学内格差と超能力

小鳥頼人

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2巻 2科分裂編

第5話 ②

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    ☆

 はい、ついにやってまいりました中間試験当日。
 2年学科紛争に向けた作戦考案などの作業で時間を消費したとはいえ、それでも勉強はしたし授業だって日頃からちゃんと受けて予習復習だって毎日こつこつとやってきたんだ。50点以下を取る事態にはならない!
「けど現代文と世界史が不安だなぁ」
 この二つは俺の苦手科目だ。
 現代文は文章から登場人物の心情を読み解く作業が必要だけど……イマイチ苦手だ。
 また、暗記科目の世界史よりも数学や物理のように計算や公式を使って問題を解く科目の方が得意――というよりも好きだ。
「宏彰に同意だね。文系科目は鬼門だよ」
 俺の後ろの席に座る太一が声をかけてきた。
 振り向くと、教科書から視線を外した太一と目が合う。
 太一は理系科目の成績は抜群に良いけど、反面文系科目の成績はかなり悪い。高低差が激しくとげのあるステータスだ。
「先日の1科との争いも含めてここしばらくはやることが多かったから今回は勉強時間があまり取れなかったよ」
「それは申し訳ないな」
 俺のせいで太一の成績が下がったらと思うと罪悪感が込み上げてくる。
「いや、俺が忙しかったのは別件だから気にしないでくれ」
 太一は首を横に振った。別件で忙しかったらしい。
「怪しいことしてないよね?」
 念押しの意味も込めて太一に問う。
 太一は以前俺と星川さんのデートを追跡していた。結果的には俺たちのための行動ではあったんだけど――真意を知らないと不審な行動でしかなかった。
「俺が一度でもそんなことしたかい? してないよね?」
「………………」
 俺は無言で世界史のノートに目を走らせる。ぬけぬけとよく言ったもんだよ。
「無言は肯定と見なすよ」
「……ノーコメントで」
 言い返しても無視しても面倒臭い男だな。いいから勉強してなさいな。
 文系科目が怪しい俺と太一はともかく、誠司と豊原は全科目満遍まんべんなく好成績を収めている。
 クラストップレベルの成績の豊原も当然すごいけど、日々野球部の練習がある中で文武両道を続けている誠司にも感服する。
 俺も出せる力を出すのみだ。晴れやかな気持ちで遠足を楽しめるように!
 最後の悪あがきで試験前の勉強を進めるぞ。

 こうして中間試験がはじまり――数日が経過して全科目が終了した。

 出来としてはいつも通りと言った具合かな。赤点の心配はないので晴れて明日の遠足に臨めるってものだ。
「試験どうだった?」
 いつもの面々に試験の手ごたえを聞くと、
「イマイチだったわ」
「俺も微妙だ」
 誠司と太一が冴えない表情を向けてきた。
「豊原は?」
「い、いつも通り、だね」
 さすがは優等生の豊原。クラス順位トップ3常連だけあって余裕を感じる。
 しかし――そうか。太一と誠司は成績を落としてしまったんだ……。
 太一は「忙しかったのは別件」と言ってくれたけど、少なくとも球技大会と2年学科紛争に付き合わせてしまった影響は絶対にある。
「ここ数週間色々あったからな。少しばかり勉強不足だったわ」
 誠司が頭を掻いて嘆息たんそくした。
 やっぱりそうなんだ。俺の悲願に付き合わせることでこんな弊害がある想定が全くできていなかった。完全に俺に非がある。
 思わず歯ぎしりしていると――

『俺もイマイチだったよ』
『僕も』
『だよね。まぁ仕方ないか……』

 試験の手ごたえを伝え合うクラスメイトたちの声が耳に届いてくる。
 他の生徒も今回出来がイマイチな人が多かったようだ。ちょいちょい溜息ためいきが漏れている。
 しかもイマイチだと言ってる人は球技大会や2年学科紛争で力を貸してくれた人ばかりだ。
「過ぎたものはしょうがない。言い訳はしない、できない。それよりも今日から部活再開だし、心機一転練習に励むわ! じゃあな!」
 自分の頬を両手ではたいて気合いを入れた誠司は颯爽と教室から出ていった。
「切り替えが早く引きずらないところが誠司のいいところだね」
「そう、だね」
 太一の言葉に対して曖昧に相槌あいづちを打つ。
 過ぎたものはしょうがないけれど、過去は消えない。俺や超能力が使える面々のくらい過去のように。
 1科に抗う。そのためには時間を要する。それは実際の戦いの時だけではなくて、準備期間も含めて。
 つまり、それなりの時間を仲間から奪い取ることに他ならない。
 俺のせいだ……俺のせいで、みんなの、それも俺に協力してくれたみんなの成績を下げる結果になってしまった。
 ――いや。
 それすらも自分に酔って黄昏たそがれているだけに過ぎない。俺は加害者なのに。
「豊原。明日の遠足って――」
 その後も太一や豊原と他愛のない会話をしたけど、自分が周囲に迷惑をかけたことが頭から離れず、終始うわの空だった。

