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第2章 迷子の仔猫

意外な訪問者

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10月29日

 門脇は小型探索器を使って倉庫の様子を監視していた。
するとシークレットエージェントの3人は街中に溶け込めるような服装に着替えて倉庫の外に出てきた。

元締めと呼ばれていた男とキャリーケースに入った猫のみいちゃんを抱えた魔法男は車に乗り込んだ。車はあの古いお城のような建物の方向へ走り出した。

一方女は1人でバイクに跨り車の後をついて行った。と思っていたら途中三股に分岐したところで車が進んだ道の一つ右側の道を走って行った。
1日早いが動きがあったので門脇は蒼井に連絡を入れた。

「はい、蒼井です」

「門脇だ、仕事に行く前なのに悪い。奴らは予定を1日早めたようでたった今猫を連れてこの前のホテルの方へ車で向かってる。探偵の感ってやつで俺は今そのホテルにいる。これから合流しても間に合いそうにないから蒼井は自分の仕事に行ってくれ」

「分かった、でも無理するなよ」

「大丈夫。超小型ドローン使ってるから」

「あれ、大丈夫なの? この前虫嫌いな人に潰されそうになってたよね」

「大丈夫だって…… あの後ちゃんと改良したから。悪い、そろそろこっちに着く頃だからもう切るから、じゃあな」


蒼井は門脇から連絡がなければ仕事に行こうと思っていた所だった。門脇の言葉に内心ホッとして彼は仕事へと向かった。

 この件に関わるようになったのがきっかけで、蒼井は人の心の声を意識して聞かないようにしていた。

聞かなくて済むものは聞かないに限る。

それはその方が、考えるまでもなく精神衛生上よろしいから。初めのうち全く心の声が聞こえないことに違和感を感じたりした蒼井だった。しかし本来知らなくていい他人のプライベートなことに立ち入ることも無くなった。だからなのか、蒼井はこれまで以上には人を嫌いにならずに済んでいる。

それでも蒼井は何か違和感や不穏な空気を感じた時は心の声を聞くことにしている。どうやらそう言う心の声は周波数が違うのか意識しなくても勝手に聞こえてくるのだ。


 宵には少し早い昼と夜の狭間のような時間帯に蒼井はディメンションの控室に立ち寄っていた。ブルーローズで演奏する前にその日の予約客の確認をしてどんな客層か知るためでもある。それによっては予定していた演奏曲を変えることもあるからだ。

蒼井はいつものように扉を開けた。

「おはようございます」

控室に入って行くと、九条の他にもう1人猫を抱えた細身の男がいた。
思わず蒼井はその場で立ち竦んでしまった。

『確かこの男は今、門脇が張り込んでいるあの古いお城のようなホテルにいるはずではなかったのか。元締めたちは取引の真っ最中のはずなのにこの男は何故ここにいるのだろうか。

それにこの前見た時確かに黒髪だったはず。今はサラサラの金髪だからもしかしたらそっくりさんかも知れない、と思いたいけどそうではないと特徴のあり過ぎる猫が訴えかけているし……。

あの猫は藤原夫妻以外にはそう簡単に懐かないはずなのに。
もしかして猫もそっくりさんかも知れない! そうだ』
と思いたいが、そんな訳がないことは頭では分かっているが蒼井は認めたくない。

蒼井は目の前の状況が自分の目の錯覚かと思いたかった。目を閉じて首を何度か横に振ってから再び目を開いてからもう一度前を見た。

しかし、目の前の状況は何も変わっていなかった。
蒼井がそこでヘンリームーアの立ち姿の石像のような姿で固まっていると九条が声をかけた。

「お疲れ様、蒼井くん彫刻みたいに固まってるけどどうしたの? あぁそうそう、紹介するね。彼は鳥居恭介君、今日からブルーローズで一緒に働くことになったからよろしくね」

九条の言葉にはっと気付いた蒼井は前を見た。

「えっと、ピアニストの蒼井静佳です、よ、よろしくお、お願いします」

「鳥居恭介です、主に厨房で働く予定です。よろしくお願いしまーす」

彼は猫を抱えたままにこやかに微笑んで挨拶をした。

「鳥居君はパティシエとしてもとっても優秀なんだよ。料理も上手いしこれから楽しみだよ」

「九条さん、鳥居君が優秀なのはそれだけじゃないですよね。その前にその猫どうしてここにいるんですか、それと鳥居君も。理由を教えて下さい。僕にちゃんとわかるように説明してください」

