学内格差と超能力

小鳥頼人

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1巻 学内格差編

第11話 ②

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 くっ、ここで伏兵かよ。しかもよりにもよってこの二人か。
 高沢君は運動能力が高いし、星川さんは水鉄砲をこちらに向けている。
「ヒャハハ! 水鉄砲とは考えたじゃねーか。パクらせてもらったぜぇ?」
「さすが辻堂! もしものために二人に隠れてもらってたんだな?」
 辻堂の取り巻きは奴のパクリ戦法を称賛するけど、
「ハッ、バカ言え。テメェ等じゃ頼りねぇから一緒に呼んでおいただけに決まってんだろ。そして案の定テメェ等はクソの役にも立たねぇ始末」
 辻堂は取り巻き二人に冷たい視線を浴びせて吐き捨てる。
「んだと!?」
「そんな言い草はないだろ!」
「なんで俺が文句言われなきゃなんねぇんだよ。無能なテメェ等に活躍のチャンスを与えてやったんだぞ? 感謝こそされ、ぶーたらほざかれる筋合いなんざねぇっつーの」
「あぁそうかよ! なら足手まといの俺らは2科の手帳を探しに行くわ」
「へぇへぇ。俺の足を引っ張らねぇなら何やっててもいいぞ」
 取り巻き二人は憤慨した様子でこの場から去っていった。
「………………」
 星川さんと高沢君は辻堂と取り巻き二人の醜い内乱の様子を冷めた目で見つめていた。
 辻堂は気を取り直すように咳払いをすると援軍の二人に向き直った。
「まぁいい。高沢は高坂を押さえろ。星川さんは水鉄砲で高坂のシールを剥がしてくれるかな」
「やれやれ。辻堂、お前という奴は……」
 半ば呆れた様子でぼやきながら頭を掻く高沢君。
 そしてじりじりと間合いを詰め――

 ――――辻堂の胸倉を掴んで奴の足を引っかけて床に倒した。

「――あれ? どういうこと?」
 全く状況が読めないんだけど。
 高沢君は1科だから俺の敵で辻堂の味方だよね?
 辻堂も俺と同じ考えなのか、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で高沢君に視線を向けている。
「待て待て待てぇ高沢ぁ! 投げる相手がちげーぞ!? 寝ぼけてんのか!?」
「悪い悪い、手元が狂っちまった」
 高沢君は飄々ひょうひょうとした口調で辻堂に手をひらひらと振って謝った。
「ったくよぉ。勝負の最中だぜ? 余裕があるのは結構だが、次は確実に仕留めてくれや」
「分かってるさ。次は本気でやる」
 高沢君が華やかに宣言するなり、辻堂は俺に指を差してきた。
「ヒャハハハハ! 今度こそテメェの最期だ!」
 下品な高笑いが廊下に響く。耳障りだからトーンを落としてくれないかな。
「2科なんざ俺等1科の踏み台にされてりゃいいんだよ! テメェ等ごときが俺等と同等の学内環境、学園生活を求めること自体おこがましいんだよぉ! 2科の連中は人間扱いすらされちゃならねぇんだ! 大人しく二軍の下等生物らしく地べたを這いつくばってうぐぇえ!!」
 高沢君はまたもや辻堂を床に突き飛ばした。
「高沢あああぁ!! ぜってぇ、わざとだろ!? 何がしてぇんだ!?」
 肩を押さえながら立ち上がった辻堂は高沢君を睨みつけた。
「別に2科の肩を持つ気はない。――が」
 高沢君は辻堂を睨み返して続けた。

「人を人とも思わない人間についてくる仲間がいるかよ? 少なくとも俺はゴメンだな。お前はこれまで自分がしてきた行いをかえりみるべきだ」

 そう言い放った高沢君は自身の胸に貼ってあったシールを自ら剥がして歩き去っていった。
「ってーな――高沢の野郎、ストレス溜め込みすぎだろ。俺で憂さ晴らしすんなよな」
 辻堂はジャージをはたき終えると、素早い身のこなしで俺に向かってきた。
「だがな高坂ぁ! まだ星川さんがいるんだぜ? 学園のマドンナたる星川さんに始末されればテメェも本望だろ?」
 突っ込んできた辻堂は俺を再び床へと押し倒し、馬乗りになって両腕を掴んできやがった。
 シールだけはかろうじて死守できたのが幸いだ。
「よーっし! 星川さん、やっちまえ!」
 辻堂が星川さんに号令を出す。
 そして、俺たちのいさかいを静観していた星川さんが、

