学内格差と超能力

小鳥頼人

文字の大きさ
上 下
27 / 63
1巻 学内格差編

第9話 ②

しおりを挟む
 一体何がこの人をエリートコースからドロップアウトさせたのだろう。
「急に何もかもが煩わしくなってしまってね」
 と思ってたら満さん自身の気持ちの問題だった。
 けど人の気持ちというものは複雑に絡まったモノで、一概に面倒で投げたと言い切れないのが難しいところだ。
「いい大学を出ていい企業に就職して何になるんだと。高い給料をもらって働いて――その先に何がある? 死ぬまでただひたすら働き続けて終わりか? そう考えたら馬鹿馬鹿しくなったよ」
 プライベートの時間が確保できるワークライフバランスがしっかりした会社に入れればやれることの範囲は広くなりそうだけどなぁ。
「人間、ゆっくり休む時間も必要なので別にいいんじゃないですか?」
 世間の無職に対する風当たりは強い。
 日本は新卒主義の会社も多いので新卒で入った会社で頑張るのが一番だとは思うけど、生活できないわけではないなら無理をする必要もないと個人的には思ってる。
 ……身内の星川さんがどう思ってるかは分からないけど。
「かれこれニート歴も一年半になろうとしている。株で増やした貯金が数千万円ほどあるから今は完全なパラサイトにこそなってはいないんだけど」
 なるほど、自身の生活費はきちんと自分で支払える――――
 ……んんん?
「既に、す、数千万の資産を持っているんですか!?」
 一般的に、とても二十代前半の人間が蓄える金額じゃないぞ。
「株はね、コツと最もチャンスに恵まれるであろう時期さえ読めれば、案外大当たりするよ」
 すげぇしれっと言うけど、そう上手くいく人なんてごくごくごーく僅かだ。
「俺がこんな人間だからいけないんだよね。親父もそうだ――俺は顔、性格ともに親父似でね」
 満さんが父親似なら、星川さんは母親似なんだろうな。
「親父は何でもホイホイこなす人なんだけど誠実さに欠けるというか、自分の才能を鼻にかけて自分の力を伸ばそうとしないんだ」
 それは大変もったいない。素晴らしい才能をお持ちなら、努力すれば実力を更に伸ばせるのに。
「それは俺にも言えることで。俺たち親子の無責任でいい加減な人生を、真面目で努力を惜しまない真夏は相当歯がゆく感じているはずだ。自分の兄が才能に恵まれながら、いや、恵まれたからこそか。泥臭い真似を嫌い、プライドだけを無駄に高めてしまっている」
 確かに努力している人から見れば、努力していないのに努力した自分ができないことを平然とやってのける人には、マイナスの感情を抱かざるを得ない。
「俺は挙句の果てに、真夏が天王坂てんのうざかの受験に失敗した時につい『俺が無勉で合格できた高校にどうして落ちるの? 本当に分からない』と言ってしまったんだ。真夏はきっとその時についた傷を引きずってる」
「それはちょっと……」
 この人は天才だけどデリカシーもそうだし、人間味が薄い印象を受ける。
 兄からそんな台詞を吐き捨てられた時の星川さんはどんな気持ちだったんだろう。
「あとね、俺たち兄妹は小中一貫校に通っていたんだけど、そこの男子生徒のほとんどが実力が自身より下と見なした人を見下す尊大な輩ばかりだったから、なおのこと真夏の男性不信に拍車がかかってしまった」
 男性全員がそうではないことは本人も存じてはいるはずだけど、それでもたくさん嫌な思いをさせられるとどうしても色眼鏡で見てしまう。理解はしてるけど納得は別的な心理だ。
