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2巻 2科分裂編
第3話 ③
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「……そんな太一君に憧れたあたしもあなたの影を追いはじめたわ。太一君が中学を卒業してからね」
「雫も合気道の技を覚えていたのはそういう経緯があったからか」
蓮見さんの話がすとんと胸に落ちたのか、太一はうんうんと首を縦に振っている。
「3年生に上がって嫌でも実感したの。もう太一君は側にいない。自分の身は、自分で守るしかないって」
太一がいる間は奴に守ってもらえたけど、不幸にも太一と蓮見さんは年齢が一つ違う。蓮見さんが3年生に上がった時、太一は否応なしに彼女の側にはいられない。
「だからあたしも合気道を習ったわ。気の持ちようや弱気な性格を変えるためにイメトレも実践した」
そうだったんだ。蓮見さんは去年一年間、周囲に負けないように自分を高めて戦ってきたんだ。そして努力の甲斐あって強気な性格と合気道の実力を手にした。
(あれっ? 蓮見さんの話って……)
「つまり、あたしも2科と同じ境遇だったってわけ」
蓮見さんが呟くと、穏やかな風が彼女のツインテールの髪を揺らした。
そう、まさにそれだ。蓮見さんは2科と似た境遇を味わっていたんだ。
けれど彼女はかつての同族であったはずの2科に対して明確に敵意をむき出している。ついでに言うとその中でもなぜか俺をとりわけ嫌っている。普通にヘコむ。
「あたしは自分を変えた。でもあの人たちは違う」
太一から視線を外し、遠くを見つめる蓮見さん。その瞳は爽やかな五月の陽気に不釣り合いなほどに冷たく、醒めている。
「自身ではなく、2科って『肩書き』の評価を変えたい。あの人たちの要求はそこだけでしょ。だから見ててすっごくイライラする」
努力で自分を変えて心身の強さを身につけ、戦える状態を作った彼女からしてみれば、弱者のイチャモンで騒ぎ立てる2科の姿勢がたいそう腹立たしいのだろう。
「そうじゃないでしょうと。肩書きにしがみつくんじゃなくて、自分自身を高めなきゃ意味なんてない。高めるべきは『2科』じゃなくて各々の能力よ。学科に囚われたってしょうがないわ」
蓮見さんは先の学科対決の時も同じようなことを言ってたっけ。変な勝負で勝ちを証明しようとするのではなく、正面から見返せ、と。
主張自体はごもっとも、ド正論だ。
「そうかもね」
太一も蓮見さんの言い分を汲み取っている。
だけど――
「けれど、俺たちも俺たちなりのスタンスでやっている。それを曲げるつもりはないんだ」
口調こそ穏やかだけど、太一は透徹した瞳を蓮見さんへと向けて言い返した。
俺も同意見だ。2科も蓮見さんのやり方で1科に抗えるのならばそれが一番理想的だけど、それはあくまでも理想にすぎない。現実はそうそう甘くはないんだ。
「……前にも言ったけど、勝手にすればいいわ」
蓮見さんは呆れ果てているのか2科の活動を強く糾弾する気はないっぽい。
「でも!」
しかし、どうしても物申したいとばかりにすごんでみせた。
「なんで太一君はあそこまで高坂先輩に肩入れするの!?」
その言葉にびくりとしたのは太一ではなく俺の方だった。
「中学からの友達なのは分かるわ! けど……けど! あたしは更に長い付き合いなのに! 太一君はいっつも宏彰宏彰ってさ!」
