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第2章

子犬と会話と名前と

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 食堂へ帰る。
 トコトコ。てとてと。トコトコ。てとてと。
 後ろから、ついてくる足音がする。立ち止まる。すると、後ろの足音も止まる。歩く。ついてくる。
 なんだろう?後ろを振り向く。先ほどの子犬がいた。

「あら、ついてきたの?逃げたんじゃないの?」

『逃げたんじゃないや。様子見てただけさ』

 子犬の声が分かるよ!さすが異世界。動物とも会話ができるのか。キャー、楽しい!

「私になにか用なの?」

『用って別に……?オレの言うことが分かるのか?』

「えっ?」

『普通にオレと話すヤツがいるとは、思わなかった』

「あれ?動物と話せるのは、珍しいの?」

 子犬の言うことがわかったから、異世界では普通に会話できると思っちゃったよ。
これは、私のチートってことだね。

「もしかして、さっきも話しかけてたの?」

『一応な。でもさっきは鎖のせいで、聞こえてなかったかもしれん』

「あの鎖には、そんな力があったの?」

『そうだ。あの忌々いまいましい鎖に力を封じられてなきゃ、すぐ逃げだせたさ』

 すごく悔しそう。
 こちらの世界は、魔獣がいるところ。この子犬はただの犬ではなくて、魔犬ってことかな?そしてあの鎖には魔力を封じる力があった。なるほどね。

「それで、どうして私についてくるの?」

『他に行く所がないから』

「はあ?自分がいた所へ帰れば、いいんじゃない?」

『帰りたいが、帰れない』

「なにか帰れない事情でもあるの?」

『違う。力が戻ってないせいで、通れないんだ』

「通れない?わかんないなぁ」

『とにかく、力が戻るまで、しばらくお前の世話になってやる』

「なに、その上から目線」

 まぁ確かに、体は痩せてるし…そうとう弱っているのかも。鎖をつけたヤツ、エサもやらなかったにちがいない。動物虐待、許せん!

「わかったわ。でも私も居候してる身なの。しかも食堂だし…。飼えるかどうか、わからないよ?」

『別に飼えと言ってるわけじゃない。一時的に世話になるだけだ』

「一時的とは言ってもね…」

 おじさんたち、了承してくれるかな?食堂は、犬って大丈夫かな?番犬…にしては小さいしなあ。

「とにかく、まずは好印象を持ってもらわなくちゃね」

『どうするんだ?』

「体洗いましょう」



 “川の夕暮れ亭”は、川のそばに建っている。大きい川じゃないよ。小川ってところかな。川岸にいく。洗えそうなところは…。あそこだね。靴を脱いで、腕捲りする。スカートは…。キョロキョロ。誰もいないね。スカートを膝上くらいまで捲し上げ、裾を縛って落ちないようにする。

「さあ、体洗うよ。少し我慢してね」

 そう言って、子犬を川に下ろす。水に浸かるのを嫌がるかと思ったが、そうでもないみたい。じっとしているので、水をかけながら、優しく洗ってあげる。

『なんか気持ちいいな』

と言うので、思わず

「かゆいところはある?」

なんて聞いてみた。美容院のシャンプーの時、そう言うんだよね。

『別にかゆいところはないぞ』

 だろうね。

「石鹸があれば、早く綺麗になるのにね」

『石鹸?なんだそれは?』

「汚れを落とすものだよ」

 石鹸はあるんだけど、高価なんだよね。残念。洗っていたら、漸く汚れが落ちた。

「あなたって、綺麗だったのねー」

 汚れが落ちると、子犬は銀色の毛をしていることがわかった。そして気付かなかったが、子犬の目の色は右目が青く、左目が金色という珍しいものだった。

『そうだろう、そうだろう。オレは綺麗だろう』

「自分で、それ言っちゃう?」

 思わず笑ってしまった。
 子犬は身震いして、毛の滴を振り払った。私が濡れるじゃん!

「私はアリサ。あなた、名前は?」

『名前などない』

「ないの?名前つけてあげようか?」

 そう言った途端、子犬は急に体を硬くし、目も険しくなった。

『何故、名前をつけたい?』

「だって、名前がないと呼びづらいでしょ?」

『呼びづらい?』

「いつまでも、あなたとか子犬っていうんじゃ、嫌でしょ?」

『そう呼んでもらってもいいが…。イヤ、オレは子犬じゃないぞ!』

「わかった!もう一人前だって、いいたいのね?」

 でも“犬”って呼ぶのもねー。

『お前、名前を付ける意味を知っているのか?』

「名前を付ける意味?お互いを呼ぶためのものでしょ?」

『そういう認識か…。悪いヤツじゃなさそうだし…。先ほど食べたものも、旨かったし…』

 なにかブツブツ言ってるぞ?

「なんなの?名前を付けられるのが嫌なら、別にいいよ」

『わかった。アリサに名前を付けさせてやろう』

 また上から目線。プライド高い子犬だなぁ。

「いいの?嫌なら、いいんだよ」

 もう一度言っておく。

『名前を呼んでみろ』

 了承してくれるなら、付けようかな。
 銀色の毛並みだから、“銀”とか?安易すぎるかな…。カッコいい名前の方がいいよね。

「シロガネっていうのはどう?」

『シロガネ?』

「そう。私の国の言葉で、あなたみたいな毛の色を白銀しろがねっていうんだよ」

『いい名だ。シロガネと名乗ろう』

 そう言った途端、子犬の体がパアッーと光り輝いた。眩しい!

「なに、今の?」

『名前を付けてもらったからな』

 名前を付けると光るの?

「でもシロガネって、どうして小さいくせに、偉そうなの?」

『オレはお前より、長く生きている。力を封じられていたせいか、体が小さくなっていただけだ。本当はもっと大きいんだ』

「大きいって、どのくらい?」

 すると、シロガネの体が急に大きくなった。馬くらいの大きさかな。

「なにこれ!」

 この大きさなら、番犬になるね。でも…。

「おばさんたち、びっくりするから、小さい方がいいかな?それといいコにしててね?」

『オレはいいコだぞ』

 自分でそれ言っちゃう?
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