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第一章
近付かないでって言ってるのに
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「おはよー!」
バタバタと廊下を走り、教室へと駆け込んだ。汗を拭きながらカバンを置く私に、雅乃が手を振りながらやってきた。
「おはよう、未花。ギリギリなんて久しぶり……。あ、また例のに遭った?」
「そ。残念ながら逃げられちゃったけどね。エルボーは食らわせたけど」
「ハハ。未花らしいねー。でも、お疲れ様」
「本当にねぇ……」
私が男嫌いですぐに手が出るという事は、もう周知の事実だ。しかもその症状は年々酷くなり、それは中学の時よりももっと過激になっていた。
おそらくそれは、私自身が受ける痴漢被害が歳を経るたびに酷くなってきたこともあって、だんだんと私の自己防衛本能が深刻なものへと移行してしまっているからなのだろう。
中学時代には男の人に触られていた時だけ反応していた自己防衛本能が、高校に入学する頃にはとうとう、男の人が近寄って来ただけで反応するようになってしまったのだ。
おかげで高校入学時は、恐ろしいほどの混乱を巻き起こしてしまっていた。男というただそれだけの理由で、私の自己防衛本能が教師にも反応したからだ。私に話しかけたり注意しようと近づいてきただけで、私の手や足は勝手に炸裂した。
今思い出しても恐ろしい状況ではあったのだけど、その時は私のことをよく知る雅乃や同じ中学にいた子たちが、一生懸命私と一緒に事情を説明してくれて、何とか理解してもらおうと頑張ってくれた。
おかげで少しずつ先生たちにも理解してもらえることが出来て、今では男の先生が私に注意する時や話しかける時は、それなりに距離を置いて接するようになってくれている。
「未花ちゃん、数学のプリント、今日が提出期限……、おっと!」
これはどうしても条件反射だ。すぐ近くから聞こえた男子の声に反応して、私の腕は勝手に左フックを繰り出した。だけどそれは素早いフットワークでかわされて、ガシッとクロスした腕で防御される。
それと同時に背後から、キャーッという悲鳴も聞こえて来た。煩いな……。
「相変わらず危ないなぁ」
「そっちこそ、いい加減にもうちょっと離れてから話しかけてくれない?」
目の前で爽やかに笑っているのは、同じクラスの秋永浩朗だ。彼は決して変なちょっかいを掛けてくることは無いけれど、先生たちみたいに距離を取って話しかけてくれれば良いのに、なぜかいつも無神経に私に近づいてくる。だから私はつい反射的に拳を繰り出してしまうし、蹴飛ばそうと勝手に足が反応したりするんだ。
その度にヒヤッとするんだけど、秋永君は一度も私に殴られたことも無ければ蹴られたことも無かった。
反射神経が良すぎるのよね。あ、もちろん、別に殴りたいわけじゃ無いんだけどね。でもなんだか腹は立つ。
「普通にパーソナルスペースは満たしていると思うんだけど」
秋永君はまるで、難解なことを大人に言われて困った時の子供のような表情で、コテンと小首を傾げた。邪気の無さそうなその表情は、読みようによっては嫌味にも思える。しかも私にとってそこは、痛い指摘だ。素直になんてなれるわけがない。
「……っ、だって! 嫌味? 私が男嫌いなこと知ってんでしょ?」
「うん。でも、俺は未花ちゃんに勝手に触ったりとかしないよ?」
「あ、当たり前でしょう、そんなこと!」
「そっか。ちゃんと分かってくれてるんなら、良かった」
ほら、これだ。秋永君は私がどんなに突っかかろうが怒ろうが、いつも終いにはこんなふうに、楽しそうにうれしそうに笑うんだ。
本当に秋永君は、苦手。他の男子なら、きっと面倒くさい奴だと思って私を遠巻きにするところなのに、彼はちっとも応えた風が無いんだもの。
「……っ、数学のプリントよね。待ってて」
言い負かされた感ありありで嫌な気分だけど、結局は根負けした。カバンの中からプリントを取り出して、ハイと渡す。
「どーも。ちゃんとやってあるんだ。……可愛い字だね」
「……!!」
……不覚。ポロッとさりげなく褒められて、一瞬顔が熱くなった。
そんな私にまたニコッとほほ笑んで、秋永君はプリントを取ってそのまま自分の席へと戻って行った。
「さすが秋永君だねえ。やりこめられちゃったね」
ずっと黙って私と秋永君のやり取りを聞いていた雅乃が、ニヤニヤと私を見ている。ちょっぴり、ムッ。
「……何よ、雅乃は秋永君の味方なの?」
「え~っ? 何、それ。別に味方とかそんなんじゃないよ。でも、なんていうの? 飄々としてるって言うんだっけ、ああいう人のこと。未花に対しての態度がぶれないというか根性あるというか。感心はしてるよね」
「ふうん……」
