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第1章 繰り返す女
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蒼井静佳はいきなり自分のいる空間が真っ白になって動くこともできずただ呆然とするしかなかった。眼下に広がる世界どころかすぐ近くに居たはずの天ヶ瀬の姿さえその目に捉えることができない。
途方に暮れていると急に天ヶ瀬の声だけが聞こえてきた。
「蒼井くん、大丈夫? 私のこと見える?」
「天ヶ瀬さんどこにいるんですか。それよりそういう天ヶ瀬さんは僕のこと見えてるんですか?」
『天ヶ瀬さん、どこにいるんだ?』
「しっかり見えているよ…… 君も多分もうすぐ見える様になると思うけど、どう? 薄ら何か見えてこない?」
「………………えっ、嘘、天ヶ瀬さんこんなに近くにいたんですか? それとここどこですか? あれっ………… 月がやたらと近い気がするのは僕だけでしょうか……」
『うわっ近すぎる 天ヶ瀬さんも物凄く美人だったこと忘れていた、色々心臓に悪いよ。っていうか男の俺が焦るくらい美人だなんて反則だよ………… あれっ月ってこんなに近くにあったっけ』
「気のせいじゃないと思うよ。だってここは鮫島李花が泊まっているホテルの上みたいだしね」
「こんな上空にいて僕たち大丈夫なんですか? でも寒さを感じないですね」
『今のところ体に異常はないけど大丈夫なのかな』
気温は上空600mで5度前後低くなるので急に気温が5度も下がれば寒く感じるはずである。
「今いるこの6次元は余剰次元って言って、下に広がる3次元というか4次元というか、そことは違う次元で温度差もなく快適温度で一定なんだ。だから大丈夫だよ?」
「どうして疑問系なんですか、本当に大丈夫なんでしょうね……」
『本当に大丈夫なのか、天ヶ瀬さん嘘はつかない人だけどたまに誤魔化すからなぁ』
「大丈夫! 今まで事故とか起きたことないから! 多分?」
「多分ってなんですか! 天ヶ瀬さん」
『お願いだから多分はやめてくれー』
「それに何かあったら、九条さんのところに強制送還されるはずだから大丈夫!」
「強制送還って…… 天ヶ瀬さんに聞いた僕が間違っていたと今解りました。でも何でさっき僕の周りが真っ白になったんですか? それは説明してくれますよね」
『強制送還されることの方が問題なんじゃないでしょうか、天ヶ瀬さん。そして説明よろしく』
蒼井は異次元という特殊な場所に言い表せない不安を覚えたが今更どうにもならない事にようやく気が付いた。
「あーそれはね、さっき急に10km位離れた場所に瞬間移動したでしょ。まだ蒼井くんがこの6次元に慣れていないだけだから慣れればホワイトアウトみたいな現象は無くなるよ。それは安心して!」
それを聞いて、蒼井はほんの少しだけ安心した。と言うより理解の範疇を超えていたので無理矢理自分は安心したと思うことにしたのだ。
『それより僕は慣れる程ここにいることになるのか? 九条さんに嵌められた気がするのは気のせいじゃないよな……』 自身の置かれつつある状況を客観的に捉えた蒼井の言葉は全て天瀬に筒抜けだった。
そんなやり取りをしながら蒼井の心を垣間見た天ヶ瀬は有望な後輩に期待をすると同時に、ここに来る直前に告げられた九条の言葉を思い出していた。
「自分で経験して掴んでいかないと、この次元監視の仕事はできないだろう? でも蒼井静佳は必ず役に立つはずだよ、彼の持つ能力をこの多次元空間で使うことができれば」
彼が人の心の声が聞こえることを知っているのは今はまだ九条と天ヶ瀬の二人だけだ。それにまだ蒼井は己の隠された能力が殆ど解放されてはいないことに、おそらく本人も気付いていない。人の心の声が聞こえることなど能力のほんの一部なのだ。
しかし6次元になんの違和感もなく適応した彼の持つその力は、間もなく解放される。だから九条は蒼井静佳のことを天ヶ瀬に任せたのだ。
