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Pルート
4日目前編 神速の騎士
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[アディビアの森]
「もう朝でやんすか」
「にしても見つからないわね...見張り兵の足跡から捜索魔法をかけてるけどどこかへ行ったような感じもないし」
森に朝日が差し込む中、リリスとプロ-ドは行方不明になっている数十人の見張り兵を探していた。
「でも賊が襲ったとしても痕跡がなさすぎる」
「森の入口には二人分の足跡、形状からしておそらく隣国の兵士のものでやんすが、入って数歩のところで消えてるのも謎でやんす」
捜索魔法。この星の人間が全員持っている”魔力”をもとにその人が何処に行ったのか、何処にいたのかなどを調べることができる便利魔法。それを使って徹夜で調査している二人だったが、今のところ手がかりは見つかっていない。
「空中からの刺客ならその際発生する魔力放出の残り香があるはず。つまり賊は魔法を一切使用せず尚且つ足跡を残さずに兵士達を攫う、もしくは殺した」
「そんなことできるやつがこの世にいるでやんすか?」
「ここの人間なら無理でしょうね...でも」
とそこまでリリスが言った所で、プロ-ドが割り込む。
「リリス!!ここ!ここを見るでやんす!!」
「どうしたの!?」
とプロ-ドが指差す地面を見た瞬間、リリスの表情が凍りつく。
地面には黒い物体が落ちていた。どす黒く、異様な雰囲気を放つ物体。
「おそらく賊が残した痕跡で合ってそうでやんすね...」
「...」
その推測にリリスは答えなかった。
「でもなんで今の今までこれが見つからなかったんでやんすかね?あんだけ捜索魔法をしたのに...まさか」
「...信じたくなかったけど、予言は正しかったみたいね。その物体からは...魔力が一切感じられないわ」
額に汗が浮かぶ。二人の様子が事態の重さを物語らせている。
なにかが羽ばたく音がした。鳥でないなにかが...
[闘技場:会場]
「白熱した予選を終え、ついに今日!選ばれた8人によるトーナメント本戦が今始まろうとしてます!果たして誰が決勝に進み、願いを叶えることができるのでしょうか!!」
会場には俺含めた本戦出場の選手が7人横に並ぶように立っている。
満員の観客席を見るとマルタとワキオが見える。
なんか叫んでるけど、他の観客の声で全然聞こえない。
てかそれより実質俺はこの本戦が初めての試合になるから、不安で仕方ない。
「盛り上がってるところ申し訳ありませんが、本戦通過したプロ-ド選手は諸事情により辞退しました。よってこの中から一名をシード枠にします!」
司会者の突然の報告に観客からブーイングや悲鳴をあげている人がちらほら見える。おそらくプロ-ドのファンかなにかだろう。
だがこれはチャンスだ。このシード枠になれば一試合目を飛ばしてそのまま準決勝に進むことができる。
頼む、神よ。俺をシード枠に選んでくれ!
「抽選の結果、シード枠はブレド選手に決定しました!!」
観客もこれには納得している。中にはレイン様にしろー!とか聞こえるが、そんなに強い選手なんだろうか。なるべく当たらないでほしいな。
「ではまず一回戦目の選手を発表します!!まず一人目はカナタ選手!昨日は事故により実力が見れませんでしたが、この試合で彼の本領が発揮されるのでしょうか!?」
うわーまじか、一試合目かぁ。
なるべくは二か三試合目のほうが若干緊張感が和らぐのだが、まあ許容しよう。
それより相手だ。昨日ワキオに苦戦してたバファリンなら少しだけチャンスがありそうだが...
まあいかにも強そうなブレドがシード行ってくれたし、あとはあのレインって言われてる金髪の騎士さえ当たらなきゃ...
「二人目の選手は、エルフィンダール王国最強の騎士、レイン選手だぁあああ!!」
会場の盛り上がりが一段と上がる。
すると突然、鋭い視線を感じる。その方向をみると、ロングヘアの金髪の騎士、レイン様と呼ばれている男がこちらを睨みつけていた。
すぐに視線をそらし、そこら辺の地面をみる。
怖い、俺なんかやっちゃいました?
