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プロローグ 1日目 日常
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[???]
暗闇、真っ暗な世界、自分の存在さえも感覚出来ないほどの虚無。
そこには、ただ存在するだけで何も起こらないかのように感じられた。
―――そこに現れる一筋の光。
暗闇に一際際立つ淡い緑の閃光は幻想的と言える程美しく、静かに輝いていた。
二つ、三つと増えていく光の道は、いずれ真っ暗な世界全てを覆い尽くす。
そして...
突如として閃光は途切れて、再び世界は元の暗闇に戻った。
[とある街の一軒家]
高層ビルが乱立している繁華街には、早朝にも関わらず車と人で溢れている。
「ピピピピッ」
目覚まし時計が7:30を知らせている。
「うぅん…」
もうちょい寝させてくれ~と言わんばかりの呻き声を出し、声の主は二度寝した。
~30分後~
寝ぼけた手で雑に時計を叩く。それと同時に先ほどまでうるさく鳴り響いていた目覚まし時計は驚くほど静かになる。
「あ、れ...?」
気づいてしまった。
「嘘…だろ?」
二度寝していた事に。
「やっべ!」
男は焦りによって眠気を吹き飛ばし、ベットから倒れ落ちると急いで制服に着替える。ネクタイを結びながら階段をドタバタと降りていくと、ダイニングから香ばしい匂いが漂ってくる。
「いただきます!」
椅子に座りながら雑に手を合わせる。目の前には白米、味噌汁、卵焼きとサラダにベーコンがそれぞれ2つずつ美味しそうに並んでいる。
「カナタ、もう8時よ!急いで食べないと学校に遅れるわよ!」
キッチンから怒鳴り声が聞こえてくる。
「わかってるよ、母さん」
3分の1くらい朝食を食べすすめていると、目の前の席に自分の母親が座る。
「アンタが二度寝なんて珍しいわね」
「なーんか今日は異様に眠たかったんだよね」
何か長い夢を見ていたような気がするが、全く思い出せずになんだかモヤモヤした気分になる。まあ夢の事なんか気にしていてもしょうがないので、さっさと朝ごはんを食べる事に集中する。
食事が終わり現在時間を確認する。現在8時09分、学校が始まるのは8時30分、今からダッシュで走れば間に合うか。
「ごちそうさま!!」
空の食器をテーブルに置きっぱにして、俺は大急ぎで玄関に向かう。
「急いで事故起こしたりしないでね!」
後ろから母の声が響く。
「わかってるって、行ってきまーす!」
母に負けないくらい大きな声で答えると、玄関を勢いよく開ける。
俺の名前は永田カナタ、高校2年生。みんなからはカナタって呼ばれている。剣道部だが大会とかでは全く結果はだせていない、本当に普通の高校生なのだ。
そして今俺は、学校への道を猛ダッシュしている。いつもは歩いて25分程で着くのだが...果たして間に合うのか、頑張れ!俺の足!!
[学校玄関]
学校に掛けられている時計を見る。現在時刻8時27分、ギリセーフ。
ほっと胸をなでおろしていると、ドタバタと焦っている二人組が玄関に入ってくる。
「おはよう、カナタ!」
「お、おはよぉ、カナタくん...」
一人目は元気よく、二人目は息を切らしながら挨拶した。
「おはよう、ワキオ、マルタ。お前らも寝坊したのか?」
3人とも遅刻なんて珍しい事があるもんだ、と思いながら二人に質問する。
「まさか、お前見てないのか!?途中のゲームショップ!今日から新作の『デル天リンク』が発売するんだって!学校なんて行ってる場合じゃねえよ、このままじゃ売り切れちまう」
ワキオが興奮した口ぶりで言う。
「ぼ、僕は興味なかったのに、ワキオ君がゲームショップから離れなくて」
マルタが疲れたぁとため息を吐く。なるほどな、新作ゲームで興奮しゲームショップから離れないワキオをマルタが無理やり引っ張って来たというわけね。そりゃこんなギリギリの時間になるわけだ。
そんな3人にお構いなく、学校のチャイムが残酷にも鳴り響く。
キーンコーンカーンコーン
「「「 あ 」」」
この後3人は教師にこっぴどく怒られたという。
[学校:教室]
そろそろだな、と思い教室の時計をそっと見る。6時間目の授業を受けている最中なのだが、今日は一層眠気が酷い。終わったらさっさと家に帰って寝よう、と思っていると、終了の鐘が鳴る。
「・・・だ。よし、今日はここまで。課題は明日俺に提出するように」
教師が言い終わるとすぐに静かだった教室は騒がしくなる。
鞄に物を詰め帰宅の準備をする俺にワキオがマルタを連れてこっちにせまる。
「カナタ、今日一緒に心霊スポットに行かない?」
と相変わらず元気なワキオが話しかけてくる。朝の新作ゲームの話はどこ行ったんだと思いながら、
「ごめん、今日ちょっと体調悪いからパス」
と答える。体調が悪いのは別に嘘ではない。若干の頭痛が朝から続いている。が、本当に行きたくない理由はたった1つ。めんどくさいからだ。
こいつ(ワキオ)の提案は毎回ろくなことが起こらない。前もアスレチックしたいという理由で遠くにある大きな公園まで連れ去られ、結局帰りは10時頃になり母に激怒された。
「じゃ、じゃあ僕も今日は家で『戦艦ムスメ』やりたいからパスで…」
とマルタが言いかけると、
「じゃあ俺とマルタだけだな。みんな心霊興味ないのかぁ?ビビリばっかだなぁ」
というワキオの声が遮る。どうやら俺たち以外の奴らにも誘っているようだが、断られているようだ。当たり前だが。
「じゃあ俺帰るわ、またな」
ワキオから逃げるように教室から出る。
「しっかり休めよ!じゃあな!」
「じゃあね・・・」
二人の別れの挨拶を背に学校から出ると家に向かってゆっくりと足を進めた。
[カナタ家]
「永田」と書かれた家の表札を見つけるとその家の玄関の鍵穴に鍵をはめる。中に入り自分の部屋へと階段を登り、ドアを開ける。途中で母の声が聞こえただろうか、思考が働かない。
とりあえず一旦寝よう。
ベッドにダイブすると、すぐに意識は遠ざかっていった。
………
ハッと目が覚める。朝からの頭痛はすっかり治まり眠気も覚めた。部屋に掛けてある時計の針は20時を指していた。食欲は沸かないため、課題でもしようかと鞄の中身を漁る。
「あれ?」
2度、3度と中を入念に確認するが、
ない。
頭に浮かぶ一つの可能性。
学校に忘れてしまったあああああああああ!!
