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ルナイ姫との縁談
水面下での駆け引き2
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ナイキ侯爵は急いで自分の用事を片付けて、廊下に出てセレンの許へ向かおうとしていた。急ぎ足で歩いていると、廊下の向こうから近づいてくるセレンの姿が見えた。
「セレン様」
何を考えているのか分からないような無表情なセレンに、ナイキ侯爵は苦笑しながら声をかける。
「兄上に、話は通してないのか」
「話しましたよ。カチューン国は資源を狙って、内部から攻めることを考えていると。ですがあの愛らしい姫君がそんな事を企てて、自分との縁談を進めているとは思えないとの一点張りです」
「で、ルナイ姫とデートでもしているのか」
「はい」
「……お前は嫌な奴だな」
「お褒め頂いて光栄です」
「どこに行った」
「図書館を案内されているようです」
「分かった」
セレンはそのままナイキ侯爵に背を向けて、図書館へと足を運んだ。
司書を担う侍従がセレンを見て、会釈する。セレンはそれに何かを告げるわけではなく、せっかく来たのだからと、興味をそそる資料は無いかと探し始めた。
どうやら自分から進んで二人を探す気は無いらしい。あれこれ手にとって吟味していると、「あっ」と、背後から声が聞こえた。振り返ると、歴史書を手に、ルナイ姫を案内するシザク王がいた。
「ごきげんよう、マラダンガム侯爵」
「おはようございます。ルナイ姫、兄上」
「……おはよう。珍しいな、ルウクとかいう世話役が付いたんじゃなかったのか?」
「彼には今、溜まった資料をまとめてもらっているので、私はちょっと気分転換でもしようかと。兄上は?」
「……ルナイ姫が国の歴史を教えて欲しいというので、案内がてらここに来たんだ」
「そうでしたか。ルナイ姫はお可愛らしいだけでなく、勉強熱心なのですね」
セレンがニコリと微笑んで、ルナイ姫の方を向く。ルナイ姫は照れたように頬を染め、「そんな事ありません」と小さく答えた。
傍から見ると微笑ましく見えるセレンとルナイ姫の様子に、シザク王は面白くなさそうだ。少し不機嫌な表情を浮かべる兄の様子に、セレンも気が付いたようだった。
「ああ、お邪魔してしまいすみませんでした。私も色々と目を通しておきたい資料がありますので、失礼いたします」
セレンはそう言って近くのテーブルへと足を進めた。そして抱えた資料の中からいくつかピックアップして、パラパラと捲り始める。
シザク王は、ナイキ侯爵からカチューン国の面々には気を付けろと再三言われていたので、セレンが現れた時はいささか警戒していたようだった。だけどセレンがあっけなく離れていき、しかも資料の読み込みに没頭している姿を見て、自分の心配が稀有だと理解したらしい。そのまま図書館から出ていくわけではなく、彼らも手近な椅子に腰かけて、お互いの国のありようなどを話し合った。
だが、セレンの方はというと決して資料に没頭してはいなかった。時折二人の様子を窺って、シザク王には気づかれないように気を付けながら、ルナイ姫にこっそり目配せをする。そして時折、蕩ける様な甘い笑顔でルナイ姫に微笑むのだ。
最初は驚いた様子のルナイ姫だったが、その内、ルナイ姫の方がセレンの方を気にするようになり始めた。あまり頻繁にセレンの方を向くようでは、その内シザク王にも知られてしまいそうだ。セレンはルナイ姫と再度目が合った時、唇に人差し指を当ていたずらっぽく笑った後、そのまま資料に目を落とし、二度と顔を上げることはしなかった。
それから軽く二時間が過ぎたころ、首の凝りを自覚してセレンが顔を上げて首を回す。ふと周りを見ると、既に二人の姿は無くなっていた。
セレンは薄く笑みを漏らした後、席を立った。そして興味を惹かれた本を数冊手に取って、司書に声掛けした後図書館を出て行った。
一方、セレンの部屋に一人残っていたルウクも読んでいた本をパタリと閉じた。集中し過ぎると何もかも忘れて没頭してしまうのは悪い癖だ。
ルウクは、う~んと背伸びをして、立ち上がり首を回した。気分転換に紅茶でも入れようかなと思って、手を止める。
(セレン様の部屋に常備している茶葉は、食堂のそれより高級なんだよな…)
