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⌘第二幕⌘ 恋と留学編
第一夜 留学ト始マリ…
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ひらり、はらりと𧲸革の庭の大木から舞い降り揺れる桜色の花弁が青空を彩る頃。
ー…春。新しい風が吹く始まりの季節。巽は、銀座祭のあと忙しくなった。留学の準備や、巽がこなしていた𧲸革家の仕事を弟である稔へ引き継いだりなどである。そして、そうこうしているうちに彼は外国へと旅立った。
憂といえば、相変わらず夢日和で働いているが、一つ変わったことがある、それは𧲸革家でも働いているということだ。巽の父親が言っていた、憂も試す。という言葉は、この𧲸革。つまり住み慣れないこの場所で、いかに聡明に根気よく立ち回れるだろうかという試練みたいなものを受けさせられているということである。
先見ノ華…その話が出てから、巽と稔の父親も憂が𧲸革への嫁入りをするのを認めている部分もあれど、やはり由緒正しき𧲸革に嫁入りするとなれば沢山覚えなくてはならない事もある。いわゆる花嫁修行というやつだ。
あの夜会以来、詩經は姿を現さない。それは別に良いのだが、憂は気になることがある。それはあの銀座祭の日、巽と歩いてた時のすれ違いざま、見たことのない男が憂に言った言葉。
ー覚えていろ駒草憂……お前の命は俺のものだ。その不穏な言葉がずっと心を捕らえて離さなかった。
店先に出て、箒を手に掃き掃除をしていた時のこと、不意に店によく来てくれる常連客の中でも、いつでも目を引くとても高貴な貴婦人に声をかけられた。その貴婦人は髪を後ろに束ねており、官能的な艶ある黒光する漆黒で赤い唇が印象的な女性であり肌は白く、瞳は涼しげな切長で此方も黒い瞳だ。いつも体にピタリと吸い付いてるかのような着物で身を包んでいる女性だった。下働きである憂に気さくに声をかけてくれる女性であることは確かで、ある時には食事をご馳走してくれたりと世話焼きな部分もある人である。名前は乃木園伽耶子と言う人だった。
『ねえ、お嬢さん。わたくし貴女にお話がありましてよ』
『伽耶子様、どうしました?』
常日頃から気にかけてくれる妖艶な女性。そんな女性から話があるなど言われてしまうと、言いようのない緊張感と何か新しい世界が開けるような不思議な空気感を得る。けれど、話を聞かない姿勢が出来るわけでもない。彼女から告げられる言葉を今か今かと待ちこがれているけれど、一向に訪れることはない。そんなヤキモキした雰囲気さることながら言葉を紡いだのは伽耶子だった。
『お嬢さん、お見合いしなさいな。今夜わたくしのお屋敷で夜会がございますのよ。数人の殿方がいらっしゃるし、紹介したい方がいるの。貴女にね。』
こんな一端にいる、ただの町娘に紹介したい人がいる。だなんて奥方様も変わってらっしゃる。と内心思う。そもそも憂には巽という相手がいる、その事もあるからこそ余計に乗り気な態度など取れるはずもなく、かといってこの店を懇意にしてくれている相手の誘いを無碍に出来るわけもない。どうにか断る方法は無いものかと思案するけれど、ある意味で社交界のなんたるかを学べる良い機会でもある。将来巽と添い遂げるとして𧲸革家の奥方様となれば夜会の出席は勿論、彼に着いていって商談の場に駆り出される事もあるだろう。そう考えるならこれも一つの花嫁修行となる。とも考えた。憂は至極丁寧に言葉を紡ぐ
『伽耶子様、お申し出ありがとうございます。声をかけてくださったこと、すごく感謝しています。けれど私のようなものが身分の高い方々と肩を並べ楽しむなど、申し訳無いかと……』
これは、さりげない拒絶。これで引いてくれるならばそれで良い。と憂は思ったが然し、さも楽しげに伽耶子はその妖艶な唇を緩めると嬉しそうに憂の頬に口づけた。
『あらぁ、とても謙遜ね。可愛いわ…そんな貴女だからこそ、ぜひ夜会にきてほしくてよ。ドレスも靴もわたくしが用意して差し上げますわ。可愛いお嬢さん……楽しみましょうよ』
危険な香りを仄めかし、妖艶な唇から紡ぐ言葉は巧みである。けっして悪い人では無いけれど、そんな危険な色香を感じながら憂は伽耶子の屋敷の夜会に赴く事になったのだ。話はその日のうちに纏まってしまった。𧲸革家に身を寄せる身としては好き勝手に動くなど到底出来ない。伽耶子がその日のうちに𧲸革家へ電話をかけて憂を夜会にと話を取り付けた。𧲸革当主は最初、巽と憂の関係性を配慮して渋っている様子であったが、なにせ商談相手でもあれば当主が愛した女性、沙羅の旧友とくれば無碍にも出来ぬもの。だからこそ挨拶ぐらいは……とのことで𧲸革当主も渋々承諾を見せ、彼女はそのまま夜会に行くことになるのだった。
