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シザク王の死

初めての出張2

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 ルーファス行き当日、馬車に必要な荷を詰め込んで出立の準備をする。会議のみというシンプルな用件だけなので、余分な荷物が無く、そのおかげで詰め込み作業も簡単に終わった。

「じゃあ、行って来る。シガ、ハイド、私のいない間頼んだぞ」
「はい。セレン様もお気をつけて。サントー伯爵にもよろしくお伝えください」
「皆さん、お気をつけて。ルウクも、頑張ってな」
「はい。行ってまいります」

「それでは行きましょうか」

 自分のいない間の事を配下の者に色々と指示を与えていたナイキ侯爵が、セレンらの許に来て声を掛けた。

「宰相殿、セレン様をよろしく頼みますぞ」
「お任せください」

 まるで孫でも見送るように心配そうにするシガに、ナイキ侯爵がしっかりと頷く。シガもナイキ侯爵を信頼しているようで、その返事に安心したかのように晴れやかな表情になった。

 微笑ましいその光景に、ルウクがそっとセレンを窺う。だが、当のセレンは何とも言えない複雑な表情をしていた。もしかしたらシガの過保護ともとれるそのやり取りを、恥ずかしいと思っているのかもしれない。そんな子供っぽい所を残すセレンに、ルウクは心の中で可愛いと思ってしまった。

 ルウクの心の声が聞こえたのか、セレンがルウクを振り返った。

「……なんだ?」
「あ、いえ……。こうやって現地視察に随行させていただくのが初めてなので、ちょっと緊張しているだけです!」

 ルウクは慌てて言いつくろった。もちろん言っていることは決して嘘ではなく実際に思っていることではあるのだが、セレンは訝し気な表情でルウクを見た。

「セレン様、ルウク! そろそろ参りましょう」

 既に馬車に乗り込んだナイキ侯爵が、セレンらに声を掛ける。二人は慌てて馬車に乗り込んだ。


 夕方遅くにルーファスの地方領主、サントー伯爵の居城に着いた。サントー伯爵はセレンたちの到着を待ちわびていたようで、すぐに各々の部屋に案内してくれた。
 セレンとナイキ侯爵は各々一人部屋で、ルウクはマルコとダンジーと相部屋だった。

 一行は1時間ほどゆっくりした後、サントー伯爵が用意してくれた晩餐会に出席した。長旅で疲れているだろうという配慮なのだろう。晩餐会は大仰なものではなく、ゆっくりと食事をすることを目的としたものだった。

 ルウク達はセレンやナイキ侯爵とは別のテーブルに着いていた。セレンの事が気になって彼らのテーブルに目をやると、何やらサントー伯爵やその配下らしき人達と熱心に話をしている。明日話し合う資源問題に関することかもしれないと、ルウクは少し緊張した。

「ルウク」

 セレンらの事が気になって、食事が疎かになっているルウクにマルコが声を掛ける。

「あ、はっ、はい!」

 突然声を掛けられてびっくりし、慌てたせいか声が裏返ってしまった。その慌てぶりにマルコは薄く笑う。

「セレン様の事が気になるかもしれないけど、主と離れている時くらい仕事から離れた方がいいぞ。オンオフの切り替えもうまくやらないと、却って仕事に差し障りが出る」

「あ、すみません。気を付けます」

 確かに食事や休憩を疎かにしてまで主の事を考えていても、きっとセレンはそれを喜びはしないだろう。ルウクは前に向き直り、自分の食事に集中するように努めた。

「ところでさー」

スープを飲んでいると、今度はダンジーに声を掛けられる。

「ああ、食事の手は止めなくていいよ。……ちょっとした興味なんだけど、セレン様ってどんな感じ? 従者目線でいいから」
「それはもう! 僕から見たセレン様は、第一にお優しい方です。それに冷静で頭も良くて…、尊敬できる方です!」

 主のことを本当に尊敬し憧れているのだろう。瞳をキラキラさせながら話すルウクの態度に嘘偽りがなさそうなのは、マルコ達の目にも明らかだった。

「ルウクは本当にセレン様の事を尊敬しているのだな」

 感心したようにダンジーに言われ、ルウクはキョトンとする。

「ダンジーさんも、ナイキ侯爵の事を尊敬していらっしゃるのでしょう?」
「まあ、それはそうだけど……。ルウクみたいに憧れて大好きってわけではないよな」
「え? そうなんですか?」