「ごめんなさい! こうするしかないの!」

 水の光線をジャージに発射し、その攻撃が見事シールに命中してしまった。
 ――――辻堂のシールに。
 水鉄砲を浴びた辻堂が俺の手を離したのでその隙に奴から距離を置いた。
「ちょっ待っ! 冷てっ! 冷てぇから! け、けど学園のマドンナからのご褒美と考えりゃ…………あァ~」
 辻堂がニヤけながらバブル光線を全身全霊で浴びている。
 コイツは心の底から女の子が大好きなんだな。心底呆れた。
「――ってそうじゃねぇだろ! この俺がリタイアだと!? ありえねぇ!!」
 ジャージが濡れた辻堂は右手でシールを押さえる。
 しかし、シールは既に剥がれている。手で押さえたところで無意味なんだよ。
「2科の連中をぶっ潰すまで、俺は朽ちるわけにゃいかねーんだよぉ! こんなところで――それも同士の手で果てるなんざありえねぇんだよおおおお! これじゃ噛ませ犬じゃねぇか糞があああああぁぁ!!」

 辻堂の叫喚きょうかんも虚しく、奴のシールはひらひらと床に落ちたのだった。

「星川さん……なぜ、なぜ星川さんまでもが俺の邪魔すんだよ……!」
「辻堂君、ごめんなさい。けれど、あなたのやり方には同調できない」
 力を込めて放たれた星川さんの言葉を受けた辻堂はがっくりと項垂れた。
「なんで……なんでどいつもこいつも俺ばかりを悪者にする! 豊原先輩も、高沢も、そして星川さんまで!」
 辻堂は項垂れたまま大声で自分の思いを吐露しはじめた。
「俺ら同じ1科の仲間じゃねぇのかよ! なぜ俺の行動を表面的にしか評価してくれねぇんだよ! これが1科のためでも、ひいては2科のためでもあるじゃねぇか! 人間には分相応の生き方があって、分相応の立ち回り方があんだよ! それを俺がぁ! 身を持ってぇ! 教えてやってんのに、なぜ一方的に悪役扱いされなきゃならねーんだよ!」
 驚きだが、辻堂にも辻堂なりの信念があった。2科の面々をはじめ、その思想に異を唱える者は多いけど、コイツにとってはそれが正義だと信じてやまないのかもしれない。
「……その主張はただの独り善がりだよ。――いや、俺も人のこと言える立場じゃないけどな」
 本来なら俺には偉そうにコイツへ講釈こうしゃくを垂れる資格はない。
「俺もお前もやってることは単なる独善に過ぎないからな。けどこれだけは言える。俺もお前も、やってることは正しくない。どちらも人様に迷惑をかけてるからな」
 俺もコイツも所詮は自分の主義主張を他者に押しつけているに過ぎない。そのポリシーに同調するか否かは他者に委ねられる。
 俺の主張は1科の反発を買い、辻堂の主張は2科から反発を食らう。どちらが正解という話ではないのだ。
「悟ったような口聞いてんじゃねぇよ。腐れ2科が」
 辻堂の口調には威圧こそないが、俺に対する拒絶は伝わってくる。少なくとも現状では相容れる展開にはならないな。
「お前は本当に可哀想だよ。自分では悪いことをしてる自覚がないもんな」
 2科は1科より格下という大義名分(と本人が勝手に思い込んでいるだけ)を理由に2科を見下し攻撃する姿勢を続ける限り、高沢君や星川さんのようにお前を見限る1科の生徒は今後も出てくるぞ。
 辻堂は俺の同情の言葉には耳を貸さず、気が抜けたようにゆらゆらと立ち上がった。
「……だが俺が逝っただけで勝負はまだ続いてる。手帳さえ見つければ2科はジ・エンドだ」
 力ない捨て台詞を吐いた辻堂は重い足取りで去っていったのだった。
 その場に残されたのは俺と星川さんだけだ。