「では二人以外の選手は控室でお待ち下さい」
…
俺は今、人生でもっとも危機的な状況にいると思っていいだろう。
目の前にはこの国最強の男。
負ければもう元の世界には帰れない。
さらにコンディションが下がる原因が歓声だ。観客の女性のほとんどがレインに黄色い声をあげており、男性からの応援もほぼレインに向けたものだ。
一旦深呼吸して心を落ち着かせようとした時、レインが口を開く。
「最初に聞いておく。我々になにか隠していることはあるか?」
「え...?」
隠してること?突然何を言い出すんだこの人。
「...この試合、俺はここから一歩も足を動かさない。もしお前が俺を動かせたら、その時点でお前の勝利としよう」
「...は?」
さっきから何を言っているんだこの人。
俺がこの人を一歩でも動かせたら俺の勝利...
つまり俺がこの人を一歩でも動かせたら俺の勝利になるの!?
よほど舐められているのであろうか。
それとも何かを試している?
「えっと、その言葉本気で言ってます?」
「勿論だ」
あんまりいい気分にはならないが、とにかくこれで一気に難易度が下がった。
俺は腰から剣を抜き、構える。レインも俺の様子を見ながら鞘から長剣を取り出す。
最強の騎士というくらいだからもっと凄い柄の剣でも出るかと思ったが、構えられた長剣は至ってシンプルで、握りの部分は灰色で統一されていた。
「さあ、両者準備が整ったようです!!では、本戦一回戦、開始ィィイイ!!」
少し様子を見るが、騎士はその場を一歩も動かない。約束は本当のようだ。
「では遠慮なくいきますよ」
『アクティベートマジック:パンプアップブレスレット』
詠唱を行うと体の筋肉が若干膨らみ力がみなぎってくる。そのまま一冊の本を宙に放り投げ、2つ目の詠唱を行う。
『アクティベートマジック:真空斬の書』
両手で持っている剣が白く光る。
俺は剣を大きく振り上げると、そのまま勢いよくレインの方向に向けて振り下ろした。
そこから強烈な風圧が発生するとレイン目掛けて飛ばされる。
下手に近づけば即反撃されて負けるだろう。
だからこそこの遠距離攻撃で奴を動かす。
そう、一歩でも動かせばいいだけ。
それで勝ちになるなら手数が多いうちにゴリ押しするのみ!
『アクティベートマジック:ファイアドラゴンの書』
三つ目の詠唱を唱えながら赤い本を放り投げると、そこから巨大な炎で構成されたドラゴンの頭が生み出され、レインに炎のブレスを吹く。
風圧と炎、二つの連続攻撃でレインを動かさざるを得なくさせる。それが俺の持ちうる最適な攻撃のはずだ。
さすがにこれで奴も足を動かすはず...
だが目の前の男は一切の動揺をみせず、ただ長剣を片手で振り上げ、迫り来る風圧と炎を待っていた。
「思い切った判断だな。だがそれで避けてくれると思ってるなら、大きな勘違いだ」
レインの振り上げた剣が突如消える。
一瞬何が起きたかわからなかった。だがすぐに理解した。
そう、レインの長剣は視認できないほどの速さで振り下ろされていたのだ。
俺がその事実に気づく前に長剣からとてつもない衝撃波が飛んできた。
衝撃波は俺の魔道具から放たれた風圧と炎、ドラゴンすらも打ち消しこちらに向かってくる。
――やばい!!
本能で体が勝手に横に飛び込む。
轟音を鳴らしながら剣圧は地面を抉りとると、会場に大きな跡を残して消えていった。
「さあ、お前の本気をみせてみろ」
レインは再び剣を振り上げる。
最初から間違っていた。
相手が動かないなら遠くから攻撃をしてればいいと思っていた。
動く必要すらなかったのだ。
俺のようなただの一般人相手に...
