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2巻 2科分裂編
第3話 ②
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「十五年以上の付き合いがある年下の幼馴染を心配するのは当たり前でしょうに」
「……やっぱ太一君って、あたしを妹のように見てるのね」
「妹分だとは思ってるね」
あぁ、それなら納得。妹のように接していれば、太一が蓮見さんを気にかけるのも頷ける。
「でもあたしは……ううん、なんでもない」
何か言いたげだった蓮見さんは柄にもなくしおらしい態度で首を横に振ると、再び瞳に炎を宿して太一に向き直る。
「あたしは自分を偽ってない。これがあたしのありのままの姿。1科と2科の争いの時もそうだったじゃない」
彼女は毅然とした態度で太一が投げかけた疑念を再否定した。
しかし太一はそんな蓮見さんと対峙してもなお涼しげな表情を崩さない。
「うん、君はあの時も繕っていたね。役者になれるんじゃない? 子役としてね」
頑なに否定を続ける蓮見さんに業を煮やした太一は挑発的な台詞を彼女へとぶつけた。
「ぶふぅっ……! こや、こやくっ……ぷ……くく」
俺の隣では太一の煽りにツボを突かれた元貴が腹を抱えて唾をまき散らして吹いていた。おい、爆笑するとさすがに気づかれるって。
「子役ですって!? あたしは高校1年生よ! 傍からはそうは見えないかもしれないけどさぁ!」
噛みつくところそこなの!? 話の真偽よりもそっちの方が君にとって重要なのか?
「俺的にはそんな雫を見てみたい――ゴホン、軽音楽部。あれも、自分を取り繕うためにはじめたんでしょ?」
今アホ太一のろくでもない本音が零れ落ちたけど、蓮見さんにはそこに切り込む余裕すらないらしい。頬を引きつらせている。
「軽音に入ったのは――! 元々ベースに興味があったからで……!」
というか、蓮見さん軽音部だったんだ。知らなかった。
「ベースに興味を持ったきっかけは?」
「お、音楽をやってれば……その、舐められないじゃない……。で、一番やってみたかったのがベースだったってだけの話よ……」
舐められる? 蓮見さんは気が強いから舐められるなんてことはないと思うんだけどなぁ。
「確かに俺だったらいい感じにイジるわ~。太一っちは分かってらっしゃる、うん!」
「蓮見さんの怖さと運動神経を知らないからそんなこと言えるんだよ。見た目に騙されちゃダメだよ。蓮見さんはああ見えても合気道経験者なんだから。技をかけられたら痛いぞ?」
実際に技をかけられた張本人が身を持って言うのだから間違いない。
「そんなんかわせば済むでしょ~? オレっちの電光石火に触れられる女はなし! 女と接触する時はオレっちが女に触れたいと感じた時だけさっ」
「あっふーん」
そっすか。心底どうでもいい話をどうもありがとう。けど今お前の与太話を聞くのに費やした時間、約数秒を返してくれ。時は金なりだぞ。
それにしたってさっきから取り調べみたいなやりとりだな。太一から蓮見さんへと向けられる嵐のような質問ラッシュがすさまじい。
「君が偽りの自分を作り上げた原因はやっぱりそれだったんだ」
「…………そこも感づいてたのね。勘が鋭い人は苦手」
これ以上しらばっくれても無駄だと悟ったのか、蓮見さんは観念したように苦笑した。
「中学2年生までの君と今の君とでは性格や雰囲気がまるで別人だからね。高校で再開した時は衝撃だったよ――俺が君と顔を合わせなくなった一年間に何があったんだい?」
太一と蓮見さんは年齢が一つ違う。太一は中学3年生の、つまり去年の蓮見さんを知らない。そしてその期間に何かが起きていた。
「……あたしって昔から背が低くて、しかも体型も華奢だったじゃない?」
蓮見さんは自らの過去を語りはじめた。
過去形で語ってますけど、今でも背が低くて華奢では? 口には出しませんが。
「現在進行形、いや生涯ちんちくりんじゃね? でしょでしょ兄貴?」
「お前うるさいよ」
俺の弟がウザくて困る。