壊れた噴水のように、溜め込んできた感情が溢れている蓮見さんの口からは恨み節が止まらない。
まるで後からのこのこ現れたよそ者に自分の大切なものを奪われてしまったかのような悲哀。
「――――少しくらいあたしのことも構ってくれたっていいじゃない!」
そして最後に零れ落ちたのは、着飾ることのない、彼女の素直な心情。
今、太一に最も伝えたい想いはこれなのよという勢い。
蓮見さんって――心の底から太一を慕っているんだね。だから少しでも一緒にいたい。それを俺が邪魔してしまっている。やるせない気持ちになる。
「君はそろそろ俺から巣立つべきだと思うんだよね」
「なんでそんなこと言うの!? あたしは今だって太一君に憧れてるし、太一君から学びたいことだってたくさんあるんだから!」
太一から浴びせられた突き放すような言葉に、蓮見さんは信じられないといった愕然とした表情で太一に言い返した。
「俺を過大評価しすぎだよ」
「そんなことない!!」
太一の謙遜を聞いた蓮見さんは力強く否定した。
「……ところで、さ。話を戻すけど――」
と、ここで蓮見さんは急にモジモジしはじめた。
「およよ? もよおしちゃったかな?」
「そんなわけないでしょ」
俺の弟がちっとも空気を読んでくれないんですけど。
「彼氏がいるのはウソって認めたわ。だから……」
彼女の声は震えている。蓮見さんらしからぬ、ためらいがちな態度。
「え、えっと……あ、ああ……」
生唾を一つ飲み込んでなんとか続けた。
「あたしが、お……お願いしたら――――太一君は彼氏役になってくれる?」
「断る」
「瞬殺されたわ!?」
秒でフラれた蓮見さんだった。切ない。
「愛のない交際はまっぴらだ。それになにより――」
涙目で口をあんぐりと開けて茫然としている彼女に太一は続ける。
「俺には二次元の幼女たちが――」
「なんで!? どうしてよっ!」
「あいたっ」
あまりにもあんまりな追い打ちだった。太一よ、お前は外道か。
蓮見さんは懇願が通らなかった無念さからか太一に技をかけて仰向けで地面に叩きつけた。
同情はするけど暴力ではなにも解決しないよ。得た力を乱用するのは控えようよ。俺の超能力と一緒で危ないよ。
「あたしがどれだけ太一君のこと……もう知らないっ!」
すっかりいじけてしまった蓮見さんはぷいっと太一から身体ごと背けた。
「さっき言ったよね!? 縁がどうのって! あたしは自分が好きな人以外との縁なんか必要ないんだから!」
「だったらなおさら俺を彼氏役にするのはおかしいよね? 冷静になりなよ」
「だから……っ!」
なおも口調に熱がこもっている蓮見さんとは対照的に太一は冷静さを崩さないも、やれやれと頭を掻いた。
「現実での両想いは並大抵のことじゃ成し遂げられないと肝に銘じておくべきだね」
「それくらい身を持って理解してるわよ! けど妥協なんてしたくないもん!」
目を瞑って叫ぶ蓮見さん。身を持ってということは、彼女は誰かに想いを寄せたけど恋が実らなかった経験があるのだろうか。
「近所迷惑だからもう少し声のトーンを落とそうよ」
「悪かったわよ……質問には答えたわ! もういいでしょ! バイバイ!」
ぷりぷりと怒る蓮見さんは太一から、その場から離れようと踵を返す。
あの二人には様々な絆があったんだなぁ――
と、ここで。
「――――あっ」
「げ」
なんと、涙に潤む蓮見さんの瞳が俺と元貴を視界に捉えてしまったのだ。
しまった! しみじみしてる場合じゃなかった!
