修行のため、女装して高校に通っています

らいち

文字の大きさ
上 下
69 / 106
第五章

疲れてますね

しおりを挟む
家に帰って何気にカレンダーを見ると、下旬辺りに二週間ほど丸印が着いていた。
側には月華劇場と書かれている。

月華劇場とは、家が昔からお世話になっていて良く使わせてもらっている劇場だ。ここはゴールデンウイーク中に講演したところよりもはるかに家から近いので、そのまま家から通うことになる。

「姉さん、これ出るの?」
「うん? ああ、毎日は無理だけど出れるときはね。信ちゃんにも、そうそう助っ人には来てもらえないから」

信ちゃんとは付き合いのある劇団の一員で、時々人手が足りない時に来てくれる心強い人だ。

「由紀也、千代美も、稽古始めるぞ」
「あ、はい」
僕と姉さんは稽古場へと足を向けた。



「う~ん…」

ここの所連日、予想していたとはいえハードな稽古が続いていた。
親父は芸に関しては完璧主義なところがあるので、若干楽観主義的な僕にはついて行けないところがあるんだ。だからと言って緩い稽古では納得してもらえないので、親父のハードさについて行くしかないのだけど。

僕は教室の自分の机の上で片腕を投げ出して枕にし、突っ伏している状態だ。およそ普段の「由紀」のとる動作では無い。

グターッとしていると、僕の頭を二つの手が優しく撫でている。

んん?
気持ちは良いけど二つ?
しかもなんとなく大きさと感触が違う…?

不思議に思いながら顔を横に向けて見上げると、梓と佐藤が同時に頭を撫でていた。その横ではなぜかちょっと剥れた顔で、まどかが頬杖を突いている。

「えと、あれ…?」
「疲れてんだな、由紀」

僕がむくりと起き上がると、「由紀ちゃーん」と言いながら、まどかがガバリと抱き着いてきた。
ギョッとして固まっていると(しばらくされていなかったので油断していた!)いつものように梓がぺりっとまどかを僕から剥がしてくれる。

「由紀ちゃん大丈夫? やっぱり体丈夫じゃないから、疲れが溜まって来てるのかな」
「あ…。大丈夫、ちょっとだけだから…。うん」
「でも今度の遊園地は、お母さんたちからストップかけられたんでしょ?」
「…」

まどかは僕の嘘を信じて心配してくれてるんだよな…。何だか凄く申し訳ない。

「そんな顔するな」
コツンと梓がまどかのおでこを小突いた。

「まどかはムードメーカーだろ? そんな沈んだ顔してると由紀も心配するだろ」

梓に言われてまどかは、小首を傾げながら丸い目で僕を見た。
何ともかわいらしい仕草だ。

「うん、まどかが笑ってるの見てると私も元気になるから、楽しそうにしていて欲しいな」
「そなの?」
「うん」
「分かった―! 大好き由紀ちゃん」

またガバリと抱き付こうとするまどかを、今度は梓と佐藤の二人に襟首を掴まれて遮られた。

「もー! 佐藤のバカッ。何で邪魔するのよ」
梓も邪魔をしていたのだが、そちらの方はどうやら気にはしていないようだ。

「一応彼氏なんで」

へ?と思って、僕は思わず目をぱちぱちしてしまった。だけどよく見ると、佐藤は意地悪そうに微笑んでいる。

あー、あれはきっと意趣返しのつもりなんだな。佐藤、いつもまどかにおちょくられてるから。

だけどまどかは、そんな佐藤の気持ちに気が付いていないのか、ムキになって佐藤を楽しませている。

「由紀」
梓に呼ばれて僕は、顔を上げた。見上げた梓の顔は何だか心配そうに見える。

「稽古、大変なのか?」
まどかに聞かれないようにという配慮だろう、小さな声だ。

「うん。他にも公演が入っているから、親父の奴、時間が足りない気分になってるんだろうな…。で、余計に熱が入って、ハードさ半端ないんだよ」

「…あたしで何かできる事ある?」

梓に出来る事…? 
梓にしか出来ない事…。

梓としたいことをちょっと妄想してみた。

ハグしてキスして…もにゃもにゃもにゃ…。
いかん!
顔が熱くなってきた。パタパタパタ。
熱くなった顔に両手で風を送って熱を冷まそうと試みる。

ふと梓を見るとキョトンとした顔をしていたが、僕と目が合うと見る間に真っ赤になってきた。どうやら僕が何を考えていたのかだいたい想像がついたらしい。

「…由紀」
「ハハ。ごめん、でも一番充電できそうだ」
「もう! ちょっと顔洗ってくる」
言うなり梓は急ぎ足で廊下に出て行った。

「れ? どしたの梓」
「あ、顔洗ってくるって」
「ふうん? そう言えばちょっと今日は暑いかな?」
「かもな」

横から佐藤が口を挿み、ニヤニヤしながら僕を見ている。
…ばれてますね。はい、一応僕も男ですから。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

かつて僕を振った幼馴染に、お月見をしながら「月が綺麗ですね」と言われた件。それって告白?

久野真一
青春
 2021年5月26日。「スーパームーン」と呼ばれる、満月としては1年で最も地球に近づく日。  同時に皆既月食が重なった稀有な日でもある。  社会人一年目の僕、荒木遊真(あらきゆうま)は、  実家のマンションの屋上で物思いにふけっていた。  それもそのはず。かつて、僕を振った、一生の親友を、お月見に誘ってみたのだ。  「せっかくの夜だし、マンションの屋上で、思い出話でもしない?」って。  僕を振った一生の親友の名前は、矢崎久遠(やざきくおん)。  亡くなった彼女のお母さんが、つけた大切な名前。  あの時の告白は応えてもらえなかったけど、今なら、あるいは。  そんな思いを抱えつつ、久遠と共に、かつての僕らについて語りあうことに。  そして、皆既月食の中で、僕は彼女から言われた。「月が綺麗だね」と。  夏目漱石が、I love youの和訳として「月が綺麗ですね」と言ったという逸話は有名だ。  とにかく、月が見えないその中で彼女は僕にそう言ったのだった。  これは、家族愛が強すぎて、恋愛を諦めざるを得なかった、「一生の親友」な久遠。  そして、彼女と一緒に生きてきた僕の一夜の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...