「だから周りの男子からはいつもからかわれて。年下連中からもずいぶんと舐められた」
「相当弄ばれてたね。君はいつも涙目で『やめてよぉ~』、って可愛らしく訴えてたよね。懐かしいなぁ」
太一は数年前の記憶を掘り起こし、しみじみと当時の思い出を懐かしんでいる。
「か、かわっ……ゴホン」
蓮見さんは太一が何気なく放った台詞に顔を赤くするも、すぐさま咳払いで仕切り直した。
「傍観者からしたらそうかもしれないけど、当事者のあたしにとっては忌々しい過去でしかないわ。懐かしくもなんともない!」
蓮見さんは太一とは対照的に眉間にしわを寄せて歯ぎしりしている。これっぽっちも思い出したくない、一切触れたくもない過去のように。
「だんだんちょっかいもエスカレートしてきて、ボディタッチされたり、あたしの持ち物を取り上げたりする人間も現れたわ。あたしには絶対に言い返す気の強さもやり返す強さもないってみんなが知ってからはそれこそ嫌がらせが増えた。ホント、アイツらは最低の下衆どもだった!」
吐き捨てるように叫んで地団駄を踏んでいる様子から判断するに相当な嫌がらせを受けてきたみたいだ。
「でも……太一君だけはいつもそんなあたしを助けてくれたよね」
蓮見さんは一転して表情を緩め、大切な思い出を噛み締めるように語る。
「最初の頃は相手を言葉で咎めるだけだったけど、相手が太一君に暴力を振るうようになってからは太一君も相手に技をかけてあたしを守ってくれた。力ってすごいなって感じたわ」
「大変だったよ。俺は当時喧嘩の経験もなかったから初めて相手が殴りかかってきた時は殴られっぱなしで情けない姿を見せてしまったね。申し訳ない」
心から申し訳ない気持ちを出して頭を下げた太一に、蓮見さんは慌てて左右に手を振った。
「そんなこと……でも途中からは相手を一網打尽にするようになってビックリよ」
「特訓して剣道と合気道、それぞれ初段を取りましたから」
太一は誇らしげにドヤ顔した。
そういう経緯があったのか。だから太一は合気道の技を使えるんだね。
少々意外だな。太一は特訓とか鍛えるとかのスポ根ちっくな行為を好まなそうなのに。
球技大会の時も進んで練習してたけど、時の流れによる心境の変化でもあったのだろうか?
中学時代の陸上部ではそこまで本腰を入れて取り組んでいたようには見えなかったのに。
「そ、それってさ――あ、あたしを守るためにわざわざ?」
蓮見さんは生唾を飲んで問う。何かに期待を寄せるかのように。
「当然じゃないか。理由もないのに合気道も剣道もやりたくないって」
「………………っ!?」
太一は一瞬の間を開けることもなくきっぱりと言い放ってしまった。格好良いような、多少は謙遜してもいいような。
対峙している蓮見さんの顔は真っ赤に染まっている。
「太一っちって武道の心得あったわけ? マジ超意外なんスけど! 兄貴は知ってたん?」
太一の意外な特技を知った元貴は瞳を輝かせて鼻息荒く興奮している。
「俺も最近まで知らなかった。進んで鍛錬するような奴じゃないから驚いてる」
俺だって1科との勝負で初めてこの目で見たのだ。
それもそうか。誰かを守るために身につけた力なら、無意味に周囲にひけらかす必要なんて微塵もないのだから。
(誰かを守る、か……俺の能力でもそんなことができるのかな)
一見すると危険な超能力。だけど、世のため人のためになる使い道があるならば――それでも公にはできないけれど、陰ながらひっそりと役立てたいなぁ。
「手合わせ願えないかな~。太一っちの全力を受けてみてぇ」
元貴は俺の思考などつゆ知らず、のんきに太一と力比べをしたい欲求に駆られていた。
「いやお前は剣道も合気道も素人でしょうに」
お前が太一に突っ込んでも痛みだけくらって終了だよ。
「口だけで相手をあしらうのが難しくなってからは、君を守る強さが欲しくなった。相手を攻撃する力ではなくて、君を守る力をね」
クサイ台詞を臆面もなく吐く太一。こういうところが奴の魅力の一つなんだよね。
「暴力はもちろん駄目だけど、真に舐められない、いじられないためには『言葉』だけじゃなくて『武力』も提示しなければ通用しないと身を持って知った」