と頭の中で叫ぶともう一度時計を見る。やはり時刻は20時。こうなったら・・・
1階に降り、静かに玄関に向かう。物音を立てないように慎重に靴を履き、ゆっくりと玄関のドアを開ける。
外は少し肌寒く、街灯と家のカーテンからはみ出している光だけがあたりを照らしている。
さっさと学校に取りに行こう。
俺は学校の方向へ歩き出した。
そんな俺の気配を感じたのだろうか、
「カナタ?」
母が玄関を開け外に顔を出す。しかし、すでに俺の姿は暗闇に消えていた。
[学校]
俺(カナタ)は、絶賛深夜の学校の教室に忘れ物のノートをとりに向かっている最中だ。校舎を囲む塀はそこまで高くないため、比較的容易に人が入り込めてしまうガバガバセキュリティであり、現に俺が入りこめているわけだ。閉じ切られた校舎は静まり、不気味な雰囲気を漂わせていた。教室は3階か…
……コン
何かの音が聞こえた。どうせ見回りの用務員とかだろ。若干恐怖が混じったため息を吐くと、そそくさと階段を上り、長い廊下を素早く駆け抜けていく。やっと自分の教室に着いた!と思ったら、中から話し声が聞こえてきた。
「これとかどうだ!いい感じに撮れてるだろ!」
「も、もう十分満足しただろ…?早く帰ろうよ…」
聞き慣れた声だ。ドアをそっと開けると、そこにはワキオとマルタがいた。
「お、カナタじゃねーか!体調はもう治ったのか?てかこんな時間に何やってんだ?」
ワキオは俺に気づくと、スマホのカメラ機能で教室を撮りながら話しかけてきた。さっきまでの緊張感がバカらしくなり、俺は2人に駆け寄った。
「もしかしてだけど、帰り言ってた心霊スポットって、ここ?」
「よくわかったな!この教室には昔自殺した生徒がいるとかいないとか...それよりよ、これを見ろ!!」
「ん?」
ワキオが自信満々に写真を見せつけてきた。そこにはここで撮ったであろう夜の教室の光景があった。だが不思議な事に、その写真にはたくさんのオーブらしき物が写っていた。ワキオはそんな写真が撮れたためかいつもの100倍ほどテンションが高くなっているようだ。
「へー、スゴイネー」
テンションMAXなワキオを適当にあしらいながら、さっさと自分の机の中に手を突っ込んだ。
「なんか今日はもっと凄い心霊現象が取れそうな予感がする!何故なら、俺は霊感が強いから!」
「変な事言わないでよ。ほ、ほんとにでたらど、どうするんだ…」
元気いっぱいなワキオに対し、心霊系が苦手なマルタが小声で言う。結局あれから無理矢理連れて来られたんだろうな…可哀想に。
「お、あったあった。じゃあ俺は目当てのものをゲット出来たんで、おふたりさんは心霊撮影がんばってね~」
机の中から目当てのものを見つけると、俺は面倒事に巻き込まれないようにそそくさと教室の扉に歩き始める。
そうして3歩目を歩いたところで、
………ゴン!
大きな音がした。全員廊下の方に顔を向ける。
「なんの音だ……?」
違和感を感じた俺たちは、そっと教室のドアに近づいた。
足元にはいつのまにか黒い霧が溢れていた。
「教室の中に黒い霧なんて聞いた事ないよ…」マルタが声を震わせる。
「きっとこれも心霊現象に違いない…!」ワキオが自信満々に言う。
「き、きっとアレだろ…消火器からでるアレ!きっと誰かが倒しちゃったんだ…!」
眼の前で起きている不気味な現象をどうにか処理しようとしている俺とビビっているマルタの事はお構いなく、
「開けるぞ…!」
と言うと、ワキオは相槌を待たずにドアを勢いよく開けた。
[学校:3階廊下]
周囲を黒い霧がさらに覆っていき、真っ暗な廊下は一層に不気味な空気を漂わせてた。俺らが全員廊下に出終わると、突然霧がひとつの場所に集まっていく。
「………は?」
黒い霧から巨大な人型の何かが現れた、いや、霧が人型に姿を変えたという方が正しいだろう。それはゲームに出てくる化け物を現実に持ってきたかのような見た目をしており、黒い肌を全身にまとっている。異様な化け物はその巨体を霧に覆われながら見下ろすように赤い眼光でこちらを見つめる。
「…………………」
化け物は、何も言わない。
「あ、あ、あ、」
マルタが悲鳴に近い声を上げると、俺たちは一斉に化け物に背を向け走った。
なんなんだあいつ…!?
