魔法使いの悪友

shishamo346

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妖精の記憶

悔恨

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 ルキエルが実の父アルロの娼夫となることがイヤで逃げた。それも、たった一か月で、私の子飼いの妖精憑きによって、ルキエルは保護された。
 私は何も知らなかった。よくある子どもの家出と見ていたのだ。
 すっかり、サツキ寄りに綺麗になったルキエルは、妖精封じの手枷をされ、意気消沈していたが、私の姿を遠くから見て、反射で喜んでいた。子飼いの妖精憑きたちには恐れられるだけあって、私の姿は、正直、極悪人のようだった。それでも、ルキエルは私を見て喜んでいた。
 だけど、私はルキエルを避けた。ルキエルの引き渡しも、家臣に押し付けたのだ。私が話しかけてくれることを期待して、ルキエルは私を見ていた。
「なあ、マクルスは、こっちに来ないのか?」
「貴様、マクルス様と呼ばないか!!」
 口のききかたがなっていないルキエルを殴る家臣。
「マクルスはいいって言ったんだ!!」
 幼い頃、私が許可したことをルキエルは今も許されると思っていた。
 私とルキエルとの関わりなんて、サツキがアルロの元に居た頃の話だ。それを家臣たちだって知っている。だから、ルキエルの言い分を笑う。
「今は違う。貴様は貧民、マクルス様は伯爵様だ!!」
 サツキと接していた頃は、私は貴族といえども、家臣のようなものだ。しかし、家督を継いだ兄が死んだことで、私は立派な伯爵となった。もう、立場が違うのだ。
 妖精憑きは賢い。ルキエルは、それなりに学んでいたのだろう。そして、私がルキエルに目も向けない現実に、泣きそうな顔となった。
 ルキエルはサツキによく似ていた。何より、妖精憑きであるゆえに、人を惑わす色香もあった。だから、家臣たちは悪い事をしてしまったような、そんな憐憫を感じていた。
「そっか、もう、呼んじゃダメだんだ」
 妖精封じの手枷をされたルキエルは、自らの立場を悟って、狂った笑みを浮かべた。





 妖精を狂わせる香を焚きしめられた部屋に放り込まれたルキエルは、部屋の隅に逃げた。
「や、やだ、これ、やだぁ!!」
 両手で自らを抱きしめ、香に身震いする。
「大人しくしろ、サツキ」
「違う!! 俺はルキエルだ!!!」
 容赦なくアルロはルキエルの腕を引っ張った。その腕には、妖精封じの枷がつけられていた。
「親父、この香はイヤだ!! いい子にするから、香を消してくれよ!!!」
「大人しくしろ」
「やだやだやだやだやだ!!!」
 暴れて、封じられたはずの妖精憑きの力をふり絞って、アルロから逃げて、香を消そうと手でつかんだ。じゅっという音とともに、ルキエルの手が火傷で酷い傷を負う。それでも、ルキエルは耐えた。
「何をしてる!?」
「香はやめてくれよ!! 香はイヤなんだ!!!」
「大人しくしてろ!!」
 結局、ルキエルはアルロに勝てない。力づくで拘束され、ベッドに縛り付けられたルキエルは、もう、そこからアルロに圧し掛かられるだけだ。
 アルロはルキエルがあれほどイヤがったというのに、香をまたつけ、その中で、ルキエルを蹂躙した。容赦しない。
 それはそうだ。ルキエルはアルロから逃げたのだ。抵抗だってした。だったら、むしろ、妖精を狂わせる香を使って罰を与えるのは、常套手段である。
 ルキエルを傷つけるわけにはいかない。だったら、体に快楽を教え込んで、それで離れられないようにするしかないのだ。妖精を狂わせる香は、妖精憑きにとって恐怖を与える手段である。私だって使う。
 アルロは、恐怖と快楽でもって、ルキエルを蹂躙した。
 ただ、ルキエルの反応はそこらの妖精憑きとは違う。妖精を狂わせる香に恐怖を抱いていない。使用をイヤがっているだけだ。
 だけど、香を吸い込むと、ルキエルは何か感じていた。恐怖ではなく、違う何かを感じて、虚空を見つめ、何かを思い出しているようだ。
「やだ、こんなの、やだぁ」
 父親の下でルキエルは悔しくて泣いた。