太一はいじめられっ子の蓮見さんと月日をともにしている間で色々と考えていたらしい。俺にはその辺の事情は一切話してくれなかったけどな。
「……やっぱ太一君って、あたしを妹のように見てるのね」
「妹分だとは思ってるね」
あぁ、それなら納得。妹のように接していれば、太一が蓮見さんを気にかけるのも頷ける。
「でもあたしは……ううん、なんでもない」
何か言いたげだった蓮見さんは柄にもなくしおらしい態度で首を横に振ると、再び瞳に炎を宿して太一に向き直る。
「あたしは自分を偽ってない。これがあたしのありのままの姿。1科と2科の争いの時もそうだったじゃない」
彼女は毅然とした態度で太一が投げかけた疑念を再否定した。
しかし太一はそんな蓮見さんと対峙してもなお涼しげな表情を崩さない。
「うん、君はあの時も繕っていたね。役者になれるんじゃない? 子役としてね」
頑なに否定を続ける蓮見さんに業を煮やした太一は挑発的な台詞を彼女へとぶつけた。
「ぶふぅっ……! こや、こやくっ……ぷ……くく」
俺の隣では太一の煽りにツボを突かれた元貴が腹を抱えて唾をまき散らして吹いていた。おい、爆笑するとさすがに気づかれるって。
「子役ですって!? あたしは高校1年生よ! 傍からはそうは見えないかもしれないけどさぁ!」
噛みつくところそこなの!? 話の真偽よりもそっちの方が君にとって重要なのか?
「俺的にはそんな雫を見てみたい――ゴホン、軽音楽部。あれも、自分を取り繕うためにはじめたんでしょ?」
今アホ太一のろくでもない本音が零れ落ちたけど、蓮見さんにはそこに切り込む余裕すらないらしい。頬を引きつらせている。
「軽音に入ったのは――! 元々ベースに興味があったからで……!」
というか、蓮見さん軽音部だったんだ。知らなかった。
「ベースに興味を持ったきっかけは?」
「お、音楽をやってれば……その、舐められないじゃない……。で、一番やってみたかったのがベースだったってだけの話よ……」
舐められる? 蓮見さんは気が強いから舐められるなんてことはないと思うんだけどなぁ。
「確かに俺だったらいい感じにイジるわ~。太一っちは分かってらっしゃる、うん!」
「蓮見さんの怖さと運動神経を知らないからそんなこと言えるんだよ。見た目に騙されちゃダメだよ。蓮見さんはああ見えても合気道経験者なんだから。技をかけられたら痛いぞ?」
実際に技をかけられた張本人が身を持って言うのだから間違いない。
「そんなんかわせば済むでしょ~? オレっちの電光石火に触れられる女はなし! 女と接触する時はオレっちが女に触れたいと感じた時だけさっ」
「あっふーん」
そっすか。心底どうでもいい話をどうもありがとう。けど今お前の与太話を聞くのに費やした時間、約数秒を返してくれ。時は金なりだぞ。
それにしたってさっきから取り調べみたいなやりとりだな。太一から蓮見さんへと向けられる嵐のような質問ラッシュがすさまじい。
「君が偽りの自分を作り上げた原因はやっぱりそれだったんだ」
「…………そこも感づいてたのね。勘が鋭い人は苦手」
これ以上しらばっくれても無駄だと悟ったのか、蓮見さんは観念したように苦笑した。
「中学2年生までの君と今の君とでは性格や雰囲気がまるで別人だからね。高校で再開した時は衝撃だったよ――俺が君と顔を合わせなくなった一年間に何があったんだい?」
太一と蓮見さんは年齢が一つ違う。太一は中学3年生の、つまり去年の蓮見さんを知らない。そしてその期間に何かが起きていた。
「……あたしって昔から背が低くて、しかも体型も華奢だったじゃない?」
蓮見さんは自らの過去を語りはじめた。
過去形で語ってますけど、今でも背が低くて華奢では? 口には出しませんが。
「現在進行形、いや生涯ちんちくりんじゃね? でしょでしょ兄貴?」
「お前うるさいよ」
俺の弟がウザくて困る。
「だから周りの男子からはいつもからかわれて。年下連中からもずいぶんと舐められた」
「相当弄ばれてたね。君はいつも涙目で『やめてよぉ~』、って可愛らしく訴えてたよね。懐かしいなぁ」