一瞬後ろに顔を振り向くと、化け物は俺たちに襲いかかるように勢いよく追いかけてきている。パニックになった脳で必死に廊下を走り怪物を撒けるように逃げるも、化け物はどこからともなく霧から現れる。まるで俺たちが逃げる先をあらかじめ分かっているように。
「こっちだ!」
ワキオが俺達を先導し、急いで階段を降りていくと、いつのまにか剣道場に辿り着いた。
「学校の剣道場って本物の刀とかあったりする?」ワキオが突然質問してくる。
「ないと、お、思うけど...!」息切れているマルタが答える。
「カナタって確か剣道部だったよな!?」と再び質問するワキオ。
「予選止まりだし、あんな化け物に竹刀が効くかわからなし、てお前アレと戦う気かよ!」
本当に驚き呆れた。まさかそんな理由でここに来たのか。
「と、とりあえず警察?それとも消防?は、はやく助けを呼ぼうよぉ!」マルタはだいぶパニクっているようだ。そういう俺もすでに思考がグッチャになっている。
そんな俺達にお構いなく、化け物は再び霧から姿を現す。
「ちょ、少しくらいは待ってくれよ!?」
とワキオは怪物に対し大きな声を出して、近くに置いてあった竹刀ケースに急いで向かい、一本の竹刀を抜き出す。この怪物にこんな物が効くのか?という不安を抱くも、覚悟を決めて俺も竹刀ケースに走り、一本抜き出し右手に握りしめる。
…やるしかない
と自分に言い聞かせ、ワキオに続き化け物に向かって走り出した。
[学校:剣道場]
2人が化け物の間合いに近づく。
その瞬間、俺とワキオの前には1メートルほどありそうな巨大な3本の爪が立ちはだかった。ソレは化け物の右手を覆う黒い霧から生成されており、化け物の体はさっきより鮮明になっていた。
爪は天高くまで振り上げたと思ったら、そのまま俺に向かって振り下ろされた。
「なっ…!?」
咄嗟に竹刀で防御を試みる。“バギギギッ”と竹刀が折れる音が剣道場に鳴り響く。
重い、途轍もなく重い。
歯を食いしばりギリギリ竹刀で爪を支える。
俺は化け物を見上げるような体制になる。徐々に両足が後ろに下がっていく。
そこで初めて化け物の全体像を細かく確認できた。もっとも確認する余裕はないが。
霧、霧だった。化け物の体は深く黒い霧そのものであった。だが、霧でありながらまるで実物の体であるかのようにも見えた。
そう思っているのもつかの間、突然かけられていた重りはなくなる。
竹刀に振り下ろされていたはずの右腕の爪は霧となって消えたと思ったら、怪物の左ストレートが俺の真横に向かって放たれた。
………!?
驚いて左に顔を向けると、さっきまで一緒に居たはずのワキオは消えており、背中の方向から"ドガン"と大きな音が鳴っていた。
音の方向に振り向くと、10メールほど離れているはずの壁にワキオが転がっていた。
「ヒッ…」その近くからマルタの小さな悲鳴が聞こえた。
「ワキオ!」心配しながらも、俺はさっきの爪のせいか、恐怖のせいか、足をガクガク震わせている。
自分の足を数回殴り震えを無理やりなくす。折れた竹刀を改めて強く握り締めると、化け物の方をむく。
化け物を構成する霧は若干薄くなっており、後ろの剣道場の壁が少しだけ透けて見えた。
「うぉおおおお!!」
自分を鼓舞するように声を上げながら、竹刀を怪物に向かって振ろうとすると、怪物もそれを防ぐように右手を振り下す。薄くなっていた霧は再び濃くなり、怪物の姿が鮮明になる。
折れた竹刀では巨大な爪とのぶつかり合いに耐えられることも出来ず、、、
あまりの衝撃で目を瞑る。
目を開けた時、俺はすでに空中に吹き飛ばされていた。
そのまま竹刀ケースの方まで飛ばされていくと"ドガアアアア"という激しい音と共に竹刀ケースを壊しながら勢いよく背中を地面につける。周囲には竹刀ケースからバラバラと出てくる竹刀が大量にころがっている。
数十秒ほど気絶していたが、背中の激痛と共に意識を取り戻す。床に散らばっている竹刀を1本取りなんとか立ち上がる。
目の前には依然化け物が仁王立ちしていた。
「ハァ…ハァ…」
息を切らしながら、化け物の様子を伺う。先程までパニックを起こしていた頭がようやくマトモに機能し始める。目の前の化け物一点に思考を巡らせる。
違和感・・・
この戦いでいくつか違和感があった。立ち尽くすマルタを怪物が襲わないこと、俺とワキオに追撃をしないこと、霧でできた体、突然消えた爪。
頭の中にある仮説が浮かんだ。
というより、これにかけるしかなかった。
周囲を舞っているホコリとケムリが無くなる前に、そこらに散らばる竹刀を拾った。
[学校:霧に覆われた剣道場]
怪物は吹き飛ばした男の方向を凝視していた。今は吹き飛ばした際にでたチリと煙でよく見えないが、徐々に落ち着き、中の様子が見えてくる。
”ヒュン“
突如煙の中から一本の竹刀が怪物目掛けて飛んでくる。
「………」
怪物はなんなく竹刀を右手の爪で弾き飛ばす、
と同時に煙から男が竹刀を持って直進してきた。
自ら再び的になろうとしている標的に、怪物は左拳に力を込めもう一度吹き飛ばしてやろうと振りかざす。体を構成する霧は一層深くなり化け物の姿が鮮明になる。
「………!」
だが、その拳は空振りした。
男はパンチを避けるように怪物の左腕の下をかいくぐり、竹刀を横に振り怪物の右足に向かって振る。
強靭な怪物の右足は竹刀で斬られたのにも関わらず、いとも簡単に切断された。
両足のバランスが突如保てなくなった怪物は地に足をつけそうになるも、体の中心部を赤く発光させると、一瞬で新たな右足を生成した。
だが男はその一瞬の隙を見逃さなかった。
右足を切断した竹刀を今度は下から上へ振り上げる。竹刀は今度は怪物の右腕の付け根を綺麗に切断し、そのまま首から肩へ...
