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もう少しで駅舎に着いてしまう。
私は、次に何をどう切り出せばいいのか考えあぐねていた。
……あの女性は、本当に自殺するために降りたのだろうか。
冗談を言う余裕がある辺り、とてもそのように思えなかった。だからこそ危険なのかもしれないが。
とりあえず、どうして最終電車でこんなところに降りたんですかと聞くべきだろうか。……いや、やはりストレートすぎるだろうか。冷静に考えて、いや考えなくとも、こんな泊まるところ一つ無い場所で降りる理由なんか他にない。たまに天体観測をしに来る人もいるそうだが、この雲行きでそれはないだろう。なら、聞かなくていいことはなるべく口にしたくない。
歩くと妙に反響の良い鉄の階段は、下の何もない空間の存在を訴えてくるようで怖い。だが前を歩く女性は微塵もそんな素振りを見せる事無く、前かがみになる自分が恥ずかしくなるくらいに淀みなく進んで行った。
そのまま彼女は駅舎に入る。
私は寄り道して、自販機で温かい飲み物を2つ買った。コーヒーとコーンポタージュ。これなら大抵どちらかが苦手でももう片方は飲めるだろう。
取り出し口に手を突っ込むと、水に塗れた羽虫の死体がついてきた。缶飲料が降ってきた重みからか、胴体は潰れて羽が片方取れていた。
最近では観光でも利用者数が少ないと聞くから、きっと手入れが行き届いていないのだろう。田舎出身の私にとってこの程度の事別に何とも思わないが、この飲料の期限は大丈夫だろうかとそれだけが気がかりになった。
近くにある水道を探し、缶を丁寧に洗って行く。
水がよく冷えているおかげで温かいスープが台無しだ。まぁ虫の付いた飲み物をあんな綺麗な女性に持って行く訳にもいかないので仕方がない。幸い、飲食業で働いてるおかげで、鞄の中にはハンドソープとアルコールが入っていた。アルコールは蒸発する際に菌が飛ぶので、しっかり乾かして除菌されたのを見届けた―― その時。
足音が聞こえる。
この地ならしが行き届いていない駅舎外れの山道を、たどたどしく走っている音だ。
気付けば、あの女性が血相変えて走って来ていた。
私は例の彼女が走っていること自体に驚いて呆けていると、私の姿を認めた彼女は一瞬表情を弛緩させ、唐突に睨みつけてきた。出て来た声は、一オクターブ低かった。
「……何、やっておられるのですか? 」
「ああ、缶ジュースを買ったんだけど、地面に落としてしまって洗っていたんです。あっ、どちらがいいですか? 一応除菌済ですが嫌なら新しいの買うので遠慮なく言って下さい」
「違います」
私は、またしても呆けていた。
「いつの間にか後ろには誰も居なくて、待っても誰かが来る気配が無くて…… それにあなた、とても危うい目をしていたから……」
「……飛び降りたんじゃないかと?」
「……はい」
ショッキングだった。
これから死のうとしている女性に「アブナイ目をしている」と宣言されたのが最高にショッキングだった。
私は引き笑いで自分の健康を両手で表現すると、とりあえずコーヒーの方を彼女に投げた。両手で落とす事無くキャッチした彼女は、きっと運動神経は割といい方だっただろう。
「何と、お呼びすればいいですか?」
唐突に彼女が訊いた。
「あなたがいなくなった時、名前を呼んで探そうとしたのですが、『追いかけてきた男の人』としか言いようが無くて……」
森のくまさんと下らない事を言おうとして、止めた。
「中井、聡一と言います。あなたは?」
「加藤 美咲です。少しの間ですが、よろしくお願いしますね、ソウイチさん」
まだほんのりとは温かい缶ジュースを両手に持って、微笑む彼女。
その「少しの間」とは、彼女の中でどういう意味を持っているのか。
私は、それだけはさせないと強く思った。
私は、次に何をどう切り出せばいいのか考えあぐねていた。
……あの女性は、本当に自殺するために降りたのだろうか。
冗談を言う余裕がある辺り、とてもそのように思えなかった。だからこそ危険なのかもしれないが。
とりあえず、どうして最終電車でこんなところに降りたんですかと聞くべきだろうか。……いや、やはりストレートすぎるだろうか。冷静に考えて、いや考えなくとも、こんな泊まるところ一つ無い場所で降りる理由なんか他にない。たまに天体観測をしに来る人もいるそうだが、この雲行きでそれはないだろう。なら、聞かなくていいことはなるべく口にしたくない。
歩くと妙に反響の良い鉄の階段は、下の何もない空間の存在を訴えてくるようで怖い。だが前を歩く女性は微塵もそんな素振りを見せる事無く、前かがみになる自分が恥ずかしくなるくらいに淀みなく進んで行った。
そのまま彼女は駅舎に入る。
私は寄り道して、自販機で温かい飲み物を2つ買った。コーヒーとコーンポタージュ。これなら大抵どちらかが苦手でももう片方は飲めるだろう。
取り出し口に手を突っ込むと、水に塗れた羽虫の死体がついてきた。缶飲料が降ってきた重みからか、胴体は潰れて羽が片方取れていた。
最近では観光でも利用者数が少ないと聞くから、きっと手入れが行き届いていないのだろう。田舎出身の私にとってこの程度の事別に何とも思わないが、この飲料の期限は大丈夫だろうかとそれだけが気がかりになった。
近くにある水道を探し、缶を丁寧に洗って行く。
水がよく冷えているおかげで温かいスープが台無しだ。まぁ虫の付いた飲み物をあんな綺麗な女性に持って行く訳にもいかないので仕方がない。幸い、飲食業で働いてるおかげで、鞄の中にはハンドソープとアルコールが入っていた。アルコールは蒸発する際に菌が飛ぶので、しっかり乾かして除菌されたのを見届けた―― その時。
足音が聞こえる。
この地ならしが行き届いていない駅舎外れの山道を、たどたどしく走っている音だ。
気付けば、あの女性が血相変えて走って来ていた。
私は例の彼女が走っていること自体に驚いて呆けていると、私の姿を認めた彼女は一瞬表情を弛緩させ、唐突に睨みつけてきた。出て来た声は、一オクターブ低かった。
「……何、やっておられるのですか? 」
「ああ、缶ジュースを買ったんだけど、地面に落としてしまって洗っていたんです。あっ、どちらがいいですか? 一応除菌済ですが嫌なら新しいの買うので遠慮なく言って下さい」
「違います」
私は、またしても呆けていた。
「いつの間にか後ろには誰も居なくて、待っても誰かが来る気配が無くて…… それにあなた、とても危うい目をしていたから……」
「……飛び降りたんじゃないかと?」
「……はい」
ショッキングだった。
これから死のうとしている女性に「アブナイ目をしている」と宣言されたのが最高にショッキングだった。
私は引き笑いで自分の健康を両手で表現すると、とりあえずコーヒーの方を彼女に投げた。両手で落とす事無くキャッチした彼女は、きっと運動神経は割といい方だっただろう。
「何と、お呼びすればいいですか?」
唐突に彼女が訊いた。
「あなたがいなくなった時、名前を呼んで探そうとしたのですが、『追いかけてきた男の人』としか言いようが無くて……」
森のくまさんと下らない事を言おうとして、止めた。
「中井、聡一と言います。あなたは?」
「加藤 美咲です。少しの間ですが、よろしくお願いしますね、ソウイチさん」
まだほんのりとは温かい缶ジュースを両手に持って、微笑む彼女。
その「少しの間」とは、彼女の中でどういう意味を持っているのか。
私は、それだけはさせないと強く思った。
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