「真夏は中学時代から幾度となく異性から告白をされてきたけど全て断っていた。あいつの中での男性像がどんな形になっているのかは想像に難くない。間違いなくいいイメージは持ってない」
 そうだったのか。
 星川さんはいつも誰にでも、男子に対しても笑顔で対応しているけど、舞台裏では複雑な事情があったのか。
 人間、外面そとづらだけで人となりを測るのは不可能だと痛感させられる。
 ……俺が羨むばかりのあの歩夢にも、実はそんなエピソードが潜んでいたりするのかな?
「その真夏が君を自宅に入れたからビックリさ」
 満さんは関心してるような声音こわねで話すけど、一番ビックリしているのは他でもない俺です。
「君には真夏の中で定着していた男性像とは全く異なる特別な何かがあるのかもね」
「そんな、俺なんて……」
 星川さん、それは君の勘違いだよ。俺は君のような努力家なんかじゃない、ただの冴えない日陰者なんだよ。俺には鼻にかけるような才能は端からないし、誰かを見下すほど高い地位を築いているわけでもないんだ。
「ははっ、初対面の年下相手に自分語りをしすぎたね」
 ところで満さんは、本当に有り余る才能を発揮する気はないのかな。
「あの……気分を害されたら申し訳ないのですが」
「なんだい、急に改まって」
 俺の堅い雰囲気を察したのか、満さんの方も真剣な面持ちで俺の言葉を待っている。
「お兄さんは、これからも働く気はないのですか?」
 俺には他人の人生に文句をつける資格も義理も持ち合わせていない。満さんにもプライドがある。
 けど、天王坂てんのうざか高校を卒業してトップ大学に現役合格できるほどの才能をくすぶらせておくのは非常にもったいない気もしてならない。
「――――無駄な行為に興味はないんだ。すまない」
 一瞬の沈黙後に返ってきた回答はあっけないものだった。
「働く行為ってさ、金を稼ぐ手段じゃん」
「その一面もありますね」
 やりがいとか他の要素もあるけど、生活のためというのが労働に勤しむ一番の理由であるケースが多い。
「でも手段は労働だけじゃない。俺の例で言うなら株で得た金だって立派な財産だ」
 確かに働くために生きているわけではない。多くの人が生きるために労働という選択肢を選んでいるだけで。
「ほら、働かなくても金は入るでしょ? それなのにわざわざ労働を選択したって無駄に疲れるだけで無意味だとは思わないか?」
「その考えもありますけど――働く理由ってそれだけとは限らないですよ」
 やりがいとか、かねてからの夢だったとか、モチベーションを保つ要因はある。
「様々な人と出会い、業務を理解し、試行錯誤を重ねつつ利益を上げたり、開発、製造をしたり。社会の役に立つことが無意味とは、その、俺は思わないです。俺自身バイトをしていてそう感じます」
 そりゃあ、できることなら辛い思いはせずに生きたいさ。人間なら大多数の人がそう考えたことはあるだろう。働かずに毎日自分の好きなことだけをして暮らしたいって。
 けど、もし一生遊んで暮らせるだけのお金が手に入ったとして、豪遊しっぱなしの毎日というのもどうなんだろう。数週間程度ならいいかもだけど、長期となると俺なら飽きちゃうだろうな。
「ふうむ。ま、一応俺にも夢というか目標はあるんだけどね」
 おっ、満さんにも目標があるのか。
「目標があるなら、それに向かってがむしゃらに走るのも悪くないですよ」
 なら、目標に向かうべく努力さえできれば――