そう思っている間にもいくつもの斬撃の衝撃波が飛んでくる。
当たれば即敗北であろう攻撃がこちらに迫る。
「クソッ!」
全力で横にダッシュしてレインの周りを走りギリギリ斬撃の嵐を躱していく。
地面にいくつもの斬撃の跡がついているのが見え体から冷や汗が溢れでる。
そうやって一周しようとした所で、覚悟を決めて足にブレーキを掛けた。
やってやるよ。
ブレスレットの筋力増強効果はまだ切れてない。
このまま避け続けた所でいつかは当たり敗北するだろう。
ならば...
「うぉぉぉおおお!!」
声を出しながら剣を構えレインに近づく。
一か八か、近距離勝負に持ち込む!
レインは何を思ったか特攻する俺に対して斬撃を放つのをやめこちらの様子をただ見つめている。
おかげで俺はあっさりと間合いに入りこめた。
頼む、動いてくれ!!
”カキンッ”
金属音が会場に響く。
俺の祈りを込めた一撃は騎士の長剣によりあっけなく防がれていた。
「本気がそれか?」
レインの剣に力が入り、交差している剣は次第に押され始める。
「そうだよッ!」
声を荒らげ、腕に力を込めるも、長剣はついに俺の首元まで迫ってしまった。
「...杞憂だったか」
目先の長剣が突如消えると、次の瞬間強い衝撃とともに俺の体は宙に浮いていた。
そのまま会場のリングアウトギリギリのところまで吹っ飛ぶと、背中に激痛を覚え、そのまま意識が遠のいていく。
ここまでか...
・・・
・・・
――――お前は何を望む
誰だ...?
暗闇で何も見えない。頭の中に声が響いてくる。
――――お前は何を求める
目の前に緑色にひかる回路が刻まれた箱が現れる。
ここはどこだ?
口から声を発しようとしたが言葉に音は乗らなかった。
――――それに触れれば封印が解かれ、お前は力を得られるだろう
力...そうだ。力が欲しい。立ち向かうための力が...
箱に触れると、目の前に光が広がっていき、俺の体を飲み込んでいった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
騎士は倒れた少年を見つめると長剣を鞘に納める。
司会は勝負の結果を発表しようと拡声器に口を当てる。
観客の誰もがレインの勝利を確信していた。
その時だった。
「待てよ...」
先程までの少年はゆっくりと立ち上がるとレインをじっと見つめていた。
右手の手背に浮かび上がった黒い円からは線が伸び、回路状に右腕に広がっていく。
「その力、何処で手に入れた?」
「知らねえ...」
少年の右手に黒いエネルギーが集まり、次第に一本の剣の形に変化する。
「...それがどのような能力を持っているか、確かめさせてもらうぞ」
レインが再び長剣を抜き出すと、両者が剣を構え様子を見合う。
「じゃあいくぜ」
勢いよく地面を蹴り上げる。最初に動いたのは少年だった。
一気に間合いに入るとレインの横腹目掛けて横に振る。
しかし、またしても長剣に防がれてしまう。
「同じ攻撃が通じると思うか?」
「...どうかなぁ!」
交差する長剣と剣。だがさっきと違うのは少年の剣が形を変化させることだ。
剣身は半分に折れると少年の左手に掴まれる。
途端に一本だった剣は二本の双剣に形状を変え、レインに斬りかかる。
”ガキンッ”
少年の双剣による連撃はどんどん勢いを増し激しくなっていき、会場に剣のぶつかり合いの音がいくつも響き渡る。
だがそれでもレインは器用に斬撃を捌きながら少年の様子を見ている。
「埒が明かねぇ」
少年は後ろに飛び跳ね、一度レインと距離を取る。
両手の双剣は重なると今度は一本の長い槍に変化していく。
「槍投げって知ってるか!?」