 転機といえば、私が大きくなったルキエルの姿を間近に見て、悪戯心を起こした事だろう。ルキエルは私を誘惑して、サツキの身代わりとして抱かれた。
 だが、そこで、私とルキエルは逆転した。
 もう、私にとって、サツキは過去となっていた。サツキが死んで、随分と経った。サツキへの想いは思い出と悔恨でしかなかったのだ。
 生きているルキエルは、妖精憑きだけあって、人を魅了する何かを持っていた。私は、ルキエルに魅了された。死んだサツキよりも、生きて、私を惑わすルキエルに、私は傾倒したのだ。
 ルキエルにとって、私はどうせ玩具だろう、と思い込んでいた。実際、ルキエルは、私を振り回すばかりだった。
 しかし、実際は違った。
 私が初めてルキエルに手をつけた日、ルキエルは壊れた道具を持って、大人しく自宅に帰っていった。たくさんの道具を私から貰って上機嫌なルキエルに、アルロは苦笑する。その日は、さすがにアルロもルキエルに手をつけなかった。
 ルキエルは道具を部屋に運んでもらい、そのまま、閉じこもった。ルキエルは道具を前にすると、周りを拒絶することは、すでに家族内では知られたことだ。不機嫌にもなるので、家族は絶対、ルキエルの部屋に入らない。
 部屋に入るまでは満面、笑顔だったルキエル。それも、部屋に入ってしばらくして、笑顔を消した。そして、せっかく手に入れた道具を乱暴に机から落とした。
「こんなので喜ぶなんて、バカだ」
 ボロボロと泣くルキエル。さらに道具を蹴った。
「確かに、道具なんて、クソだな」
 ルキエルがちょっと触れるだけで、壊れた道具はバラバラとなった。その現象に、私は驚いた。道具が壊れたのではない。綺麗に分解されたのだ。
 この現象をルキエルは普通に受け止めていた。ルキエルにとって、道具がバラバラに分解されるのは普通なんだ。
「お袋が道具を憎んでたの、今ならわかる。こんなの、クソだ」
 バラバラになった道具を踏みしめて、狂った笑みを浮かべるルキエル。
 膝をつき、両手で顔を覆って、ルキエルは笑う。
「こんな言い訳を作ってまで、抱かれて、喜ぶなんて、バカだ。お袋の身代わりにされて」
 ルキエルは蹲って、嗚咽を洩らして、泣き続けた。






 私の養子オクトとルキエルが勉強をしながら、世間話をしている時だった。
「オクトって、養子になったばかりの頃、あの養父に、どんなふうに扱われてたんだ?」
「どんなふうって、普通だと思う」
「貴族の普通はわからん」
「僕だって、わからないよ」
 ルキエルは貧民、オクトは貴族といっても虐待されていた。だから、普通の扱いがわからない。
 オクトは過去を思い出す。
「義父上に引き取られたばかりの頃は、よく、抱き上げられてたな」
「いくつぐらい?」
「いくつって、十歳になる前くらい?」
「オクトって、かなり大きくなってから、養子になったんだな」
「そうだね」
「大きくなっても、抱き上げられたりするんだな」
「あの頃は、僕は右も左もわからない子どもだったからなー。思い出すと、恥ずかしいよ」
 実際、恥ずかしいと思ったオクトは顔を真っ赤にした。
 それを見て聞いたルキエルは、少し、考え込んでいた。オクトは、黙り込んだルキエルに、訝しんだ。
「どうかしたのか?」
「オクトの養父って、子どもの扱い、どこで覚えたんだろうな。やっぱ、子飼いの妖精憑きかな」
「それはないな」
 オクトは実地で私が子飼いの妖精憑きを洗脳する様を見せられている。そんな甘やかした扱いなんかしていたら、面倒なんだ。
 そこに、過去の私が様子見に入ってきた。表向きは様子見だが、本音は、ルキエルに会いに来たのだ。
「なんだ、勉強してないのか」
「してる」
「してます!」
 ルキエルは不貞腐れ、オクトは姿勢をよくする。オクトにとって、私は恐怖の対象だから、どうしても姿勢をよくして、良い所を見せようとする。
 ルキエルは自然体だ。すでに解答が終わった紙を私に見せる。オクトはというと、半分しか埋まっていない。
「ルキエルが邪魔していたのか」
「俺は世間話しながらでも、埋められるんだよ」
「さすが、妖精憑きだな。賢いな」
「片手間だよ」
 完璧な解答に、私は目を細めて誉める。私がルキエルの頭を撫でると、ルキエルはこっそりと笑顔を見せる。
 私に誉められて、機嫌を良くしたルキエルは、お行儀悪く椅子を揺らした。
「あんたがガキの扱い馴れてるっぽい話してたんだよ」
「何の話だ?」
「オクトを養子に引き取ったばかりの頃は、抱きあげたりしてたんだってな」
「………していたな、確かに」
 私にとっては、大したことではなかった。言われて、思い出す程度だ。
「ルキエルだって、父親に、それなりのことをしてもらっただろう」
 父親のことを出すと、ルキエルは途端、不機嫌になる。過去はともかく、現在は、父親の娼夫をさせられているのだ。
 失言だったと気づいた私は黙り込んだ。ルキエルと父アルロの関係は、オクトも知っていることだ。だから、気まずくなった。
「親父は、そんなことしない。俺は、手がかからなかったから、俺が覚えている限り、そういうことは家族にはされていない」
「そうなのか」
「っ!?」
 私は憐憫をこめて、そう言っただけだ。だが、その言葉に、ルキエルは怒りに顔を歪めた。幸いといえばいいか、オクトは目の前の問題を見ていて気づいていない。私はというと、ルキエルの後ろに立っているので、見えていなかった。
 そう、私は、幼いルキエルを抱き上げたことをこの時、覚えてもいなかったのだ。