「や、やぁ、蓮見さん」
「人の顔見て『げっ』てなんですか」
「いやその……ごめん……」
見つかってしまった以上は大人しく出ていくしかない。
「宏彰に元貴、高坂兄弟が揃ってここで何してるんだい?」
太一は自身の前に現れた俺たちを見て目を丸くした。
「いやぁたまたま二人を見かけてね」
盗み聞きの部分は隠したけど、嘘は吐いてない。
「やぁやぁ蓮見ちゃん。オレっちとはお初ッスね!」
「……誰?」
一方で命知らずの元貴は蓮見さんにウザ絡みしはじめた。
馴れ馴れしさ全開の我が弟に対して蓮見さんは嫌悪感を露わにした。隠す気なんてさらさらないというね。
「オレっちは高坂元貴! こいつの弟!」
元貴は俺の肩を組んで自己紹介する。チャラついた野郎め。
蓮見さんは俺と元貴を冷たい眼差しで交互に見やる。
「……似ても似つかないわね」
「よく言われるよ」
蓮見さんの感想は至極真っ当だ。
「キミはまだ身も心も子供だけど、オレっちと絡むことで大人の階段をのぼれるんだぜ?」
「は? 喧嘩売ってんの?」
「ま、ちょっとだけね☆」
「本当なんなのよ……」
元貴から軽薄な絡みを受け続ける蓮見さんは怒りを通り越して引いている。
一方の元貴はそんな蓮見さんに一切の動揺すら見せない。我が弟ながらメンタルが強い。ちょこっとだけ羨ましいぞ。
太一はというと、優雅に俺たち三人のやりとりを傍観している。おい、貴様もこの場の当事者でしょうが。
「あたしはもう帰るからあなたたちに構うつもりはないんだけど?」
「まぁまぁ。オレっちは瞬時に理解したんだってばよ。蓮見ちゃんは太一っちのことがス――」
「いやあああぁっ!?」
「うごっ!?」
蓮見さんは言わせないとばかりに元貴の腕を掴んで地面に叩きつけ――
「なぜっ!?」
ついで扱いで俺も蓮見さんに技をかけられ餌食となった。
……ス? 元貴は何を言わんとしていたのか?
「はぁ、はぁ……あなたたち高坂兄弟はあたしにろくなことしないわね!」
地面から蓮見さんを見上げると、彼女は心底恨めしそうにこちらを睨んでいた。右手で握り拳を作って怒りを露わにしている。
「申し訳ない」
「マジメンゴっす~」
俺と元貴はただただ謝ることしかできなかった。元貴の謝罪からは微塵も誠意が感じられないけど。
「ははは。本当に宏彰を取り巻く環境は面白いね」
太一はおかしそうに笑うと、
「いや、一番面白いのは宏彰自身だね」
俺にとっては全く面白くないことを宣ってきやがった。
「絶対バカにしてるでしょ……」
ゆっくりと立ち上がって太一に視線を向けると爽やかな笑みを浮かべていた。
俺の心はそんな爽やかな状態じゃないんだけどな……。
そんな休日の朝は、蓮見さんの怒号と俺と元貴の唸り声で締めくくられたのだった。
早起きは三文の徳とは一体……?
「雫も合気道の技を覚えていたのはそういう経緯があったからか」
蓮見さんの話がすとんと胸に落ちたのか、太一はうんうんと首を縦に振っている。
「3年生に上がって嫌でも実感したの。もう太一君は側にいない。自分の身は、自分で守るしかないって」
太一がいる間は奴に守ってもらえたけど、不幸にも太一と蓮見さんは年齢が一つ違う。蓮見さんが3年生に上がった時、太一は否応なしに彼女の側にはいられない。
「だからあたしも合気道を習ったわ。気の持ちようや弱気な性格を変えるためにイメトレも実践した」
そうだったんだ。蓮見さんは去年一年間、周囲に負けないように自分を高めて戦ってきたんだ。そして努力の甲斐あって強気な性格と合気道の実力を手にした。
(あれっ? 蓮見さんの話って……)
「つまり、あたしも2科と同じ境遇だったってわけ」
蓮見さんが呟くと、穏やかな風が彼女のツインテールの髪を揺らした。
そう、まさにそれだ。蓮見さんは2科と似た境遇を味わっていたんだ。
けれど彼女はかつての同族であったはずの2科に対して明確に敵意をむき出している。ついでに言うとその中でもなぜか俺をとりわけ嫌っている。普通にヘコむ。
「あたしは自分を変えた。でもあの人たちは違う」
太一から視線を外し、遠くを見つめる蓮見さん。その瞳は爽やかな五月の陽気に不釣り合いなほどに冷たく、醒めている。
「自身ではなく、2科って『肩書き』の評価を変えたい。あの人たちの要求はそこだけでしょ。だから見ててすっごくイライラする」
努力で自分を変えて心身の強さを身につけ、戦える状態を作った彼女からしてみれば、弱者のイチャモンで騒ぎ立てる2科の姿勢がたいそう腹立たしいのだろう。
「そうじゃないでしょうと。肩書きにしがみつくんじゃなくて、自分自身を高めなきゃ意味なんてない。高めるべきは『2科』じゃなくて各々の能力よ。学科に囚われたってしょうがないわ」