頭を切り落とされた怪物は1秒ほど硬直すると、再び胴体の中心から全身へ向かって赤い光を発光させ、切断された場所から新たな右腕と頭を生成した。霧で構成された体は、ほぼ実体をもってるかのような鮮明さを醸し出し、化け物の存在感を一層に高める。
「……………ヴアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
目の前の男を脅威に感じた怪物は叫び声を出しながら男へ次の攻撃を繰り出そうとしている。
しかし、次の攻撃が繰り出されることは無かった。
一連の斬撃を驚くほど滑らかに繰り出す男は、すでにその時には竹刀を真っ直ぐ構えていた。怪物の赤く光る中心部を完璧に突き刺せるように。
“バリン”
狙い通り突き刺された怪物の中心部はガラスが割れるような音を出しながら壊れていき、それと同時に怪物も形を保てなくなり、徐々に霧に溶けていった。
[学校:ボロボロの剣道場]
化け物が消えた剣道場は俺の心臓の音だけが鳴り響いている。体感1時間ほどの時間がたった頃、自分が何をしたのかを理解した。
竹刀を手から滑り落とすと、ワキオがいる方向へと走った。
ワキオはすでに目を覚ましていたようなので、
「大丈夫か!?」
と声をかけると、
「いててて、あんな幽霊がでるとは思わなかったなぁ」と呑気な返事が返ってきた。
「どっちかと言えば怪物だろ」と言いながらワキオに肩を貸す。
「にしてもさっきのカナタ、別人みたいだったぜ!あんな凶暴な幽霊を除霊出来るなんて、カナタすげ~な!」
どうやら心配は要らないようだ。
2人とも無事だという事を再度確認すると、
「な、なんだったんだ今の…」
恐怖で硬直状態だったマルタは尻餅をついてようやく言葉を発した。
俺とワキオは2人がかりで放心状態のマルタを起き上がらせると、さっきの出来事について色々話した。
「そういえばどうしてマルタは襲われなかったんだろうな」ワキオが疑問を抱く。
「多分あの怪物は敵意を持っている対象にだけ攻撃してくるんじゃないかな」
じゃなきゃ俺もワキオも怪物の追撃でお陀仏のはずだし、あの場所から一歩も動かなかったのも納得だ。
「て、てか、よくさっきの化け物を倒せたね」とマルタが驚いたように聞く。
「あいつ、霧なのに途中で俺たちを攻撃するときだけまるで実体があるみたいに姿が鮮明になっただろ?だから、もしかしたら攻撃のときだけ本当に霧から実体に変わるのかなって思ってさ」
「そんな根拠で!?」
マルタとワキオが一斉に驚く。
「でも、それが思いついたからってあんなすごい事できねえよ。実際、俺もカナタも壁まで吹き飛ばしてたし。怪物の攻撃がかわせなかったら死んでたかもしれないんだぜ?」とワキオが俺に心配の目で言う。
「怪物はデカい分予備動作が大きかったし、直前には体の霧が濃くなって鮮明になるから、冷静になればギリギリ躱すくらいはワキオにだってできたはずだよ。ただ竹刀で体を切断できるかどうかは賭けだったけどな。まあ…」
というようにさっきの勝利で若干調子に乗っている俺は二人に英雄気取りで先程の戦闘について語りだす。
しばらく経ち、3人の緊張がなくなってきた頃、
「なんか変じゃない…?」
とマルタが小声気味に言う。
「何言ってんだ?ビビリちゃ~ん!」
と先ほどの戦いで一歩も動けなかったマルタをワキオがノリノリで煽る。
お前も吹き飛ばされてただけだろ…
と内心思いながら俺も周囲を見渡す。確かにマルタの言う通りのようだ。
「霧が…消えない?」
化け物を倒した後も消える気配がなく逆に増えていく霧はいつの間にか3人の周りを覆い尽くしていた。
「どうなってんだ…」
ポツリと戸惑いを呟いた時、突然ブラックホールにでも吸い込まれるように、霧の内部が俺たちを引っ張る。
ワキオとマルタが、
「なんだ!?これも心霊現象かぁ!?」
「か、体が引っ張られるヨォォォ」
などと言っていると、俺達はやがて耐えきれなくなり、強力な引力によって真っ暗な霧の内部へと吸い込まれた。
強風を感じて、目を開ける。
[上空]
「うああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ヒィィィィィィ!!」
ワキオとマルタの悲鳴は風の音でほぼ聞こえない。
「うわぁぁあああああ!?」
気づいたら俺も悲鳴を出していた。
勿論鳥のように飛べるわけもなく、俺達はとてつもないスピードで落下していく。
脳の理解が追いついた頃には、俺は泡を吹きながら白目をむいて思考を停止していた。
暗闇、真っ暗な世界、自分の存在さえも感覚出来ないほどの虚無。
そこには、ただ存在するだけで何も起こらないかのように感じられた。
―――そこに現れる一筋の光。
暗闇に一際際立つ淡い緑の閃光は幻想的と言える程美しく、静かに輝いていた。
二つ、三つと増えていく光の道は、いずれ真っ暗な世界全てを覆い尽くす。
そして...
