不思議な縁に導かれました

らいち

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第四章

不安に目をつぶって 6

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 普段感じられないドキドキを味わおうとの言葉通り、私は理史さんにいつも以上にドキドキさせられていた。とは言ってもそれは、多分ほかの人に話したら、何だそんな事と言われそうな事ばかりだ。

 例えば、家の中で掃除をしていたり洗濯物を畳んでいたりする時にじっと見られていて、目が合うとうれしそうに微笑まれたりとか、時には不器用なりにそれらの事を手伝ってくれたりとかそういう些細な事だ。研究以外に何にも興味の無かった彼が、私のことを考える時間を増やしてくれている。ただそれだけの事が、無性にうれしい。

 今日もリビングで、いつものように資料を広げるわけではなく、のんびりと新聞を広げている。私はその傍で、取れかけていた理史さんのシャツのボタンを付け直していた。
 針を動かしていた手を止めて、理史さんの方にこっそりと目を向けてみた。

「……?」  

 彼は新聞に目をやらずどこか宙を見ていた。その表情は、心の奥深くに気持ちを持って行かれているような心許ないものだ。それがとても空虚なものに見えて、ズキリと胸の奥に鈍い痛みが広がった。

「つっ……」

 手元に意識が無かったせいで、針で指を刺してしまった。血が出るほどではなかったので、もう片方の手でゆっくりと撫でて誤魔化した。

「どうした?」
「えっ? あっ、何でもないです。今理史さんの、取れかけてたシャツのボタンを付けてるんです」
「へえ?」

 理史さんは新聞を置いて、私の方に体を向けた。そしてソファに凭れかかり、私を見る態勢を取る。

「ええっと、あの理史さん……」
「なんだ?」
「そんなに見てるとやりづらいです」
「気にするな。続けてくれ」

 そう言って、理史さんはそのまま動こうとはしない。どことなく嬉しそうな表情で、ニコニコと私を見ている。

 もう、しょうがないな。

 仕方がないのでなるべく気にしないようにして、私は手を動かした。
 縫い留めてハサミで糸を切る。そしてもう一か所、取れかかっているボタンを外して、針に糸を通した。

 ……あっ、糸が取れちゃった。

 理史さんに見られているから、緊張しちゃってるなあ。

 また糸を通し直して、ボタンを手に取った。

「……よし、出来た。理史さ……」

 さっきまで、まるで子供のように私がシャツのボタンを付けているところを見ていたのだけど、いつの間にか眠っちゃってる。その幸せそうな寝顔に、肩の力が抜けたような気がした。

 ……ねえ理史さん、私の傍はホッとする?
 私が理史さんの傍を居心地いいと思っているのと同じくらいに、理史さんもそう思ってくれていたらいいのに。

 気持ち良さそうに眠る彼の寝顔を見ていると、自然と涙が溢れてきた。

 分かってる。
 私も理史さんも、本当はすごく不安なんだ。だけどあえて知らない振りをしている。
 もしかしたら理史さんもさっきの私みたいに、私の不安な表情を見て、現実を突き付けられる思いに駆られることがあるかもしれないんだ。
 だけどそれを口にすると、嫌な未来が現実になってしまいそうで怖くて。それを口にしてはいけないと思っている。

「大丈夫……、大丈夫」

 私は呪文のようにそう言いながら、以前理史さんがしてくれたように、眠る彼の体に毛布を掛けた。
 そしてその上から、そっと彼を抱きしめた。
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