蓮見さんは先の学科対決の時も同じようなことを言ってたっけ。変な勝負で勝ちを証明しようとするのではなく、正面から見返せ、と。
主張自体はごもっとも、ド正論だ。
「そうかもね」
太一も蓮見さんの言い分を汲み取っている。
だけど――
「けれど、俺たちも俺たちなりのスタンスでやっている。それを曲げるつもりはないんだ」
口調こそ穏やかだけど、太一は透徹した瞳を蓮見さんへと向けて言い返した。
俺も同意見だ。2科も蓮見さんのやり方で1科に抗えるのならばそれが一番理想的だけど、それはあくまでも理想にすぎない。現実はそうそう甘くはないんだ。
「……前にも言ったけど、勝手にすればいいわ」
蓮見さんは呆れ果てているのか2科の活動を強く糾弾する気はないっぽい。
「でも!」
しかし、どうしても物申したいとばかりにすごんでみせた。
「なんで太一君はあそこまで高坂先輩に肩入れするの!?」
その言葉にびくりとしたのは太一ではなく俺の方だった。
「中学からの友達なのは分かるわ! けど……けど! あたしは更に長い付き合いなのに! 太一君はいっつも宏彰宏彰ってさ!」
壊れた噴水のように、溜め込んできた感情が溢れている蓮見さんの口からは恨み節が止まらない。
まるで後からのこのこ現れたよそ者に自分の大切なものを奪われてしまったかのような悲哀。
「――――少しくらいあたしのことも構ってくれたっていいじゃない!」
そして最後に零れ落ちたのは、着飾ることのない、彼女の素直な心情。
今、太一に最も伝えたい想いはこれなのよという勢い。
蓮見さんって――心の底から太一を慕っているんだね。だから少しでも一緒にいたい。それを俺が邪魔してしまっている。やるせない気持ちになる。
「君はそろそろ俺から巣立つべきだと思うんだよね」
「なんでそんなこと言うの!? あたしは今だって太一君に憧れてるし、太一君から学びたいことだってたくさんあるんだから!」
太一から浴びせられた突き放すような言葉に、蓮見さんは信じられないといった愕然とした表情で太一に言い返した。
「俺を過大評価しすぎだよ」
「そんなことない!!」
太一の謙遜を聞いた蓮見さんは力強く否定した。
「……ところで、さ。話を戻すけど――」
と、ここで蓮見さんは急にモジモジしはじめた。
「およよ? もよおしちゃったかな?」
「そんなわけないでしょ」
俺の弟がちっとも空気を読んでくれないんですけど。
「彼氏がいるのはウソって認めたわ。だから……」
彼女の声は震えている。蓮見さんらしからぬ、ためらいがちな態度。
「え、えっと……あ、ああ……」
生唾を一つ飲み込んでなんとか続けた。
「あたしが、お……お願いしたら――――太一君は彼氏役になってくれる?」
「断る」
「瞬殺されたわ!?」
秒でフラれた蓮見さんだった。切ない。
「愛のない交際はまっぴらだ。それになにより――」
涙目で口をあんぐりと開けて茫然としている彼女に太一は続ける。
「俺には二次元の幼女たちが――」
「なんで!? どうしてよっ!」
「あいたっ」
あまりにもあんまりな追い打ちだった。太一よ、お前は外道か。
蓮見さんは懇願が通らなかった無念さからか太一に技をかけて仰向けで地面に叩きつけた。
同情はするけど暴力ではなにも解決しないよ。得た力を乱用するのは控えようよ。俺の超能力と一緒で危ないよ。
「あたしがどれだけ太一君のこと……もう知らないっ!」
すっかりいじけてしまった蓮見さんはぷいっと太一から身体ごと背けた。
「さっき言ったよね!? 縁がどうのって! あたしは自分が好きな人以外との縁なんか必要ないんだから!」
「だったらなおさら俺を彼氏役にするのはおかしいよね? 冷静になりなよ」
「だから……っ!」
なおも口調に熱がこもっている蓮見さんとは対照的に太一は冷静さを崩さないも、やれやれと頭を掻いた。
「現実での両想いは並大抵のことじゃ成し遂げられないと肝に銘じておくべきだね」
「それくらい身を持って理解してるわよ! けど妥協なんてしたくないもん!」
目を瞑って叫ぶ蓮見さん。身を持ってということは、彼女は誰かに想いを寄せたけど恋が実らなかった経験があるのだろうか。
「近所迷惑だからもう少し声のトーンを落とそうよ」
「悪かったわよ……質問には答えたわ! もういいでしょ! バイバイ!」
ぷりぷりと怒る蓮見さんは太一から、その場から離れようと踵を返す。
あの二人には様々な絆があったんだなぁ――
と、ここで。
「――――あっ」
「げ」
なんと、涙に潤む蓮見さんの瞳が俺と元貴を視界に捉えてしまったのだ。
しまった! しみじみしてる場合じゃなかった!