太一は数年前の記憶を掘り起こし、しみじみと当時の思い出を懐かしんでいる。
「か、かわっ……ゴホン」
蓮見さんは太一が何気なく放った台詞に顔を赤くするも、すぐさま咳払いで仕切り直した。
「傍観者からしたらそうかもしれないけど、当事者のあたしにとっては忌々しい過去でしかないわ。懐かしくもなんともない!」
蓮見さんは太一とは対照的に眉間にしわを寄せて歯ぎしりしている。これっぽっちも思い出したくない、一切触れたくもない過去のように。
「だんだんちょっかいもエスカレートしてきて、ボディタッチされたり、あたしの持ち物を取り上げたりする人間も現れたわ。あたしには絶対に言い返す気の強さもやり返す強さもないってみんなが知ってからはそれこそ嫌がらせが増えた。ホント、アイツらは最低の下衆どもだった!」
吐き捨てるように叫んで地団駄を踏んでいる様子から判断するに相当な嫌がらせを受けてきたみたいだ。
「でも……太一君だけはいつもそんなあたしを助けてくれたよね」
蓮見さんは一転して表情を緩め、大切な思い出を噛み締めるように語る。
「最初の頃は相手を言葉で咎めるだけだったけど、相手が太一君に暴力を振るうようになってからは太一君も相手に技をかけてあたしを守ってくれた。力ってすごいなって感じたわ」
「大変だったよ。俺は当時喧嘩の経験もなかったから初めて相手が殴りかかってきた時は殴られっぱなしで情けない姿を見せてしまったね。申し訳ない」
心から申し訳ない気持ちを出して頭を下げた太一に、蓮見さんは慌てて左右に手を振った。
「そんなこと……でも途中からは相手を一網打尽にするようになってビックリよ」
「特訓して剣道と合気道、それぞれ初段を取りましたから」
太一は誇らしげにドヤ顔した。
そういう経緯があったのか。だから太一は合気道の技を使えるんだね。
少々意外だな。太一は特訓とか鍛えるとかのスポ根ちっくな行為を好まなそうなのに。
球技大会の時も進んで練習してたけど、時の流れによる心境の変化でもあったのだろうか?
中学時代の陸上部ではそこまで本腰を入れて取り組んでいたようには見えなかったのに。
「そ、それってさ――あ、あたしを守るためにわざわざ?」
蓮見さんは生唾を飲んで問う。何かに期待を寄せるかのように。
「当然じゃないか。理由もないのに合気道も剣道もやりたくないって」
「………………っ!?」
太一は一瞬の間を開けることもなくきっぱりと言い放ってしまった。格好良いような、多少は謙遜してもいいような。
対峙している蓮見さんの顔は真っ赤に染まっている。
「太一っちって武道の心得あったわけ? マジ超意外なんスけど! 兄貴は知ってたん?」
太一の意外な特技を知った元貴は瞳を輝かせて鼻息荒く興奮している。
「俺も最近まで知らなかった。進んで鍛錬するような奴じゃないから驚いてる」
俺だって1科との勝負で初めてこの目で見たのだ。
それもそうか。誰かを守るために身につけた力なら、無意味に周囲にひけらかす必要なんて微塵もないのだから。
(誰かを守る、か……俺の能力でもそんなことができるのかな)
一見すると危険な超能力。だけど、世のため人のためになる使い道があるならば――それでも公にはできないけれど、陰ながらひっそりと役立てたいなぁ。
「手合わせ願えないかな~。太一っちの全力を受けてみてぇ」
元貴は俺の思考などつゆ知らず、のんきに太一と力比べをしたい欲求に駆られていた。
「いやお前は剣道も合気道も素人でしょうに」
お前が太一に突っ込んでも痛みだけくらって終了だよ。
「口だけで相手をあしらうのが難しくなってからは、君を守る強さが欲しくなった。相手を攻撃する力ではなくて、君を守る力をね」
クサイ台詞を臆面もなく吐く太一。こういうところが奴の魅力の一つなんだよね。
「暴力はもちろん駄目だけど、真に舐められない、いじられないためには『言葉』だけじゃなくて『武力』も提示しなければ通用しないと身を持って知った」
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