18 / 83
ルナイ姫との縁談
広がり始める波紋2
しおりを挟む
セレンの部屋に着き、ルウクがノックをして入る。セレンは腰かけて資料を手にし、顔も上げずに手だけを上げた。
「すみません、セレン様。フリッツ殿がお会いしたいといらしてるのですが」
「フリッツが?」
一瞬眉根を寄せて嫌そうな顔をしたが、会わないわけにもいかないだろうと判断したようで、ルウクに入ってもらうよう指示を出す。
「失礼します」
「どうした? 兄上に何かあったのか」
「……セレン殿なら、私が何のようでこちらに赴いたのか察しぐらいつくのではないのですかな」
「……噂の事か」
セレンは然もうんざりという表情で、フリッツを見る。
「あんな戯言を、まさか兄上は信じているわけじゃないだろうな」
「戯言なのですか? 私は気になってお二人を観察しておりました。少なくてもルナイ姫の方は、セレン殿に気があるのではないかと思ったのですけれど」
「ルナイ姫が?」
そう言ってセレンは首を傾げる。
「それは庶子とはいえ私が一応シザク王の弟にあたるから、それで気を遣っているのを勘違いしたのではないのか? ルナイ姫の方は、万が一身内に嫌われて縁談を破談にされては困ると思っただけだろう」
「そんな風には見えませんでしたよ。……あの方はセレン殿が遠くにいる時も、まるで恋しい人を見るように、何度も何度も視線を向けておりました」
「…………」
セレンは呆れたように、それでいて怪訝な顔を作る。まるでちっとも身に覚えがないと言った感じに見えた。フリッツはその様子を見て、それ以上は追求せずに話を切り替える。
「実は今回ここに来ました本来の目的は疑念をぶつける事ではなくて、国王主催の宮中晩餐会にセレン殿にも出席していただきたくお願いに上がりました」
「私が……? 母上が反対するだろう」
「それでしたら心配には及びません。皇太后も了承なさっております」
「そうか……」
「それから、その際にシザク王とルナイ姫のダンスのお披露目があるのですが、セレン殿にもバルラック公爵令嬢のユリハ様のお相手をお願いします」
「分かった」
「では、失礼いたします」
フリッツがいる間、息を潜めて見守っていたルウクがセレンの傍にやって来た。
「セレン様、大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗き込むルウクに、ようやくセレンも表情を緩めて顔を上げる。
「大丈夫だ。心配かけたか? 悪かったな」
「いえ、全然悪くなんかないです。僕くらいにはもっと心配をかけさせてください」
セレンは一瞬キョトンとして破顔する。そしてルウクの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「本当にお前って奴は……」
「セレン様?」
ぐしゃぐしゃになった髪を整えながらセレンを窺うと、もうその表情は重苦しいものではなくいつもの飄々としたそれになっていた。いつも通り切り替えの早いセレンにルウクは感心していたが、その一端を自分が担っているという事に、全然気が付いてはいなかった。
「セレン様」
ノックとともに、セレンを呼ぶ声がする。どうやらシガが訪ねてきたようだ。ルウクはドアに向かい扉を開けた。
「セレン様はいらっしゃるか」
「どうしたシガ」
ルウクが返事をする前にセレンが顔を覗かせた。
「セレン様、お聞きになりましたか? 晩さん会に、セレン様も出席するようにという事らしいですぞ」
セレンはシガを招き入れ、ソファに座らせる。それを見たルウクが、二人分の紅茶を入れようと準備に取り掛かった。
「聞いたよ。先ほどフリッツから、ダンスの披露も頼まれた」
「珍しいですな。皇太后がよく了承したもんだと思いますよ」
「いろんな噂が流れているようだからな。私の真意やルナイ姫の気持ちなど、知りたいことが山ほどあるんだろう」
ルウクが紅茶を出し、二人から離れた場所に座り本を手に取る。出て行くように言われたらそれに応える気はあったが、自分から出て行く選択肢は無かった。
だが、セレンもルウクがそこに居るのが当たり前のように気にも留めなかったので、シガも特に文句も言わず話は進んでいく。
「まあ、ですがフリッツ殿が気に掛けるようになってくれれば、ある意味これは上手く行くかもしれませんな」
「そうだな」
「で? ルナイ姫の方はどうなんですか?」
シガはさも興味津々といった風情で身を乗り出してきた。だが、セレンはそれに動じる風もなくカップを手に取る。
「どうとは?」
「手応えですよ。本気で落ちているのかそれとも演技なのか」
「さあ? 私は女性の機微には疎いから分からないな。だけど例えそれが演技だとしても、それを上手く利用するだけだ。なんの問題もない」
色気もそっけもない返答に、シガが肩を竦める。ルウクはそんな彼らを、本を読むふりをしながらそっと窺っていた。
「すみません、セレン様。フリッツ殿がお会いしたいといらしてるのですが」
「フリッツが?」
一瞬眉根を寄せて嫌そうな顔をしたが、会わないわけにもいかないだろうと判断したようで、ルウクに入ってもらうよう指示を出す。
「失礼します」
「どうした? 兄上に何かあったのか」