 パソコン部は今日まで部活が休みなのでみんなで一緒に帰ろうと思ったんだけど、太一も豊原も予定があるとのこと。
 一人教室から出て廊下を歩いていると、見知ってるけどできれば絡みたくない面々が前方で立ち止まっていた。まるで俺を待ち伏せしていたかのように。
「試験はどうだったんだ? 高坂宏彰」
「まぁ、ぼちぼちだね」
 本当にそこそこの手ごたえだったし、特に補足して話す感想などはなかったんだけど。
「なんだお前? せっかくこうして沢口さんがクソ野郎のお前に話しかけてやったのに、その面倒そうな返答は!? まるで話しかけるなオーラを出してる輩じゃねーか!!」
 その通りなんですけども?
 高畑君が予想通りの反応を示してきて疲れる。
「そっちはどうだったの?」
「僕たちに聞きますか?」
 富田君が呆れた面持ちで深く息を吐いた。
「聞くまでもなく赤点確定ですよ。ま、補習を受ければ済む話です。それでもダメだった場合は賄賂わいろで――ゴホン。今のは独り言です」
「今とんでもない思惑が漏れ出なかった?」
 金を積んでどうにかしようとか悪人のそれじゃん。しかも私立ならできちゃいそうな恐ろしさすらあるし。
 あと赤点をドヤ顔で予告する人はじめて見た。
「ウダウダと細かい男だなぁ! 上から目線で他人の心配とはおめでたい頭してんなぁ!?」
「上から目線て……」
 言いがかりもはなはだしいなぁ。早く下校したいんだけど。
「場を和ませる前置きはここまでにして本題に移るぞ」
「全然和んでなくない?」
 高畑君が真っ赤な顔で俺に食ってかかってるじゃん。
 というかはじめから用件だけを簡潔に述べてほしかった。さっきのやりとりは一体なんだったんだ。俺、損しかしてないよね?
「近頃は多少なりとも大人しく過ごしているようだな。感心感心」
 沢口君は左指で自身の顎を撫でてうんうんと満足げに頷いている。
 まぁ、さすがに試験期間中にやらかしたら2科の心証しんしょうが余計にね? 俺だってその辺はわきまえているつもりだ。
「高坂宏彰よ。前にも言ったがもう一度伝えておくぞ。今の調子で今後一切、卒業まで学科間でいさかいが起こりかねない行動を起こすな。ゆめゆめ肝にめいじておけよ」
 沢口君は今一度俺に念を押してきた。
善処ぜんしょするよ」
 絶対の保証はできないのではっきりと肯定はしないでおいた。
「はぁ? 善処ぜんしょじゃねーんだよ! 『絶対に騒ぎは起こしません、沢口様』、だろぉ?」
善処ぜんしょなんて言ってる時点で問題を起こさない保証は一切ないですよね。やれやれ、ほとほとあなたは厄介な問題生徒ですよ。呆れるばかりです」
 で、俺の返答を聞いた沢口君の子分二人が案の定俺への罵詈ばり雑言ぞうごん列挙れっきょしてくる。さすがに言われ慣れてきた。
 というか俺は君たちの学業成績に呆れてもいいよね?
「特に明日の遠足。社会科行事の場で不要なトラブルを起こせば学園へのクレームに繋がる。クレームは学園の評判を下げる。評判が下がれば俺たちの進路に悪影響を及ぼす。この意味、愚か者のお前でも分かるよな?」
 首を傾げて真顔で俺を見据える沢口君。
 口調こそ平坦だけど、据わった目からは彼独特の圧を感じる。
「沢口さんの言う通りだぞ! お前みたいなアホ一人がアホな行動をやらかすだけで学園の評判は地に落ちるんだぞ! 学園、ひいては沢口さんの足を引っ張るのだけはやめろよな!」
「分かったよ」
 ひいてはの部分は前後逆だと思うけどね。
「信用できませんね。あなたには前科がありますから」
 富田君がジト目でじーっと俺を見つめてくる。なんか気味が悪いぞ……。
「明日の遠足はつつましく過ごせ。それができそうもないなら、いっそ欠席してくれた方が学園のためだ」
「欠席はさすがに……」
 学園のため、ね。
 学級委員とはいえ、いささか所掌しょしょうの範囲を越えてないか? 学園のために奔走ほんそうするのは生徒会や教師の役割だと思うんだけど。
「いいか、これは最後通告だぞ。肝にめいじておけよ」
「了解」
 俺は適当に頷いた。
 こっちもそのつもりだけど、もし1科から吹っかけられたらその限りではないけどね。
「はっ、どうだか。お前にゃ理性なんざないだろ」
 富田君だけでなく高畑君も俺を一切信用していないようだ。
 まぁ、俺も何事もなく過ごせればそれが一番いいと思うけどね。
「ではさらばだ。俺は忙しい身なのでな。はーっはっはっはーっ!」
 沢口君が顎を指でなぞって高笑いしたので遠くにいた生徒が何事かとこちらを振り向いた。突然大声出さないでくれないかな。
「そうだぞ! 沢口さんはなぁ! 忙しいと言っておきながら今日は予定が何もないので家に帰って寝るだけなんだぞ! つまり明日の遠足に備えて万全のコンディションを作り上げるのに余念がないストイックなお方なんだよ!」
 やることがないから早めに寝るだけとしか思えないんだけれども。
 言いたい放題言って気が済んだのか、沢口一派はきびすを返して下駄箱へと向かっていった。

 先に結論から述べると。
 遠足で沢口君の忠告に従わなかった俺は、後々あとあと少しばかり痛い目に遭う羽目になる。
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