そのまま足を大きく広げ、槍を大きく構えると、レインに向けて勢いよく放つ。
「なるほど、そういうものにも変化するのか」
勢いよく空を切る槍の先と長剣の剣身が火花を散らしながら激突した。
二人の間に風圧が発生し、煙塵が巻き上がる。
観客は壮絶な戦いに目を釘付けになる。
ぶつかり合いに勝ったのは長剣だった。
弾かれた槍は進路を変えレインを通り過ぎると闘技場の壁に突き刺さり、大きな亀裂が出来上がった。
「...動いてしまったか」
レインは自身の足元を見つめる。
たしかによく見ると数秒前の時の位置から数センチほど足先が下がっていた。
「では俺の負けだな」
突然の敗北宣言。観客席から戸惑いの声が沢山聞こえてくる。
それは運営も同様で、
「え~と、レイン選手。それはどのような意味の発言でしょうか?」
「ん?そのままの意味だぞ。この試合は俺の負けだ」
その一言で闘技場にブーイングの嵐が飛び交う。
そりゃそうだ。少年を圧倒していた最強の騎士が突然敗北宣言なんて誰が想像できただろう。
「み、皆様、落ち着いて下さい!!え、え~只今の勝負、レイン選手の棄権により、カナタ選手の勝利!!」
その言葉を聞くと少年はその場にばたりと倒れる。
「か、勝ったぁ」
観客の罵声は耳に入らず、ただ青空を見つめながら勝利を噛みしめる。
「立てるか?少年」
先程まで敵だったレインは優しい声でカナタに手を差し伸べる。
「あとでその力について話がある」
「え?えぇ。わかりました...」
少年は自身の右手をみる。いつの間にか回路上に広がった黒い線は無くなっており、手背の円模様だけが残っていた。
(さっきの力は一体なんだったんだ?)
少年は右手を伸ばし差し伸べられた甲冑の手を掴む。
その時―――
太陽の光が突如消え、青い空は黒く染まった。
”ウィイイイイン”
巨大な機械の音が不気味に響き渡る。
嫌な予感がした。
「もう朝でやんすか」
「にしても見つからないわね...見張り兵の足跡から捜索魔法をかけてるけどどこかへ行ったような感じもないし」
森に朝日が差し込む中、リリスとプロ-ドは行方不明になっている数十人の見張り兵を探していた。
「でも賊が襲ったとしても痕跡がなさすぎる」
「森の入口には二人分の足跡、形状からしておそらく隣国の兵士のものでやんすが、入って数歩のところで消えてるのも謎でやんす」
捜索魔法。この星の人間が全員持っている”魔力”をもとにその人が何処に行ったのか、何処にいたのかなどを調べることができる便利魔法。それを使って徹夜で調査している二人だったが、今のところ手がかりは見つかっていない。
「空中からの刺客ならその際発生する魔力放出の残り香があるはず。つまり賊は魔法を一切使用せず尚且つ足跡を残さずに兵士達を攫う、もしくは殺した」
「そんなことできるやつがこの世にいるでやんすか?」
「ここの人間なら無理でしょうね...でも」
とそこまでリリスが言った所で、プロ-ドが割り込む。
「リリス!!ここ!ここを見るでやんす!!」
「どうしたの!?」
とプロ-ドが指差す地面を見た瞬間、リリスの表情が凍りつく。
地面には黒い物体が落ちていた。どす黒く、異様な雰囲気を放つ物体。
「おそらく賊が残した痕跡で合ってそうでやんすね...」
「...」
その推測にリリスは答えなかった。
「でもなんで今の今までこれが見つからなかったんでやんすかね?あんだけ捜索魔法をしたのに...まさか」
「...信じたくなかったけど、予言は正しかったみたいね。その物体からは...魔力が一切感じられないわ」
額に汗が浮かぶ。二人の様子が事態の重さを物語らせている。
なにかが羽ばたく音がした。鳥でないなにかが...
