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第1章 繰り返す女

行動開始_1

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 鮫島李花はコーヒーショップを出た後、今回の目的地、大通りを挟んで向かい側にあるビルへ向かった。日中は車の通りが激しいので10m程先の横断歩道がある信号まで移動する。信号が変わり横断歩道を渡った鮫島李花は都会の雑踏に紛れて鮫島商事のビルの前までたどり着いた。

過去に来てすぐ自分だとバレないように変装に使った栗色セミロングのウィッグと濃い茶色のサングラス姿で正面玄関から、ではなく横にある通用口からビルへと入った。
堂々としていれば特に怪しまれることもないのに、変装しているという非日常感が正面玄関を避けてしまった理由だった。

鮫島グループが所有するこのビルは多種多様な会社が入っているため、サラリーマン姿でなくてもでも悪目立ちすることはない。
ここには宝飾デザイナーもいれば、海外と取引をする総合商社もある。変わったところではゲーム制作会社まであったりする。巷に流れる噂では、会長に気に入られたが最後その会社の代表が鮫島グループに入ると言うまで会長本人が何度でも直接会社へ赴き、熱烈に口説き落とすと言われている。どんな基準なのかは会長のみぞ知る、らしい。噂はあくまで噂、真実かどうかそれは定かではない。

エレベーターホールを見渡すとエレベーターは向かい合って8基ずつあり、29階への直通エレベーターと、各階に止まる各階行きのほか8階から25階行きなど何種類かある。29階にはレストラン街があるため外部の人が行きやすいように直通エレベーターが設置されている。
鮫島李花は8階から25階行きのエレベーターに乗り12階へ向かった。

彼女の他に誰も乗っていないエレベーターが12階で止まり彼女はゆっくりと目的の会社へと向かった。そのフロアーは地上から離れた12階にありながらショールームのようにガラス張りの空間を持つ会社ばかりのあるフロアだった。

鮫島李花が向かったのはリームという名の会社で輸入食器やカトラリー、ガラス製品などといった主に食器類を扱う商社だった。日本の伝統工芸品を海外へ紹介することもある現在進行形で成長中の若い会社だ。

リームは鮫島李花の兄である鮫島潤一が社長の会社で、彼女の目的であり兄の片腕と言われる本城幹彦がいる会社だ。本城は凄腕の営業マンであるだけでなく、五カ国語も話すマルチリンガルである。海外との取引の時、現地での流暢な話し方は相手に好感を与える。長身でスッキリ系のイケメン、そして柔らかな人当たりで人脈作りに長けた優秀な社員。それに加えて彼の凄いところは、女性だけでなく男性にも人気があるところだ。

 惚れっぽい鮫島李花は偶然彼を見かけたその瞬間、ひと目で気に入ってしまった。それからは用もないのにリームを訪れては、無駄にカトラリーやガラス製品を買った。またある時は本城しか買い付けに行けない地域の商品が欠品中であるにも関わらず直ぐに欲しいと我儘を言いだした。そして会長の娘という立場をチラつかせ急いで海外へ仕入れに行くように仕向けていた。

もちろんただ仕向けるだけでなく、滞在先や立ち回り先の詳細を知るために鮫島グループの役員という特権をフル活用してその情報を入手。そしてさも仕事でこれから取引する現地法人の視察に行くかの如く、本城の乗る飛行機と同じ便のファーストクラスの予約までして彼を追いかけていた。

恐ろしい執念である。グループ社員の移動はエコノミーかビジネスクラスだけでファーストクラスの利用は認められていない。セキュリティの関係上必要な、会長以外は。それ以外でファースクラスの使用が認められるのは、緊急事態の時だけである。鮫島李花はその緊急事態を悪用してファーストクラスで尾行していた。鮫島グループにとっては迷惑この上ない役員である。

海外で育った本城は日本人の男に比べて格段に女性の扱いが丁寧でエスコートする仕草も嫌味がない。誰に対しても一定以上の態度で接しているのだが、それを知らない、いや認めない鮫島李花は自分だけは特別だと勝手に思い込んでいた。決して気のある素振りを見せていない本城にとっては誠に大変迷惑な話である。

しかし過去へ来る前の現実世界でこの後彼は翻訳家の女性と結婚してしまったのだった。鮫島李花が兄に会うフリをして連休明けにリームを訪れた時、彼の左手の薬指には存在感のある銀の指輪がしっかりとはめられていたのだった。鮫島李花にとってその時の衝撃は計り知れない。この世の終わりかというほどの絶望を受けたのだから。


 12階に到着した鮫島李花はエレベーターホールを出てリームのショールームに入ったが、いくら探しても目的の人物はいなかった。

「出張や休暇はとっていないはずだから、少し遅めのお昼休みかしら」

周りに聞こえない位の小さな声でボソボソと呟き、鮫島李花はエレベーターホールへ引き返した。タイミングよく扉の開いた12階から29直通エレベーターに乗り込み急いでレストラン街に向かった。

どこの店もランチタイムから少しズレた時間だったので然程混雑していない。このレストラン街の特徴の1つは、客席から外の見える場所は全てガラス張りになっていることだ。29階から見る都会の景色を最大限に楽しんで欲しいというオーナーの願いからだった。

そんなこのビルに入居している会社は、29階にあるレストラン街を社員食堂として利用できるという特典がある。ランチタイムだけでなくディナータイムまで含む全ての時間帯を半額で食べられるというものだ。ビルに入っている全てのテナントや会社が鮫島グループに所属しているためもちろん福利厚生の一環である。このご時世、社員を大切にしない会社は生き残れないのだ。

 鮫島李花は過去のこの時点で本城幹彦がまだ指輪はしていないことを確認するためにだけここへ来た。その確認が取れないとわざわざ過去へ来た意味がなくなってしまう。

レストラン街を歩いているとガラス張りのレストランの中に同僚と食事をしている本城幹彦をやっと見つけることができた。予約席以外は席を自由に選べることを利用し彼らの斜め左後ろの席に腰を下ろした。そして鮫島李花はさりげなく本城幹彦の左手を見た。その必死な姿は傍目からはさりげなくではなく、凝視しているようにしか見えなかった。

確認することに必死でガッツリと視線をそこに向けているのに角度が悪くて肝心の左手がよく見えない。
「もっとこっちに手を向けてよ……  よく見えないじゃない」

無意識に非難の声が漏れてしまったことにすら鮫島李花は気づいていない。

そしてまさか鮫島李花の粘着質な行動を監視している者がいるなどとは、彼女は決して気付くことは無かった。
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