 ステーキを口いっぱいに放り込み、モグモグと咀嚼しながら目を丸くする。その姿はまるでハムスターのようだ。なんとも言えない愛嬌っぷりに、マルコもダンジーも頬を緩めた。

「……そういう所なんだろうなぁ。セレン様が気を許したのは」
「え?」

「……ルウクも知っての通り、セレン様はいろいろあって味方の少ない方だろう? だからセレン様も警戒心が強くて、なかなか人を信用しない所があるんだよ」

「そうそう。だからルウクがセレン様付きの従者になったって知った時、心底驚いたんだよな。……本音を言うと、すぐに解雇されるんじゃないかって思ってた」

「…………」

 あまりにも厳しいことを言われて、ルウクは言葉も出なかった。マルコたちは、ルウクがセレンの信用に値しない人間だと思われるようになるだろうと考えていたと言うことだ。初めてセレンの外遊に同行することで高揚していた気持ちが、一気に萎えてしまった。

 気落ちして下を向いたルウクを見て、ダンジーが慌てて口を開く。

「あ、ごめん! ルウクがどうこうと言うわけじゃないからな! そういう事じゃなくて、セレン様がそれくらい人を信用することが俺らにはピンと来なかったって話だから」

「そうだよ。だから逆にルウクってどういう人なんだろうって興味を覚えたんだよな。だって、あの頑ななセレン様に心を開かせた数少ない人物ってことになるだろう? 嫌でも興味をそそるさ」

「はあ……」

 二人の説明は、ルウクがセレンにそぐわない人間だと思っていたわけでは無いという事をルウクに理解させることは出来た。だが逆に、セレンが皆に警戒心が強く猜疑心の塊のような人物だと認識されていることを知ることになり、ルウクはそれが却って気になった。

 付け合わせのポテトを食べながら、セレンとの会話や、ハイドの言葉を思い出していた。

 確かに、セレンには国の事を最優先にする冷徹な面があるのは感じている。しかも彼の生い立ちを考えれば、周りの人間を信頼できず警戒心が強くなるのも致し方ない事なのだろうけれど。

「セレン様の…、本当の意味でお役に立ちたいです。ご兄弟の仲ももっと良いものになるように、……どうしたら……、良いんでしょうね」

「それで良いんじゃないか?」
「……え?」

 ルウクが驚いて顔を上げると、マルコもダンジーも穏やかな表情で彼を見ていた。

「きっとさ、そういう風にルウクが考えている事は、あの敏いセレン様の事だからきっと気が付いていると思うよ。それに、そうやって心配している者が傍にいるということが、今のセレン様には必要なんだと思うから、ルウクはそのままでいいんだよ」

「はい……。頑張ります」

 思いもよらない二人からのエールにルウクの心に熱いものがこみ上げて来た。まさかこんなところで涙ぐむわけにもいかないので、ルウクは嬉しい思いを必死で抑え込み、目の前の食事に集中しようとナイフとフォークを持ち直した。


 晩餐会が終了し、それぞれが席を立つ。部屋へ戻る途中、ルウクは気になってセレンに視線を向けるが、彼らはテーブルの傍で立ったまま未だ熱心に話し込んでいた。

「ルウク?」

 いつまでも立ち止まっているルウクに、マルコが呼びかけた。

「あ、すみません。今行きます」

 既に歩き始めているマルコたちのもとに、ルウクは慌てて駆け寄った。

「初めての長旅で疲れているだろう? 今日はしっかり休んで明日に備えないと」
「はい」

 宛がわれた部屋に入り、それぞれが明日の準備に取り掛かった。ルウクは、以前にセレンがサントー伯爵と会った際にまとめていたバツアーヌの資料を項目別に分かりやすく仕分けしていたが、それをもう一度再確認する。

 議事録を取る役目はマルコが担っているようだが、ルウクもルウクなりに、明日の会議で問題とされた内容や要点を纏めてみようと思っている。せっかく同行させてもらっているので、何か主の役立ちたいとルウクは切に願っていた。
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