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第1部
2話
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何もかもを遮断するように眠り続け、自然と目が覚めたのは随分と早い時間だった。
窓の向こうは暗いままだったが、灰青色に染まる空を見ればあと1、2時間程で黎明の薄い光が辺りを覆うことになるだろう。
たっぷりと寝たはずなのに陰鬱な気分は続いたまま。頭は冴えてるのに体は石を抱えているかのように億劫なのは体が固まっているからかも知れないな、と的外れな思考が浮かぶ。
広いベッドから降りて、体の節々を伸ばすように大きく伸びをした。昨日の夕方にぶっ倒れ、今の今まで寝ていた。一食抜いている状態なので空腹感を覚えるが、今の時間帯に邸内を彷徨いて使用人達を起こすわけにもいかないだろう。誰かと会うのにはまだ心が疲弊したままだ。
かと言ってまた眠る事も出来ずに、そのまま窓際へと近寄る。が、如何せん安全には配慮されているのか、三歳児では到底手の届かない高さにある窓鍵を見上げて諦めた。
両手足を目一杯伸ばしても余裕のあるベッドにまた沈み込んで、どことなく匂う穏やかな香りを胸一杯に吸い込んでは吐き出す。
何故、私は俺になってしまったんだろう。すでに終わった筈の人間に続きをさせるなんて、悪趣味にも程がある。
何よりも、私と俺では如何せん差がありすぎる。知識量でアドバンテージを取っていても、それは長く生きたが故の賜物だった。今の俺にある絶大な地位と財産は、私の頃にはなかったものだ。そんな重いものを背負うのが私でいいはずがなかった。重いものには大きな責任が伴う。子供の俺には理解しきれないそれを、大人だった私は痛いほど理解できる。だからこそ怖いのだ。
平凡なまま終わった私がこのまま成長していけば、それは後から思い出した私なのか、それとも俺なのか。考えれば考えるほどこんがらがって頭が痛くなる一方だ。
私の記憶を辿れば、幼児が3~5歳の間に前世がどうの、と言う発言が多くなる人もいるらしい。そしてそれはその歳を過ぎると治まり、やがて自分がそんな話をしていた事すらも忘れると。だとするならばその状態が今の俺なのか。
元の記憶の概要に”いきなり前世を思い出した子”なのか”元からあったのが言葉の発達と共に表出した子”なのかも載っていて欲しかった。周囲に相談出来る人もいなければ、これを誰かに相談したいとも思わないが。
自己の確立が周囲からの愛情だとすれば今の俺は正真正銘の”俺なのか”と、自我に疑問を持ってしまった。あまりにも不安定だ。俺自身の自我も、これからの将来へも何もかもが不安定だった。
いつ消えるか分からないこれに頼ったまま成長して、またポンと思い出したのと同じようにポンと忘れてしまいかねないのだ。今の俺が私なのか俺なのかも、ぐちゃぐちゃで判断が付かない。
幼児に合わない容量で思考を回していたからか、どんどん頭が鈍く痛んでくる。これ以上考えれば知恵熱でも出しそうだ。いや、もう既に出ているかも知れない。
ベッドの中央で大の字になって思考を回していると、部屋の扉から均等な間を開けて3度のノック音が響く。
「はい」
「坊っちゃま、おはようございます。今朝はお早いですね。気持ち悪いなどはありませんか?」
「ない」
「体調確認のあとは湯で清めさせていただきますね。お着替えしましたら旦那様方も来られるかと」
「ん」
扉の向こうから栄明の顔が覗く。
まさかこんな早くに返事があるとは思わなかったのか、少しの驚愕を顔に滲ませながらも俺の身支度を手早く終わらせると優しく抱えられるようにして移動させられる。されるがままに体を任せてしまえるのは今までの信頼があるが故だろう。代謝の良い子供の体だ、自覚していなかったが結構な汗を流していたらしい。丁寧ながらも素早い動きで俺の全身を洗い流すと、これまた優しい手付きで体を拭かれ髪を乾かしては梳かれる。
栄明の手際に気持ち良くなって思わず口角も上がってしまう。それでも、この後に両親に会うというだけでまた気持ちが沈んでいく。我ながら忙しい情緒だった。
着替える前と比べると随分とラフな格好に着替えていると、また自室の扉からノック音が響く。栄明の時とは違う強いノック音に少しだけ肩が竦んでしまう俺を見た栄明が、扉の向こうに声を掛ける前に、その扉は開かれた。
「仁。体は大丈夫か」