[闘技場:会場]
「白熱した予選を終え、ついに今日!選ばれた8人によるトーナメント本戦が今始まろうとしてます!果たして誰が決勝に進み、願いを叶えることができるのでしょうか!!」
会場には俺含めた本戦出場の選手が7人横に並ぶように立っている。
満員の観客席を見るとマルタとワキオが見える。
なんか叫んでるけど、他の観客の声で全然聞こえない。
てかそれより実質俺はこの本戦が初めての試合になるから、不安で仕方ない。
「盛り上がってるところ申し訳ありませんが、本戦通過したプロ-ド選手は諸事情により辞退しました。よってこの中から一名をシード枠にします!」
司会者の突然の報告に観客からブーイングや悲鳴をあげている人がちらほら見える。おそらくプロ-ドのファンかなにかだろう。
だがこれはチャンスだ。このシード枠になれば一試合目を飛ばしてそのまま準決勝に進むことができる。
頼む、神よ。俺をシード枠に選んでくれ!
「抽選の結果、シード枠はブレド選手に決定しました!!」
観客もこれには納得している。中にはレイン様にしろー!とか聞こえるが、そんなに強い選手なんだろうか。なるべく当たらないでほしいな。
「ではまず一回戦目の選手を発表します!!まず一人目はカナタ選手!昨日は事故により実力が見れませんでしたが、この試合で彼の本領が発揮されるのでしょうか!?」
うわーまじか、一試合目かぁ。
なるべくは二か三試合目のほうが若干緊張感が和らぐのだが、まあ許容しよう。
それより相手だ。昨日ワキオに苦戦してたバファリンなら少しだけチャンスがありそうだが...
まあいかにも強そうなブレドがシード行ってくれたし、あとはあのレインって言われてる金髪の騎士さえ当たらなきゃ...
「二人目の選手は、エルフィンダール王国最強の騎士、レイン選手だぁあああ!!」
会場の盛り上がりが一段と上がる。
すると突然、鋭い視線を感じる。その方向をみると、ロングヘアの金髪の騎士、レイン様と呼ばれている男がこちらを睨みつけていた。
すぐに視線をそらし、そこら辺の地面をみる。
怖い、俺なんかやっちゃいました?
「では二人以外の選手は控室でお待ち下さい」
…
俺は今、人生でもっとも危機的な状況にいると思っていいだろう。
目の前にはこの国最強の男。
負ければもう元の世界には帰れない。
さらにコンディションが下がる原因が歓声だ。観客の女性のほとんどがレインに黄色い声をあげており、男性からの応援もほぼレインに向けたものだ。
一旦深呼吸して心を落ち着かせようとした時、レインが口を開く。
「最初に聞いておく。我々になにか隠していることはあるか?」
「え...?」
隠してること?突然何を言い出すんだこの人。
「...この試合、俺はここから一歩も足を動かさない。もしお前が俺を動かせたら、その時点でお前の勝利としよう」
「...は?」
さっきから何を言っているんだこの人。
俺がこの人を一歩でも動かせたら俺の勝利...
つまり俺がこの人を一歩でも動かせたら俺の勝利になるの!?
よほど舐められているのであろうか。
それとも何かを試している?
「えっと、その言葉本気で言ってます?」
「勿論だ」
あんまりいい気分にはならないが、とにかくこれで一気に難易度が下がった。
俺は腰から剣を抜き、構える。レインも俺の様子を見ながら鞘から長剣を取り出す。
最強の騎士というくらいだからもっと凄い柄の剣でも出るかと思ったが、構えられた長剣は至ってシンプルで、握りの部分は灰色で統一されていた。
「さあ、両者準備が整ったようです!!では、本戦一回戦、開始ィィイイ!!」
少し様子を見るが、騎士はその場を一歩も動かない。約束は本当のようだ。
「では遠慮なくいきますよ」
『アクティベートマジック:パンプアップブレスレット』
詠唱を行うと体の筋肉が若干膨らみ力がみなぎってくる。そのまま一冊の本を宙に放り投げ、2つ目の詠唱を行う。
『アクティベートマジック:真空斬の書』
両手で持っている剣が白く光る。
俺は剣を大きく振り上げると、そのまま勢いよくレインの方向に向けて振り下ろした。
そこから強烈な風圧が発生するとレイン目掛けて飛ばされる。
下手に近づけば即反撃されて負けるだろう。
だからこそこの遠距離攻撃で奴を動かす。
そう、一歩でも動かせばいいだけ。
それで勝ちになるなら手数が多いうちにゴリ押しするのみ!