突如として閃光は途切れて、再び世界は元の暗闇に戻った。
[とある街の一軒家]
高層ビルが乱立している繁華街には、早朝にも関わらず車と人で溢れている。
「ピピピピッ」
目覚まし時計が7:30を知らせている。
「うぅん…」
もうちょい寝させてくれ~と言わんばかりの呻き声を出し、声の主は二度寝した。
~30分後~
寝ぼけた手で雑に時計を叩く。それと同時に先ほどまでうるさく鳴り響いていた目覚まし時計は驚くほど静かになる。
「あ、れ...?」
気づいてしまった。
「嘘…だろ?」
二度寝していた事に。
「やっべ!」
男は焦りによって眠気を吹き飛ばし、ベットから倒れ落ちると急いで制服に着替える。ネクタイを結びながら階段をドタバタと降りていくと、ダイニングから香ばしい匂いが漂ってくる。
「いただきます!」
椅子に座りながら雑に手を合わせる。目の前には白米、味噌汁、卵焼きとサラダにベーコンがそれぞれ2つずつ美味しそうに並んでいる。
「カナタ、もう8時よ!急いで食べないと学校に遅れるわよ!」
キッチンから怒鳴り声が聞こえてくる。
「わかってるよ、母さん」
3分の1くらい朝食を食べすすめていると、目の前の席に自分の母親が座る。
「アンタが二度寝なんて珍しいわね」
「なーんか今日は異様に眠たかったんだよね」
何か長い夢を見ていたような気がするが、全く思い出せずになんだかモヤモヤした気分になる。まあ夢の事なんか気にしていてもしょうがないので、さっさと朝ごはんを食べる事に集中する。
食事が終わり現在時間を確認する。現在8時09分、学校が始まるのは8時30分、今からダッシュで走れば間に合うか。
「ごちそうさま!!」
空の食器をテーブルに置きっぱにして、俺は大急ぎで玄関に向かう。
「急いで事故起こしたりしないでね!」
後ろから母の声が響く。
「わかってるって、行ってきまーす!」
母に負けないくらい大きな声で答えると、玄関を勢いよく開ける。
俺の名前は永田カナタ、高校2年生。みんなからはカナタって呼ばれている。剣道部だが大会とかでは全く結果はだせていない、本当に普通の高校生なのだ。
そして今俺は、学校への道を猛ダッシュしている。いつもは歩いて25分程で着くのだが...果たして間に合うのか、頑張れ!俺の足!!
[学校玄関]
学校に掛けられている時計を見る。現在時刻8時27分、ギリセーフ。
ほっと胸をなでおろしていると、ドタバタと焦っている二人組が玄関に入ってくる。
「おはよう、カナタ!」
「お、おはよぉ、カナタくん...」
一人目は元気よく、二人目は息を切らしながら挨拶した。
「おはよう、ワキオ、マルタ。お前らも寝坊したのか?」
3人とも遅刻なんて珍しい事があるもんだ、と思いながら二人に質問する。
「まさか、お前見てないのか!?途中のゲームショップ!今日から新作の『デル天リンク』が発売するんだって!学校なんて行ってる場合じゃねえよ、このままじゃ売り切れちまう」
ワキオが興奮した口ぶりで言う。
「ぼ、僕は興味なかったのに、ワキオ君がゲームショップから離れなくて」
マルタが疲れたぁとため息を吐く。なるほどな、新作ゲームで興奮しゲームショップから離れないワキオをマルタが無理やり引っ張って来たというわけね。そりゃこんなギリギリの時間になるわけだ。
そんな3人にお構いなく、学校のチャイムが残酷にも鳴り響く。
キーンコーンカーンコーン
「「「 あ 」」」
この後3人は教師にこっぴどく怒られたという。
[学校:教室]
そろそろだな、と思い教室の時計をそっと見る。6時間目の授業を受けている最中なのだが、今日は一層眠気が酷い。終わったらさっさと家に帰って寝よう、と思っていると、終了の鐘が鳴る。
「・・・だ。よし、今日はここまで。課題は明日俺に提出するように」
教師が言い終わるとすぐに静かだった教室は騒がしくなる。
鞄に物を詰め帰宅の準備をする俺にワキオがマルタを連れてこっちにせまる。
「カナタ、今日一緒に心霊スポットに行かない?」
と相変わらず元気なワキオが話しかけてくる。朝の新作ゲームの話はどこ行ったんだと思いながら、
「ごめん、今日ちょっと体調悪いからパス」
と答える。体調が悪いのは別に嘘ではない。若干の頭痛が朝から続いている。が、本当に行きたくない理由はたった1つ。めんどくさいからだ。
こいつ(ワキオ)の提案は毎回ろくなことが起こらない。前もアスレチックしたいという理由で遠くにある大きな公園まで連れ去られ、結局帰りは10時頃になり母に激怒された。
「じゃ、じゃあ僕も今日は家で『戦艦ムスメ』やりたいからパスで…」
とマルタが言いかけると、
「じゃあ俺とマルタだけだな。みんな心霊興味ないのかぁ?ビビリばっかだなぁ」
というワキオの声が遮る。どうやら俺たち以外の奴らにも誘っているようだが、断られているようだ。当たり前だが。
「じゃあ俺帰るわ、またな」
ワキオから逃げるように教室から出る。
「しっかり休めよ!じゃあな!」
「じゃあね・・・」
二人の別れの挨拶を背に学校から出ると家に向かってゆっくりと足を進めた。
[カナタ家]
「永田」と書かれた家の表札を見つけるとその家の玄関の鍵穴に鍵をはめる。中に入り自分の部屋へと階段を登り、ドアを開ける。途中で母の声が聞こえただろうか、思考が働かない。
とりあえず一旦寝よう。
ベッドにダイブすると、すぐに意識は遠ざかっていった。
………
ハッと目が覚める。朝からの頭痛はすっかり治まり眠気も覚めた。部屋に掛けてある時計の針は20時を指していた。食欲は沸かないため、課題でもしようかと鞄の中身を漁る。
「あれ?」
2度、3度と中を入念に確認するが、
ない。
頭に浮かぶ一つの可能性。
学校に忘れてしまったあああああああああ!!