部屋の主がいない時に、勝手に紅茶を飲むのはやはり少しばかり抵抗がある。自分のようなものは食堂で飲ませてもらった方が良いのではないかと思い、ルウクは食堂に行こうと考え直し、棚から取り出した茶葉をまた棚にしまうことにした。
パタンと棚の扉を閉めて振り返ると同時に、ドアの開く音がした。誰だろうと、ドアの方に向かうと、部屋の主、セレンが戻ってきていた。
「セレン様、もうご用件は済んだのですか?」
早くは戻れないだろうとセレンが言っていたので、もしかしたらまた出て行かなければならないのではないかと思ったのだ。
「ああ、すべきことは終わった。それより疲れた。お茶を飲ませてくれるか? 良ければ一緒に飲もう」
「はい! すぐ入れます!」
ルウクは喜々として先ほどしまった茶葉を取り出し、お湯を沸かしてお茶の準備に入る。背後では、セレンがソファに身を投げ出すような、ドサッという音が聞こえてきた。
そーっと様子を窺うと、本当に疲れたのかソファに仰向けに寝転んで、腕を顔の上に乗っけて目を閉じているようだった。
初めて見るセレンの様子にルウクは心配になる。ナイキ侯爵はセレンの事を買っていると言っていたが、だったらあまり無理難題を押し付けなければいいのにと思ってしまう。
コポコポと、カップに注ぎ込まれる音とともに、芳醇な香りが漂う。セレンは目を開けて、体を起こした。
「お疲れ様でした」
ルウクもセレンの向かいに座る。カップを手にチラッとセレンを窺うと、先ほどよりも表情が緩んでいたのでホッとした。
「ルウク」
「はい」
呼びかけられはしたものの、セレンは次の言葉をなかなか言おうとしない。ルウクはしばらくセレンの顔を見ていたが、返事を急かすことはせずカップを口に付け、ゆっくりと紅茶を楽しんだ。
「兄上に縁談が来ていることは知っているよな」
「はい」
「私は今、それをぶち壊すために動いている」
「……ナイキ侯爵からの申し出ですか?」
「まあ、そうだ。……だけど、結局は私が動くことが近道のようだから仕方がないのだけどな」
一口飲んだ後、カップをソーサーに戻し言葉を続けた。
「陰で私の事を色々言う奴が出てくるかもしれない。だけど気にするなよ。私は国のためにならないようなことは絶対にしないから」
「はい、もちろんです。セレン様のこの国への思いが、誰よりも強い事は僕も知っています」
「そうか」
セレンは目を伏せて緩く笑った後、カップを手に取って、残っていた紅茶を飲みほした。
「セレン様」
何を考えているのか分からないような無表情なセレンに、ナイキ侯爵は苦笑しながら声をかける。
「兄上に、話は通してないのか」
「話しましたよ。カチューン国は資源を狙って、内部から攻めることを考えていると。ですがあの愛らしい姫君がそんな事を企てて、自分との縁談を進めているとは思えないとの一点張りです」
「で、ルナイ姫とデートでもしているのか」
「はい」
「……お前は嫌な奴だな」
「お褒め頂いて光栄です」
「どこに行った」
「図書館を案内されているようです」
「分かった」
セレンはそのままナイキ侯爵に背を向けて、図書館へと足を運んだ。
司書を担う侍従がセレンを見て、会釈する。セレンはそれに何かを告げるわけではなく、せっかく来たのだからと、興味をそそる資料は無いかと探し始めた。
どうやら自分から進んで二人を探す気は無いらしい。あれこれ手にとって吟味していると、「あっ」と、背後から声が聞こえた。振り返ると、歴史書を手に、ルナイ姫を案内するシザク王がいた。
「ごきげんよう、マラダンガム侯爵」
「おはようございます。ルナイ姫、兄上」
「……おはよう。珍しいな、ルウクとかいう世話役が付いたんじゃなかったのか?」
「彼には今、溜まった資料をまとめてもらっているので、私はちょっと気分転換でもしようかと。兄上は?」
「……ルナイ姫が国の歴史を教えて欲しいというので、案内がてらここに来たんだ」
「そうでしたか。ルナイ姫はお可愛らしいだけでなく、勉強熱心なのですね」
セレンがニコリと微笑んで、ルナイ姫の方を向く。ルナイ姫は照れたように頬を染め、「そんな事ありません」と小さく答えた。
傍から見ると微笑ましく見えるセレンとルナイ姫の様子に、シザク王は面白くなさそうだ。少し不機嫌な表情を浮かべる兄の様子に、セレンも気が付いたようだった。
「ああ、お邪魔してしまいすみませんでした。私も色々と目を通しておきたい資料がありますので、失礼いたします」