乃木園家と𧲸革家は何かしら商談の取引相手としても懇意にしているようで、何より𧲸革当主の妻、巽と稔の母親だった𧲸革沙羅は女学生時代からの親友だったというから、これがまた偶然だと思う。
『お嬢さんは沙羅によく似ているわね。雰囲気かしら…空気感……だから懐かしいわあ』
『……そう、ですか?』
『ええ、そうよ。ふふ、早速夜会のドレスを用意しないとね。肌が白くて…真っ黒な髪の毛で、とても艶やかだわあ……体の線が出る大胆なのも、似合いそうね』
艶かしく、色を孕んだ涼しげな瞳が憂を捕らえてしまう。それはまるで女郎蜘蛛が獲物を捕らえてしまう様によく似ている。それだけ大胆で…存在感が強く絶対的な存在だと言っても過言ではない。それから彼女の取りなしのもと仕事を切り上げ仕立て屋へ赴くことになった。𧲸革の御用達、仕立て屋『菊』ではなく、伽倻子の懇意にしている場所らしい、すぐさま彼女のお付きのものが運転する車に乗せられ目的の場所へ向かうと辿り着いた仕立て屋は、それは豪奢なものだ。日本特有の和風っぽい建物ではなく煉瓦造りで明らかに西洋風の建物だった。その中に入るのに暫し恐縮したものの伽倻子はまるで流れるように店内に入っていく。それを追うように店の中へ入るなら気の良さそうな若い店主がそこにいた。
薄い栗毛色の髪の毛。それは衿足ほどであり根本を洒落た緋色のリボンで結んでいる癖毛の男性。スラッとした体躯は西洋のスーツがよく似合う。黄土色のスーツが品のある感じであり、人の良さそうな目元は垂れ目気味の青色だった。伽倻子は彼を見るなり其方に近づいて頬に口づけを施す。
『伽倻子さん、相変わらず色っぽいなあ』
『貴方も素敵でしてよ?秀代さん』
男の名前は、森塚秀代というらしい。伽倻子自身が今日、この仕立て屋に憂と自分のドレスを引き取りに来たというが今からでは流石に腕の立つ仕立て屋でも一着のドレスを作ることは難しいだろうと軽く考えていたのだが、それの上をいくのが伽倻子の手腕だった。
『秀代さん、あの子がドレスの主よ』
『……へえ、見目麗しいお嬢さんだね。伽倻子さんが言った通り似合いそうだ。』
秀代と伽倻子の口振りは、まるでドレスがもう既に出来上がっていると言ってるような感じであった。秀代が指先を立てて、ちょっと待っててと一声添えて後ろの部屋に下がると、ドレスを二着ほど持ってきたのだ。体の線がよく映えるような横にスリットの入ったマーメイドドレスタイプのものは大人っぽく、黒のレースを斜めから後ろへふんだんに使ったもので、もう一着は背中が開いており大胆ながらも腰のリボンは大きく真っ赤な薔薇の花のようで胸が大きく開いているドレスだった。ドレスと合わせた真紅のチョーカーは首元にも色香を添える。巽が用意してくれたベルベットのドレスはとても品のあるものだったが、こちらのドレスは艶やかで大人の女性が着用していそうなものだった。しかしその色味も全て憂の髪の色とよくあっていることから、伽倻子が事前に憂の見目を把握して後、この仕立て屋に依頼してくれていたのだと理解した。
『さあお嬢さん、こちらの二着のドレスは君のだよ。今日は最終調整に来てもらったんだ…最後の仕上げのレースと飾りをね、君が来てから仕上げようと伽倻子さんからの希望でね』
『伽倻子さま、そんな良くしてもらっていいのですか…私にはそれに見合う対価をお支払いすることはとてもじゃないけれど難しいのに……』
実際そのドレスは二着とも、とても高価なものであることに間違いはなく、布も肌触りがよく上質なものだったのだ。それを手に恐縮するも束の間、赤い唇を優雅に緩め穏やかに笑う彼女が近づいてくる。憂の体を撫で回すかのようにそっと両手で引き寄せ、頬を撫でては豊満な胸は自分を抱いて離さない。芳醇な香りが鼻を掠めて頭がふわふわしてしまいそうだとドレスを眺めながら思うのだ。
『ああ、お嬢さん……そんなこと気にしなくて良いのよ?わたくしがしたくてしている事なのだから。可愛いお嬢さんに遠慮は必要いらないわ…そうと決まれば、早速仕上げに取り掛かってもらいましょう。秀代さん、わたくしのドレスも出来ているのでしょう?』