「や、やぁ、蓮見さん」
「人の顔見て『げっ』てなんですか」
「いやその……ごめん……」
見つかってしまった以上は大人しく出ていくしかない。
「宏彰に元貴、高坂兄弟が揃ってここで何してるんだい?」
太一は自身の前に現れた俺たちを見て目を丸くした。
「いやぁたまたま二人を見かけてね」
盗み聞きの部分は隠したけど、嘘は吐いてない。
「やぁやぁ蓮見ちゃん。オレっちとはお初ッスね!」
「……誰?」
一方で命知らずの元貴は蓮見さんにウザ絡みしはじめた。
馴れ馴れしさ全開の我が弟に対して蓮見さんは嫌悪感を露わにした。隠す気なんてさらさらないというね。
「オレっちは高坂元貴! こいつの弟!」
元貴は俺の肩を組んで自己紹介する。チャラついた野郎め。
蓮見さんは俺と元貴を冷たい眼差しで交互に見やる。
「……似ても似つかないわね」
「よく言われるよ」
蓮見さんの感想は至極真っ当だ。
「キミはまだ身も心も子供だけど、オレっちと絡むことで大人の階段をのぼれるんだぜ?」
「は? 喧嘩売ってんの?」
「ま、ちょっとだけね☆」
「本当なんなのよ……」
元貴から軽薄な絡みを受け続ける蓮見さんは怒りを通り越して引いている。
一方の元貴はそんな蓮見さんに一切の動揺すら見せない。我が弟ながらメンタルが強い。ちょこっとだけ羨ましいぞ。
太一はというと、優雅に俺たち三人のやりとりを傍観している。おい、貴様もこの場の当事者でしょうが。
「あたしはもう帰るからあなたたちに構うつもりはないんだけど?」
「まぁまぁ。オレっちは瞬時に理解したんだってばよ。蓮見ちゃんは太一っちのことがス――」
「いやあああぁっ!?」
「うごっ!?」
蓮見さんは言わせないとばかりに元貴の腕を掴んで地面に叩きつけ――
「なぜっ!?」
ついで扱いで俺も蓮見さんに技をかけられ餌食となった。
……ス? 元貴は何を言わんとしていたのか?
「はぁ、はぁ……あなたたち高坂兄弟はあたしにろくなことしないわね!」
地面から蓮見さんを見上げると、彼女は心底恨めしそうにこちらを睨んでいた。右手で握り拳を作って怒りを露わにしている。
「申し訳ない」
「マジメンゴっす~」
俺と元貴はただただ謝ることしかできなかった。元貴の謝罪からは微塵も誠意が感じられないけど。
「ははは。本当に宏彰を取り巻く環境は面白いね」
太一はおかしそうに笑うと、
「いや、一番面白いのは宏彰自身だね」
俺にとっては全く面白くないことを宣ってきやがった。
「絶対バカにしてるでしょ……」
ゆっくりと立ち上がって太一に視線を向けると爽やかな笑みを浮かべていた。
俺の心はそんな爽やかな状態じゃないんだけどな……。
そんな休日の朝は、蓮見さんの怒号と俺と元貴の唸り声で締めくくられたのだった。
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