国王になりたいだなんて言ってないby主

らいち

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ルナイ姫との縁談

たとえ狡賢く、冷たくても

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 翌朝、食堂で朝食を済ませたルウクが部屋で支度をしていると、ハイドがやって来た。
 ハイドには以前、同じセレンの下で働く身なのだから、敬語は無しにしようと言われたのだが、やはり先輩だと思うとなかなかそう割り切ることは出来なかった。ただ、今まで「ハイド殿」と堅苦しく呼んでいたのだけど、これからは「さん」付けで呼ぶようにしようとは考えていた。

「おはよう、ルウク」
「おはようございます。ハイドさん」

 ハイドが献花の準備に一緒に行こうと誘いに来てくれたことには気が付いていたので、ルウクは挨拶を返しながら急いで着替えを済ませた。

「すみません、お待たせしてしまって」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっと早いかなとは思ったんだけど、部屋でのんびりしてるのも面倒だったからさ。かえって急がせて悪かったかな」
「とんでもないです。何だか気持ちが落ち着かないのは、僕も一緒です」
「……だよな。ルウク、これからは正念場だぞ」
「はい。忙しくても頑張ります」

 明るく元気よく返事をしたのに、なぜかハイドは苦笑する。

「まあ、それもそうなんだけど……。これからの事だよ。シザク王になってからは、きっとセレン様もこれまで通りにのんびりとはしていられないはずだ。私たちの働きは大事だぞ」

 ハイドが、言い含めるようにルウクに伝える。だがその表情は、ハイド自身、自分に言い聞かせるようでもあった。これからの事を思って先を憂いているのは、みんな同じなのだ。

 ルウクはハイドの目をしっかり見つめて、「はい」と力強く返事を返した。

 王宮広場に行くと、既に献花用の大きな銀の皿が山積みになっていた。前王を偲んで、シエイ前国王の小さな銅像の前に長いテーブルを置く。その上に、黒いリボンで飾られた白いクロスを敷いた。そしてルウクたちは、テーブル上に等間隔で銀の献花用の大皿を置いて行く。

 シエイ前国王が旅経つにあたって寂しくないようにと、赤いビロードの幕などで周りを彩ることも忘れてはならない大切な仕事だ。細やかな手作業は、主にメイドが担当した。

 広場で黙々と作業をこなしていると、その周りの歩道を喪服に身を包んだ大勢の国民が取り囲み始める。中には未だハンカチで目頭を押さえている老人たちもいる。前王がどれだけ人々から信頼され愛されていたのか、こういうところからも窺われた。

 午前中に全ての作業が済み、いよいよ午後からは各国からの要人が参列する葬儀の儀が執り行われた。それに伴いルウクたちは、いったん王宮内に戻っていった。

「お疲れさま、ルウク。とりあえず私たちの仕事は、夜に献花をする国民たちとともに広場に出るまでは、いったん休憩だ」
「お疲れ様です、ハイドさん。あの、甘い物いかがですか?」

 東棟の自分の部屋のドアの前で挨拶を交わしながら、ルウクはハイドに一緒におやつを食べないかと声をかけてみた。今朝、セレンがメイドから貰ったと言って、ルウクにシュークリームの入った箱を押し付けていたのだ。

 それはべつにセレンが甘い物が苦手というわけではなく、今日は忙しすぎておやつを食べている時間などとてもじゃないが、無いだろうと推測したからだった。もちろん、あげたメイドもセレンの忙しさは分かってはいたのだが、だからこそ疲れた時に食べて欲しいという好意から来るものであった。だが、いかんせんセレンは忙しすぎた。

「いいね! 疲れると甘い物が欲しくなるよな」

 ハイドは喜んで、ルウクの後に続いた。
 部屋に備え付けられている簡易冷蔵庫から、箱を取り出して開ける。中には、結構大ぶりなシュークリームが五個入っていた。

「これは……、とてもじゃないけど二人では食べられないな。誰かから貰ったのか?」
「はい。セレン様がメイドから貰ったらしいです。食べる時間がないからやるって言われたのですが」
「じゃあ、三つはそのまま残しておこう。きっと何もかも終わった時は、これが欲しくてしょうがなくなるんじゃないかな」
「はい。じゃあ、これはしまっておきます」

 皿にシュークリームを取り分けて、残りは冷蔵庫にしまう。ついでに紅茶も入れて、テーブルに持ってきた。

「ありがとう」

 ハイドは熱い紅茶をすすり、シュークリームに手を出した。ルウクもそれに続いて、シュークリームを頬張る。甘さ控えめのクリームが、優しく口の中を満たしていった。

「そうだ、ルウク。カチューン国の姫君、見たか?」
「いいえ。僕はお目にかかってはいません」
「そうか。私は遠くからチラッとだけど見たよ。結構愛らしい感じの方だった」
「そう、ですか……」
「複雑だな」
「……ですね」

 紅茶をコクンと一口飲んでソーサーに戻し、ずっと気になっていたことをルウクはハイドに尋ねてみることにした。

「あの……」
「ん?」

 モグモグとシュークリームを頬張りながら、ハイドが顔を上げる。

「ナイキ侯爵って、どういう方なんですか?」
「侯爵……? 何かあったのかい?」
「いえ、そういうわけでは無いのですが。セレン様に無茶なことをおっしゃっていたみたいなので」
「ああ……」

 ハイドは、何か思い当たるように宙を見る。思わずルウクは身を乗り出した。

「あれはさ、たぶんナイキ侯爵がセレン様を買っておいでなのだよ。ルウクもその内分かるだろうけど、セレン様もああ見えて狡賢いところがあるし、少し冷たい……と言うか、冷静な面もあるからね」

 狡賢くて冷静……、ハイドの言葉にルウクは心の中で首を傾げる。冷静というのは何だかわかる気がする。自分なら崩れてしまいそうなこんな状況にも、気を引き締めて必死に自分のすべきことをこなしているのだ。だけど狡賢いとは……?
 それに言い直しはしたけれど、ハイドはセレンの事を冷たいと思っているようだった。それが解せなくて、ルウクは知らず黙り込んだ。

「気を悪くさせたか?」
「いえ、……冷静というのは分かります。でも狡賢いだとか冷たいだとか、そういうのはちょっと……」

 口ごもるルウクに対して、ハイドが代わりに言葉を続けた。

「解せない?」
「……はい」
「じゃあ、聞くけど」
「なんでしょう」
「もし、セレン様に冷たい面や狡賢い面を感じたら、ルウクはセレン様を嫌いになるのか?」
「そんな事無いです! たとえセレン様に冷たいところがあったとしても、それ以上にセレン様は優しい方です!」

 真っ直ぐに、本当に真っ直ぐな瞳でルウクは答えた。あまりに素直で真摯なルウクの態度に、ハイドはセレンがルウクを気に入った理由が分かったような気がした。

 セレンは幼いころから庶子と嘲笑され、己の言葉に耳を傾けてくれる人間があまりにも限られていた。そしてそれ故に、自分を殻に閉じ込めることでしか己を守ることが出来ないのだという事を、否が応でも学習させられていたのだ。

「セレン様の事を頼むぞ、ルウク。きっとこれからは誰よりも、セレン様にとってルウクは必要な存在になってくるはずだから」

 ハイドの真剣な声音に、ルウクの心が震える。

「はい。僕もセレン様のお役に立ちたいと思っています」

 常日頃から思っている言葉に嘘は無い。力強い返事に、ハイドも満足そうに目を細めた。
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