と頭の中で叫ぶともう一度時計を見る。やはり時刻は20時。こうなったら・・・
1階に降り、静かに玄関に向かう。物音を立てないように慎重に靴を履き、ゆっくりと玄関のドアを開ける。
外は少し肌寒く、街灯と家のカーテンからはみ出している光だけがあたりを照らしている。
さっさと学校に取りに行こう。
俺は学校の方向へ歩き出した。
そんな俺の気配を感じたのだろうか、
「カナタ?」
母が玄関を開け外に顔を出す。しかし、すでに俺の姿は暗闇に消えていた。
[学校]
俺(カナタ)は、絶賛深夜の学校の教室に忘れ物のノートをとりに向かっている最中だ。校舎を囲む塀はそこまで高くないため、比較的容易に人が入り込めてしまうガバガバセキュリティであり、現に俺が入りこめているわけだ。閉じ切られた校舎は静まり、不気味な雰囲気を漂わせていた。教室は3階か…
……コン
何かの音が聞こえた。どうせ見回りの用務員とかだろ。若干恐怖が混じったため息を吐くと、そそくさと階段を上り、長い廊下を素早く駆け抜けていく。やっと自分の教室に着いた!と思ったら、中から話し声が聞こえてきた。
「これとかどうだ!いい感じに撮れてるだろ!」
「も、もう十分満足しただろ…?早く帰ろうよ…」
聞き慣れた声だ。ドアをそっと開けると、そこにはワキオとマルタがいた。
「お、カナタじゃねーか!体調はもう治ったのか?てかこんな時間に何やってんだ?」
ワキオは俺に気づくと、スマホのカメラ機能で教室を撮りながら話しかけてきた。さっきまでの緊張感がバカらしくなり、俺は2人に駆け寄った。
「もしかしてだけど、帰り言ってた心霊スポットって、ここ?」
「よくわかったな!この教室には昔自殺した生徒がいるとかいないとか...それよりよ、これを見ろ!!」
「ん?」
ワキオが自信満々に写真を見せつけてきた。そこにはここで撮ったであろう夜の教室の光景があった。だが不思議な事に、その写真にはたくさんのオーブらしき物が写っていた。ワキオはそんな写真が撮れたためかいつもの100倍ほどテンションが高くなっているようだ。
「へー、スゴイネー」
テンションMAXなワキオを適当にあしらいながら、さっさと自分の机の中に手を突っ込んだ。
「なんか今日はもっと凄い心霊現象が取れそうな予感がする!何故なら、俺は霊感が強いから!」
「変な事言わないでよ。ほ、ほんとにでたらど、どうするんだ…」
元気いっぱいなワキオに対し、心霊系が苦手なマルタが小声で言う。結局あれから無理矢理連れて来られたんだろうな…可哀想に。
「お、あったあった。じゃあ俺は目当てのものをゲット出来たんで、おふたりさんは心霊撮影がんばってね~」
机の中から目当てのものを見つけると、俺は面倒事に巻き込まれないようにそそくさと教室の扉に歩き始める。
そうして3歩目を歩いたところで、
………ゴン!
大きな音がした。全員廊下の方に顔を向ける。
「なんの音だ……?」
違和感を感じた俺たちは、そっと教室のドアに近づいた。
足元にはいつのまにか黒い霧が溢れていた。
「教室の中に黒い霧なんて聞いた事ないよ…」マルタが声を震わせる。
「きっとこれも心霊現象に違いない…!」ワキオが自信満々に言う。
「き、きっとアレだろ…消火器からでるアレ!きっと誰かが倒しちゃったんだ…!」
眼の前で起きている不気味な現象をどうにか処理しようとしている俺とビビっているマルタの事はお構いなく、
「開けるぞ…!」
と言うと、ワキオは相槌を待たずにドアを勢いよく開けた。
[学校:3階廊下]
周囲を黒い霧がさらに覆っていき、真っ暗な廊下は一層に不気味な空気を漂わせてた。俺らが全員廊下に出終わると、突然霧がひとつの場所に集まっていく。
「………は?」
黒い霧から巨大な人型の何かが現れた、いや、霧が人型に姿を変えたという方が正しいだろう。それはゲームに出てくる化け物を現実に持ってきたかのような見た目をしており、黒い肌を全身にまとっている。異様な化け物はその巨体を霧に覆われながら見下ろすように赤い眼光でこちらを見つめる。
「…………………」
化け物は、何も言わない。
「あ、あ、あ、」
マルタが悲鳴に近い声を上げると、俺たちは一斉に化け物に背を向け走った。
なんなんだあいつ…!?