セレンはそう言って近くのテーブルへと足を進めた。そして抱えた資料の中からいくつかピックアップして、パラパラと捲り始める。
シザク王は、ナイキ侯爵からカチューン国の面々には気を付けろと再三言われていたので、セレンが現れた時はいささか警戒していたようだった。だけどセレンがあっけなく離れていき、しかも資料の読み込みに没頭している姿を見て、自分の心配が稀有だと理解したらしい。そのまま図書館から出ていくわけではなく、彼らも手近な椅子に腰かけて、お互いの国のありようなどを話し合った。
だが、セレンの方はというと決して資料に没頭してはいなかった。時折二人の様子を窺って、シザク王には気づかれないように気を付けながら、ルナイ姫にこっそり目配せをする。そして時折、蕩ける様な甘い笑顔でルナイ姫に微笑むのだ。
最初は驚いた様子のルナイ姫だったが、その内、ルナイ姫の方がセレンの方を気にするようになり始めた。あまり頻繁にセレンの方を向くようでは、その内シザク王にも知られてしまいそうだ。セレンはルナイ姫と再度目が合った時、唇に人差し指を当ていたずらっぽく笑った後、そのまま資料に目を落とし、二度と顔を上げることはしなかった。
それから軽く二時間が過ぎたころ、首の凝りを自覚してセレンが顔を上げて首を回す。ふと周りを見ると、既に二人の姿は無くなっていた。
セレンは薄く笑みを漏らした後、席を立った。そして興味を惹かれた本を数冊手に取って、司書に声掛けした後図書館を出て行った。
一方、セレンの部屋に一人残っていたルウクも読んでいた本をパタリと閉じた。集中し過ぎると何もかも忘れて没頭してしまうのは悪い癖だ。
ルウクは、う~んと背伸びをして、立ち上がり首を回した。気分転換に紅茶でも入れようかなと思って、手を止める。
(セレン様の部屋に常備している茶葉は、食堂のそれより高級なんだよな…)
部屋の主がいない時に、勝手に紅茶を飲むのはやはり少しばかり抵抗がある。自分のようなものは食堂で飲ませてもらった方が良いのではないかと思い、ルウクは食堂に行こうと考え直し、棚から取り出した茶葉をまた棚にしまうことにした。
パタンと棚の扉を閉めて振り返ると同時に、ドアの開く音がした。誰だろうと、ドアの方に向かうと、部屋の主、セレンが戻ってきていた。
「セレン様、もうご用件は済んだのですか?」
早くは戻れないだろうとセレンが言っていたので、もしかしたらまた出て行かなければならないのではないかと思ったのだ。
「ああ、すべきことは終わった。それより疲れた。お茶を飲ませてくれるか? 良ければ一緒に飲もう」
「はい! すぐ入れます!」
ルウクは喜々として先ほどしまった茶葉を取り出し、お湯を沸かしてお茶の準備に入る。背後では、セレンがソファに身を投げ出すような、ドサッという音が聞こえてきた。
そーっと様子を窺うと、本当に疲れたのかソファに仰向けに寝転んで、腕を顔の上に乗っけて目を閉じているようだった。
初めて見るセレンの様子にルウクは心配になる。ナイキ侯爵はセレンの事を買っていると言っていたが、だったらあまり無理難題を押し付けなければいいのにと思ってしまう。
コポコポと、カップに注ぎ込まれる音とともに、芳醇な香りが漂う。セレンは目を開けて、体を起こした。
「お疲れ様でした」
ルウクもセレンの向かいに座る。カップを手にチラッとセレンを窺うと、先ほどよりも表情が緩んでいたのでホッとした。
「ルウク」
「はい」
呼びかけられはしたものの、セレンは次の言葉をなかなか言おうとしない。ルウクはしばらくセレンの顔を見ていたが、返事を急かすことはせずカップを口に付け、ゆっくりと紅茶を楽しんだ。
「兄上に縁談が来ていることは知っているよな」
「はい」
「私は今、それをぶち壊すために動いている」
「……ナイキ侯爵からの申し出ですか?」
「まあ、そうだ。……だけど、結局は私が動くことが近道のようだから仕方がないのだけどな」
一口飲んだ後、カップをソーサーに戻し言葉を続けた。
「陰で私の事を色々言う奴が出てくるかもしれない。だけど気にするなよ。私は国のためにならないようなことは絶対にしないから」
「はい、もちろんです。セレン様のこの国への思いが、誰よりも強い事は僕も知っています」
「そうか」
セレンは目を伏せて緩く笑った後、カップを手に取って、残っていた紅茶を飲みほした。
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