書長官にもなってもらいたい。それと同時に、フリッツの補佐官も担ってもらえるか?」
「畏まりました」
「有難う。助かる」
セレンはシガの返事に安堵したのか、また資料を開き始めた。
「セレン様」
「なんだ?」
「ルウクはどうなさいますか?」
「ああ、彼には私の第一秘書として働いてもらう」
「それは……」
「なんだ、不服か?」
「いえ、私には異存はありませんが」
「差別意識の高い者たちに反発を買うと?」
「はい」
「だが、こればかりは譲らないぞ。はっきり言って私はシガやルウク以外の人間を信用してはいない。……まあ、百歩譲ってハイドはお前の配下だから信用はしているが。誰かが文句を言うようならナイキ侯爵に対処させろ。あいつが私を国王に祭り上げたのだから」
冷ややかに、だが一歩も引く意思は無いと宣言するセレンにシガは軽く笑った。その、らしい物言いが微笑ましくもあり心配の種だとも思えたからだ。
彼の生い立ちからくる警戒心の強さは、きっと一朝一夕には変わることは無いのだろう。
その後セレンは手渡された資料以外にも、シガが一目置く人物やサイゴン伯爵にも意見を聞き、必要だと思われる人材を選んでいった。
執務室で地方からの陳情書などを確認している所へシガがやって来た。そしてセレンに数十枚の資料を手渡す。
「セレン様……、セレン王に仕える重臣候補です。大蔵大臣や法務長官、国務大臣などを決めなければなりません。それと枢密院の顧問官もです。経歴も書かれております。それと人柄などはナイキ侯爵が追記しております」
セレンは渡された資料をパラパラと捲りながら、ため息を吐く。
「私に必要なのはルウクだけだ。シガ、お前が選べば良い。シガが選んだ人材なら間違いはないだろう」
「陛下……」
「私の事を王だの、陛下などと呼ぶな。慣れないから、気持ちが悪い」
「……分かりました。では、身内の者だけの時には従来通り呼ばせてもらいます。……セレン様」
「何だ」
「私も選ぶのを手伝いますから、ご一緒にご覧になって下さい。共に信頼関係を結んでいかなければならない相手です。気になる方は呼び出して、面談することも出来ますから」
「面談……か。その時はシガも立ち会えるか?」
「はい、もちろんです」
「……ルウクにも立ち会わそう。構わないよな?」
「はい、それが良いかと存じます」
シガがソファに腰かけ資料を広げると、セレンも素直に応じ、資料を手に名前と写真を確認し、経歴や人柄にも目を通していく。
「シガ」
「はい」
「この資料に、先に目は通してあるのか?」
「はい。ざっと簡単にですが」
「……フリッツは載っていたか?」
「フリッツ・マルコニー殿の事ですか? いえ、彼はこの資料の中には無かったと思いますが」
「……そうか。なあ、彼にも国政に携わってもらうというのはどうだろう? 兄上も、その方が喜んでくれるのではないかと思うのだが」
「セレン様……。そう、ですな。良い考えだと思います。それに人事を決める権限は、セレン様にお有りです」
「有難う、シガ。……では、丁度いいからシガにも頼んでおこうかな」
「何でしょう?」
セレンのどことなく真面目な物言いに、手にしていた資料をシガは一旦テーブルの上に置いた。
「今の教育の在り方をどう思う?」
「教育……ですか?」
「そうだ。階級や身分によって教育の在り方が違うだろう? しかも領主の裁量で領民に与えられる教育にも違いがありすぎる。ルーファスに赴いた際その技術の高さに正直驚いた。サントー伯爵の熱意が良い教師を招き入れ、領民にも高い技術を身につけさせることに成功している良い例だ」
「なるほど……。高い技術ですか」
「もちろん、だからと言って自然科学などの技術者ばかりを育てていてもだめだ。数学や、一般の犯罪者を起訴や弁護をする法律関係に詳しい人材も必要だし、生きていくためには農業や酪農、その他にも色々と学ぶ必要がある。だけど今の現状では。自由に自分が学びたいものを選択することは出来ないだろう?」
「そうですな。下々の者にそういう余裕はないでしょう」
「その通りだ。だから出来れば優秀な人材で経済的に苦しい者に対しては、国が奨学金を与えるような形で進学させるという方法も考えてもいいのではないかと思うんだ。そういう制度も含めて、フリッツが教育関連の長官になってもらえると有難いんだが」
「それはいい考えだと思います。……ですが、特権階級を持っている諸侯らには面白くない話かもしれませんぞ」
「そうかもしれんが。それが嫌だと言うのなら、私を王に据える意味が無いだろう。私なんか異例中の異例だ」
「そうですな」
シガは困ったように苦笑した。セレンは継承権の無い生まれだ。本来なら表舞台に立つ身分では無いので、多少窮屈な事はあってももう少し伸び伸びと己の信じる道を進んでいくことが出来たはずなのだ。
父である先代のシエイ王は彼に様々な知識や国の在りようを見分させていたが、それはあくまでも兄であるシザク王を補佐させる為であった。シエイ王の本意は別としても。
「シガ」
「はい」
「シガには私の秘書長官にもなってもらいたい。それと同時に、フリッツの補佐官も担ってもらえるか?」
「畏まりました」
「有難う。助かる」
セレンはシガの返事に安堵したのか、また資料を開き始めた。
「セレン様」
「なんだ?」
「ルウクはどうなさいますか?」
「ああ、彼には私の第一秘書として働いてもらう」
「それは……」
「なんだ、不服か?」
「いえ、私には異存はありませんが」
「差別意識の高い者たちに反発を買うと?」
「はい」
「だが、こればかりは譲らないぞ。はっきり言って私はシガやルウク以外の人間を信用してはいない。……まあ、百歩譲ってハイドはお前の配下だから信用はしているが。誰かが文句を言うようならナイキ侯爵に対処させろ。あいつが私を国王に祭り上げたのだから」
冷ややかに、だが一歩も引く意思は無いと宣言するセレンにシガは軽く笑った。その、らしい物言いが微笑ましくもあり心配の種だとも思えたからだ。
彼の生い立ちからくる警戒心の強さは、きっと一朝一夕には変わることは無いのだろう。
その後セレンは手渡された資料以外にも、シガが一目置く人物やサイゴン伯爵にも意見を聞き、必要だと思われる人材を選んでいった。
0
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
【完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる