上 下
27 / 62
第四章

高遠さんの部屋へ

しおりを挟む
 運がいいのか悪いのか、今日はお母さまは久しぶりの同窓会に出席していて不在だ。
 なにも告げずに家を出る事で、後々騒動になってしまうと困ると思い、お母さまの携帯に電話を掛けた。

「はい、もしもし。桐子?」
「あ、お母さま。今、お話しても大丈夫?」
「少しだけなら」

「あの、私のお友達の美乃梨さんの所に、……一週間ほどお泊りすることになったの。急に決まって慌てて出て来ちゃったから、坂崎さんにもお父様にも何も言わずに出て来ちゃったの。お母さまにご報告した方が良いかなと思って連絡したのだけれど……」

「まあ、呆れたわね。もう美乃梨さんの所に着いているの?」
「いいえ、向かっている最中です」

「そう。じゃあ今からでもいいから、お家の方に連絡しなさい。桐子が急にいなくなったって分かったら、みんな心配するでしょ?」

「はい」
「それにしても一週間もお邪魔するだなんて、美乃梨さんのお家の方には、迷惑では無いの?」

「あ……、お父様が急な転勤で県外に行かれることになったので、お母さまもご一緒にしばらくついて行かれるそうなの。美乃梨さんは一人っ子で、はじめは一人暮らしを満喫できると思っていたらしいのだけど、いざ一人になってみると淋しくて仕方がないって私に泣きつく羽目になっちゃっているから、却って私に迷惑だと思ってくれているみたい」

「まあ、そうなの」
「ええ。おまけに子供みたいで恥ずかしいから、誰にも言わないでねって言われちゃったわ」
「あらあら、可愛いわね」

 お母さまがすっかり信じてくれたように笑ってくれたのでホッとした。
 この話は、ほぼ真実だ。美乃梨さんのお父様の件は本当のことで、ただ、美乃梨さん自身は本当に現在一人暮らしを満喫していて、淋しいだなんて一言も聞いたことは無い。

「じゃあお母さま、同窓会楽しんできてね。私は今からお家に連絡するわ」
「ええ、そうなさい。じゃあね」

 ほうっと一息ついて、電話を切り、すぐにタクシーを呼び寄せた。そしてこっそりと家を出て、高遠さんのマンションに向かった。
 家への電話はタクシーを降りてすぐにして、坂崎さんにお母さまと同じ説明をして電話を切った。

 高遠さんの部屋の玄関前に立ち、インターホンの押しボタンを押そうと思って人差し指を近づけ、指が震えていることに気が付いた。

 どうしよう、緊張してきたわ。

 指が震えているだけではない。緊張を自覚したせいで、掌に額、背中や足からも、冷や汗が滲み出てきているようだ。心臓だってさっきから、壊れそうなくらいに早鐘を打ち続けている。

 何度も何度も深呼吸をし、震える右手の人差し指を左手で支え、グッとインターホンの押しボタンを押した。

「はい」
「桐子です。あの……お話したいことがあるので、中に入れていただけませんか?」
「…………」

 多少の覚悟はしていたけれど、私の名前を告げた途端無言になった。だけどここで逃げ出すわけにはいかない。

「お願いです、高遠さん! とても大事な話なんです」
「……君と話すことは何もない。こないだ話したことが総てだ」
「それは……、あのっ……! そのことでは無くて。とにかく私、ここを開けてくださるまで待ってますから!」
「いい加減にしろ。さっさと帰れ」
「高遠さん……!」

 本当に鬱陶しいと思われてしまったのだろう。インターホンをガチャリと切られてしまった。

 だからと言ってこんなことで怯んで家に帰ってしまったら、誰が高遠さんを守ってくれる?
 私以外には、誰もいないのだ。

 最初からすんなりと部屋に上がらせてもらえるだなんて思ってなんていなかったから、却って腹を括ることが出来た。
 大丈夫、ちゃんと暖かい恰好して来たもの。風邪をひくようなことは無いはず。
 私は長時間粘る覚悟で、なるべく体に負担にならないようにと、バッグを膝に抱えてしゃがんだ。
 それでもやはり、夜風は冷たい。マフラーを巻きなおして、鼻まで覆うようにした。

 ゴンッ。

「イタッ! ……え?」

 どうやら私はドアの真ん前でしゃがみ込んでいたらしい。高遠さんが扉を開けたせいで、それが私の腰にゴツンと当たった。

「あ、ごっ、ごめんなさい!」

 慌てて荷物を抱えて飛び上がるように立ち上がった。どこかに出かけるのなら邪魔だろうと脇に寄ると、高遠さんは渋面を作った。

「……入れ。いい加減、そんなとこで蹲れると迷惑だ」
「……はいっ!」

 言葉も邪険だし、いかにも迷惑そうな顔つきだけど、それでもそんなに長い時間を置かずに私を招き入れてくれた。
 やっぱり高遠さんは、優しい。どんなに冷たい言葉を吐いていても、その中に隠れている優しさまでは隠しきれていないのだもの。

「……?」

 高遠さんの視線が下に移動して、訝しい表情に変わった。なんだろうと思って、その視線の先に目をやって苦笑した。

 彼の視線の先には、私が手にしているボストンバッグ。「何の荷物だ?」と思っているのだろう。
 私は変に気取られる前にと、開けてくれたドアにそそくさと入って部屋に上がらせてもらった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

拝啓、大切なあなたへ

茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。 差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。 そこには、衝撃的な事実が書かれていて─── 手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。 これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。 ※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。

処理中です...