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第二章

正直過ぎるんだよ

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「……ちゃん! 未花ちゃん、……っ、待って!!」

 知らない、もうっ! 絶対に知らないっ!!

 必死で走った。もう、どこをどう走ってるのかなんてわからない。とにかくもうヒロくんなんて知らないって気持ちで、足がバカになるくらい走った。それなのに、追いついたヒロくんにパシッと腕を掴まれる。

「未花ちゃん!」
「やだっ! 離してよ! ヒロくんなんか嫌いだ!」

 ぶんぶんと腕を離そうともがいても、ヒロくんの方が力が強くて離すことが出来ない。

「誤解だよ。俺は何も、未花ちゃんに言えないようなことはしてないよ!」
「じゃあなんで、はっきり振り切らなかったの? それに私の顔見て、ヒロくんびっくりしたでしょう」
「それは未花ちゃんに誤解されたら嫌だと思って!」
「誤解? 振り切ってなかったのは事実じゃない!」

 ヒロくんをにらみながらそう言うと、一瞬彼は言葉に詰まった。

 ……やっぱり疚しいことがあるんだ。

「……う、そ、そりゃ俺だって男だから……。三輪さんみたいな美人に好きだとか言われて、あんな間近から迫られればクラクラッと来ちゃうよ」

 カチン! 何、その言い訳!

「……男だから、ね……」

 出てきたのは、低い低ーい声。きっと今の私の目は据わっている。ギロッと睨みながらそう言うと、ヒロくんは焦り始めた。

「でっ、でもちゃんと我慢して……!」
「我慢~?」

 何なのよ、一体。美人だからクラクラ来たって。男だからって。それって一歩間違えたら、浮気でもしてたって事じゃないの?

「……いや。だっ……、だからその……。クラッと来た時、どういうわけか未花ちゃんの泣き顔が頭に浮かんで……、一瞬の誘惑にフラフラしちゃったら、きっと後悔するって思ったんだよ。だけどすぐに振り解けなかったのは、どうやったら相手を傷つけずに手を離すことができるだろうって考えちゃって……。それでまごまごしてる内に未花ちゃんが現れてびっくりしちゃって……」 

「…………」

 情けない表情で、ぼそぼそと呟くように話すヒロくん。そんなヒロくんを見ていたら、包み隠さず本当のことを話しているんだろうなって思えた。

「それは……、私のことが一番大事だって事……?」
「当り前だよ! 一番も二番も無い。俺には未花ちゃんだけだし!」

 必死な顔だった。それこそ今まで見た事のない焦った表情。

「……ヒロくんって、ホント正直だよね」
「え?」

「クラッと来たとこなんか言わないで、私の事だけだとか、そこだけ言ってればよかったのに。そしたら私も、こんなに拗ねることなかったんじゃない?」

「……あ」

 それもそうかと言うように、ヒロくんが口に手を当てた。……可笑しい。

「でも、怒ってるんだからね!」
「ご、ごめん。今度からは、未花ちゃん以外の女の子と無駄に近づかないようにする」
「出来るの?」

「出来るよ! 今度からは個人的な呼び出しには応じないようにするし、場合によっては少しは邪険にするように頑張る」

「…………」

 そういえばヒロくん、女の子を手荒く扱うことが出来ないみたいなこと言ってたもんね。基本優しいし。 

「仕方ないか……。そんなとこ、好きになっちゃったんだものね」
「未花ちゃん……」

 私のその一言で、ヒロくんは本当にホッとしたような顔になった。そんな彼を見てなぜだか安心している自分に気が付いて、もしかしたら本当は、私の方が負けているのかもしれないと思った。
 いつからなのかは分からないけど、私はヒロくんが傍にいるのが当たり前になっていて、私のことだけを考えでいて欲しいと、そんな風に思うようになっていた。

 ホント、しょうがない……。 

 一歩前に出て、ヒロくんに近づいた。そして手を伸ばしてヒロくんの指をキュッと握る。
 ヒロくんは澄んだ瞳をちょっぴり大きくして私を見た。こんな風に驚いた彼の顔を、私はいったい何回見ているだろう。

 そんなヒロくんの瞳に引き寄せられるようにそのまま背伸びをして、そっとヒロくんの唇に自分の唇を重ね合わせてみた。……ちょっぴり柔らかくて冷たい感触が、私の唇に伝わる。

 あ……、どうしよう。ドキドキしてきた。

 握ったままになっていた指が震えていた。ストンと踵を下ろして、目の前にある彼の胸元のシャツを見る。

「…………」

 もうほぼ無意識だったよね。勢いと言うか、自分の気持に気がついたらと言うか……。

 チラッとヒロくんを窺い見ると、驚いて目を見開いて真っ赤になっていた。もしかしたらこの状況って、してやったりって言ってもいい感じ? 

 そう思ったら、なんだか笑いが込み上げてきた。笑いながら「大好き」って言ってにっこり笑うと、グイッと引き寄せられてギュッと抱きしめられた。

「俺も大好き! 大好きだからっ!」
「うん……」
「もう絶対、絶対未花ちゃんを不安にさせることしないから!」
「うん……」

 すごい力で抱きしめられて、息が苦しい。

 だけど、それがなんだか嬉しくて、不思議なんだけどホッとした。
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