 ルキエルはいつも、私に散々なことをされていた。そして、意識を飛ばして、私にべったりとくっついて眠り、体力が回復すると、目を覚まして、私を椅子のように扱った。
 互いに素っ裸で、ルキエルは私の膝に座り、背中を私に胸にくっつけて、無邪気に笑っている。それを私は、妖精憑き特有の気まぐれだと見ていた。どうせ、私のことを玩具や道具と見ている、そう思っていたのだ。
 しかし、これまでの過去の妖精の記憶を見て、そうではないことを気づかされる。
「もう、あんた、やり過ぎだよ。手も力が入らない。食べさせてよ」
 腹が減ったというから、果物を用意させたというのに、ルキエルは食べさせろと要求してくる。
 養子オクトが、右も左もわからない頃にやったくらいで、そんなこと、私は絶対にしなかった。女遊びをしていた時でさえ、逆だ。私が食べさせてもらうのだ。女に私が給仕するようなことはしなかった。
 しかし、私はルキエルの要求に苦笑しながらも、手が汚れることも厭わず、ルキエルの口に瑞々しい果物を運んだ。
 私相手に、随分なことをされたルキエルは、口だって疲れている。だから、小さく切られた果物をルキエルの様子を伺いながら、ルキエルの口に運ぶ。そうしていると、私の手が果汁で汚れる。
「手、汚れちゃったな」
 そう言って、ルキエルは私の手を舐める。そういうことも私が教えた。
 私は衝動が呼び覚まされるのを耐えた。かなりのことをルキエルにしたのだ。これ以上は、ルキエルも大変なこととなる。
 なのに、ルキエルは私の手を丹念に舐め、時間をかけて綺麗にした。甘いものを感じなくなると、仕上げのように、最後は魔法で綺麗にする。そして、私の手に頬ずりする。
「あったかい」
「そうか?」
「あんた、無茶しすぎだ。もっと、体大事にしないと、オクトが悲しむぞ」
「ルキエルは悲しんでくれないのか?」
「たく、そんなこと、誰にでも言ってるんだろう。俺にまで言うな」
 ルキエルは途端、不機嫌になって、私の手をぽいっと離す。だけど、私の椅子扱いはやめない。べったりとくっついて、背中を通して、何かしていた。ルキエルは、私から、悪いものも、苦痛も、全て、こうして取り除いていたのだ。
 それは、きっと、ルキエルが貴族の娼夫となってからずっとだろう。もしかすると、ルキエルが幼い頃、私が抱き上げた時も、ルキエルはそんなことをしていたのかもしれない。
 この頃の私は知っていた。だから、ルキエルへの愛おしさが溢れた。
 家臣からも、養子オクトからも、さらには、ルキエルの父アルロからも、ルキエルを囲うことを進言されていた。家臣やオクトは、私のための進言だ。アルロは、ルキエルのための進言だ。
 ルキエルを囲って、閉じ込めて、こうやって抱きしめたい。そんなこと私だってずっと思っている。だけど、ルキエルの復讐心は根深い。さらにこじれさせたのは私だ。私が手を出したばかりに、ルキエルは後戻りできなくしたのだ。
 サツキの時は、ただ、見守って、少しずつ、信頼関係を築いていき、やっと、サツキは復讐心を捨てたのだ。
 しかし、私は衝動に負けて、ルキエルを娼夫に堕とした。ルキエルを貧民と軽く見ていたからだ。
 だから、私はどうしても、ルキエルを力づくで囲うことが出来なかった。
「私がここまでするのは、ルキエルだけだ」
 ただ、後ろから抱きしめ、情けなくも、私は言い訳するしかない。
「嘘つけ。どうせ、女にも、子飼いの妖精憑きにも、こんなことしてるんだろう。聞いたぞ。オクトにも、メシ、食わせてやってたって」
「それは、オクトは病気だったからだ!! しかも、スプーンで粥を食わせただけだ!!!」
「妖精憑きは病気一つしないから、されたことすらない。あんただって、俺がお袋に似てるから、こんなことしてくれるだけだもんな。たく、親父といい、あんたといい、これっぽっちも俺のこと、見てない」
「見てる見てる!!」
「もう、帰る!!」
 やはり、ルキエル、体力は完璧に回復していた。私から離れると、さっさと床に散らばった服を拾って、魔法をつかって、ぱっと身に着けた。ルキエルを追いかけようとする私は素っ裸だ。私が服を身に着けた頃には、ルキエルは勝手に伯爵家の馬車を使って、屋敷を去って行った後だった。