一瞬後ろに顔を振り向くと、化け物は俺たちに襲いかかるように勢いよく追いかけてきている。パニックになった脳で必死に廊下を走り怪物を撒けるように逃げるも、化け物はどこからともなく霧から現れる。まるで俺たちが逃げる先をあらかじめ分かっているように。
「こっちだ!」
ワキオが俺達を先導し、急いで階段を降りていくと、いつのまにか剣道場に辿り着いた。
「学校の剣道場って本物の刀とかあったりする?」ワキオが突然質問してくる。
「ないと、お、思うけど...!」息切れているマルタが答える。
「カナタって確か剣道部だったよな!?」と再び質問するワキオ。
「予選止まりだし、あんな化け物に竹刀が効くかわからなし、てお前アレと戦う気かよ!」
本当に驚き呆れた。まさかそんな理由でここに来たのか。
「と、とりあえず警察?それとも消防?は、はやく助けを呼ぼうよぉ!」マルタはだいぶパニクっているようだ。そういう俺もすでに思考がグッチャになっている。
そんな俺達にお構いなく、化け物は再び霧から姿を現す。
「ちょ、少しくらいは待ってくれよ!?」
とワキオは怪物に対し大きな声を出して、近くに置いてあった竹刀ケースに急いで向かい、一本の竹刀を抜き出す。この怪物にこんな物が効くのか?という不安を抱くも、覚悟を決めて俺も竹刀ケースに走り、一本抜き出し右手に握りしめる。
…やるしかない
と自分に言い聞かせ、ワキオに続き化け物に向かって走り出した。
[学校:剣道場]
2人が化け物の間合いに近づく。
その瞬間、俺とワキオの前には1メートルほどありそうな巨大な3本の爪が立ちはだかった。ソレは化け物の右手を覆う黒い霧から生成されており、化け物の体はさっきより鮮明になっていた。
爪は天高くまで振り上げたと思ったら、そのまま俺に向かって振り下ろされた。
「なっ…!?」
咄嗟に竹刀で防御を試みる。“バギギギッ”と竹刀が折れる音が剣道場に鳴り響く。
重い、途轍もなく重い。
歯を食いしばりギリギリ竹刀で爪を支える。
俺は化け物を見上げるような体制になる。徐々に両足が後ろに下がっていく。
そこで初めて化け物の全体像を細かく確認できた。もっとも確認する余裕はないが。
霧、霧だった。化け物の体は深く黒い霧そのものであった。だが、霧でありながらまるで実物の体であるかのようにも見えた。
そう思っているのもつかの間、突然かけられていた重りはなくなる。
竹刀に振り下ろされていたはずの右腕の爪は霧となって消えたと思ったら、怪物の左ストレートが俺の真横に向かって放たれた。
………!?
驚いて左に顔を向けると、さっきまで一緒に居たはずのワキオは消えており、背中の方向から"ドガン"と大きな音が鳴っていた。
音の方向に振り向くと、10メールほど離れているはずの壁にワキオが転がっていた。
「ヒッ…」その近くからマルタの小さな悲鳴が聞こえた。
「ワキオ!」心配しながらも、俺はさっきの爪のせいか、恐怖のせいか、足をガクガク震わせている。
自分の足を数回殴り震えを無理やりなくす。折れた竹刀を改めて強く握り締めると、化け物の方をむく。
化け物を構成する霧は若干薄くなっており、後ろの剣道場の壁が少しだけ透けて見えた。
「うぉおおおお!!」
自分を鼓舞するように声を上げながら、竹刀を怪物に向かって振ろうとすると、怪物もそれを防ぐように右手を振り下す。薄くなっていた霧は再び濃くなり、怪物の姿が鮮明になる。
折れた竹刀では巨大な爪とのぶつかり合いに耐えられることも出来ず、、、
あまりの衝撃で目を瞑る。
目を開けた時、俺はすでに空中に吹き飛ばされていた。
そのまま竹刀ケースの方まで飛ばされていくと"ドガアアアア"という激しい音と共に竹刀ケースを壊しながら勢いよく背中を地面につける。周囲には竹刀ケースからバラバラと出てくる竹刀が大量にころがっている。
数十秒ほど気絶していたが、背中の激痛と共に意識を取り戻す。床に散らばっている竹刀を1本取りなんとか立ち上がる。
目の前には依然化け物が仁王立ちしていた。
「ハァ…ハァ…」
息を切らしながら、化け物の様子を伺う。先程までパニックを起こしていた頭がようやくマトモに機能し始める。目の前の化け物一点に思考を巡らせる。
違和感・・・
この戦いでいくつか違和感があった。立ち尽くすマルタを怪物が襲わないこと、俺とワキオに追撃をしないこと、霧でできた体、突然消えた爪。
頭の中にある仮説が浮かんだ。
というより、これにかけるしかなかった。
周囲を舞っているホコリとケムリが無くなる前に、そこらに散らばる竹刀を拾った。
[学校:霧に覆われた剣道場]
怪物は吹き飛ばした男の方向を凝視していた。今は吹き飛ばした際にでたチリと煙でよく見えないが、徐々に落ち着き、中の様子が見えてくる。
”ヒュン“
突如煙の中から一本の竹刀が怪物目掛けて飛んでくる。
「………」
怪物はなんなく竹刀を右手の爪で弾き飛ばす、
と同時に煙から男が竹刀を持って直進してきた。
自ら再び的になろうとしている標的に、怪物は左拳に力を込めもう一度吹き飛ばしてやろうと振りかざす。体を構成する霧は一層深くなり化け物の姿が鮮明になる。
「………!」
だが、その拳は空振りした。
男はパンチを避けるように怪物の左腕の下をかいくぐり、竹刀を横に振り怪物の右足に向かって振る。
強靭な怪物の右足は竹刀で斬られたのにも関わらず、いとも簡単に切断された。
両足のバランスが突如保てなくなった怪物は地に足をつけそうになるも、体の中心部を赤く発光させると、一瞬で新たな右足を生成した。
だが男はその一瞬の隙を見逃さなかった。
右足を切断した竹刀を今度は下から上へ振り上げる。竹刀は今度は怪物の右腕の付け根を綺麗に切断し、そのまま首から肩へ...
