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第2章 迷子の仔猫

シークレットエージェント_2

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10月27日

 次の場所に時間移動した二人は倉庫の外にいた。

どうやらここは閉鎖された工場地帯のはずれにある古びた倉庫のようだ。
海が近いこの場所は近くに民家がないためほとんど人通りが無い上に昼間だと言うのに辺りは薄暗い感じがする。

門脇と蒼井が上空から倉庫を見ていると倉庫から人が出てきた。
元締めと呼ばれていた男は一人でどこかに出かけるようだった。濃紺のスーツに着替えた男は車に乗ってどこかへ向かうようだった。

車が出たすぐ後にまた一人、今度は女が倉庫から出てきた。
犯人グループの女は置いてあったバイクに跨ると元締めの車の後を追うようにバイクを走らせた。


 門脇と蒼井もその二人の後を追うように上空からその姿を追うことにした。
5.5次元も6次元のように、次元を操る者の意思通り進むので車に乗るよりも遥かに便利だった。

町はずれにはそぐわないお城のような古い建物の脇に車を止めると、元締めはその建物の中に入っていった。

門脇と蒼井の二人も中を見るために5.5次元ごと建物をすり抜けた。

「門脇、お前全然驚かないけど、こう言うの慣れてるのか?」

「いや、九条さんが絡んでるからなんでもありだと思ってるからな」

「そう言うことか……」

二人は中の様子を目にして軽くショックを受けた。外観と違って中の様子は都会のホテルのように洗練されていたのだった。
フロントスタッフは元締めの男に対して、やたらと丁寧に対応するとに鍵のようなものを渡してこう告げた。

「お連れ様は先程お部屋に向かわれました」

「分かった」

どうやら誰かと会う約束をしていたようだ。取引はまだ先のはずだが少し早まったのだろうか。
しかし、肝心の猫はこの場にいないので違う取引のようだ。

元締めは慣れた様子で1人でエレベーターに乗り、待ち合わせの部屋へと向かった。

部屋の前に立つとノックするわけでも呼び鈴を鳴らすわけでもない。いきなり鍵についている石を鍵穴の上に嵌め込むと部屋の扉が開いた。

このホテルは通常のカードキーは使わない。それは重要な裏取引をすることが多いため偽造できない特殊な石を使ったアナログタイプの鍵が使われている。
通常カードキーはその都度セキュリティ番号が設定される。その都度設定できると言うことは改竄することもできると言うことだ。それを防止するためにあえてアナログタイプを採用というわけだ。

中へ入るとテーブルの向こう側のソファーに身なりの良い男性が一人座っていた。隣には彼がかぶっていたであろうチャコールグレーのフェルトハットが置いてある。
挨拶を交わしすぐ本題に入る。しかしお互いに名乗ることはない。

「お待たせしてすみません。早速ですがご依頼の猫は確保できました。引渡金額の最終確認をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「猫の状態を教えてください。怪我などしていませんか」

「健康状態も良く食欲もあります。怪我や病気はありません」

「では、3日後には引き渡してもらえるんですね」

「予定通りに。今回はとても珍しい猫なので三毛猫のオス並みに1,000万の価値があるかと思われます。それと手数料として1,000万、合わせて2,000万円ご用意いただけますか。結構危ない橋を渡りましたので」

「そうですか、仕方ありませんね。それだけ価値のある猫なので金額のことは全く気にしておりませんので予定通り引き渡しは3日後。場所も変更せずこの部屋でお願いできますか」

「分かりました。では3日後にまたこの場所で、時間は追って連絡します」

元締めは話し終わると同時に1枚のメモをその男性に渡した。メモを読んだ男性は元締めと視線を合わせると二人は軽く頷きあった。すると男性は読み終わったメモをその場で直ぐに消してしまったのだ、塵一つ残さずに。

口元に笑みを浮かべて男性は立ち上がり部屋を後にした。


 建物から500m程離れた所でバイクを止めていた女は、客と元締めの話を盗み聞きしていた。
会話が終了したのを確認すると、すぐにどこかへ電話をかけた。

「はい」

電話に出たのはつい今し方まで元締めと猫の話をしていた身なりの良い男だった。

「私よ、シェリー。猫を手に入れたら約束通り私の隠れ家まで猫を運んでちょうだいね。さっき言ってた金額の倍でいいでしょ」

「あぁそれなのですが、以前お話ししていた方がやはり取引を希望されていましてね。提示された金額だけでなく今後猫の生活する上での諸条件もかなり良いのですよ」

「だから何だって言うのよ、私の方が先なのに後から四の五のうるさいわね」

「いえ、初めに申し上げた通りあなたに必ずお譲りするとは約束しておりません。他に候補者が居ようがいまいが猫にとって良くないと判断したら、どなたにも猫をお渡しすることはありません」