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三つ目の詠唱を唱えながら赤い本を放り投げると、そこから巨大な炎で構成されたドラゴンの頭が生み出され、レインに炎のブレスを吹く。
風圧と炎、二つの連続攻撃でレインを動かさざるを得なくさせる。それが俺の持ちうる最適な攻撃のはずだ。
さすがにこれで奴も足を動かすはず...
だが目の前の男は一切の動揺をみせず、ただ長剣を片手で振り上げ、迫り来る風圧と炎を待っていた。
「思い切った判断だな。だがそれで避けてくれると思ってるなら、大きな勘違いだ」
レインの振り上げた剣が突如消える。
一瞬何が起きたかわからなかった。だがすぐに理解した。
そう、レインの長剣は視認できないほどの速さで振り下ろされていたのだ。
俺がその事実に気づく前に長剣からとてつもない衝撃波が飛んできた。
衝撃波は俺の魔道具から放たれた風圧と炎、ドラゴンすらも打ち消しこちらに向かってくる。
――やばい!!
本能で体が勝手に横に飛び込む。
轟音を鳴らしながら剣圧は地面を抉りとると、会場に大きな跡を残して消えていった。
「さあ、お前の本気をみせてみろ」
レインは再び剣を振り上げる。
最初から間違っていた。
相手が動かないなら遠くから攻撃をしてればいいと思っていた。
動く必要すらなかったのだ。
俺のようなただの一般人相手に...
そう思っている間にもいくつもの斬撃の衝撃波が飛んでくる。
当たれば即敗北であろう攻撃がこちらに迫る。
「クソッ!」
全力で横にダッシュしてレインの周りを走りギリギリ斬撃の嵐を躱していく。
地面にいくつもの斬撃の跡がついているのが見え体から冷や汗が溢れでる。
そうやって一周しようとした所で、覚悟を決めて足にブレーキを掛けた。
やってやるよ。
ブレスレットの筋力増強効果はまだ切れてない。
このまま避け続けた所でいつかは当たり敗北するだろう。
ならば...
「うぉぉぉおおお!!」
声を出しながら剣を構えレインに近づく。
一か八か、近距離勝負に持ち込む!
レインは何を思ったか特攻する俺に対して斬撃を放つのをやめこちらの様子をただ見つめている。
おかげで俺はあっさりと間合いに入りこめた。
頼む、動いてくれ!!
”カキンッ”
金属音が会場に響く。
俺の祈りを込めた一撃は騎士の長剣によりあっけなく防がれていた。
「本気がそれか?」
レインの剣に力が入り、交差している剣は次第に押され始める。
「そうだよッ!」
声を荒らげ、腕に力を込めるも、長剣はついに俺の首元まで迫ってしまった。
「...杞憂だったか」
目先の長剣が突如消えると、次の瞬間強い衝撃とともに俺の体は宙に浮いていた。
そのまま会場のリングアウトギリギリのところまで吹っ飛ぶと、背中に激痛を覚え、そのまま意識が遠のいていく。
ここまでか...
・・・
・・・
――――お前は何を望む
誰だ...?
暗闇で何も見えない。頭の中に声が響いてくる。
――――お前は何を求める
目の前に緑色にひかる回路が刻まれた箱が現れる。
ここはどこだ?
口から声を発しようとしたが言葉に音は乗らなかった。
――――それに触れれば封印が解かれ、お前は力を得られるだろう
力...そうだ。力が欲しい。立ち向かうための力が...