「まぁそんなに興奮しないで、順を追って話すから」

九条は二人を椅子に座らせた。そしてなぜか用意してあったお茶を出した。

「随分用意がいいですね」

九条も椅子に腰掛ける。

「いや、すぐに済む話でもないしね。どこから話そうか」

「どこからではなく知っていること全てお願いします」

「分かってるって、ちょっと言ってみただけじゃないか。全く怖いんだから、猫だって怖がっているよ」

「ちっとも怖がってません、こんなにおとなしいじゃないですか。九条さんの方がよっぽど怖いですよ」
『違った意味で』とは蒼井も流石に言葉には出さなかった。しかし心の中では大声で訴えていた。

「まず先に、猫のことは心配しなくて大丈夫。健康状態も精神状態も安定しているからね。飼い主さんと離れてちょっと淋しいかも知れないけど、きっとそのうち帰れるだろうからそんなに心配はいらないよ」

九条はそう言って猫の方を見た。猫は何食わぬ顔で欠伸をして鳥居の腕の中に収まっていた。

「蒼井君はシークレットエージェントのことは知っているよね。門脇探偵事務所にもその噂は流れているはずだから。
確か、『裏社会には金さえ出せばどんな依頼でも受ける組織があるらしい。窃盗、強盗、誘拐、違法取引なんかは普通で、殺人の依頼も受ける』って内容じゃないかな」

「はい。……確か門脇がそう言っていたと思います」

九条は蒼井の言葉に口元を緩めた。

「でも、本当はちょっと違うんだ。金さえ出せばなんでも引き受けるけど、殺人依頼は受けない。例えばエージェントになりすまして仕事の振りして犯罪を犯すような奴は警察へ突き出したりするんだ、直接ではないけどね。

それと全くクリーンな存在ではないけれど、表向きはホテル経営やボディーガードなんかもしているからよっぽどの事が起きないと警察も手出しはしないんだ。それに私と元締めは腐れ縁というかまぁ古い知り合いでね、最近鳥居君のことも相談されていたんだ」

「鳥居君のことも、ってことは他にも何かあるんですね」

蒼井は目を切長の目を吊り上げて九条を見据えた。すると横から声がした。

「ちょっと待って、俺もそんなこと知らないよー」

鳥居が驚いた顔をして声を上げたのだ。
そんなことを横目に、それでも九条は気にすることなく話を続ける。

「その猫のこともね、実はそうなんだよ」

「どういうことですか? 何がそうなんですか? 僕に分かる様にお願いします」

「まぁいいか……これから話すことは他言無用でお願いしたい。勿論門脇君にも話さないと約束してほしいんだ」

「話したらどうなるんですか」

「君の命の保証はできない、勿論鳥居君もね。これは冗談などではないからね」

「ちょっと待ってください、本当は冗談ですよね? そんな恐ろしいことに巻き込まないで下さいよ九条さん」

「いゃーーー 教えろって言ったのは蒼井君だし、もうシークレットエージェントのことも少し話しちゃったから既に手遅れかな。ここに居る三人意外に話さなければいいだけだから、腹括って蒼井君」

「……………… 分かりました………… 命には変えられないので………… 」

『絶対初めから企んでたんだこのペテン師は、そうだ鳥居君の心の声聞いてみるか』
九条に関わった時点で何かが起こると思っていた蒼井は潔く諦めることにした。だからと言うわけではないが、今この状況で自分にできることをする方向に気持ちを切り替えた。

「えー俺もなのー、分かったから本当のこと教えてねー」
『えー俺もなのー、やっと本当のことが分かるのかなー、それにそこの彼もいるからいいかー』
鳥居の方は少し楽観的なようだ。

「では、二人とも同意が得られたということで続きを話そうか」

『この人も元締めと同じで変な人なんだー、でも俺のこと受け入れてくれたからいい人なのかもなー』
蒼井に鳥居の心の声が流れ込んできた。やはりこの前も蒼井と門脇の二人が思った通り悪い人間ではなさそうだ。

問題は彼がこれまでシークレットエージェントで何をやってきたかである。それを知ったからと言って九条が決めたことが覆ることはないのだが。



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