頭を切り落とされた怪物は1秒ほど硬直すると、再び胴体の中心から全身へ向かって赤い光を発光させ、切断された場所から新たな右腕と頭を生成した。霧で構成された体は、ほぼ実体をもってるかのような鮮明さを醸し出し、化け物の存在感を一層に高める。
「……………ヴアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
目の前の男を脅威に感じた怪物は叫び声を出しながら男へ次の攻撃を繰り出そうとしている。
しかし、次の攻撃が繰り出されることは無かった。
一連の斬撃を驚くほど滑らかに繰り出す男は、すでにその時には竹刀を真っ直ぐ構えていた。怪物の赤く光る中心部を完璧に突き刺せるように。
“バリン”
狙い通り突き刺された怪物の中心部はガラスが割れるような音を出しながら壊れていき、それと同時に怪物も形を保てなくなり、徐々に霧に溶けていった。
[学校:ボロボロの剣道場]
化け物が消えた剣道場は俺の心臓の音だけが鳴り響いている。体感1時間ほどの時間がたった頃、自分が何をしたのかを理解した。
竹刀を手から滑り落とすと、ワキオがいる方向へと走った。
ワキオはすでに目を覚ましていたようなので、
「大丈夫か!?」
と声をかけると、
「いててて、あんな幽霊がでるとは思わなかったなぁ」と呑気な返事が返ってきた。
「どっちかと言えば怪物だろ」と言いながらワキオに肩を貸す。
「にしてもさっきのカナタ、別人みたいだったぜ!あんな凶暴な幽霊を除霊出来るなんて、カナタすげ~な!」
どうやら心配は要らないようだ。
2人とも無事だという事を再度確認すると、
「な、なんだったんだ今の…」
恐怖で硬直状態だったマルタは尻餅をついてようやく言葉を発した。
俺とワキオは2人がかりで放心状態のマルタを起き上がらせると、さっきの出来事について色々話した。
「そういえばどうしてマルタは襲われなかったんだろうな」ワキオが疑問を抱く。
「多分あの怪物は敵意を持っている対象にだけ攻撃してくるんじゃないかな」
じゃなきゃ俺もワキオも怪物の追撃でお陀仏のはずだし、あの場所から一歩も動かなかったのも納得だ。
「て、てか、よくさっきの化け物を倒せたね」とマルタが驚いたように聞く。
「あいつ、霧なのに途中で俺たちを攻撃するときだけまるで実体があるみたいに姿が鮮明になっただろ?だから、もしかしたら攻撃のときだけ本当に霧から実体に変わるのかなって思ってさ」
「そんな根拠で!?」
マルタとワキオが一斉に驚く。
「でも、それが思いついたからってあんなすごい事できねえよ。実際、俺もカナタも壁まで吹き飛ばしてたし。怪物の攻撃がかわせなかったら死んでたかもしれないんだぜ?」とワキオが俺に心配の目で言う。
「怪物はデカい分予備動作が大きかったし、直前には体の霧が濃くなって鮮明になるから、冷静になればギリギリ躱すくらいはワキオにだってできたはずだよ。ただ竹刀で体を切断できるかどうかは賭けだったけどな。まあ…」
というようにさっきの勝利で若干調子に乗っている俺は二人に英雄気取りで先程の戦闘について語りだす。
しばらく経ち、3人の緊張がなくなってきた頃、
「なんか変じゃない…?」
とマルタが小声気味に言う。
「何言ってんだ?ビビリちゃ~ん!」
と先ほどの戦いで一歩も動けなかったマルタをワキオがノリノリで煽る。
お前も吹き飛ばされてただけだろ…
と内心思いながら俺も周囲を見渡す。確かにマルタの言う通りのようだ。
「霧が…消えない?」
化け物を倒した後も消える気配がなく逆に増えていく霧はいつの間にか3人の周りを覆い尽くしていた。
「どうなってんだ…」
ポツリと戸惑いを呟いた時、突然ブラックホールにでも吸い込まれるように、霧の内部が俺たちを引っ張る。
ワキオとマルタが、
「なんだ!?これも心霊現象かぁ!?」
「か、体が引っ張られるヨォォォ」
などと言っていると、俺達はやがて耐えきれなくなり、強力な引力によって真っ暗な霧の内部へと吸い込まれた。
強風を感じて、目を開ける。
[上空]
「うああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「ヒィィィィィィ!!」
ワキオとマルタの悲鳴は風の音でほぼ聞こえない。
「うわぁぁあああああ!?」
気づいたら俺も悲鳴を出していた。
勿論鳥のように飛べるわけもなく、俺達はとてつもないスピードで落下していく。
脳の理解が追いついた頃には、俺は泡を吹きながら白目をむいて思考を停止していた。
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