『ええ、ぬかりなく…ああ、伽倻子さんのドレスも最終調整がまだでしたよね?こちらへ……お嬢さん、温かいココアでも飲んで待っていてくれるかい?君を見たら最後の仕上げも思い浮かんだところだからね少し下がらせてもらうよ。伽倻子さん……こっちに』
『んふふ……いいわ。憂さん待っていてね』
何処か背徳的な雰囲気を醸し出し、二人は後ろの部屋へ下がっていった。伽倻子は人妻であり既に子供も儲けている所謂熟女と言われる御年であるが、衰えを感じさせない美貌と艶のある髪。着物に飾られる装飾品は煌びやかだ。動くたびに香る高貴な香りにとても素敵な女性だというのが伺える。ただ明らかに憂とは性質が違っていることも理解した。彼女は言ってしまえば魔性の女性。数多の男を食い物にしてその上に君臨する女王様だ。
幼少期の記憶は、憂自身あまり覚えていないがこんな女性を何度も見たことがあった気がする…と、先程森塚という男性が淹れてくれたココアを口にした。そのココアはとても美味しいものだったが、甘い香りが濃厚で何処か口の中でもったりと蕩けるような、そんな甘ったるいものだった。
ーーー……
ーーーーー……
……意識が朦朧とする。
ー深く深く眠っていたようだ……長い睫毛を震わせて憂の瞳が数回瞬きを繰り返した。
『……ん…あれ、私……眠って……』
まるで深い闇の中に居たような、けれど体は妙に冴えていて重だるさはなく、軽い感じである。時計を見やれば店に来てから半刻は経っていて寝入ってしまっていたのだと理解した。伽倻子と店主の姿はまだ見えない。憂が椅子から立ち上がり奥の部屋の扉に近づくと、扉が少しだけ開いていたのだ。
『伽倻子さま……?』
憂は声をかけようとして、その扉の隙間を覗き込むと息を呑んだ。
……伽倻子と秀代が、お互いの体を抱き寄せて折り重なり、伽倻子は豊満な乳房を揺らし脚を大きく広げ彼の上に跨って呑み込んでいる。秀代は一心不乱に腰を揺さぶって激しく伽倻子を貫いていた。
そう……二人は今まさに情欲に身を焦がし、睦みあっていたのだから
『あ……っ、ああん。いいわあ秀代さん、もっと来てちょうだい』
『は……たく、若いな……伽倻子さんは……人妻のくせに……あっ、しかも隣の部屋に連れのお嬢さんがいるというのに……さっ……く、持っていかれそうだ』
二人の情交を目の当たりに、声などかけられるはずもなく…驚愕で声を出してしまいそうになる…視線を彷徨わせて、たった今さっき見た二人の睦みあいに戸惑いながら、口元を覆い隠し熱情に囚われる前にその扉から離れた。なんとなく仕立て屋にも居づらい気がして、仕立て屋の玄関口の扉を開けて外に出たのだ。
『は……ぁ……』
艶かしい空気に充てられていたからこそ、春の陽気である外の空気はとても新鮮に感じて暫し外に居て自分の中で消化しきれない戸惑いを必死に振り払おうとしていたところで、憂は一人の男性と再会した。
『……ああ、これはこれは』
『……!』
ハイカラな好青年で、肩口まである長さの髪はどこか色素が薄めの緑色で妖艶。帽子を深く被り、その瞳は鋭く、どこか見透かしたような奥二重は切長で、日本人には珍しく透き通ったエメラルド色の瞳を持つかなり身形の整った青年……そう、あの銀座祭の日。彼女とすれ違い様に『裏切り者……お前の命は俺のものだ』と、吐き捨てていった男だった。
『……あなたは、あの時の』
『覚えていたのですか』
つい身構えてしまう憂だが、こんな公共の場で殺生沙汰を起こすことは相手にとっても都合が悪いだろう。まずその考えに行き着いた。一歩引いて物事を考えた。巽もきっとそうする…状況判断した後にしっかりと対処するだろう。悪戯に騒ぎ立てることはしないだろうと……それにしても不思議なことに巽のことを考えると、言いようのない安堵感を覚える。やはり惚れた男性の力は偉大だということを彼女自身が改めて思った。それだけで助けられている気がして……そうして少しずつ夕暮れが空を染める頃、伽倻子と秀代が何食わぬ顔をして外に憂を探しに来たのだ。
『あら、お嬢さんこんなところにいらしたのね?ドレスの仕上げ出来ていてよ。ふふ……もう知り合いになっていらしたの。今日の主役が揃ったようね、夜会にはパートナーが必要だもの、彼は藍染燈臣さんよ。お嬢さんに紹介したかった殿方なの。』
『………よろしく、麗しいお嬢さん』
『……!!』
ひんやりとした空気を素肌に感じる、春の夜が訪れようとしていた。そうして伽倻子から伝えられた『主役が揃ったようね』という言葉に憂は目を見張る。今日の夜会に招待されたそもそもの理由は、憂にお見合いをさせたいという事だったのだから、そうしてその相手を憂は知らなかったが、伽倻子の口から紡がれた言葉で目の前の彼がその相手だと理解した。憂の命を狙おうとしているのか、はたまた別の意味合いで憂を恨んでいるのか……憂はその男のエスコートで伽倻子の夜会に行くことになったのだ。
ーーーー……煌びやかなシャンデリア、大きな大ホール。乃木園が所有している迎賓館で一夜を楽しむ貴族たち。モダンな床がお洒落でその場所を照らす大きなシャンデリアにシャンペンと言われるお酒のタワーはわざと照明で照らされている。上から波々流れ落ちる黄金色の液体は芳醇な香りを漂わせ、大ホールの木の香りと共に会場に漂って、その空気感で酔ってしまいそうだ。たくさんの人がひしめき合って様々な香りが混じり合い鼻につく。高貴な婦人や紳士のオーデコロンの匂い。憂はこういった匂いはあまり得意ではなかった。幼少期の忘れ去った記憶がまざまざと蘇ってくる気さえするからだ。伽倻子は憂と燈臣が知り合ったことで、仲介役として色々話を紡いでくるが将来を誓い合った巽がいる為、今回の話は丁重にお断りしようと伽倻子をテラスに誘い出そうと試みた。
『伽倻子様。お話があるのです……』
伽倻子は訝しそうにするわけでもなく、口元を綺麗に緩めて憂の話を聞く姿勢をとる。彼女の夫である乃木園氏と、その関係者に憂を紹介したあとのことであった。二人でそちらへ向かって夜桜咲き乱れる不思議な月に照らされて、ひんやりとした風が素肌を撫でる。開口一番に呟いたのは伽倻子の方だ。特に悲しげな表情をするわけでもなく至極楽しそうにしている。
『ふふ、なんとなくは解るわ。燈臣さんの事ね』
『そうです……私、将来を誓った愛おしい人がいます』
瞳を逸らすことなく伽倻子を見つめて想いの丈を伝えた。視線を逸らしたら、言いくるめられてしまいそう……そんなことを思ってしまうのは申し訳ないことかもしれないけれど、と彼女は思う。しかし巽へのこの想いだけはどうしても隠すことはが出来るはずもなく、自分の想いと考えだけはしっかり伝えたかった。
『知っているわ、𧲸革の御長男よね?』
𧲸革の長男とは言っていなかったが、巽の母親は伽倻子の旧友で親友だった。だからこそ余計に知られているのかもしれないと思ったが考えてみれば伽倻子と同様に巽も稔も憂が働いている喫茶店の常連だった。巽と仲睦まじく話している姿を目撃されていても何らおかしくは無いのだ。
『ご存じであるならば…』
『でも…御長男はいま留学していらしてると聞いたから……それにね、燈臣さんからのたってのお願いだったのよ、貴女を妻にしたいとね……藍染のお屋敷もね、わたくしたちと懇意にしてくれている場所なのよ?彼は若くして実業家でもあるし、憂さんも幸せになれるのではないかしら、それにね……可愛いお嬢さん。もっと若いうちに遊んだ方がよくてよ……𧲸革の御長男だけしか知らないなんて勿体ない…』
栗毛立つ、ぞわぞわとした感覚が身体を駆け巡る。伽倻子の声が体を支配していく、どうして?何故?と憂の心の中は言いようのない不安感と不信感に苛まれていくのだ。まるで彼女の声に誘惑されるかのように
『あ……れ……』
頭がくるくると回る。それは危険信号だ。伽倻子は……敵だ。
今更ながら本能で感じとる、そしてこの状況は非常に不味いことも理解していた。先ほど飲んだ飲み物の中に何か薬が入っていたのだろうか…体に一気に熱が集まるのも、体がだるくなっていくのも感じるのに意識は遠のいて感覚が麻痺してしまっていた。
『燈臣さん、憂さん体の調子が悪いみたい…客室があるから連れて行ってさしあげて?』
『ええ、わかりました。』
ふわりと憂の体を抱き上げる燈臣のその時の表情は、冷めた視線でありつつも何処か熱を帯びたもので、その瞳は狂気と渇望が混じり合う。キラキラ光るシャンデリア……巽と踊った時には綺麗で全てが夢のように感じていた憂にとって、今瞳に映るシャンデリアは何処か歪に感じた。
『……駒草憂……いや……𧲸革の御息女と言った方がいいのかな……全く、先見ノ華の血筋とは……こうも』
燈臣が憂の首筋に鼻先を近づけた。彼女の香りを全て吸い込むかのように……その存在すらものにするかのように。艶かしく何処か淫靡な行為に声を出したくても出せずに…耳だけに木霊する𧲸革の御息女とはどういうことだと今すぐ問いただしたくもあるけれど、彼女の唇は動かない。何を言っているのだろう、この男は……朦朧とした意識の中でその言葉だけが確かに聞こえた。
『愛しているよ……憂、狂おしい程にね…』
これは始まり……先見ノ華の因果の幕開け。憂はそのまま意識を手放した
第一夜
留学ト始マリ…… 完
おまけ
作者の落書き『乃木園伽倻子、藍染燈臣、森塚秀代、堀宮千夜子』
ー…春。新しい風が吹く始まりの季節。巽は、銀座祭のあと忙しくなった。留学の準備や、巽がこなしていた𧲸革家の仕事を弟である稔へ引き継いだりなどである。そして、そうこうしているうちに彼は外国へと旅立った。
憂といえば、相変わらず夢日和で働いているが、一つ変わったことがある、それは𧲸革家でも働いているということだ。巽の父親が言っていた、憂も試す。という言葉は、この𧲸革。つまり住み慣れないこの場所で、いかに聡明に根気よく立ち回れるだろうかという試練みたいなものを受けさせられているということである。
先見ノ華…その話が出てから、巽と稔の父親も憂が𧲸革への嫁入りをするのを認めている部分もあれど、やはり由緒正しき𧲸革に嫁入りするとなれば沢山覚えなくてはならない事もある。いわゆる花嫁修行というやつだ。
あの夜会以来、詩經は姿を現さない。それは別に良いのだが、憂は気になることがある。それはあの銀座祭の日、巽と歩いてた時のすれ違いざま、見たことのない男が憂に言った言葉。
ー覚えていろ駒草憂……お前の命は俺のものだ。その不穏な言葉がずっと心を捕らえて離さなかった。
店先に出て、箒を手に掃き掃除をしていた時のこと、不意に店によく来てくれる常連客の中でも、いつでも目を引くとても高貴な貴婦人に声をかけられた。その貴婦人は髪を後ろに束ねており、官能的な艶ある黒光する漆黒で赤い唇が印象的な女性であり肌は白く、瞳は涼しげな切長で此方も黒い瞳だ。いつも体にピタリと吸い付いてるかのような着物で身を包んでいる女性だった。下働きである憂に気さくに声をかけてくれる女性であることは確かで、ある時には食事をご馳走してくれたりと世話焼きな部分もある人である。名前は乃木園伽耶子と言う人だった。
『ねえ、お嬢さん。わたくし貴女にお話がありましてよ』
『伽耶子様、どうしました?』
常日頃から気にかけてくれる妖艶な女性。そんな女性から話があるなど言われてしまうと、言いようのない緊張感と何か新しい世界が開けるような不思議な空気感を得る。けれど、話を聞かない姿勢が出来るわけでもない。彼女から告げられる言葉を今か今かと待ちこがれているけれど、一向に訪れることはない。そんなヤキモキした雰囲気さることながら言葉を紡いだのは伽耶子だった。
『お嬢さん、お見合いしなさいな。今夜わたくしのお屋敷で夜会がございますのよ。数人の殿方がいらっしゃるし、紹介したい方がいるの。貴女にね。』
こんな一端にいる、ただの町娘に紹介したい人がいる。だなんて奥方様も変わってらっしゃる。と内心思う。そもそも憂には巽という相手がいる、その事もあるからこそ余計に乗り気な態度など取れるはずもなく、かといってこの店を懇意にしてくれている相手の誘いを無碍に出来るわけもない。どうにか断る方法は無いものかと思案するけれど、ある意味で社交界のなんたるかを学べる良い機会でもある。将来巽と添い遂げるとして𧲸革家の奥方様となれば夜会の出席は勿論、彼に着いていって商談の場に駆り出される事もあるだろう。そう考えるならこれも一つの花嫁修行となる。とも考えた。憂は至極丁寧に言葉を紡ぐ
『伽耶子様、お申し出ありがとうございます。声をかけてくださったこと、すごく感謝しています。けれど私のようなものが身分の高い方々と肩を並べ楽しむなど、申し訳無いかと……』
これは、さりげない拒絶。これで引いてくれるならばそれで良い。と憂は思ったが然し、さも楽しげに伽耶子はその妖艶な唇を緩めると嬉しそうに憂の頬に口づけた。
『あらぁ、とても謙遜ね。可愛いわ…そんな貴女だからこそ、ぜひ夜会にきてほしくてよ。ドレスも靴もわたくしが用意して差し上げますわ。可愛いお嬢さん……楽しみましょうよ』
危険な香りを仄めかし、妖艶な唇から紡ぐ言葉は巧みである。けっして悪い人では無いけれど、そんな危険な色香を感じながら憂は伽耶子の屋敷の夜会に赴く事になったのだ。話はその日のうちに纏まってしまった。𧲸革家に身を寄せる身としては好き勝手に動くなど到底出来ない。伽耶子がその日のうちに𧲸革家へ電話をかけて憂を夜会にと話を取り付けた。𧲸革当主は最初、巽と憂の関係性を配慮して渋っている様子であったが、なにせ商談相手でもあれば当主が愛した女性、沙羅の旧友とくれば無碍にも出来ぬもの。だからこそ挨拶ぐらいは……とのことで𧲸革当主も渋々承諾を見せ、彼女はそのまま夜会に行くことになるのだった。
乃木園家と𧲸革家は何かしら商談の取引相手としても懇意にしているようで、何より𧲸革当主の妻、巽と稔の母親だった𧲸革沙羅は女学生時代からの親友だったというから、これがまた偶然だと思う。
『お嬢さんは沙羅によく似ているわね。雰囲気かしら…空気感……だから懐かしいわあ』
『……そう、ですか?』
『ええ、そうよ。ふふ、早速夜会のドレスを用意しないとね。肌が白くて…真っ黒な髪の毛で、とても艶やかだわあ……体の線が出る大胆なのも、似合いそうね』
艶かしく、色を孕んだ涼しげな瞳が憂を捕らえてしまう。それはまるで女郎蜘蛛が獲物を捕らえてしまう様によく似ている。それだけ大胆で…存在感が強く絶対的な存在だと言っても過言ではない。それから彼女の取りなしのもと仕事を切り上げ仕立て屋へ赴くことになった。𧲸革の御用達、仕立て屋『菊』ではなく、伽倻子の懇意にしている場所らしい、すぐさま彼女のお付きのものが運転する車に乗せられ目的の場所へ向かうと辿り着いた仕立て屋は、それは豪奢なものだ。日本特有の和風っぽい建物ではなく煉瓦造りで明らかに西洋風の建物だった。その中に入るのに暫し恐縮したものの伽倻子はまるで流れるように店内に入っていく。それを追うように店の中へ入るなら気の良さそうな若い店主がそこにいた。
薄い栗毛色の髪の毛。それは衿足ほどであり根本を洒落た緋色のリボンで結んでいる癖毛の男性。スラッとした体躯は西洋のスーツがよく似合う。黄土色のスーツが品のある感じであり、人の良さそうな目元は垂れ目気味の青色だった。伽倻子は彼を見るなり其方に近づいて頬に口づけを施す。
『伽倻子さん、相変わらず色っぽいなあ』
『貴方も素敵でしてよ?秀代さん』
男の名前は、森塚秀代というらしい。伽倻子自身が今日、この仕立て屋に憂と自分のドレスを引き取りに来たというが今からでは流石に腕の立つ仕立て屋でも一着のドレスを作ることは難しいだろうと軽く考えていたのだが、それの上をいくのが伽倻子の手腕だった。
『秀代さん、あの子がドレスの主よ』
『……へえ、見目麗しいお嬢さんだね。伽倻子さんが言った通り似合いそうだ。』
秀代と伽倻子の口振りは、まるでドレスがもう既に出来上がっていると言ってるような感じであった。秀代が指先を立てて、ちょっと待っててと一声添えて後ろの部屋に下がると、ドレスを二着ほど持ってきたのだ。体の線がよく映えるような横にスリットの入ったマーメイドドレスタイプのものは大人っぽく、黒のレースを斜めから後ろへふんだんに使ったもので、もう一着は背中が開いており大胆ながらも腰のリボンは大きく真っ赤な薔薇の花のようで胸が大きく開いているドレスだった。ドレスと合わせた真紅のチョーカーは首元にも色香を添える。巽が用意してくれたベルベットのドレスはとても品のあるものだったが、こちらのドレスは艶やかで大人の女性が着用していそうなものだった。しかしその色味も全て憂の髪の色とよくあっていることから、伽倻子が事前に憂の見目を把握して後、この仕立て屋に依頼してくれていたのだと理解した。
『さあお嬢さん、こちらの二着のドレスは君のだよ。今日は最終調整に来てもらったんだ…最後の仕上げのレースと飾りをね、君が来てから仕上げようと伽倻子さんからの希望でね』
『伽倻子さま、そんな良くしてもらっていいのですか…私にはそれに見合う対価をお支払いすることはとてもじゃないけれど難しいのに……』
実際そのドレスは二着とも、とても高価なものであることに間違いはなく、布も肌触りがよく上質なものだったのだ。それを手に恐縮するも束の間、赤い唇を優雅に緩め穏やかに笑う彼女が近づいてくる。憂の体を撫で回すかのようにそっと両手で引き寄せ、頬を撫でては豊満な胸は自分を抱いて離さない。芳醇な香りが鼻を掠めて頭がふわふわしてしまいそうだとドレスを眺めながら思うのだ。
『ああ、お嬢さん……そんなこと気にしなくて良いのよ?わたくしがしたくてしている事なのだから。可愛いお嬢さんに遠慮は必要いらないわ…そうと決まれば、早速仕上げに取り掛かってもらいましょう。秀代さん、わたくしのドレスも出来ているのでしょう?』
『ええ、ぬかりなく…ああ、伽倻子さんのドレスも最終調整がまだでしたよね?こちらへ……お嬢さん、温かいココアでも飲んで待っていてくれるかい?君を見たら最後の仕上げも思い浮かんだところだからね少し下がらせてもらうよ。伽倻子さん……こっちに』
『んふふ……いいわ。憂さん待っていてね』
何処か背徳的な雰囲気を醸し出し、二人は後ろの部屋へ下がっていった。伽倻子は人妻であり既に子供も儲けている所謂熟女と言われる御年であるが、衰えを感じさせない美貌と艶のある髪。着物に飾られる装飾品は煌びやかだ。動くたびに香る高貴な香りにとても素敵な女性だというのが伺える。ただ明らかに憂とは性質が違っていることも理解した。彼女は言ってしまえば魔性の女性。数多の男を食い物にしてその上に君臨する女王様だ。
幼少期の記憶は、憂自身あまり覚えていないがこんな女性を何度も見たことがあった気がする…と、先程森塚という男性が淹れてくれたココアを口にした。そのココアはとても美味しいものだったが、甘い香りが濃厚で何処か口の中でもったりと蕩けるような、そんな甘ったるいものだった。
ーーー……
ーーーーー……
……意識が朦朧とする。
ー深く深く眠っていたようだ……長い睫毛を震わせて憂の瞳が数回瞬きを繰り返した。
『……ん…あれ、私……眠って……』
まるで深い闇の中に居たような、けれど体は妙に冴えていて重だるさはなく、軽い感じである。時計を見やれば店に来てから半刻は経っていて寝入ってしまっていたのだと理解した。伽倻子と店主の姿はまだ見えない。憂が椅子から立ち上がり奥の部屋の扉に近づくと、扉が少しだけ開いていたのだ。
『伽倻子さま……?』
憂は声をかけようとして、その扉の隙間を覗き込むと息を呑んだ。
……伽倻子と秀代が、お互いの体を抱き寄せて折り重なり、伽倻子は豊満な乳房を揺らし脚を大きく広げ彼の上に跨って呑み込んでいる。秀代は一心不乱に腰を揺さぶって激しく伽倻子を貫いていた。
そう……二人は今まさに情欲に身を焦がし、睦みあっていたのだから
『あ……っ、ああん。いいわあ秀代さん、もっと来てちょうだい』
『は……たく、若いな……伽倻子さんは……人妻のくせに……あっ、しかも隣の部屋に連れのお嬢さんがいるというのに……さっ……く、持っていかれそうだ』
二人の情交を目の当たりに、声などかけられるはずもなく…驚愕で声を出してしまいそうになる…視線を彷徨わせて、たった今さっき見た二人の睦みあいに戸惑いながら、口元を覆い隠し熱情に囚われる前にその扉から離れた。なんとなく仕立て屋にも居づらい気がして、仕立て屋の玄関口の扉を開けて外に出たのだ。
『は……ぁ……』
艶かしい空気に充てられていたからこそ、春の陽気である外の空気はとても新鮮に感じて暫し外に居て自分の中で消化しきれない戸惑いを必死に振り払おうとしていたところで、憂は一人の男性と再会した。
『……ああ、これはこれは』
『……!』
ハイカラな好青年で、肩口まである長さの髪はどこか色素が薄めの緑色で妖艶。帽子を深く被り、その瞳は鋭く、どこか見透かしたような奥二重は切長で、日本人には珍しく透き通ったエメラルド色の瞳を持つかなり身形の整った青年……そう、あの銀座祭の日。彼女とすれ違い様に『裏切り者……お前の命は俺のものだ』と、吐き捨てていった男だった。
『……あなたは、あの時の』
『覚えていたのですか』
つい身構えてしまう憂だが、こんな公共の場で殺生沙汰を起こすことは相手にとっても都合が悪いだろう。まずその考えに行き着いた。一歩引いて物事を考えた。巽もきっとそうする…状況判断した後にしっかりと対処するだろう。悪戯に騒ぎ立てることはしないだろうと……それにしても不思議なことに巽のことを考えると、言いようのない安堵感を覚える。やはり惚れた男性の力は偉大だということを彼女自身が改めて思った。それだけで助けられている気がして……そうして少しずつ夕暮れが空を染める頃、伽倻子と秀代が何食わぬ顔をして外に憂を探しに来たのだ。
『あら、お嬢さんこんなところにいらしたのね?ドレスの仕上げ出来ていてよ。ふふ……もう知り合いになっていらしたの。今日の主役が揃ったようね、夜会にはパートナーが必要だもの、彼は藍染燈臣さんよ。お嬢さんに紹介したかった殿方なの。』
『………よろしく、麗しいお嬢さん』
『……!!』
ひんやりとした空気を素肌に感じる、春の夜が訪れようとしていた。そうして伽倻子から伝えられた『主役が揃ったようね』という言葉に憂は目を見張る。今日の夜会に招待されたそもそもの理由は、憂にお見合いをさせたいという事だったのだから、そうしてその相手を憂は知らなかったが、伽倻子の口から紡がれた言葉で目の前の彼がその相手だと理解した。憂の命を狙おうとしているのか、はたまた別の意味合いで憂を恨んでいるのか……憂はその男のエスコートで伽倻子の夜会に行くことになったのだ。
ーーーー……煌びやかなシャンデリア、大きな大ホール。乃木園が所有している迎賓館で一夜を楽しむ貴族たち。モダンな床がお洒落でその場所を照らす大きなシャンデリアにシャンペンと言われるお酒のタワーはわざと照明で照らされている。上から波々流れ落ちる黄金色の液体は芳醇な香りを漂わせ、大ホールの木の香りと共に会場に漂って、その空気感で酔ってしまいそうだ。たくさんの人がひしめき合って様々な香りが混じり合い鼻につく。高貴な婦人や紳士のオーデコロンの匂い。憂はこういった匂いはあまり得意ではなかった。幼少期の忘れ去った記憶がまざまざと蘇ってくる気さえするからだ。伽倻子は憂と燈臣が知り合ったことで、仲介役として色々話を紡いでくるが将来を誓い合った巽がいる為、今回の話は丁重にお断りしようと伽倻子をテラスに誘い出そうと試みた。
『伽倻子様。お話があるのです……』
伽倻子は訝しそうにするわけでもなく、口元を綺麗に緩めて憂の話を聞く姿勢をとる。彼女の夫である乃木園氏と、その関係者に憂を紹介したあとのことであった。二人でそちらへ向かって夜桜咲き乱れる不思議な月に照らされて、ひんやりとした風が素肌を撫でる。開口一番に呟いたのは伽倻子の方だ。特に悲しげな表情をするわけでもなく至極楽しそうにしている。
『ふふ、なんとなくは解るわ。燈臣さんの事ね』
『そうです……私、将来を誓った愛おしい人がいます』
瞳を逸らすことなく伽倻子を見つめて想いの丈を伝えた。視線を逸らしたら、言いくるめられてしまいそう……そんなことを思ってしまうのは申し訳ないことかもしれないけれど、と彼女は思う。しかし巽へのこの想いだけはどうしても隠すことはが出来るはずもなく、自分の想いと考えだけはしっかり伝えたかった。
『知っているわ、𧲸革の御長男よね?』
𧲸革の長男とは言っていなかったが、巽の母親は伽倻子の旧友で親友だった。だからこそ余計に知られているのかもしれないと思ったが考えてみれば伽倻子と同様に巽も稔も憂が働いている喫茶店の常連だった。巽と仲睦まじく話している姿を目撃されていても何らおかしくは無いのだ。
『ご存じであるならば…』
『でも…御長男はいま留学していらしてると聞いたから……それにね、燈臣さんからのたってのお願いだったのよ、貴女を妻にしたいとね……藍染のお屋敷もね、わたくしたちと懇意にしてくれている場所なのよ?彼は若くして実業家でもあるし、憂さんも幸せになれるのではないかしら、それにね……可愛いお嬢さん。もっと若いうちに遊んだ方がよくてよ……𧲸革の御長男だけしか知らないなんて勿体ない…』
栗毛立つ、ぞわぞわとした感覚が身体を駆け巡る。伽倻子の声が体を支配していく、どうして?何故?と憂の心の中は言いようのない不安感と不信感に苛まれていくのだ。まるで彼女の声に誘惑されるかのように
『あ……れ……』
頭がくるくると回る。それは危険信号だ。伽倻子は……敵だ。
今更ながら本能で感じとる、そしてこの状況は非常に不味いことも理解していた。先ほど飲んだ飲み物の中に何か薬が入っていたのだろうか…体に一気に熱が集まるのも、体がだるくなっていくのも感じるのに意識は遠のいて感覚が麻痺してしまっていた。
『燈臣さん、憂さん体の調子が悪いみたい…客室があるから連れて行ってさしあげて?』
『ええ、わかりました。』
ふわりと憂の体を抱き上げる燈臣のその時の表情は、冷めた視線でありつつも何処か熱を帯びたもので、その瞳は狂気と渇望が混じり合う。キラキラ光るシャンデリア……巽と踊った時には綺麗で全てが夢のように感じていた憂にとって、今瞳に映るシャンデリアは何処か歪に感じた。
『……駒草憂……いや……𧲸革の御息女と言った方がいいのかな……全く、先見ノ華の血筋とは……こうも』
燈臣が憂の首筋に鼻先を近づけた。彼女の香りを全て吸い込むかのように……その存在すらものにするかのように。艶かしく何処か淫靡な行為に声を出したくても出せずに…耳だけに木霊する𧲸革の御息女とはどういうことだと今すぐ問いただしたくもあるけれど、彼女の唇は動かない。何を言っているのだろう、この男は……朦朧とした意識の中でその言葉だけが確かに聞こえた。
『愛しているよ……憂、狂おしい程にね…』
これは始まり……先見ノ華の因果の幕開け。憂はそのまま意識を手放した
第一夜
留学ト始マリ…… 完
おまけ
作者の落書き『乃木園伽倻子、藍染燈臣、森塚秀代、堀宮千夜子』
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