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あったかい氷
しおりを挟むコンコン
「ユージュアル?シャズさんに会いに行きませんか?それとも此処にお連れしましょうか?」
部屋の嫌な空気に合わないほわほわした声がドアの向こうからした。
俺がコッチにいるって伝えてないのかよ!?ん?
振動を感じて俺はケータイを確認した。ゲッ!ロジーからめちゃくちゃ連絡来てる!?ポークスのおやっさんも伝えてないのかよ!?
俺はチラリと奴を見たが、爽やかな笑顔で口を開いた。
彼なら此処にいるよ?どうぞ。と声をかけた。リーシュは入ってきながら
「ええっ!?ヒドイですユージュアル!!お友達の紹介ってやってみたかったのに!」
「クスクス。ごめんごめん。さぁ、どうぞ?」
「もうあらかた話した後じゃないですか!きゃっ!!」
リーシュはこっちに来る途中で転んだ。
「リーシュ、大丈夫?」
ユージュアルは近くに寄って手を差し伸べようとした。
「リーシュさまーもう少し注意力を増やされると良いかとー」
「ち、ちょっとよろけただけです!」
リーシュは直ぐさま立ち上がり身なりを正す。
「なるほどーリーシュさまがそう言うならそうなんすねー」
「シャズさん!!」
リーシュはシャズを睨むが、シャズは涼しい顔をしている。以前とはまた少し違う距離感だ。リーシュは内心寂しい気持ちが膨れ上がる。
今の2人は仲の良いお嬢様と料理人にしか見えない。それでも彼は疑問を覚えた。
リーシュが怒った顔など見た事が無い。いつでも自分の後ろを必死に追いかける甘えんぼな彼女しか知らない。
2人を見ていると、自分が呼ばれた意味が理解出来た。
事は急を要する。ユージュアルはそっと部屋を出た。
瞬間横目で確認すると、2人は気付かずに楽しそうに話していた。ギリッと奥歯を噛み、ドアを開けている反対の拳を隠すように握りしめて部屋を出た。
2人を引き離す。
まず取り掛かったのはシャズを屋敷から追い出すことだ。
屋敷の料理人達から聞き出したのは、屋敷のコックがシャズの味を覚えていっている事だ。シャズにたっぷり休暇を与えて、屋敷の人間に作らせようとした。しかし、シャズはいつの間にか気に入られており、みんな嫌がってわざと作れないフリをした。作れてもリーシュが敏感に感じとり、食欲が減ってしまった。
ユージュアルはイライラしながらロジーにシャズの仕事ぶりと人柄を聞いた。
シャズは教え方も上手いし、気取らない。口は悪いが、腕は確かで、料理長のお気に入りだ。シャズが居る時は明らかに機嫌が良い。飲み込みが早く教え甲斐があり、切磋琢磨出来る仲間だ。
そう、シャズは何でもそつなくこなせるので頼りがいがある。欠点を上げるならば、口の悪さと人嫌いで仲良くなるには時間がかかる事くらいだ。
仕事仲間としてなら安心して背中を任せられる。という意見だった。
失敗に終わったユージュアルは手を尽くし、リーシュの祖母の屋敷で料理人をしていた人間を見つけ出し、屋敷に迎えてシャズを追い出してしまった。
ロジーはシャズが直ぐ戻る事になると思い、使用人用の住まいで料理以外にも掃除や洗濯を任せた。もちろんユージュアルに知られてはいけないのでこっそりとだ。
そんな時、リーシュがこっそり使用人の住まいにやって来た。
「シャズさん!ごめんなさい。ユージュアルのせいで・・・とても心配性なんです」
「あ?何でお前が気にするんだよ?」
「だって・・・」
「それよりちゃんと食えてんの?」
「はい。でも、あったかくないんです」
「冷や飯食わされてんのか?」
もちろん違う事はわかっている。元気がないのでからかってみる。
「あ!ち、違います!シャズさんのご飯みたいに凄く美味しいと思えないというか、食べてるんじゃなくて食べさせられてるというか」
いつも以上に真面目で、深刻に返してきた。
「はあ?」
「ごめんなさい。上手く説明出来ません」
「ふーん。そんなにオレの作ったメシが恋しいか?」
不思議に思い首を傾げる。
「もちろんです!・・・ん?美味しそうな香りがします!シャズさん、もしかして何か持ってます?」
「おじょーさまは鼻がいいなぁー。そんなに欲しけりゃやるよ」
シャズは紙袋からスコーンの袋を取り出してリーシュへ放り投げた。
「わっ!わっ!わぁっ!」
驚きと焦りでお手玉しながらもなんとかキャッチした。
「食いもんで遊ぶなよ」
「し、シャズさんだって!食べ物を投げちゃダメです!」
「へーい」
「んもう!」
2人で少し笑った後、リーシュは大事そうに持ち、まじまじと包みを見ている。
シャズは照れくさくなり頭をかいた。
「朝メシの残りだぞ?そんなにまじまじと見るなよ」
「あ、すみません。シャズさんの作ったものは全部あったかいのはどうしてだろうって思って」
「まだあったけーか?かなり時間経ってるけど」
朝食に作ったものだ。もうお昼を過ぎておやつを考える時間だ。
「いいえ、シャズさんが作ったものは飲み物でもアイスでも、氷さえあたたかいんです!」
「意味わかんねーぞ・・・」
リーシュはどうしてここまで俺を慕っているんだ?顔が熱くなる。
「上手く説明できませんが・・・私の本能がシャズさんを欲している、というのが一番近いかもしれません」
「はああ!?おま、な、そ、く!?
「また此処にもらいに来てもいいですか?もっと食べたいです!私、シャズさんのご飯じゃなきゃ満足出来ない身体になってしまったみたいです!!」
ビビった。リーシュが求めているのは俺の作ったメシだ・・・
「あ、そーゆー事。なら、ロジーにでも届けさせたらいいか?」
「それじゃあ私がシャズさんに会えません」
「何だよ学校でも一緒に昼飯食ってんのに寂しいのかー?」
「はい」
「・・・・・・え?」
からかうように聞いたが、素直に頷かれてしまった。ヤバい。顔がまた熱くなってきた。
「お昼だって、このままならシャズさんお手製のお弁当食べられないじゃないですかぁ!!」
ズゴッ
シャズは力が抜けた。
このおじょーさまが惚れたのは心じゃなくて胃袋らしい。全く焦って損した。
「弁当取り替えたらいいだけだろ!?」
「あ!それは名案です!ありがとうございます!!とっても楽しみです!」
「あっそ」
空の彼方と海の底に投げ捨てた鍵を呼ぶように箱がガタガタと音を立てているのを気にしないようにした。彼女はそれを望んでいない。そういう意味じゃない・・・
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