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第一章

負けた気がする……

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「それにしても、空手習っておいて良かったな―」
「え?」
「おかげで、未花ちゃんのボディガードになれたわけだし」
「なっ、なに言ってんの!」
「そっか、そうだよねー。良かったね、未花」
「もう、雅乃!」

 拳を握って叩く真似をすると、雅乃もそれに合わせておどけて首をすくめた。
 そうこうしている内に、もう駅だ。時間を確認すると、雅乃の乗る電車が到着するまであと五分を切っていた。

「先行くね。走ると間に合うから!」
「うん、気を付けて! 明日ね!」
「転ぶなよー」
「うん―、明日ねー、バイバーイ」

 雅乃は私たちに大きく手を振って、一目散にホームへと掛けて行った。

「さてと、じゃあ俺らも行こうか」
「うん」

 この時間の電車は、すし詰め状態になるほど混むことはあまり無い。たまに、どこかの団体さんたちが乗り込んでくるときは、どこのラッシュ時だと思うくらい混むことはあるけど、そういう現場に乗り合わせることはそうそうなかった。今日も適度に座席が空いていて、立っている人がチラホラいるくらいだ。

「未花ちゃん、あの端っこ空いてるよ」

 秋永君が指した先には、一番端の席が1人分開いていて、隣には違う学校の制服を着た女の子が座っている。

「え、でも秋永君は?」
「傍に立ってるよ」

 ……そうは言ってくれてもな。一人だけ座るのって、なんだか気になるし。

「いいよ、私も立ってる」

「だめだよ、ホラ。もしかしたらこの後、混んで来るかもしれないだろ? 立っているよりは座っている方が被害に遭いにくいからさ」

 そう言いながら、秋永君が手招きをして私を席に誘導した。

「う……ん、分かった」

 秋永君の言う事は確かに正しかったので、私も素直にその好意に甘えることにした。ちょこんと席に座ると、秋永君はその真正面に立って、吊革に手を伸ばした。

「…………」

 だいたい、今までこんなふうに男子と二人だけで行動する事なんて無かったから、落ち着くわけがなかった。なのにどういうわけか、これからずっと学校の行き帰りは秋永君と一緒ということになってしまったんだ。そっとため息を吐いて、視線を上に向けチラリと秋永君を窺った。

 ……意外と、イケメン? 

 秋永君は穏やかな表情のせいか、それほど派手な顔立ちには見えないけれど、まじまじと見てみると意外と整った顔をしている。瞳も黒目がちで睫毛も長いし。鼻もスッと整っていて、端正な顔というのだろうか。そういう表現があっているような気がする。

 そんな他愛もないことを思いながらぼーっと秋永君を観察していると、私の視線に気が付いたのか秋永君が視線を下に落とし、目が合った。そして目があった途端、私にニコリと笑いかける。

 パッ。

 何でだか分からないけど、私は目があった途端、咄嗟に視線を外してしまった。

 な、なにやってんの、私。笑いかけられて視線外すなんて失礼じゃん!

 どうしよう、どうしようと思いながら、そーっと視線を上に向けて、秋永君の様子をこっそり窺う。

 ……はい。こっそりの意味なんて無かったですね。

 秋永君は私に目を逸らされていてもずっと私のことを見ていたみたいで、こっそり窺う私の様子もしっかりと見られてしまっていた。だって目があった時なんて、既に笑いをかみ殺しているような表情だっんだもの。恥ずかしい……。

 恥ずかしさを紛らすためにちょっと睨んでみたんだけど、どうやらそれも逆効果みたいだった。何故だか嬉しそうに笑われてしまう。

 ……なんだかなあ。何でこうも秋永君には敵わないかな……。いろいろ見透かされてるような気がして、負けた気がするよ。
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