 目を覚ませば、あの誰もが気狂いを起こすのではないか、という美貌のハガルを見ることとなった。
 私は座ったまま眠っていただけだ。外を見れば、夕暮れ時となっていた。座ったまま眠らされていたので、体のあちこちがおかしな感じがしていた。
 私は眠ったまま、ボロボロと泣いていた。泣くだろう、あんなものを見せられては。
 ハガルは私の様子を見て、ちょっと体に触れて体調を確認してから、私から離れた。
「どうでしたか、ルキエルの過去を見て」
 とてもご機嫌なハガル。一体、どんな答えをハガルは望んでいるのやら。
 化け物の考えなど、私はわからない。わざわざ、化け物じみた力を使って、私にルキエルの過去を見せた。記憶にすら残っていない、幼いルキエルを見せられた。
「苦しい処刑をしてくれ」
「え?」
 ハガルの期待している答えではなかったようで、ハガルは呆然となる。
「ど、どうして、処刑を望むのですか!? ここは、命乞いでしょう!!」
「お前はバカか!! あんなものを見せられたら、もう、ルキエルに顔向けなんか出来ない!!!」
 化け物だから、わからないのだ。私は、ルキエルに二度と、顔向けなんか出来ない。最後、ルキエルを絶望に叩き落したのは私だ。
「私は最低最悪なことをした。ルキエルはずっと、私に縋っていたんだ。それを私は気づかず、見捨てたんだ」
 家臣が、養子オクトが、ルキエルの父アルロがいう通り、私はルキエルを囲えばよかったんだ。
 権力で、力づくで、ルキエルを囲ってやれば良かった。後悔ばかりが浮かんでくる。私は、最後の最後に、間違えた。
 私が後悔で泣いて苦しんでいるというのに、帝国最強の妖精憑きハガルは呆れたように私を見る。
「妖精憑きを知っているという驕りの塊ゆえの失敗ですね」
「煩い!!」
 もう、相手が帝国で二番目の権力者、とか、最強の妖精憑き、とか、どうだってよくなった。私はハガルに対して、失礼と言われる態度と言葉をとる。どうせ、処刑だ。
 対するハガルは気にしていない。それはそうだ。この男にとって、私は虫だ。虫が何を言ったって、何か言っているな? 程度である。
「驕りは、色々と失敗を起こさせます。私も気を付けたいけど、もう、すでにしていますしね」
 嫣然と笑うハガル。反省しないな、この男は。過ぎ去った失敗は気にしないのだ。あるがままなんだ。
「あなたが死ぬと、ルキエルは辛い人生となりますよ」
「あれか、妖精憑きの特別だからか」
「自分は特別だと、驕ってるのですか」
 嘲笑うハガル。
「違うのか?」
「妖精憑きだって、人ですよ。人としての感情の積み重ねが、特別です。恋や愛と同じですよ。本能で特別と感じたから、特別となったなど、ただ、妖精憑きを神聖視させるために作った戯言です」
「では、一体」
「妖精憑きは力が強い分、執着が強いのですよ。力があるから、一つの執着を手に入れられる、慢心も強い。私とルキエルはよく似ています。私の特別は皇帝ラインハルト様です。ラインハルト様は幼い私を抱き上げ、抱きしめ、甘い菓子を手づから与え、甘やかしました。その愛情欲しさに、私はラインハルト様に気に入られるように努力しました」
 ハガルの過去を聞いて、私は夢で見せられたルキエルの過去と照らし合わせる。立場は違えども、似た所がある。
「私もまた、手のかからない子どもでした。だから、抱き上げられたり、甘やかされたりすることはありませんでした。そのため、ラインハルト様に甘やかされ、抱き上げられることを喜びました。ルキエルも、過去のことではあったけど、あなたに数度、抱き上げられたことを宝物のように、大事にしていたのでしょう。妖精を狂わせる香も、あなたとの思い出です。妖精憑きはあの香を嫌いますが、ルキエルはあなたを思い出すものです」
「………そんな」
「特別、と言いますが、執着ですよ。妖精憑きは力が強い分、だいたいのことは叶えられます。だから、生涯、執着します。ルキエルは、あなたのことを生涯、執着するでしょう」
「どうすれば、いいんだ」