「俺の夢はね、スーパージャスティスギガニートになることだ」

 ス、スーパー――なんて?
 聞いたこともないトンデモパワーワードが飛び出してきたぞ。
「…………あの、それは最近できた造語ぞうごか何かですか?」
「ニート歴が四十年を超えた猛者のことだよ。ちなみにこの言葉は今俺が即興で作った。是非覚えて帰ってくれ、そして周りに拡散してくれ。今年の流行語大賞はいただきだ」
 えぇ~、それってがむしゃらに働くと逆に叶わない目標じゃないですか。
 というかニートの定義って、上限年齢がなかったか?
「俺はニートというものは、神に選ばれし者のみに与えられた崇高な称号だと考えている。誰にでもなれるものではないからね。裕福な環境に恵まれないと許されない」
 うん、俺のような凡人には超人の考えはさっぱり理解できないよ。
「もう一つ。ギャルゲーマスターになるのも俺の夢だ」
「そ、そうなんですか。どうすればギャルゲーマスターになれるんですか?」
「そうだね――コンプリートしたギャルゲーの本数が三百を超えれば名乗れるかな」
 三百本か……俺がクリアしたギャルゲーの数は二十本近くだからまだまだだな――じゃなくて!
 いや俺もギャルゲーマスターになりたいと思わなかったわけじゃないけれども。
「二つの目標を達成させるには、まず働かないのが絶対条件として成り立つわけだね」
「………………」
「じゃあ逆に聞こうかな。働きながら目標を達成させるにはどうするべきか?」
「えっと、それは矛盾しているので無理じゃないかと」
 仕事をしたらゲームする時間は減るしニートではなくなる。ゲームしまくりのスーパーなんちゃらニートになるには、決して働いてはならない。
「結論は出たね。俺はまだ当分ニート生活を続けるつもりでいる。面倒事はごめんだ。おふくろと真夏は反発するだろうけど、俺は気ままに生活するだけだ」
「まぁ、赤の他人の俺が人様の考えにあれこれ指図するつもりはないですけど、ただもったいないなぁと」
「もったいない?」
 俺の言葉を聞いた満さんは首を傾げた。
「あれだけ超能力についての分析力があるなら、例えば政治家になって世の中の不条理を激減させることも夢物語じゃないですよ」
「俺が世の中を? 政治家ね――これまた面倒な職業を引き合いに出してきたなぁ」
 満さんは後頭部を掻いて渋い表情を浮かべている。
「既に気づいているかと思うんですけど、お兄さんの唯一にして最大の弱点は考えが主観的すぎる点です」
 できすぎるが故に人は皆能力が違っていると理解して、その人ならではの得意不得意を鑑みて寄り添うことができないように見受けられるんだよね。
「さっき星川さんが天王坂てんのうざかの受験に失敗した時のお兄さんの言葉でそう確信しました」
 満さんは黙って俺の話に耳を傾けている。
「元々お兄さんは様々な可能性を秘めているんですから、客観的思考を持てばもはや敵なしじゃないですかね」
 単に働くといっても、なにも会社勤めだけが労働の全てじゃない。
 自営業や自ら会社を立ち上げて経営をしたり、漫画や小説を書いたり、芸人になって視聴者に笑顔を届けたり。
 さっきも言った通り政治家になって国のよりよい向上に貢献したりと、才能や学歴があればあるほど、選択肢は広くなる。
 それだけ数多くの選択肢が用意されていながらあえてニートを選ぶというのは、どうにも宝の持ち腐れな気がしてならない。
「…………あっ! 高校生の分際で生意気言ってすみません!」
 慌てて頭を下げると満さんは首を横に振った。
「いや、俺も分かってはいたんだ。俺に限らず、人間は基本的に自分の能力を基準として物事を測ってしまうきらいがあるんだよね」
 皆人生の主役は自分なので主観であれこれ判断してしまうことはままある。俺だってそうだ。
「俺の場合はなぜ周囲の人間が天王坂てんのうざかに受からないのか分からないと思ってた。こんなことを実際に落ちた人に言ったら下手をすれば刺されるな」
 逆に俺は満さんがなぜ天王坂てんのうざかに無勉で合格できたのか不思議でならないよ。
 そう考えると、やっぱり客観的な観点は大事なんだなって痛感する。
 みんながみんな、主観で物事を判断するから言い争いに発展したり、思いがすれ違ったりするのだろう。
 そう、学科間でのいさかいも――――
「そうだね。さっき話した二つの夢も叶えたいとは思ってるけど、年下の君が勇気を出して俺に指摘してくれた内容を真摯に受け止めて、自分の人生設計を再構築するよ」
 余計なお節介だったかもだけど、貴重な才能を眠らせておくのはもったいないと心から思ったのでつい出しゃばってしまった。
 少しでも満さんの心の奥にあるであろう熱い気持ちを呼び覚ませたなら重畳ちょうじょうだ。
「色々語ったね。少し一休みしようか」
 満さんは話を切り上げ、「そろそろ真夏も帰ってくる頃だね」と呟いて窓から空を見上げる。
 俺もつられて見上げると、すっかり灰色に染まった空が目に映った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お湯屋の日常

蕪 リタ
ライト文芸
お湯が自慢の宿で繰り広げられる日常。 フロント嬢に新人客室係の悩みを見守るパートさん、仕事一筋のバイトちゃんに恋するバイト君。様々な人の視点から見た、お湯屋で繰り広げられる日常。 ※ フィクションです。 ※ 他サイト掲載作品の改稿版です。 ※ 一話ごと短めです。 ※ 不定期更新です。

Don't be afraid

由奈(YUNA)
ライト文芸
ここは、何か傷を抱えた人が集まる、不思議な家でした。 * * * 高校を中退してから家族とうまくいかなくなったキャバ嬢のありさ 誰とでも仲良くできるギャルの麗香 普通に憧れる女子高生の志保 勢いで生きてきたフリーターの蓮 親の期待に潰されそうな秀才の辰央 掴みどころのない秘密ばかりの大学生のコウ 全員が、何かを抱えた 全員が主人公の物語。