『一体彼にどんな能力があるんだろう…… まぁ何が出てくるのか分からないけど、それはそれで楽しみだな。でもそれを私に託す、いや丸投げする九条さんも人が悪いよな、いつものことだけど……』
どんな事でも器用にこなす九条は結構な腹黒さも併せ持っている。その腹黒さは割といろんなところで発揮されている。そしてその腹黒さから発生する状況の被害者は何故かいつも天ヶ瀬だったりする。そして今後その腹黒による被害者は、もう一人増えるようだ。
何かを考えるように月をじっと見ていた蒼井はゆっくりと振り返った。じっと天ヶ瀬の方を見るとボソボソと何やら話し始めた。
「そう言えばここに来てから、これまで常識だと思っていたことの斜め上行くことばかりじゃないですか。考えたところで次に何が起きるのか分かるわけもないので、次から何か起きても『そう言うものなんだ』と思うことにしました。そうじゃないと、色々保たない気がしますので……」
蒼井の言葉を聞いて、『これは、九条さんが連れてきただけあって適応するのが早そうだな、結構すぐに覚醒したりして』天ヶ瀬はこの思いが的外れでなかったことを知るのは少し先のことだ。
「監視って、ずーっと見てなくちゃいけない! みたいに感じるだろうけど、張り付いていなくても大丈夫なんだ。この中に居て監視対象から離れても、仮に監視対象が何か問題行動を起こそうとするとその前に強制的にその現場に連れて行かれるから安心していいよ?」
『私たち以外にも自由にこの次元を使っている者がいることは、今はまだ伝えない方が良さそうだな』天ヶ瀬はこのことに関してだけはその時が来たら話すつもりだった。
「なんでまた疑問系なんですか。それに、それって安心していいことじゃない気がしますが…。 余計なことはあまり考えるなってことですね。解りました」
物分かりの良すぎる蒼井の言葉を聞いた天ヶ瀬が、外を見ながらほんの一瞬口角を上げた。しかしそれは蒼井の立っている場所からは見えなかった。
そんな2人は鮫島李花の本当の目的をまだ掴めずにいた。
鮫島李花は、いつも使う馴染みのホテルとは違うホテルの高層階からの景色を眺めていた。
いつもの見慣れた眺望ではないが、高層ビルがキラキラ光っている夜景もそれなりに綺麗だった。
最近ではホテルも二極化が進んだ。ロボットやアンドロイドが受付やサービスを行う比較的安価なホテル。それとは逆に生身の人間によるサービスを主体とした臨機応変な人との触れ合いもサービスの一環としている高級ホテルとに分かれた。
鮫島李花が今回利用するホテルは我儘お嬢様に対応できるような高級ホテルだった。普通という言葉を知らないお嬢様に対応できるとは流石プロのホテルマン達だ。近い将来、我儘なお客様対応専任アンドロイドなどが生まれるのは時間の問題だろう。
彼女はほんの少し生まれる時代は早すぎたのだ。
タイムトラベルする前、既に歴史に時を刻んでしまった過去の鮫島李花は海外へ視察と称してグループ会社のリゾートホテルに宿泊していた。ゴールデンウィークより少し前に海外に脱出して豪遊していたからだ。そのため鮫島李花が過去の自分に会うことはまずない事になる。
それなのに変なところに用心深い鮫島李花はパッと見て自分だと分からないような姿に変装したままだった。
ホテルにチェックインした時に提示したクレジットカードは、普段あまり使わない方のカードを使った。もしもカードが使えない場合にと現金も用意していたが使わずに済みそうだ。
バッグの中からA3サイズの書類を出して書き間違いがないことをもう一度確認した。そして提出日となる今日の日付を記入しバッグに戻した。
外出の準備が整い、鮫島李花はホテルの部屋にある大きな鏡に映った見慣れない自分の姿を確認した。その姿に満足した彼女は足早に部屋を出た。宿泊している部屋に備え付けてあるアンティーク時計の針はあと少しで夜の10時を指そうとしていた。
フロントに寄るとスタッフに予め伝えた通り2時間ほどで戻ることを告げホテルの正面玄関を出た。チェクインするには遅い時間のフロントには他に客はいなかった。
外に繋がる二つ目の自動ドアを通るとすぐにドアマンに案内された。すでに待っていたタクシーに乗り込み目的地へと向かった。
途方に暮れていると急に天ヶ瀬の声だけが聞こえてきた。
「蒼井くん、大丈夫? 私のこと見える?」
「天ヶ瀬さんどこにいるんですか。それよりそういう天ヶ瀬さんは僕のこと見えてるんですか?」
『天ヶ瀬さん、どこにいるんだ?』
「しっかり見えているよ…… 君も多分もうすぐ見える様になると思うけど、どう? 薄ら何か見えてこない?」
「………………えっ、嘘、天ヶ瀬さんこんなに近くにいたんですか? それとここどこですか? あれっ………… 月がやたらと近い気がするのは僕だけでしょうか……」
『うわっ近すぎる 天ヶ瀬さんも物凄く美人だったこと忘れていた、色々心臓に悪いよ。っていうか男の俺が焦るくらい美人だなんて反則だよ………… あれっ月ってこんなに近くにあったっけ』
「気のせいじゃないと思うよ。だってここは鮫島李花が泊まっているホテルの上みたいだしね」
「こんな上空にいて僕たち大丈夫なんですか? でも寒さを感じないですね」
『今のところ体に異常はないけど大丈夫なのかな』
気温は上空600mで5度前後低くなるので急に気温が5度も下がれば寒く感じるはずである。
「今いるこの6次元は余剰次元って言って、下に広がる3次元というか4次元というか、そことは違う次元で温度差もなく快適温度で一定なんだ。だから大丈夫だよ?」
「どうして疑問系なんですか、本当に大丈夫なんでしょうね……」
『本当に大丈夫なのか、天ヶ瀬さん嘘はつかない人だけどたまに誤魔化すからなぁ』
「大丈夫! 今まで事故とか起きたことないから! 多分?」
「多分ってなんですか! 天ヶ瀬さん」
『お願いだから多分はやめてくれー』
「それに何かあったら、九条さんのところに強制送還されるはずだから大丈夫!」
「強制送還って…… 天ヶ瀬さんに聞いた僕が間違っていたと今解りました。でも何でさっき僕の周りが真っ白になったんですか? それは説明してくれますよね」
『強制送還されることの方が問題なんじゃないでしょうか、天ヶ瀬さん。そして説明よろしく』
蒼井は異次元という特殊な場所に言い表せない不安を覚えたが今更どうにもならない事にようやく気が付いた。
「あーそれはね、さっき急に10km位離れた場所に瞬間移動したでしょ。まだ蒼井くんがこの6次元に慣れていないだけだから慣れればホワイトアウトみたいな現象は無くなるよ。それは安心して!」
それを聞いて、蒼井はほんの少しだけ安心した。と言うより理解の範疇を超えていたので無理矢理自分は安心したと思うことにしたのだ。
『それより僕は慣れる程ここにいることになるのか? 九条さんに嵌められた気がするのは気のせいじゃないよな……』 自身の置かれつつある状況を客観的に捉えた蒼井の言葉は全て天瀬に筒抜けだった。
そんなやり取りをしながら蒼井の心を垣間見た天ヶ瀬は有望な後輩に期待をすると同時に、ここに来る直前に告げられた九条の言葉を思い出していた。
「自分で経験して掴んでいかないと、この次元監視の仕事はできないだろう? でも蒼井静佳は必ず役に立つはずだよ、彼の持つ能力をこの多次元空間で使うことができれば」
彼が人の心の声が聞こえることを知っているのは今はまだ九条と天ヶ瀬の二人だけだ。それにまだ蒼井は己の隠された能力が殆ど解放されてはいないことに、おそらく本人も気付いていない。人の心の声が聞こえることなど能力のほんの一部なのだ。
しかし6次元になんの違和感もなく適応した彼の持つその力は、間もなく解放される。だから九条は蒼井静佳のことを天ヶ瀬に任せたのだ。
『一体彼にどんな能力があるんだろう…… まぁ何が出てくるのか分からないけど、それはそれで楽しみだな。でもそれを私に託す、いや丸投げする九条さんも人が悪いよな、いつものことだけど……』
