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第六章

無事で良かった

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 ここにある私の荷物は、私が高遠さんのマンションを訪れた時よりもはるかに多い量になっていた。というのも、私の着替え類などがあまりにも少ないことを心配したお母さまが、坂崎さんに頼み、大学まで何度か手渡しに来てくれていたからだ。

「随分な量だな。最初はこんな荷物じゃなかっただろう」
「はい。……住み込みで家政婦をしてくれている坂崎さんが、何度か届けてくれたので……」
「ここにか?」
「いえ、大学の方ですけど」
「なるほどね。じゃあ、タクシーを呼ぶとするか」

 二人で荷物を抱えて下に降りた。このマンションは、一階が駐車場になっていて道路に面している。なので、タクシーが来るまで駐車場の角で待つことにした。

「そろそろ来るかもしれないな……」

 そう言いながら、高遠さんが道路を確認しようと前方へと荷物を抱えたまま歩いていく。

 今日別れても、高遠さんはまたすぐに会ってくれるんだろうか? 待つって、いったいいつまで待てばいいのだろう。

 高遠さんの後ろ姿を見ながら思わずため息を吐き、ハッとした。
 何考えているの、私。今の私には、しなきゃいけないことがあるじゃないの。……帰ったらお父様にちゃんと向き合って、それから堂々と高遠さんとのことを認めて貰うように頑張らなければならないのだから。

 不意に何気なく後ろを振り返ると、マスクをして深く帽子を被っている人がこちらに近づいてきていた。ポケットに手を突っ込んで、寒そうに背を丸くして足早に歩いている。
 寒いと、知らず知らずのうちに姿勢が悪くなっちゃうのよね。私も気を付けなくちゃ。

 そんな事を思いながら、視線を高遠さんに戻した時、その人が突然走り出す気配にまたそちらに視線を戻した。
 すると、あろうことかその男は、先ほどまでポケットに突っ込んでいた手にナイフを持って、高遠さんめがけて走っている。

「高遠さ……!」

 間に合わない! 荷物を抱えたまま緩く振り返る高遠さんを見て、私は咄嗟に体が動いていた。

「……っ」
「桐子!?」
「このアマっ!」

 ドスッという鈍い音と共に、熱いものが背中を貫いた。痛みと激しい苦痛に、ガクンと膝が崩れる。

「キャアァァァァーッ!」
 遠くから女性の悲鳴声が聞こえて来た。

「この……っ!」
「放せ! こいつ、よくも……っ! 放せ、この野郎!!」

 激しい痛みと遠くなる意識の中で、二人がもみ合う音がしばらく聞こえていた。

「救急車、救急車読んでください!」
「は、はい!」
「桐子、桐子! しっかりしろ、桐子!」

 ……ああ、高遠さんの声だ。……良かった。高遠さん、無事なんだ……。良かった……。


 耳元で聞こえる声が、だんだん小さくなっていく。

 私の意識は、そこでぷつりとと途絶えた。
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