箱に触れると、目の前に光が広がっていき、俺の体を飲み込んでいった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
騎士は倒れた少年を見つめると長剣を鞘に納める。
司会は勝負の結果を発表しようと拡声器に口を当てる。
観客の誰もがレインの勝利を確信していた。
その時だった。
「待てよ...」
先程までの少年はゆっくりと立ち上がるとレインをじっと見つめていた。
右手の手背に浮かび上がった黒い円からは線が伸び、回路状に右腕に広がっていく。
「その力、何処で手に入れた?」
「知らねえ...」
少年の右手に黒いエネルギーが集まり、次第に一本の剣の形に変化する。
「...それがどのような能力を持っているか、確かめさせてもらうぞ」
レインが再び長剣を抜き出すと、両者が剣を構え様子を見合う。
「じゃあいくぜ」
勢いよく地面を蹴り上げる。最初に動いたのは少年だった。
一気に間合いに入るとレインの横腹目掛けて横に振る。
しかし、またしても長剣に防がれてしまう。
「同じ攻撃が通じると思うか?」
「...どうかなぁ!」
交差する長剣と剣。だがさっきと違うのは少年の剣が形を変化させることだ。
剣身は半分に折れると少年の左手に掴まれる。
途端に一本だった剣は二本の双剣に形状を変え、レインに斬りかかる。
”ガキンッ”
少年の双剣による連撃はどんどん勢いを増し激しくなっていき、会場に剣のぶつかり合いの音がいくつも響き渡る。
だがそれでもレインは器用に斬撃を捌きながら少年の様子を見ている。
「埒が明かねぇ」
少年は後ろに飛び跳ね、一度レインと距離を取る。
両手の双剣は重なると今度は一本の長い槍に変化していく。
「槍投げって知ってるか!?」
そのまま足を大きく広げ、槍を大きく構えると、レインに向けて勢いよく放つ。
「なるほど、そういうものにも変化するのか」
勢いよく空を切る槍の先と長剣の剣身が火花を散らしながら激突した。
二人の間に風圧が発生し、煙塵が巻き上がる。
観客は壮絶な戦いに目を釘付けになる。
ぶつかり合いに勝ったのは長剣だった。
弾かれた槍は進路を変えレインを通り過ぎると闘技場の壁に突き刺さり、大きな亀裂が出来上がった。
「...動いてしまったか」
レインは自身の足元を見つめる。
たしかによく見ると数秒前の時の位置から数センチほど足先が下がっていた。
「では俺の負けだな」
突然の敗北宣言。観客席から戸惑いの声が沢山聞こえてくる。
それは運営も同様で、
「え~と、レイン選手。それはどのような意味の発言でしょうか?」
「ん?そのままの意味だぞ。この試合は俺の負けだ」
その一言で闘技場にブーイングの嵐が飛び交う。
そりゃそうだ。少年を圧倒していた最強の騎士が突然敗北宣言なんて誰が想像できただろう。
「み、皆様、落ち着いて下さい!!え、え~只今の勝負、レイン選手の棄権により、カナタ選手の勝利!!」
その言葉を聞くと少年はその場にばたりと倒れる。
「か、勝ったぁ」
観客の罵声は耳に入らず、ただ青空を見つめながら勝利を噛みしめる。
「立てるか?少年」
先程まで敵だったレインは優しい声でカナタに手を差し伸べる。
「あとでその力について話がある」
「え?えぇ。わかりました...」
少年は自身の右手をみる。いつの間にか回路上に広がった黒い線は無くなっており、手背の円模様だけが残っていた。
(さっきの力は一体なんだったんだ?)
少年は右手を伸ばし差し伸べられた甲冑の手を掴む。
その時―――
太陽の光が突如消え、青い空は黒く染まった。
”ウィイイイイン”
巨大な機械の音が不気味に響き渡る。
嫌な予感がした。
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間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
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