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ルナイ姫との縁談

零れ落ちた企み

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 夕方になり、雑用や自分の身の回りの片付けなどを済ませた後、ルウクはセレンの部屋を訪れた。ナイキ侯爵も既に居ず、セレンが一人で資料をまとめ上げているようだった。

「セレン様、何かお手伝いできることはありますか?」
「いや、大丈夫だ」

 ルウクの問いにセレンは顔も上げずに答える。その忙しそうな主の様子に、ルウクは部屋を出た方が良いかと静かにドアの方に向かった。

「ここに居ろ」
「え?」
「もう少ししたら終わる。話したいことがあるのだろう?」

 察しの良すぎるセレンにルウクはびっくりして振り返る。だが、セレンはやはり顔を上げるでもなく、目は資料に向けたままだ。

「はい。では、お待ちしております」

 ルウクは苦笑して、セレンから少し離れた位置に腰かけた。


「何かあったのか?」

 セレンを待っている間に、うつらうつらしてしまっていて、突然呼ばれてハッとする。顔を上げて振り返ると、テーブルの上は既に片付けられていて、セレンがこちらを見ていた。

「はい。実は……」

 ルウクはバラ園でじっとセレンの事をひたすら待っていたルナイ姫の事。そしてそれを物陰から誰かが監視しているような気配がした事を包み隠さずセレンに話した。

「そう、か。誰が監視しているかは分からなかったのか?」

「はい。向こうもルナイ姫に見つからないように気を付けて監視をしているようで、物陰から顔を出すことは一切ありませんでした」

「なるほどね。まあ、大体の察しはつくけどな。……それにしてもお前、よく踏みとどまったな」
「え?」

「お前の事だ。どうせルナイ姫の事が気になって、わざわざルナイ姫の様子を見に行ったのだろう? 本当は姫に、私が来れないと伝えたかったんじゃないのか?」

「……すみません」

 図星を言い当てられて、ルウクは恐縮し身を小さくする。

「良いさ。踏みとどまったのだろう? 問題は無い。私も一時期見張られてる感じがしたから……、もうそろそろだな」
「何が、ですか?」

 不穏な気配を感じてルウクがセレンに尋ねる。だが、セレンは薄く笑うだけで何も答えてはくれなかった。

「お前は余計な事は考えなくてもいい。ただ、私が言う事だけに応えていろ」
「……かしこまりました」

 自分のような下っ端にすべてを話す必要はないし、聞く権利もない。それは分かり切ったことではあるが、ルウクはそれに寂しさを感じた。


 翌日、ルウクがハイドとともにシガの部屋に向かっていると、カツカツと軽く早い足音が聞こえてきた。

「ルウク!」

 突然呼び止められ驚いて振り向くと、そこには眉を吊り上げて、怒りに満ちたルナイ姫が立っていた。

「あなた、昨日私が待っていると、ちゃんとセレン様に伝えたの?」
「は、はい。ちゃんとお伝えいたしました」

 ルウクは本当の事を言うべきなのか一瞬迷いはしたが、セレンから何も指示をされてはいなかったので、本当の事を言う方が良いのだろうと判断した。

 ルウクのその返事に、ルナイ姫の顔色が曇る。そしてそのまますごい勢いで走り去って行った。

「あれはもうダメだろうな」

 呆気にとられるルウクの横で、ハイドが呟く。

「ダメって、それはどういう……?」

「こないださ、ルナイ姫がチェロナイ王に、縁談の事でいろいろと訴えている所を見ちゃったんだよな。その感じでは、恐らくルナイ姫はセレン様に本気だ。カチューン国の陰謀も、実を結ぶことは無くなるんじゃないのかな」

「そうなんですか」

 そうなるとこちらの思惑通りになるという事ではあるけれど、だけどそうなるとセレンはどうなるのだろうとルウクは気になった。ルナイ姫がセレンに誘惑されたとシザク王に訴えたとしたら、セレンにとって不利な事になりはしないかと気になったのだ。


 ルナイ姫はルウクに昨日の事を問いただした後居ても立っても居られなくなり、父王の許へと急いでいた。だがその途中で、資料を見ながら歩いているセレンの姿を発見する。
 セレンの姿を確認した途端、ルナイ姫の頭の中はセレンの事でいっぱいになった。ここにどれだけの人が居ようが、もう目に入ってはいなかった。

「セレン様!」
「これは、ルナイ姫。おはようございます」
「昨日はどうして来て下さらなかったのです? 私、ずっと待ってましたのよ?」
「申し訳ありません。昨日は既に予定が入っていましたので、お伺い出来ませんでした」

 慌てたり言い訳する事もせず、当然のように話すセレンに、ルナイ姫の顔色が変わる。

「それは私よりも大事な相手だったということですか?」

 少し拗ねたような物言いをするルナイ姫に、セレンは薄く笑う。

「先約だったと言うだけの違いですよ。私にとってはどちらも大事です。昨日は仕事上大事な相手でしたし、あなたは兄上との縁談が持ち上がっている大事な方です」

「セレン様! 私は……、私は父上にこの縁談を破談にしてもらうよう頼んでいます」
「破談? どうして」

 目を見開き、本当に驚いているという素振りをするセレンに、ルナイ姫の瞳が揺れる。

「どうして……? 私はあなたが好きなのです。いくら国のためとはいえ、あなたをも騙し続けるだなんて出来そうにありません」

「国のために、騙す……? それはどういう事ですか?」

 セレンに疑問をぶつけられて、ルナイ姫は自分の失言に気が付いた。機密とも言えるほどの重大な隠し事の一端を、つい気が昂って話してしまったのだ。

「いえ、あの……。それは……」

 言いよどみ視線を揺らすルナイ姫の前に、フリッツが現れた。ギョッとして固まる姫の視界に、今度はシザク王が映る。

「ルナイ姫、どういう事なのか聞かせていただけますかな?」
「あ、私は……」
「姫、こちらへ」

 シザク王に誘導されては、ルナイ姫も無視するわけにはいかなかった。フリッツとシザク王に挟まれるようにして、ルナイ姫はおとなしく彼らに従った。
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