どんな事でも器用にこなす九条は結構な腹黒さも併せ持っている。その腹黒さは割といろんなところで発揮されている。そしてその腹黒さから発生する状況の被害者は何故かいつも天ヶ瀬だったりする。そして今後その腹黒による被害者は、もう一人増えるようだ。
何かを考えるように月をじっと見ていた蒼井はゆっくりと振り返った。じっと天ヶ瀬の方を見るとボソボソと何やら話し始めた。
「そう言えばここに来てから、これまで常識だと思っていたことの斜め上行くことばかりじゃないですか。考えたところで次に何が起きるのか分かるわけもないので、次から何か起きても『そう言うものなんだ』と思うことにしました。そうじゃないと、色々保たない気がしますので……」
蒼井の言葉を聞いて、『これは、九条さんが連れてきただけあって適応するのが早そうだな、結構すぐに覚醒したりして』天ヶ瀬はこの思いが的外れでなかったことを知るのは少し先のことだ。
「監視って、ずーっと見てなくちゃいけない! みたいに感じるだろうけど、張り付いていなくても大丈夫なんだ。この中に居て監視対象から離れても、仮に監視対象が何か問題行動を起こそうとするとその前に強制的にその現場に連れて行かれるから安心していいよ?」
『私たち以外にも自由にこの次元を使っている者がいることは、今はまだ伝えない方が良さそうだな』天ヶ瀬はこのことに関してだけはその時が来たら話すつもりだった。
「なんでまた疑問系なんですか。それに、それって安心していいことじゃない気がしますが…。 余計なことはあまり考えるなってことですね。解りました」
物分かりの良すぎる蒼井の言葉を聞いた天ヶ瀬が、外を見ながらほんの一瞬口角を上げた。しかしそれは蒼井の立っている場所からは見えなかった。
そんな2人は鮫島李花の本当の目的をまだ掴めずにいた。
鮫島李花は、いつも使う馴染みのホテルとは違うホテルの高層階からの景色を眺めていた。
いつもの見慣れた眺望ではないが、高層ビルがキラキラ光っている夜景もそれなりに綺麗だった。
最近ではホテルも二極化が進んだ。ロボットやアンドロイドが受付やサービスを行う比較的安価なホテル。それとは逆に生身の人間によるサービスを主体とした臨機応変な人との触れ合いもサービスの一環としている高級ホテルとに分かれた。
鮫島李花が今回利用するホテルは我儘お嬢様に対応できるような高級ホテルだった。普通という言葉を知らないお嬢様に対応できるとは流石プロのホテルマン達だ。近い将来、我儘なお客様対応専任アンドロイドなどが生まれるのは時間の問題だろう。
彼女はほんの少し生まれる時代は早すぎたのだ。
タイムトラベルする前、既に歴史に時を刻んでしまった過去の鮫島李花は海外へ視察と称してグループ会社のリゾートホテルに宿泊していた。ゴールデンウィークより少し前に海外に脱出して豪遊していたからだ。そのため鮫島李花が過去の自分に会うことはまずない事になる。
それなのに変なところに用心深い鮫島李花はパッと見て自分だと分からないような姿に変装したままだった。
ホテルにチェックインした時に提示したクレジットカードは、普段あまり使わない方のカードを使った。もしもカードが使えない場合にと現金も用意していたが使わずに済みそうだ。
バッグの中からA3サイズの書類を出して書き間違いがないことをもう一度確認した。そして提出日となる今日の日付を記入しバッグに戻した。
外出の準備が整い、鮫島李花はホテルの部屋にある大きな鏡に映った見慣れない自分の姿を確認した。その姿に満足した彼女は足早に部屋を出た。宿泊している部屋に備え付けてあるアンティーク時計の針はあと少しで夜の10時を指そうとしていた。
フロントに寄るとスタッフに予め伝えた通り2時間ほどで戻ることを告げホテルの正面玄関を出た。チェクインするには遅い時間のフロントには他に客はいなかった。
外に繋がる二つ目の自動ドアを通るとすぐにドアマンに案内された。すでに待っていたタクシーに乗り込み目的地へと向かった。
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