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第2章 迷子の仔猫

動物看護師

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10月28日 PM

 門脇と蒼井の二人は現在に戻ってすぐに猫のみいちゃんのかかりつけの動物病院へ向かった。門脇はペットホテルやペットサロンではなく初めからこの動物病院に行こうと決めていた。朧げだったが犯人グループにいた女の顔をこの病院で見た記憶があったからだった。

門脇は獣医の先生とは叔父つながりで面識があった。お陰で診察が終わるとすぐに時間を作ってくれた。他のスタッフには席を外してもらい、小ぢんまりした応接室で話をすることになった。

「お忙しところお時間を下さりありがとうございます。門脇探偵事務所の門脇です」

「同じく蒼井です」

先方から不信感を持たれないために、蒼井は一応探偵事務所の人間として先生と対面した。二人は先生に挨拶すると、勧められた椅子に腰掛けた。テーブルを挟んだ向かい側には先生一人だけだ。

「早速ですが、実はいくつかお伺いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか」

「私で分かることでしたらお話させていただきます」

「まず初めにこちらに勤務されている動物看護師の方で最近やめたか、もしくは休暇をとっている方っていませんか」

「えぇ、一人退職した人がいます」

「それっていつ頃のことですか」

「…… つい最近ですね……まだ一週間も経ってないんじゃないかな」

「それってこの人じゃないですか」

門脇は写真を1枚差し出した。すると先生は驚いて声をあげた。

「えぇ、この人です」

「お名前を教えて頂けますか」

「あの……この人がどうかしたんですか? 門脇さん探偵さんですよね」

「ある方から依頼を受けて調べていたら、どうやらある事件と関係している恐れが有るんです。その場合その写真の方が重要参考人になる可能性があリます。この女性のことで覚えていることや印象に残っていることがあったらどんなことでも良いので教えていただけるとありがたいのですが……」

先生は一瞬目を見開いて口を一文字にした。

「うちの動物病院にも関係あることですか」

「直接関係はないのですが、間接的には関係あったかもしれません」

「そうですか。…………勤務していた期間も短かったのでそんなにお話しできる事はないのでお役に立てるかどうか……。まず名前は向井有紗。動物看護師として3ヶ月ほど勤務していました。動物が好きだと言っていました。特に猫が大好きで病院に来る猫には特に優しく接していました」

「猫以外にはどうでしたか」

「他の動物へも看護師として丁寧に対応していました、ただ……」

そこまで話すと、獣医の先生は一旦黙ってしまった。
それをみた門脇は真剣な目をして先生に言った。

「どうぞ、続けて下さい」

「はい……上手く表現できないんですが……とても変わった猫が検診に来るんです。飼い主の希望もあって基本的にその猫は私一人で対応しています。綺麗な見た目通り繊細で猫なのに気高さがあるので猫自身が認めた人間にしか懐かないんです。

獣医である私は動物の気持ちになって接するように心掛けているので気を許してもらえたらしくて、嫌がらずに診察をさせてくれました。

ところがある日、その猫が検診に来たので診察室を立ち入り禁止にしてあるにも関わらず、向井さんが勝手に診察室に入ってきて何食わぬ顔で猫に触ろうとしたんです。すると猫が逆毛を立てて怒り出してしまったんです。ですので直ぐに診察室から出て行ってもらった。

そんな事があったんです」

「その変わった猫というのはまだ子猫で、白くて毛足の長い毛で左右の目の色が違う猫じゃないですか。
しかも片目はダイクロイックアイ。目の色は右目は単色のブルー、左目はグリーンとイエローの三色を持つ非常に珍しい目の持ち主だったりしませんか」

「ええ、まさにその通りの特徴を持つ猫です。その猫とお知り合いですか」

「えぇちょっと、それと名前は雄なのにではないですか」

「そうです。もしかしてみいちゃんの飼い主さんに何かあったんですか?」

「いえ、飼い主さんではなくみいちゃん本人というか本猫というのでしょうか、現在行方不明なんです。ご依頼主からも先生には行方不明だと話して良いと了承を得ていますので、もしみいちゃんのことで何かわかったらどんなに些細なことでもいいので私に連絡をくださるようお願いしたます」

「分かりました。それと私にできることがあれば何なりと遠慮なく言ってください。ところでみいちゃんはいつから行方不明なんですか?」

「それが……3日前からです」

「心配ですね……。あの子あんまり人に懐かないからお腹すかせてないといいんですけど……」

それはきっと大丈夫だろうと門脇と蒼井は思った。しかし口には出さなかった。それは不思議と2人ともあの魔法男から邪気や悪意を感じなかったからだった。ここで動物看護師をしていたと言う向井有紗からは悪意や我欲がありありと感じられたが。