しっかりとした足取りで入って来たのは、俺の父親であり鷹官家現当主の鷹官顕之その人だった。
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窓の向こうは暗いままだったが、灰青色に染まる空を見ればあと1、2時間程で黎明の薄い光が辺りを覆うことになるだろう。
たっぷりと寝たはずなのに陰鬱な気分は続いたまま。頭は冴えてるのに体は石を抱えているかのように億劫なのは体が固まっているからかも知れないな、と的外れな思考が浮かぶ。
広いベッドから降りて、体の節々を伸ばすように大きく伸びをした。昨日の夕方にぶっ倒れ、今の今まで寝ていた。一食抜いている状態なので空腹感を覚えるが、今の時間帯に邸内を彷徨いて使用人達を起こすわけにもいかないだろう。誰かと会うのにはまだ心が疲弊したままだ。
かと言ってまた眠る事も出来ずに、そのまま窓際へと近寄る。が、如何せん安全には配慮されているのか、三歳児では到底手の届かない高さにある窓鍵を見上げて諦めた。
両手足を目一杯伸ばしても余裕のあるベッドにまた沈み込んで、どことなく匂う穏やかな香りを胸一杯に吸い込んでは吐き出す。
何故、私は俺になってしまったんだろう。すでに終わった筈の人間に続きをさせるなんて、悪趣味にも程がある。
何よりも、私と俺では如何せん差がありすぎる。知識量でアドバンテージを取っていても、それは長く生きたが故の賜物だった。今の俺にある絶大な地位と財産は、私の頃にはなかったものだ。そんな重いものを背負うのが私でいいはずがなかった。重いものには大きな責任が伴う。子供の俺には理解しきれないそれを、大人だった私は痛いほど理解できる。だからこそ怖いのだ。
平凡なまま終わった私がこのまま成長していけば、それは後から思い出した私なのか、それとも俺なのか。考えれば考えるほどこんがらがって頭が痛くなる一方だ。
私の記憶を辿れば、幼児が3~5歳の間に前世がどうの、と言う発言が多くなる人もいるらしい。そしてそれはその歳を過ぎると治まり、やがて自分がそんな話をしていた事すらも忘れると。だとするならばその状態が今の俺なのか。
元の記憶の概要に”いきなり前世を思い出した子”なのか”元からあったのが言葉の発達と共に表出した子”なのかも載っていて欲しかった。周囲に相談出来る人もいなければ、これを誰かに相談したいとも思わないが。
自己の確立が周囲からの愛情だとすれば今の俺は正真正銘の”俺なのか”と、自我に疑問を持ってしまった。あまりにも不安定だ。俺自身の自我も、これからの将来へも何もかもが不安定だった。
いつ消えるか分からないこれに頼ったまま成長して、またポンと思い出したのと同じようにポンと忘れてしまいかねないのだ。今の俺が私なのか俺なのかも、ぐちゃぐちゃで判断が付かない。
幼児に合わない容量で思考を回していたからか、どんどん頭が鈍く痛んでくる。これ以上考えれば知恵熱でも出しそうだ。いや、もう既に出ているかも知れない。
ベッドの中央で大の字になって思考を回していると、部屋の扉から均等な間を開けて3度のノック音が響く。
「はい」
「坊っちゃま、おはようございます。今朝はお早いですね。気持ち悪いなどはありませんか?」
「ない」
「体調確認のあとは湯で清めさせていただきますね。お着替えしましたら旦那様方も来られるかと」
「ん」
扉の向こうから栄明の顔が覗く。
まさかこんな早くに返事があるとは思わなかったのか、少しの驚愕を顔に滲ませながらも俺の身支度を手早く終わらせると優しく抱えられるようにして移動させられる。されるがままに体を任せてしまえるのは今までの信頼があるが故だろう。代謝の良い子供の体だ、自覚していなかったが結構な汗を流していたらしい。丁寧ながらも素早い動きで俺の全身を洗い流すと、これまた優しい手付きで体を拭かれ髪を乾かしては梳かれる。
栄明の手際に気持ち良くなって思わず口角も上がってしまう。それでも、この後に両親に会うというだけでまた気持ちが沈んでいく。我ながら忙しい情緒だった。
着替える前と比べると随分とラフな格好に着替えていると、また自室の扉からノック音が響く。栄明の時とは違う強いノック音に少しだけ肩が竦んでしまう俺を見た栄明が、扉の向こうに声を掛ける前に、その扉は開かれた。
「仁。体は大丈夫か」
しっかりとした足取りで入って来たのは、俺の父親であり鷹官家現当主の鷹官顕之その人だった。
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