上 下
20 / 42

あったかい氷

しおりを挟む

コンコン

「ユージュアル?シャズさんに会いに行きませんか?それとも此処にお連れしましょうか?」
部屋の嫌な空気に合わないほわほわした声がドアの向こうからした。

俺がコッチにいるって伝えてないのかよ!?ん?
振動を感じて俺はケータイを確認した。ゲッ!ロジーからめちゃくちゃ連絡来てる!?ポークスのおやっさんも伝えてないのかよ!?

俺はチラリと奴を見たが、爽やかな笑顔で口を開いた。
彼なら此処にいるよ?どうぞ。と声をかけた。リーシュは入ってきながら
「ええっ!?ヒドイですユージュアル!!お友達の紹介ってやってみたかったのに!」
「クスクス。ごめんごめん。さぁ、どうぞ?」
「もうあらかた話した後じゃないですか!きゃっ!!」
リーシュはこっちに来る途中で転んだ。
「リーシュ、大丈夫?」
ユージュアルは近くに寄って手を差し伸べようとした。
「リーシュさまーもう少し注意力を増やされると良いかとー」
「ち、ちょっとよろけただけです!」
リーシュは直ぐさま立ち上がり身なりを正す。
「なるほどーリーシュさまがそう言うならそうなんすねー」
「シャズさん!!」
リーシュはシャズを睨むが、シャズは涼しい顔をしている。以前とはまた少し違う距離感だ。リーシュは内心寂しい気持ちが膨れ上がる。

今の2人は仲の良いお嬢様と料理人にしか見えない。それでも彼は疑問を覚えた。
リーシュが怒った顔など見た事が無い。いつでも自分の後ろを必死に追いかける甘えんぼな彼女しか知らない。
2人を見ていると、自分が呼ばれた意味が理解出来た。
事は急を要する。ユージュアルはそっと部屋を出た。
瞬間横目で確認すると、2人は気付かずに楽しそうに話していた。ギリッと奥歯を噛み、ドアを開けている反対の拳を隠すように握りしめて部屋を出た。

2人を引き離す。

まず取り掛かったのはシャズを屋敷から追い出すことだ。
屋敷の料理人達から聞き出したのは、屋敷のコックがシャズの味を覚えていっている事だ。シャズにたっぷり休暇を与えて、屋敷の人間に作らせようとした。しかし、シャズはいつの間にか気に入られており、みんな嫌がってわざと作れないフリをした。作れてもリーシュが敏感に感じとり、食欲が減ってしまった。

ユージュアルはイライラしながらロジーにシャズの仕事ぶりと人柄を聞いた。
シャズは教え方も上手いし、気取らない。口は悪いが、腕は確かで、料理長のお気に入りだ。シャズが居る時は明らかに機嫌が良い。飲み込みが早く教え甲斐があり、切磋琢磨出来る仲間だ。
そう、シャズは何でもそつなくこなせるので頼りがいがある。欠点を上げるならば、口の悪さと人嫌いで仲良くなるには時間がかかる事くらいだ。
仕事仲間としてなら安心して背中を任せられる。という意見だった。

失敗に終わったユージュアルは手を尽くし、リーシュの祖母の屋敷で料理人をしていた人間を見つけ出し、屋敷に迎えてシャズを追い出してしまった。
ロジーはシャズが直ぐ戻る事になると思い、使用人用の住まいで料理以外にも掃除や洗濯を任せた。もちろんユージュアルに知られてはいけないのでこっそりとだ。

そんな時、リーシュがこっそり使用人の住まいにやって来た。
「シャズさん!ごめんなさい。ユージュアルのせいで・・・とても心配性なんです」
「あ?何でお前が気にするんだよ?」
「だって・・・」
「それよりちゃんと食えてんの?」
「はい。でも、あったかくないんです」
「冷や飯食わされてんのか?」
もちろん違う事はわかっている。元気がないのでからかってみる。
「あ!ち、違います!シャズさんのご飯みたいに凄く美味しいと思えないというか、食べてるんじゃなくて食べさせられてるというか」
いつも以上に真面目で、深刻に返してきた。
「はあ?」
「ごめんなさい。上手く説明出来ません」
「ふーん。そんなにオレの作ったメシが恋しいか?」
不思議に思い首を傾げる。
「もちろんです!・・・ん?美味しそうな香りがします!シャズさん、もしかして何か持ってます?」
「おじょーさまは鼻がいいなぁー。そんなに欲しけりゃやるよ」
シャズは紙袋からスコーンの袋を取り出してリーシュへ放り投げた。
「わっ!わっ!わぁっ!」
驚きと焦りでお手玉しながらもなんとかキャッチした。
「食いもんで遊ぶなよ」
「し、シャズさんだって!食べ物を投げちゃダメです!」
「へーい」
「んもう!」
2人で少し笑った後、リーシュは大事そうに持ち、まじまじと包みを見ている。

シャズは照れくさくなり頭をかいた。
「朝メシの残りだぞ?そんなにまじまじと見るなよ」
「あ、すみません。シャズさんの作ったものは全部あったかいのはどうしてだろうって思って」
「まだあったけーか?かなり時間経ってるけど」
朝食に作ったものだ。もうお昼を過ぎておやつを考える時間だ。
「いいえ、シャズさんが作ったものは飲み物でもアイスでも、氷さえあたたかいんです!」
「意味わかんねーぞ・・・」
リーシュはどうしてここまで俺を慕っているんだ?顔が熱くなる。
「上手く説明できませんが・・・私の本能がシャズさんを欲している、というのが一番近いかもしれません」
「はああ!?おま、な、そ、く!?
「また此処にもらいに来てもいいですか?もっと食べたいです!私、シャズさんのご飯じゃなきゃ満足出来ない身体になってしまったみたいです!!」
ビビった。リーシュが求めているのは俺の作ったメシだ・・・
「あ、そーゆー事。なら、ロジーにでも届けさせたらいいか?」
「それじゃあ私がシャズさんに会えません」
「何だよ学校でも一緒に昼飯食ってんのに寂しいのかー?」
「はい」
「・・・・・・え?」
からかうように聞いたが、素直に頷かれてしまった。ヤバい。顔がまた熱くなってきた。

「お昼だって、このままならシャズさんお手製のお弁当食べられないじゃないですかぁ!!」
ズゴッ
シャズは力が抜けた。
このおじょーさまが惚れたのは心じゃなくて胃袋らしい。全く焦って損した。
「弁当取り替えたらいいだけだろ!?」
「あ!それは名案です!ありがとうございます!!とっても楽しみです!」
「あっそ」

空の彼方と海の底に投げ捨てた鍵を呼ぶように箱がガタガタと音を立てているのを気にしないようにした。彼女はそれを望んでいない。そういう意味じゃない・・・
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...