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さよなら世界、こんにちは異世界
28.冒険者ダンバード・スタンフィール
しおりを挟む今までパルシオン帝国 第三都市フィルドから、馬車で片道に3日は掛かる原野にある上級者向けダンジョンに潜っていた。今回も何事もなく帰ってこれて、宿屋の部屋でようやくひと息ついたところだった。
そのダンジョンは地から湧き出てまだ半年ほどの若い魔宮だった。中層も乱獲されておらず結構な収穫があって、懐はあたたかい。ソロ冒険者が無理なく探索出来る領域はだいたいは入れたな。満足な実入りがあったから、今日の夕飯はちょっとリッチにしよう。俺は冒険者向けの宿屋で、お湯を使って体を拭くと身ぎれいになって、ようやく身心ともにさっぱり出来た。
ダンジョンに潜ると、入り口に繋がる転移の魔法陣に辿り着くまで、ほとんどの冒険者たちは安全地帯でテントを張って拠点にする。3日間、テントを拠点に回復以外はダンジョンに潜り続ける。
ダンジョンで寝泊まりするのは、3日間までと冒険者ギルドの条約で決まっていた。それは、ダンジョンの瘴気の中で人間が正常を保てる期間が1週間だからだ。滞在期間は1週間までだ。
条約を守らずに、ダンジョンに1週間以上の時を過ごした者の姿は誰も目にした事がない。もう少しで、外に出れるところでタイムリミットがきた者ならいた。ダンジョンの出口に伸ばした手は、あとほんの少しというところで見る間に闇に染まって、ダンジョンの暗闇と同化して消えてしまった。その光景を見た者は恐怖に凍り付き、ダンジョンに潜れなくなった者もいた。それほどに、おぞましい光景だったのだろう。
だから深い階層に潜っても、3日すぎたら入口に戻らなくてはいけない。どんな状況だろうと、期限の残り4日で地上に戻らなくてはいけない。
冒険者たちは、寝る間や飲食を取る時間さえ惜しんで、転移の陣がある階層に急ぐ。もちろん着替えもせず髭もそらず、魔獣と闘いながら強行軍で出口を目指すので恰好はどれも悲惨だった。かろうじてボロ布をまとっていた者もいるぐらいだ。
まだ夕飯までに時間があるから、少しゆっくりするか。
テーブルの上に小さな皮袋に入れた戦利品を並べた。細かな細工の金の指輪、純度の高い金で作られたアンティークコイン、赤や青や緑の魔石がいくつも埋め込まれたブローチ、大きな透明な宝石が星のように瞬いている指輪、どれも高価な値が付きそうな一品ばかりだ。
最後に皮袋に残っていたネックレスを取り出して、灯りの下で目を凝らしてみた。細い金の鎖についているペンダントヘッドは、オレの親指大もある大きさだ。真円に近い見事なカットの琥珀で、中には結晶のように金の粒が光っていた。
「まるで、エディの瞳みたいだな……」
あの時も涙で蕩けそうな金の瞳をしていた。一見して、貴族の子息だろうと見た目で分かるのに、話してみたら屈託がなくて一生懸命で、あの小さな体で必死にお付きの者を守ろうとしていた。
思わず、何も考えずに手を貸していた。こいつはオレが必ず守らなくてはと思った。そんなことを、誰かに思うのはオレを育ててくれた孤児院の仲間以来だな。
あの日、心配で馬車の御者を引き受けて、家まで送ってみればやはり公爵家の子息だった。けれど案内されたのは、豪奢な本館ではなくて離れに建てられた小さな別館だった。
中に入ると通常は出迎えるメイドもいなくて、話を聞くとここに住んでいるのはエディとばあやの二人だけだという。公爵家の事情があるのだろうが、たった10歳の子どもがばあやと二人でくらしている異常さに、オレはエディに手を貸してやろうと思った。
そして、ばあやが怪我をしていたあの時。エディからこぼれた血液がばあやの傷をみるみるうちに治癒をしていた。あれは、施設のシスターと同じ力だ。シスターはその力を精霊様がお与え下さったと言っていた。
もう一度、琥珀のネックレスを灯りに透かして眺めると、別の小袋にしまって胸ポケットに入れた。これは、エディにプレゼントしよう。今は似合わなくても大人になったら、あの美貌を引き立ててくれるだろう。
あれから、10日が過ぎた。エディはあの家で、まだ二人だけで過ごしているのだろうか。出来れば、楽しく笑っていて欲しいと願っていた。
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