「うるさいわね、分かってるわよ。私の方が猫にとって良いに決まってるじゃない。私が動物看護師だって知ってるでしょ。あっちには私に決まったって言いなさいよね」

言いたいことだけ言うと女は一方的に電話を切ってしまった。

「さぁ……  それはどうだか」

男は口角を上げてニヤリと笑っていた。


 依頼人とシェリーが電話で話していた頃、まだ部屋の中にいた元締めはスーツの襟の内側についていた盗聴器をそっと外し電波遮断ケースに入れた。盗聴器が機能を果たさなくなったことを確認してからホッと息をついたのだった。

彼は盗聴器がどこで誰に付けられたのか分かっていた上で、わざと相手に話を聞かせていたのだ。

「これで十分だろう、しかし俺も随分と舐められたもんだな……」

元締めも少し前に部屋を出た一見紳士に見える男性と同様に口元に笑みを浮かべたが目は全く笑っていなかった。


 盗聴器の存在を逆手に取られたことに全く気付いていない女は急いでバイクを走らせ、猫のいる倉庫下の地下居住区へ向かった。仕事でもないのに緊張したのか嫌な汗をかいたので居住区へと入ると直ぐにシャワーを浴びに浴室の扉を開けた。

居住区の中がやけに静かな気がしたが、それよりもシャワーを浴びることを優先する。
それでも愛用の皮のライダーズスーツだけは丁寧にハンガーにかけた。

 汗を流しさっぱりして着替えも済ませてから猫のいるリビングに行った。しかしそこにいるはずの猫は何故か姿がなかった。やけに静かだと思ったら猫だけでなく魔法男までいない。

トイレにでも行ったのかと思い、ノックをするが返事がないのでドアを開けても誰もいない。
キッチンで軽食でも作っているのかと思い覗いてみても料理をしていた気配はない。トレーニングルームは物音ひとつしていない。

寝室へ行ったのかと思い幾つかある寝室のドアを手当たり次第に開けてもどこにもいない。

女にとって初めは小さなイライラだったはずが次第に怒りに変わり、じきに膨らんで薄くなった風船が破裂寸前になるくらいまでその怒りは成長してしまった。アジトでは静かにするのが鉄則なのに女はとうとう我慢しきれずに大きな叫び声をあげて居住区内を探し回ってみたが、一匹と一人を見つけることはできなかった。

するとそこに、元締めが外出先から戻ってきた。
地下に入ると女の叫び声が建物中に響き渡っていた。

「どうした、そんなに騒いで」

「どうしたもこうしたもないわよ、猫がいないのよ」

「そんな訳ないだろう、ほらそこにいるじゃないか」

「えっ……  」

元締めが指差した扉の方に目をやると猫を抱えた魔法男が立っていた。
女はズンズンと魔法男に近寄り叫んだ。

「あんた、猫連れてどこに行ってたのよ」

「どこって、上の倉庫で少しこの子を運動させてただけだけどー 何そんなに騒いでるのー」

「別に騒いでないでしょ」

そう言いながら女が魔法男の半径1m以内に入ろうとしたその時

「フーー」
と猫が逆毛を立てて敵意を剥き出しにした。

「もういいわよ、疲れたから寝るわ」

そう言って女はツカツカと歩いて割り振られた自分の部屋へと入っていった。部屋に入り鍵を閉めると直ぐにベッドに横になりブツブツと独り言を呟いた。

「あんな気味の悪い男に懐いたんだから、一緒にいれば私にだって絶対直ぐに慣れるはずだわ」

女はすぐに猫が自分のものになると勝手に信じていたがそんな裏付けはどこにもない。知らないことは幸せなことなのかもしれない。


 門脇と蒼井の二人は猫が無事であることに安心すると同時に、いくつか気になる点があった。
探偵である門脇はこの猫の誘拐事件には何か裏があるような気がして仕方がなかったのだ。

「これ以上は猫には動きがないみたいだね」

「猫の受け渡しは三日後って言っていたから、それまでに気になることを確認しに帰るか。九条さんのところに」

「どうするかもう決めてるの」

「あぁ、一緒に来てくれるだろ」

「いいよ、あの猫のことは気になるしね」

「悪いな、じゃあ帰るか」

「そうだね」

そして二人は、青い光の扉を抜けて九条の待つ現在へと帰って行った。


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