 私は死んで逃げればいい。だが、残されたルキエルは、無事ではない。
 私は後腐れがないように、全て、始末をつけてきた。もう、家門のことは、養子オクトがこなしていた。皇帝襲撃の咎も、私の独断となったのだ。
 何もかも、問題がないように見えた。しかし、ルキエルの気持ちを間違えた。
「まあ、命乞いしたって、処刑ですけどね」
「お前っ!?」
「言ったでしょう。命乞いする姿を見たい、と。今の後悔で苦しんでいる姿もいいですね」
 ハガルは私を弄んだだけだ。しかし、それを私は責められない。私だって、ルキエルを弄んだようなものだ。
 ハガルは私の前に分厚い紙の束とペンを置く。
「今こそ、ルキエルに遺書を残す時です」
「容赦ないな!!」
「そうですよ、私は容赦しません。あなたは、ルキエルを散々、傷つけました。ルキエルはあんなにあなたに優しかったというに、それに気づかず、妖精憑きのことを全て知っているという驕りで、間違えたのです。そこは、テラスと一緒ですね」
 ハガルは本当に容赦がない。賢者テラスまでコケ落とした。
 だが、私はハガルの要求を拒否出来ない。確かに、今こそ、私はルキエルに想い全てを伝えるべきだ。私はペンを持った。
「ちなみに、私はラインハルト様の本音を知りたくなくて、ラインハルト様の日記は読んでいません」
 せっかく書く気になった私の気持ちをハガルは叩き折ろうとする。本当に、この子、容赦ないな!!
「ははは」
 笑ってしまう。ハガルとルキエルは立場や育ちは違うが、本質がよく似ている。ハガルに容赦ないことをされているが、ルキエルを思い出す。
「ここで遺書を書いたとしても、ルキエルが見るのは、きっと、寿命が尽きる頃でしょうね。そういうものです。私もラインハルト様の日記を読むのは、遠い未来ですよ。それほど、特別と感じた人の本音は、恐怖ですからね。それまでは、思い出を支えにします。私の主観で歪められた思い出が、私の支えですよ」
「………ルキエルのことを頼む」
「言われなくても、そうします。ラインハルト様と同じように、最上位の妖精をつけて、ずっと守りますよ」
 過剰な守護をルキエルはハガルから与えられた。それを聞いて、私は驚いた。
「どうして、そこまで」
 ハガルが、どうして、ルキエルにそこまで執着するのかわからない。ハガルの執着する特別は亡くなった皇帝ラインハルト一人だ。
 過去を思い出せば、ハガルの行動はおかしい。ハガルほどの力を持つ妖精憑きであれば、ルキエルの企みはわかっていたはずだ。それなのに、ルキエルを今後も守ろうとしている。
 ハガルは私の向かいに座り、優しく微笑む。
「私がルキエルと初めて会ったのは、ルキエルが家出した時です。あの時は、珍しい野良の妖精憑きがいたな、程度ですよ。そこから興味本位で、ルキエルを見守りました。そして、気づきました。私、友達いないな、と。ルキエルも友達という友達がいませんでしたし、丁度いいから友達になろう、と思いました。それだけです」
「………それだけ?」
「そう、それだけです。ルキエルは素晴らしいですよ。私と同じように体力がないというのに、技だけで敵を撃退して、かっこいいです!!」
 ハガルは子どものような顔で、ルキエルを賞賛する。私の知らないルキエルのことをハガルは随分と知っていた。
 力のある妖精憑きにとっては、人は玩具だ。ハガルはまさしくそうだ。ルキエルという存在も玩具でしかない。そういう玩具の中のお気に入りに名前をつけて、ハガルは特別視した。
 ルキエルに”友達”という名前をつけて、ハガルは特別視した。
 そして、ハガルはルキエルの代わりに、私に復讐するのだ。ルキエルが望む望まない関係ない。ハガルは私を許せない。
 ハガルの見ている前で、私はルキエルに向けた遺書を書いた。用意された紙の束全てを使ってだ。意味のない、言い訳ばかり連ねた。そんな見苦しい遺書こそ、正しい。最後の最後は、間違えない。
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