好きなんだからいいじゃない

優蘭みこ
ライト文芸
人にどう思われようが、好きなんだからしょうがないじゃんっていう食べ物、有りません?私、結構ありますよん。特にご飯とインスタント麺が好きな私が愛して止まない、人にどう思われようがどういう舌してるんだって思われようが平気な食べ物を、ぽつりぽつりとご紹介してまいりたいと思います。

「みえない僕と、きこえない君と」

橘 弥久莉
ライト文芸
 “少しずつ視野が狭くなってゆく”という病を 高校生の時に発症した純一は、多少の生きづらさ を感じながらも、普通の人と同じように日々を 過ごしていた。  ある日の仕事帰り、自転車でのんびりと住宅街 を走っていた時に、ふとした油断から通行人の女性 にぶつかってしまう。慌てて自転車から降り、転ば せてしまった女性の顔を覗き込めば、乱れた髪の 隙間から“補聴器”が見えた。幸い、彼女は軽く膝を 擦りむいただけだったが、責任を感じた純一は名刺 を渡し、彼女を自宅まで送り届ける。 ----もう、会うこともないだろう。  別れ際にそう思った純一の胸は、チクリと痛みを 覚えていたのだけれど……。  見えていた世界を少しずつ失ってゆく苦しみと、 生まれつき音のない世界を生きている苦しみ。  異なる障がいを持つ二人が恋を見つけてゆく、 ハートフルラブストーリー。 ※第4回ほっこり、じんわり大賞  ~涙じんわり賞受賞作品~ ☆温かなご感想や応援、ありがとうございました!  心から感謝いたします。 ※この物語はフィクションです。作中に登場する 人物や団体は実在しません。 ※表紙の画像は友人M.H様から頂いたものを、 本人の許可を得て使用しています。 ※作中の画像は、フリー画像のフォトACから選んだ ものを使用しています。 《参考文献・資料》 ・こころの耳---伝えたい。だからあきらめない。 =早瀬 久美:講談社 ・与えられたこの道で---聴覚障害者として私が 生きた日々=若林静子:吉備人出版 ・難病情報センター https://www.nanbyou.or.jp/entry/196 ・https://koikeganka.com/news/oshirase/sick/4425

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

信念の弁証法

WOOPマン
歴史・時代
パタリプートラの活気溢れる街は、午後の太陽に照らされ、色彩と音響が織り成す賑やかなタペストリーのように広がっていた。リズミカルなダンスなど賑わいに満ちている。この新しい街の中、ナースティカのダーラと名指しでバラモン達から非難される、ローカヤタの僧侶ダーラが興味深い格好で現われた。彼は髪でできた服を身にまとっており、街の人々の目を引いた。しかし、彼の言葉もその服装と同じくらい独特だった。 ダーラは迷路のような市場の露店の間を縫うように歩く。その足音は街の喧騒の中に消えていく。彼は、神や死後の世界はなく、世界は、物質だけが存在し、諸々の現象は物質が相互に影響しあう単なる模様であると語った。彼の教義は、魂と輪廻転生という常識から外れ、好奇心と怒りがパタリプートラに広がった。 市場は彼の舞台であり、市民が彼の聴衆であった。バラモンの支配が揺らぎはじめたこの時代、市民は彼の周りに集まり、彼の斬新な話に引き込まれた。ランプが虫達を引き寄せるように、彼のカリスマ性と急進的なイデオロギーの光が人々を魅了した。 賑やかな市場という舞台で、ダーラの言葉は空気を切り裂き、規範に挑戦し、疑問の余地のないものに疑問を投げかけ、パタリプートラの人々の心に好奇心の炎を燃やした。彼の旋律は、支配的な声と相反するものであり、前例のない領域への旅、パタリプートラの調和を永遠に変えてしまうかもしれないものだった。 ダーラの大胆な言葉が街中に響き渡ったときでさえ、穏やかな表情の下で変化の嵐が吹き荒れていた。古いものと新しいものが共存し、伝統的なバラモンと新興の市民らが共存するパータリプトラの中心で、変革の種が今まかれようとしていた。

可愛いかもね

圍 杉菜ひ
ライト文芸
自らを絶対に可愛いと思う雅は前髪を切りすぎてしまい……。

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

処理中です...