「……セレン殿なら、私が何のようでこちらに赴いたのか察しぐらいつくのではないのですかな」
「……噂の事か」
セレンは然もうんざりという表情で、フリッツを見る。
「あんな戯言を、まさか兄上は信じているわけじゃないだろうな」
「戯言なのですか? 私は気になってお二人を観察しておりました。少なくてもルナイ姫の方は、セレン殿に気があるのではないかと思ったのですけれど」
「ルナイ姫が?」
そう言ってセレンは首を傾げる。
「それは庶子とはいえ私が一応シザク王の弟にあたるから、それで気を遣っているのを勘違いしたのではないのか? ルナイ姫の方は、万が一身内に嫌われて縁談を破談にされては困ると思っただけだろう」
「そんな風には見えませんでしたよ。……あの方はセレン殿が遠くにいる時も、まるで恋しい人を見るように、何度も何度も視線を向けておりました」
「…………」
セレンは呆れたように、それでいて怪訝な顔を作る。まるでちっとも身に覚えがないと言った感じに見えた。フリッツはその様子を見て、それ以上は追求せずに話を切り替える。
「実は今回ここに来ました本来の目的は疑念をぶつける事ではなくて、国王主催の宮中晩餐会にセレン殿にも出席していただきたくお願いに上がりました」
「私が……? 母上が反対するだろう」
「それでしたら心配には及びません。皇太后も了承なさっております」
「そうか……」
「それから、その際にシザク王とルナイ姫のダンスのお披露目があるのですが、セレン殿にもバルラック公爵令嬢のユリハ様のお相手をお願いします」
「分かった」
「では、失礼いたします」
フリッツがいる間、息を潜めて見守っていたルウクがセレンの傍にやって来た。
「セレン様、大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗き込むルウクに、ようやくセレンも表情を緩めて顔を上げる。
「大丈夫だ。心配かけたか? 悪かったな」
「いえ、全然悪くなんかないです。僕くらいにはもっと心配をかけさせてください」
セレンは一瞬キョトンとして破顔する。そしてルウクの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「本当にお前って奴は……」
「セレン様?」
ぐしゃぐしゃになった髪を整えながらセレンを窺うと、もうその表情は重苦しいものではなくいつもの飄々としたそれになっていた。いつも通り切り替えの早いセレンにルウクは感心していたが、その一端を自分が担っているという事に、全然気が付いてはいなかった。
「セレン様」
ノックとともに、セレンを呼ぶ声がする。どうやらシガが訪ねてきたようだ。ルウクはドアに向かい扉を開けた。
「セレン様はいらっしゃるか」
「どうしたシガ」
ルウクが返事をする前にセレンが顔を覗かせた。
「セレン様、お聞きになりましたか? 晩さん会に、セレン様も出席するようにという事らしいですぞ」
セレンはシガを招き入れ、ソファに座らせる。それを見たルウクが、二人分の紅茶を入れようと準備に取り掛かった。
「聞いたよ。先ほどフリッツから、ダンスの披露も頼まれた」
「珍しいですな。皇太后がよく了承したもんだと思いますよ」
「いろんな噂が流れているようだからな。私の真意やルナイ姫の気持ちなど、知りたいことが山ほどあるんだろう」
ルウクが紅茶を出し、二人から離れた場所に座り本を手に取る。出て行くように言われたらそれに応える気はあったが、自分から出て行く選択肢は無かった。
だが、セレンもルウクがそこに居るのが当たり前のように気にも留めなかったので、シガも特に文句も言わず話は進んでいく。
「まあ、ですがフリッツ殿が気に掛けるようになってくれれば、ある意味これは上手く行くかもしれませんな」
「そうだな」
「で? ルナイ姫の方はどうなんですか?」
シガはさも興味津々といった風情で身を乗り出してきた。だが、セレンはそれに動じる風もなくカップを手に取る。
「どうとは?」
「手応えですよ。本気で落ちているのかそれとも演技なのか」
「さあ? 私は女性の機微には疎いから分からないな。だけど例えそれが演技だとしても、それを上手く利用するだけだ。なんの問題もない」
色気もそっけもない返答に、シガが肩を竦める。ルウクはそんな彼らを、本を読むふりをしながらそっと窺っていた。
0
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから
真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」
期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。
※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。
※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。
※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。
※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる