*大正華唄異聞*

紅月憂羅

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⌘第一幕⌘ 出会いと別れ編

第四夜 銀座祭ノ夜二

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あの出来事……𧲸革家主催の大夜会。詩經しきょうが𧲸革を狙ってきたあの日から早くも一週間が経とうとしていた。
憂の体力は回復し、無理はさせられないが傷は塞がっているので、十二月二十五日。銀座祭に訪れた。

『憂ちゃん、大丈夫?歩ける?』

『ん、大丈夫』

𧲸革家の車は二人を乗せて銀座へやってきた。あたりはすっかり賑わっており、たくさんの屋台が顔を出している。食べ物屋もあれば、射的などの遊興にふけることができるような場所まで。夏祭のようなものであるが町を彩るは雪の結晶や電飾だった。

『巽くん、すごく綺麗な木があるわ。』

『あれは、外国でクリスマスツリーって言うらしいよ。』

憂と巽が立ち止まるほどに目を奪われたのは、もみの木に煌びやかな電飾がなされているもので、あまりにも宝石のように煌めいていたからこそ、憂の瞳にはキラキラと輝いて見えた。

『巽くん、これを考えた人は凄いわね。』

『うん。…すごく綺麗だ。』

彼女が問いかけたことの返事として巽が口にした言葉は余りにも優しかった。だから憂はそっと巽を盗み見ると視線が交わって、トクントクンとどちらかの心臓から鳴っているのか解らない音が聞こえる。静寂に包まれて口を開いたのは巽の方だった。


駒草憂こまくさゆうさん』


『はい。』

改まって名前を呼ばれ、そして慈しむように憂を見つめる巽の瞳は優しく真剣そのものである。まるで……君は愛される為に生まれてきたんだよ。そんなことを伝えてくれるかのように。優しく下から掬い上げるように、彼の手の平てのひらの上に少女の手の平が乗せられて、手の甲に巽が口づけをする。それでまた一つトクンと胸が高鳴ると、巽が継ぐ言葉に憂は耳を傾けた。

『俺と…結婚前提で付き合ってください』

『……こんな、身分も違う私でいいんですか。本来ならば巽くんはもっと格式ある家の人と結婚しなくてはいけないでしょ?…』


巽は恋焦がれている相手。そんな相手から告白を受けたなら断る理由なんてない。しかし巽と憂の身分の差に引っ掛かりを覚えている彼女としては、本当は巽がもっと格式高い家の人と結婚しなくてはいけないというのを知っている。だからこそ問いかけたのだが、彼はこう言う。


『俺の隣は憂ちゃん以外無いから』


憂の手を取って優しく穏やかに手と手を合わせ、指を慈しむように絡めとる。
縮まる距離感に戸惑って、瞳を潤ませる憂とは相反して彼女の頬を撫でた巽の手がそのまま彼女の両頬を覆うと顔を傾けた。

『巽…く……』

『逃がさない……ん』

重なる唇と唇の熱さに脳が痺れそうになる感覚を覚え、憂もそのまま瞳を閉じると互いの吐息を確かめるように甘く優しく睦み合い、そのまま唇を離した。こうして巽と憂は恋人同士になったのだ。銀座祭の町並みに、射的やりんご飴、紐くじ、金魚釣り……他にも夏祭りと同じような催し物が並んで煌びやかである。巽は彼女に沢山思い出を作って欲しかった。巽は留学を控えているから余計にそう思う。願わくばこのまま連れ去りたい。そう思うほどに。


『憂ちゃん…俺は海外に留学する。三年、君を守れるように。しっかり勉強して戻ってくる。待ってて欲しい』


『……!』

これから先の未来のために沢山の思いを抱えて海外留学を決めた巽の言葉に憂の瞳からは一筋、涙という雫が頬を流れて落ちる。それは寂しさでもあると同時に彼の確かな意志を感じたからこその涙だ。憂も憂でやらなくてはいけないことがある。そして、詩經……あの男との決着もつけなくてはならない。巽とは離れ離れになるけれど、確かに繋がってるその想いがあるから笑顔で送り出そうと決めた。


『流石に夕暮れ時になってくると冷えるね……憂ちゃん大丈夫?』

『大丈夫。』

手を繋いで歩く雑踏に……不意に憂の隣をすれ違う影が一つ。



『裏切り者……まあいいさ……覚えていろ駒草憂……お前の命は俺のものだ。』


『……!!』


その声は低音が効いた何処か彼女を捕らえて離さない声。佇まいこそ今時のハイカラな好青年だが、その姿は見覚えがない。詩經のような長い髪の毛ではない。肩口まである長さの髪はどこか深緑色で。けれども色素が薄めの艶やかな髪だ。帽子を深く被り、顔こそ見えないが、かなり身形の整った青年だと言うことだけは理解する。
憂の様子に気づいた巽がそっと気遣うように憂の肩を抱いた。


『大丈夫?』


ー大丈夫?そんな巽の気遣いにハッとした彼女は顔をあげ、にこりと微笑んだ。


『大丈夫だよ。』

そんな彼女が愛おしくて愛おしくて腕に抱き止めた巽が次に紡いだ言葉は愛してる。それに応えるように彼女は彼の背中に手を回す。

『巽…くん、愛してます』

愛おしさが募り募って、愛してます…という言葉は、全てを許すという意味にもとられる。しんしんと優しく降り積もる雪は世界を彩る。白い息に伴って紡がれる言葉はとても甘い。


『憂ちゃんを……俺のものにしていい?』

『巽くんのお嫁さんにしてください……』

彼女を自分のものにしたい。心身共に繋がりたい。
それは巽が呟いた願いであった。巽の顔が近づいて憂の唇に唇を重ねた。舌を彼女の口内へ滑り込ませ全部が欲しいといわんばかりに…二人は最近出来上がったばかりの建物へと赴く。西洋風の造りが繊細でまるで物語に出でくるお城のような、けれど金に物を言わせたような造りではなく、いたって細工の行き届いた煉瓦造りの綺麗な建物だった。

『ここは?』

『俺が初めて立ち上げた宿泊事業の産物……なんてね、格好いいこと言ってるけど…宿泊施設だよ。色々な人が観光できるように泊まれる場所。クラシック天ノ川っていうんだ。』

アマノガワ…天の川という文字を繋げたら𧲸革(テンノカ(ガ)ワ)とも読めるそれは、まさに巽が生み出した𧲸革家の遺産だと悟った。お城のようなその場所に巽にエスコートをされて中に入っていくと目に入ったのは見た事もないようなハイカラなロビーである。
開業したばかりのその場所はすでに沢山の人で賑わっていた。銀座祭に間に合うように造られたらしいその場所はまさに夢の場所である。

『𧲸革様、お待ちしておりました最上階のお部屋にどうぞ』

『ありがと』


既にこのホテルに話を通していたらしい巽に手を引かれ、最上階の部屋へ行った。
その部屋は銀座の煌びやかな風景を一望できる部屋で、雪が降りつもり、ホテル名のとおり天の川のよう。
キラキラしている様は壮観だった。まるで宝石を散りばめたようなその風景に暫し瞳を奪われた憂は、この感情をどう表したらいいか解らずに、ただただその場所から動けず佇んでいた。そんな彼女を後ろから抱きしめて、優しくそっと髪を撫でる巽の手は暖かく、そうして優しいものである。耳元で名前呼ばれた、憂ちゃん…憂、何度も何度も。その声にクラクラしてしまいそうだと耳まで赤くしてしまう程。

『誰より先に、この景色を憂に見せたかった…』

憂ちゃんと呼ぶ巽の声は、いつもよりも色気を孕んで呼び捨てになっていく。熱がこもった声色に抗うことなど出来ず、反転させられた体はたちまち巽と向かい合わせになった。
全面ガラス細工の窓に体を押し当てられて、足元を見たら落ちてしまいそうな錯覚に陥るがそれを救い上げるように巽が憂の顔を己に向かせた。優しく顔の線をなぞり顎を引き寄せ藤色の瞳で深紅の瞳を覗き込む

『憂……改めて言わせて。俺が留学から帰ってきたら……結婚しよう』

流れるように奏でられる言葉に、もう何も考える余地などなく胸がいっぱいになって、彼女は彼の首裏に腕を回した。


『……巽くん…私も貴方がいい。貴方以外考えられない…きっと私…今、世界で一番幸せだよ……』

好きが溢れて溢れ出して、彼が離れてしまう三年間はきっととても長くて辛いけど、そのぶん自分に出来ることをしっかり頑張ろう。心は繋がってる、そう信じて。

ー…そして、巽の手が憂の手をとった。指と指を絡め合い、深く深く口づけを交わす、巽の舌先が憂の上唇と下唇を割り開いて中へ侵入し、彼女の咥内全てを味わう。漏れ出る吐息は二人の熱を確かに伝えて体が熱く沸騰していくかのような感覚を得た。ようやく離れた唇同士の間に繋がりを示す銀色の糸が引くが、それがプツンと切れて名残を残す。

『憂……』

甘く痺れるほどの優しい色の声。二人で寝転がっても十分広々とした広いベッドに寝かされると、憂の絹のような艶やかな髪がシーツに流れる。それを指で絡め一房口づけて、その柔らかな体を抱きとめた。ふんわりとした柔らかな体は興奮によるものか、とても熱く熱があるのではないだろうかと思うほどであるが、これが自分が与える快楽によるものだといいと巽は思った。愛おしい女性を抱く前というのは、こんなにも緊張するものなのかと経験したことのない感情に熱が上がる。

彼女が着用している赤いコートを脱がせ、着衣しているワンピースのスカートから覗く白い脚は彼の興奮を誘うのに充分だった。一つ一つ触れ方に気を遣いながら内腿に口づけをしていく巽の動作全ては優しく、そのたびにピクンと体を跳ねさせる憂を愛しく感じて、また唇に唇を重ねる。


『ん……はぁ、可愛い……』

『は……』

深いつながりを求めて、絡め合う唇から奏でる水音は、これから起こる甘美な繋がりに期待と不安を抱かせるが、ゆっくり時間をかけて愛した。ワンピースのジッパーを外し、手探りながら胸を覆っている洋風の肌着のフックを外して、するりと肩から落ちる衣服から真っ白く雪のような素肌が露わになる。彼女の漆黒な艶やかな髪を横に流して、その頸に幾度も口づけを落とし、背中、腰とキスの雨を降らせていく。その度に香り高くなる華の香りは媚薬のように巽の脳髄をとろけさせてしまうのだ。


『あんまり……見ないで……』

『どうして……?』

『綺麗では…ないから』

『……すごく綺麗だよ』

巽の前で初めて素肌を曝け出し、あまりの気恥ずかしさに憂は腕で顔を覆うけれど、それをいとも簡単に退けて、眦を赤く染めた彼の端整な顔が覗き込む。愛しいと心から想ってくれているのだと安心感をくれる優しい表情に、憂はトクンとまた一つ胸の高鳴りを覚えながら離さないようにと二人は抱きしめ合う。


『憂から、いい香りがする…』

『んっ』

頸、鎖骨とふっくらとした女性らしい形の胸元へ唇を這わせ、柔らかな膨らみを吸い上げれば紅い花弁のような痕が咲き、その頂に成る真っ赤な実を口に含んで舌先で愛撫を施した。

『ゃ……ぁっ』


その度に敏感なまでに反応を示してくれる彼女が愛おしくて、もっと感じて欲しいと、彼の指が彼女の腹部を伝って下に降りて、慈しむように優しく優しく触れていった。下着越しでも解る既にしっとり濡れているその箇所は女性が一番敏感であろう蜜園。中指でそっと谷間をなぞれば、純白の布はうっすらと色を孕む。


『いま、感じてくれたよね……?…嬉しいな』

ぷくりと膨らみ始めた果実を探りあてると、そこばかり責め立てる巽の愛撫に眦まで蒸気させ、赤い頬を自然と溢れた涙で濡らし、首を嫌々と横に振り脚を閉じる健気な姿。けれど同時に唇を引き結び、声を我慢している姿を巽は見逃さない。

『ね、声我慢しなくていいよ……俺しかいないんだから、憂…愛してる…』

閉じる脚を撫でて、その間を割り開くようになぞる。
既に濡れて意味をなさない下着の隙間をぬって指を引っ掛け、スルスルと脚から引き抜くと、彼女の濡れた蜜所からトロリと蜜が溢れ出して、茂みを掻き分け主張する熟れた果実をそっと舌先で愛撫した。


『ん……チュ……』

『んんっ……たつ、み……』


上唇と下唇で挟み扱いて、舌先で花弁のように開く彼女の園の入口を隙間なく啄むように味わうと弓形に体をそらす少女。とっぷりと芳醇な甘い甘露が、幾度かに渡ってシーツに染みを作る


『……っぁあ……っ』

『……そんなに気持ちよくされると…俺……もう、我慢出来ない……』

柔らかな素肌を紅く色づかせて、ベッドの上で乱れる憂は巽にとってまさに大輪を咲かせる華だった。幸福感に満ちた刹那に巽の中の情欲は沸々と込み上げて、彼もまた自分で衣服を脱ぎ捨てた。性急に求めるかのように髪を一度かき上げて、薄ら開く桃色に色づいた彼女の唇に己の唇を重ね、奥深くに咥内の熱を滑り込ませて、歯列までもなぞらえ侵食して愛した。彼の彼女への欲望は募るばかりで、己の腰をそっと脚の間へ滑り込ませ…狭くも濡れそぼった少女の蜜園奥に己の熱を投じようと摩擦を加え、慣らす行為を繰り返す。


『挿れる……から、痛かったら言って……好きだよ…大好きだ』


『巽…ッ……私も……好き…来て、大丈夫だから……』


一つ、また一つ奥へ憂の中へ身を投じると、溢れんばかりの愛液は巽の男根に絡みつき、その滑りをよくしていた。

『は……あっ、キツイな……痛くない?憂……憂……こっち向いて』

こっち向いて…なんて、そんな風に言われ顔を見られると、どうしていいかわからなくなってしまって、恥ずかしさで顔を背けるも、その行動は巽からの口づけにより阻まれてしまった。憂自身は処女ではないが、この行為に羞恥心を抱いてしまうのは、こんなにも幸福感に満たされて愛を与えられ優しくされることが初めてだったからだ。

『……愛してるよ、やっと俺の腕の中に抱くことができた…嬉しい』

『私も……っ……こんな、幸せなこと……ないよ……苦しくて愛しくて、どうにかなってしまいそう…っ……あっぁ!』

『……く……俺の事しか考えられないぐらい、俺でいっぱいにしてあげる……ッ』

彼女の中に巽自身すべてを投じて一つになった。それはとても嬉しくて人生で一番今が幸福な瞬間ではないのだろうかと互いが互いにそう思った。
しかし、こうして愛おしい人を腕に抱いていることで、巽のなかに一つだけ小さな嫉妬心が芽を出して、憂を初めて腕に抱いた男は誰なんだろう?そんな気持ちが行動を性急なものにして、少女の奥の奥まで愛を穿つ。

『…ん、は……可愛い、すごく可愛い……』

『……ふ、あっ……ひっく……すき、巽……大好き。全部好き……』


憂が涙する理由は、過去で経験した全てがトラウマになっているからなのか、それとも当時抱いていた恐怖心を体で感じ覚えているからだろうか。巽は憂の空白の過去を知らない。しかしその体は確かに震えている。
先見ノ華という能力を持って生まれて、きっと誰よりも大変な思いをしたのではないだろうか、腕に愛おしい人を抱きながら、そんな彼女をもっと強く深く愛おしいと感じた。ベッドの上で行き場を失っている彼女の腕に口づけし、内側に赤い痕をつけていく。一つ一つ丁寧に自分の大切な人だよと伝えるように。

『っ……は、怖がらなくていい……君の過去も、これからの未来も全部…愛してる。俺が受け止める…だから、泣くなよ……ッ』


『……ん……うん…ッ…』

抱き抱えられた柔らかな体を全て委ねるように少女は彼の首裏に腕を回し、更に深い繋がりを求めて愛し合う。激しく情熱的に求めあいこの世の幸福全てを二人で分け与えたような気さえしていた。
やがて、互いの体温で満たされた頃、腕同士擦りよせあって指に指を絡め、お互いのことしか考えられない程に熱を分け与えると、二人で満たされた直後、同時に果てを迎えたのだった。
飽くなきまでの熱情と愛おしさは空が白けるまで燻ることなく燃え上がって、幾度も求めあい愛し合い、そして誓い合った。

こうして、銀座祭の夜に二人は結ばれた。柔らかなベッドに揺蕩う影は優しく愛おしく、重なる腕の重みはその存在を確かに感じて、重なる唇は愛の言葉を紡ぐ。例えこの先、困難が待ち構えているとしても、互いの道を歩んでいくとしても、心だけは常に側にあると信じて……



第四夜 銀座祭ノ夜ニ 完

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