「星川さん……どうして助けてくれたの?」
 星川さんは戸惑いの視線を向ける俺に苦笑を向けた。
「私は高坂君の真っ直ぐな想いを信じたい。辻堂君が1科のヒーローなら、高坂君は2科のヒーローだよ」
「違う……俺はそんな崇高な存在じゃ」
 少なくとも正義の味方ではない。辻堂とは違った信条を持っているだけ。
「ううん。今日あなたとともに戦ってる2科の人たちはみんなあなたをヒーローだと思ってるよ」
 俺からしたら協力してくれているみんなこそがヒーローそのものだ。
「私はこの勝負の行く末を、あなたたちの想いが届くかどうかを確かめたい。だからここで高坂君にリタイアさせたくなかった」
 俺たちの悲願が叶うか否かを見届ける。そのために君はこの争いに手を挙げたのか。
「ごめんね」
 と、ここで星川さんは気を引き締めるように唇を引き結んだと思ったらすぐに口を開いた。
「2科の人たちがここまで辻堂君たちに迫害されてるとは気づいていなかった。本当なら同じ1科の私たちが辻堂君の暴走をとがめていれば、こんな事態にはならなかったかもしれない」
 語られたのは懺悔ざんげの言葉。星川さんが謝る話ではないけれど、2科に寄り添ってくれる気持ちはとても嬉しい。
「高坂君のことを利用しようとデートに誘って情報を引き出すし、私もろくでもない人間だね」
 星川さんは申し訳なげに苦笑する。
「そんなことは……」
 それは――君は悪くないよ。悪いのは全てを仕組んだあいつだ。
「今までの罪滅ぼしには全然足りないけど、これが私ができるこの学園の歪みへのささやかな抵抗だから」
 彼女は高沢君同様、自らのシールを剥がした。
 辻堂への制裁、そして俺への激励。
 星川さんの言葉に万感ばんかん胸に迫る。
 正解だけの人生を歩める人間などいない。みんなが多くの失敗、挫折から様々なことを学んで正解に近づく術を培っているんだ。
 かくいう俺だって間違いの多い人生だけど俺なりに行動してみた結果、今に至る。
 ここまで来てしまったんだ、こうなりゃやれるだけのことを全てやってしまおう。ありったけの魂の叫びをぶつけてやろう。
 俺だけじゃない。2科の仲間、遠藤さん、高沢君、そして星川さん――みんなのかけがえのない想いが俺に力を与えてくれる。
「……見ててくれ、星川さん。2科の1科に引けを取らない、逆境を跳ね返す雑草魂ってヤツを」
 星川さんと頷き合い、俺はその場から離れた。
 俺たち――いや、俺がすべきことのために。

「雑草魂……か。――頑張って、高坂君」

    ★

「俺らも2科の教室を攻めるぞ」
「おうよっ、奴らの息の根を止めてやる」

「おーいお前ら。廊下は走るなー」

「やべっ、柴山先生だ」
「早歩きで移動しましょ~」

「…………うーん、怪しいな」

    ☆

『聞きたいことがあるんだけど――』
 モニタリング係の豊原にチャットで質問を送ると、
『今1科Aにいるよ』
 すぐさま返信が来た。迅速な対応で助かる。
 俺が最も会いたい奴の居場所を教えてもらい、目的地へと走る。
 星川さんにペンダントを渡した黒幕は辻堂ではなく別にいるのだ。

 勝負参戦メンバーのほぼ全員が2科教室に集結しているようで、現在は閑散かんさんとしている1科A。
 再び足を踏み入れると、仕掛けが解除されたのかタライが落ちてくることはなかった。
 教室内の窓、カーテンは全て締め切られている。
 探し人は――――いた。
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