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シザク王の死

心の痛み、そして変わりつつある環境

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「国葬と、……刑の執行日が決まった」

 シザク王が暗殺されてから、ほとんど自室には寝に戻るだけの日々を送っていたセレンだったが、今日は久しぶりに朝からゆっくりと過ごしている。

 主の部屋で洗濯した衣類やシーツを片付けているルウクに、セレンはポツリと呟くように話しかけた。

「そう……、ですか。国葬の方が後になると聞いておりましたが」
「ああ。刑の執行の五日後に決まった」

 シザク王は例え在任期間が短かったとは言え、ソルダンの大事な国王だ。その国王を暗殺した者の処分をしっかり見届けてもらい、それから天に召して貰おうという考え方から、刑の執行後に国葬を執り行うという事になっていた。

「五日後……、ですか」

「ああ。とにかく今は皆が落ち着かなくて大変だ。次期国王を誰にするかと、あちらこちらから推薦合戦のようになっている」

「大変ですね」

「まあな。皇太后は、さぞ辛かろう。兄上が亡くなって間もないというのに、次の国王は誰にするかと決めなければならないのだから」

 普段と何ら変わりのない表情で、セレンが淡々と話す。そのさまを見て、ルウクは逆に心が痛んだ。

「セレン様……」
「……なんだ?」
「…………」

 自分から呼びかけたくせに、セレンが返事を返してもルウクは話し出すのを躊躇しているようだ。怪訝に思い、セレンは小首を傾げて眉を寄せた。

「あっ……、その……、生意気だったらすみません。……お辛いときは愚痴でも弱音でも何でもいいので吐き出してください。僕は、馬鹿ですから……、聞いてもすぐに忘れてしまいますから」

 たどたどしく遠慮がちに話すルウクに、一瞬セレンは目を丸くした。だがすぐに軽く笑って首を振った。

「ありがとう。でも、もう大丈夫だ。首謀者をどう処罰するかと考える時間を持てたことで、だいぶ気持ちの整理がついたようだ」

「……そう、ですか」

 セレンが気持ちの強い人間だという事は理解しているが、それが彼の本音なのかどうかは分からない。やはり自分のようにただの従者には、弱音を吐いてはくれないのかとルウクは少し落ち込んだ。

「だけど、一つ頼んでもいいか?」
「は、はい! 何なりと!」

 落ち込んだ途端に頼みごとがあると言われ、思わず勇んで顔を上げる。本当にこういう時のルウクは、忠義な犬のようだ。セレンは口元を綻ばせ、だがすぐに真顔になり口を開いた。

「私の傍にずっと居ろ。決して私より先に逝ってはならんぞ」
「セレン様……」

 立て続けに大事な父親と、不仲だったとはいえ心を開くことがもしかしたら出来たかもしれない兄が死んだのだ。いかなセレンとはいえ、落ち込まない分けがない。

「はい……、約束します。僕はいつまでもセレン様のお傍におります」

 叶う事なら、セレンよりもはるかに年上のシガにもうんと長生きをしてもらって、こんな悲しみを彼が二度と味わう事が無ければいいのにと、ルウクは切に願った。



 公開処刑当日。皇太后他、王宮からセレンやシガ、ナイキ侯爵ら大勢が処刑の地となるカヤンに出向いた。公開処刑とあって、一般庶民でも見たいと思う者は誰でも見物できるようになっていた。

 ルウクはシザク王を暗殺した者の処刑という事だったので行くべきかと考えていたのだが、従者のような下っ端は行っても行かなくてもどちらでも構わないと聞き、悩んだ挙句見物は辞退することにした。シザク王を暗殺した憎むべき相手だと思ってはいても、人を処刑するという事には免疫がなく、それを見なければいけないと思うとやはり抵抗があった。

「……情けないよな。本当は、主の傍に付いて支えるくらいの気持ちじゃなきゃいけないのに……」
「そんな事はないさ」
「えっ!?」

 独り言に返事が返り、驚いて振り向くとハイドが立っていた。

「ハイドさん! ビックリした……。ハイドさんも行かなかったんですか?」
「まあね。あんまり良い見ものでは無いからな」
「そうですよね……」

 ルウクが行かない選択をした時、セレンは別に怒るでも呆れるでも無く、その方が良いだろうと言ってくれた。そんな優しい主に有難いとは思いつつも、ルウクはしなければいけないことをさぼっているかのような心苦しさも感じていた。

 だからせめてと、ここから見えるわけでは無いのだが、カヤン方面に向いている出窓から処刑が行われているだろう方向を眺めていたのだ。
 もしかしたら、ハイドも同じ気持ちなのかもしれない。ハイドの視線も、はるか遠くを見つめていた。

「ところでさ、次期国王の件、聞いているか?」
「はい……。確か、いろんな方が推薦されていると……」
「それだけ?」
「それだけって……? 他に何かあるのですか?」
「あー、やっぱ何も聞いてなかったか。ナイキ侯爵がさ、セレン様の事を押しているんだよ」
「……え?」

 ハイドの言葉に驚く一方、そういえば……、と思い出す事があった。ルーファスからの帰りの馬車の中で、ナイキ侯爵がセレンに心の準備をしておくようにと言っていた事だ。それはこういう事だったのだろうか。

「で、ですが、セレン様には王位継承権は無いと聞いています」

「まあ、そうなんだけどね。一応セレン様には政治に介入する権限が与えられているし、ナイキ侯爵が言うには、今現在候補に挙がっている諸侯らに比べると、断トツでセレン様の方が上に立つ器があるとおっしゃってな」

「それは……」
「それで侯爵は、セレン様を国王の座に就けるため、根回しなどに奔走しているって話だ」
「セレン様は何とおっしゃっているのですか?」
「自分には継承権は無いからと、相手にする気は無いようだが……」
「だが……?」
「シガ殿までもがその気になっておられるようで、これはひょっとしたらひょっとするかもしれないな」
「……でも、それはセレン様の希望される事ではありません」

「そうだな。だけど、恐らくこの流れはセレン様でも止められないんじゃないかな。……あ、噂をすれば影だ。セレン様たちがお帰りだ」

 ハイドに言われて視線を窓の外に向けると、セレンやシガの姿が見えた。その横には別の馬車から降り立つカデル皇太后の姿もあった。その隣にはシザク王の秘書長官を務めていたマルロー伯爵ダン・ジンリギスとフリッツ・マルコニーがいる。

「さて、休憩も終了だな。……そう言えば、シザク王の国葬はだいぶ縮小して行うそうだよ。各国の要人も、特に招くことはしないらしい。まあ、例外は多少あるらしいけど」

「そう、なんですか……」
「その代わり国民に対する献花の時間を増やすようだ。午後の三時頃から広場を解放するらしいぞ」

 ハイドと共に主を出迎えようと、足早に歩きながら話をする。廊下の向こう側からセレンやシガの姿が視界に入ってきた。セレン達も、ルウクらの姿を確認する。

「ルウク、ハイドも。私らは皇太后に呼ばれているから君らは資料の整理の続きをしていてくれ。もし国葬の準備を頼まれたら、そちらに行っても構わない」

「はい、畏まりました」

 2人の返事を聞いたセレンは、片手を上げてシガと2人で皇太后の部屋へと向かった。

「いよいよ、次期国王が決まるのかな」
「どうなんでしょう……」

 ハイドの言うように、そろそろ次期国王が決まってもおかしくは無い。国葬がもう目の前に迫っているのだ。みんな、出来る事ならシザク王を、新王に見送ってもらいたいと思っていた。
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