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ルナイ姫との縁談

広がり始める波紋2

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 セレンの部屋に着き、ルウクがノックをして入る。セレンは腰かけて資料を手にし、顔も上げずに手だけを上げた。

「すみません、セレン様。フリッツ殿がお会いしたいといらしてるのですが」
「フリッツが?」

 一瞬眉根を寄せて嫌そうな顔をしたが、会わないわけにもいかないだろうと判断したようで、ルウクに入ってもらうよう指示を出す。

「失礼します」
「どうした? 兄上に何かあったのか」
「……セレン殿なら、私が何のようでこちらに赴いたのか察しぐらいつくのではないのですかな」
「……噂の事か」

 セレンは然もうんざりという表情で、フリッツを見る。

「あんな戯言を、まさか兄上は信じているわけじゃないだろうな」

「戯言なのですか? 私は気になってお二人を観察しておりました。少なくてもルナイ姫の方は、セレン殿に気があるのではないかと思ったのですけれど」

「ルナイ姫が?」

 そう言ってセレンは首を傾げる。

「それは庶子とはいえ私が一応シザク王の弟にあたるから、それで気を遣っているのを勘違いしたのではないのか? ルナイ姫の方は、万が一身内に嫌われて縁談を破談にされては困ると思っただけだろう」

「そんな風には見えませんでしたよ。……あの方はセレン殿が遠くにいる時も、まるで恋しい人を見るように、何度も何度も視線を向けておりました」

「…………」

 セレンは呆れたように、それでいて怪訝な顔を作る。まるでちっとも身に覚えがないと言った感じに見えた。フリッツはその様子を見て、それ以上は追求せずに話を切り替える。

「実は今回ここに来ました本来の目的は疑念をぶつける事ではなくて、国王主催の宮中晩餐会にセレン殿にも出席していただきたくお願いに上がりました」

「私が……? 母上が反対するだろう」
「それでしたら心配には及びません。皇太后も了承なさっております」
「そうか……」

「それから、その際にシザク王とルナイ姫のダンスのお披露目があるのですが、セレン殿にもバルラック公爵令嬢のユリハ様のお相手をお願いします」

「分かった」
「では、失礼いたします」

 フリッツがいる間、息を潜めて見守っていたルウクがセレンの傍にやって来た。

「セレン様、大丈夫ですか?」

 心配そうに顔を覗き込むルウクに、ようやくセレンも表情を緩めて顔を上げる。

「大丈夫だ。心配かけたか? 悪かったな」
「いえ、全然悪くなんかないです。僕くらいにはもっと心配をかけさせてください」

 セレンは一瞬キョトンとして破顔する。そしてルウクの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「本当にお前って奴は……」
「セレン様?」

 ぐしゃぐしゃになった髪を整えながらセレンを窺うと、もうその表情は重苦しいものではなくいつもの飄々としたそれになっていた。いつも通り切り替えの早いセレンにルウクは感心していたが、その一端を自分が担っているという事に、全然気が付いてはいなかった。

「セレン様」

 ノックとともに、セレンを呼ぶ声がする。どうやらシガが訪ねてきたようだ。ルウクはドアに向かい扉を開けた。

「セレン様はいらっしゃるか」
「どうしたシガ」

 ルウクが返事をする前にセレンが顔を覗かせた。

「セレン様、お聞きになりましたか? 晩さん会に、セレン様も出席するようにという事らしいですぞ」

 セレンはシガを招き入れ、ソファに座らせる。それを見たルウクが、二人分の紅茶を入れようと準備に取り掛かった。

「聞いたよ。先ほどフリッツから、ダンスの披露も頼まれた」
「珍しいですな。皇太后がよく了承したもんだと思いますよ」
「いろんな噂が流れているようだからな。私の真意やルナイ姫の気持ちなど、知りたいことが山ほどあるんだろう」

 ルウクが紅茶を出し、二人から離れた場所に座り本を手に取る。出て行くように言われたらそれに応える気はあったが、自分から出て行く選択肢は無かった。
 だが、セレンもルウクがそこに居るのが当たり前のように気にも留めなかったので、シガも特に文句も言わず話は進んでいく。

「まあ、ですがフリッツ殿が気に掛けるようになってくれれば、ある意味これは上手く行くかもしれませんな」
「そうだな」
「で? ルナイ姫の方はどうなんですか?」

 シガはさも興味津々といった風情で身を乗り出してきた。だが、セレンはそれに動じる風もなくカップを手に取る。

「どうとは?」
「手応えですよ。本気で落ちているのかそれとも演技なのか」

「さあ? 私は女性の機微には疎いから分からないな。だけど例えそれが演技だとしても、それを上手く利用するだけだ。なんの問題もない」

 色気もそっけもない返答に、シガが肩を竦める。ルウクはそんな彼らを、本を読むふりをしながらそっと窺っていた。
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