なんとなーく、面白くなくて顎に手をやり肘をつく。雅乃は呆れたように笑っていた。
バタバタと廊下を走り、教室へと駆け込んだ。汗を拭きながらカバンを置く私に、雅乃が手を振りながらやってきた。
「おはよう、未花。ギリギリなんて久しぶり……。あ、また例のに遭った?」
「そ。残念ながら逃げられちゃったけどね。エルボーは食らわせたけど」
「ハハ。未花らしいねー。でも、お疲れ様」
「本当にねぇ……」
私が男嫌いですぐに手が出るという事は、もう周知の事実だ。しかもその症状は年々酷くなり、それは中学の時よりももっと過激になっていた。
おそらくそれは、私自身が受ける痴漢被害が歳を経るたびに酷くなってきたこともあって、だんだんと私の自己防衛本能が深刻なものへと移行してしまっているからなのだろう。
中学時代には男の人に触られていた時だけ反応していた自己防衛本能が、高校に入学する頃にはとうとう、男の人が近寄って来ただけで反応するようになってしまったのだ。
おかげで高校入学時は、恐ろしいほどの混乱を巻き起こしてしまっていた。男というただそれだけの理由で、私の自己防衛本能が教師にも反応したからだ。私に話しかけたり注意しようと近づいてきただけで、私の手や足は勝手に炸裂した。
今思い出しても恐ろしい状況ではあったのだけど、その時は私のことをよく知る雅乃や同じ中学にいた子たちが、一生懸命私と一緒に事情を説明してくれて、何とか理解してもらおうと頑張ってくれた。
おかげで少しずつ先生たちにも理解してもらえることが出来て、今では男の先生が私に注意する時や話しかける時は、それなりに距離を置いて接するようになってくれている。
「未花ちゃん、数学のプリント、今日が提出期限……、おっと!」
これはどうしても条件反射だ。すぐ近くから聞こえた男子の声に反応して、私の腕は勝手に左フックを繰り出した。だけどそれは素早いフットワークでかわされて、ガシッとクロスした腕で防御される。
それと同時に背後から、キャーッという悲鳴も聞こえて来た。煩いな……。
「相変わらず危ないなぁ」
「そっちこそ、いい加減にもうちょっと離れてから話しかけてくれない?」
目の前で爽やかに笑っているのは、同じクラスの秋永浩朗だ。彼は決して変なちょっかいを掛けてくることは無いけれど、先生たちみたいに距離を取って話しかけてくれれば良いのに、なぜかいつも無神経に私に近づいてくる。だから私はつい反射的に拳を繰り出してしまうし、蹴飛ばそうと勝手に足が反応したりするんだ。
その度にヒヤッとするんだけど、秋永君は一度も私に殴られたことも無ければ蹴られたことも無かった。
反射神経が良すぎるのよね。あ、もちろん、別に殴りたいわけじゃ無いんだけどね。でもなんだか腹は立つ。
「普通にパーソナルスペースは満たしていると思うんだけど」
秋永君はまるで、難解なことを大人に言われて困った時の子供のような表情で、コテンと小首を傾げた。邪気の無さそうなその表情は、読みようによっては嫌味にも思える。しかも私にとってそこは、痛い指摘だ。素直になんてなれるわけがない。
「……っ、だって! 嫌味? 私が男嫌いなこと知ってんでしょ?」
「うん。でも、俺は未花ちゃんに勝手に触ったりとかしないよ?」
「あ、当たり前でしょう、そんなこと!」
「そっか。ちゃんと分かってくれてるんなら、良かった」
ほら、これだ。秋永君は私がどんなに突っかかろうが怒ろうが、いつも終いにはこんなふうに、楽しそうにうれしそうに笑うんだ。
本当に秋永君は、苦手。他の男子なら、きっと面倒くさい奴だと思って私を遠巻きにするところなのに、彼はちっとも応えた風が無いんだもの。
「……っ、数学のプリントよね。待ってて」
言い負かされた感ありありで嫌な気分だけど、結局は根負けした。カバンの中からプリントを取り出して、ハイと渡す。
「どーも。ちゃんとやってあるんだ。……可愛い字だね」
「……!!」
……不覚。ポロッとさりげなく褒められて、一瞬顔が熱くなった。
そんな私にまたニコッとほほ笑んで、秋永君はプリントを取ってそのまま自分の席へと戻って行った。
「さすが秋永君だねえ。やりこめられちゃったね」
ずっと黙って私と秋永君のやり取りを聞いていた雅乃が、ニヤニヤと私を見ている。ちょっぴり、ムッ。
「……何よ、雅乃は秋永君の味方なの?」
「え~っ? 何、それ。別に味方とかそんなんじゃないよ。でも、なんていうの? 飄々としてるって言うんだっけ、ああいう人のこと。未花に対しての態度がぶれないというか根性あるというか。感心はしてるよね」
「ふうん……」
なんとなーく、面白くなくて顎に手をやり肘をつく。雅乃は呆れたように笑っていた。
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