「とにかく早急にみいちゃんを無事に保護したいと思っています。最後に向井有紗さんの勤務態度で何か変わったことはありませんでしたか」

「勤務態度は特に変わった様子はありませんでした。でも、そういえば休診日の前日は必ず決まって18:00になると帰っていました。そう言う契約だったようです。それとみいちゃんや血統書付きの犬や猫のカルテだけ念入りに見ていた気がします」

「そうですか。ところで休診日はいつですか」

「木曜日と日曜日です。でも木曜日は診察はしませんが手術の日に当てていますので病院は開けています」

「手術の日に看護師さんは来るんですか」

「はい、でも交代制でお願いしています……でも向井さんにはお願いしていませんでした。まだ入って日も浅かったので」

「そうですか、分かりました。それから向井さんはどうして退職されたんですか」

「えぇと、確か実家の仕事を手伝うとかで急遽退職することになったはずです」

「先生は直接お話しされてないんですか」

「そう言ったことは全て妻に任せていて、私は動物に専念しなさいと妻から言われています」

先生は少し照れたように笑った。

「そうですか、今日は奥様はいらっしゃいますか」

「はいすぐ近くにいます。呼んできた方がいいですか」

「すみませんが、お願いします」

獣医の先生は足早に部屋を出たかと思うとすぐに奥さんを連れて戻ってきた。もの静かで優しい雰囲気の女性だ。

「奥様、突然申し訳ありません。人事のことは奥様が担当されていると伺ったので1つ教えていただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」

「はい、どう言ったことでしょうか」

「突然ですがこの写真の女性、向井有紗さんがとある事件と関係している可能性があります。奥様はこの女性からどんな印象を受けたのか教えていただきたいと思いまして…… 」

「事件ですか…… 私が感じたことでよろしいですか」

「はい、お願いします」

「そうですね、動物好きなのは経歴やお話しから伝わってきました。実は彼女が入ったばかりの時、私が本当はここに来る予定ではない日に偶々近くに寄ったので様子を見にきたんです。

その時にたまたま見てしまったんです。彼女が一人で診察室と受付の間の通路にいたのですがとても鋭い目で何かを探しているような怖い目をしていました。

物音がするとすぐに普通の表情に戻りはしたのですが、なんだか少し怖いなと思ったことがあります。それにいったい何を探していたのか気になりましたが、その後別の用事があったのでその時はそれ以上は追求しませんでした」

「そんなことがあったんですね。彼女の退職理由を教えていただけますか」

「なんでもご実家のペットサロンの従業員の方が急に退職されたので、代わりが見つかるまで手伝うことになったと言っていました。少し変だなとは思ったのですが、先程のようなことがあったのでその方がいいと思い退職してもらいました」

「そうでしたか。もしまた彼女から連絡があったら私に連絡をいただけますか」

「はい、分かりました」

「突然お願いしてしまったにも関わらずお二人ともご協力ありがとうございました。私たちはこれで失礼させていただきます」

「いえ、お役に立てましたでしょうか」

「はいもちろんです。貴重なお時間をいただきありがとうございました」

挨拶を済ませた二人は動物病院を後にした。
門脇の叔父のおかげで新たな情報を仕入れる事ができた。

「門脇、あの女の人ここに居たって知ってたの」

「いや、何となく見たような気がしただけだったんだけどな、ビンゴだった」

「ビンゴって……  」

実は門脇の叔父の家にいる犬もこの先生にお世話になっている。1ヶ月ほど前に叔父に頼まれて門脇が犬の予防接種に来たばかりだったのだ。

「カルテを見て藤原さんの住所や猫の特徴を細かく調べたんだろうな。でも18:00に帰って何をしていたと思う?」

「この前見た元締めに報告しているとは思えないし……」

「多分、今回のあの身なりの良い依頼人と情報交換して、取引金額の交渉をしていたんじゃないかな」

「どうしてそう思うの」

「依頼人は本当に依頼人なのかと思ってさ、何か裏があるような気がするんだ」

「そうだよね、あの依頼人と元締めのあんな話聞いたらそう思うよね。でもなんのためにこんなことするんだろう」

「まぁ、タイムリミットまで後2日あるし、今日はとりあえず帰るとするか」

「そうだね、今日はこれからピアノの演奏があるし」

「俺も叔父さんに報告してくるよ。明日また連絡するけど多分動くのは明後日になってからだと思うんだ。俺一人でも大丈夫だし」

「分かった、じゃあね」

「じゃあな」

そして門脇は探偵事務所へ、蒼井はブルーローズへと向かった。






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