ワーストレンジャー

小鳥頼人

文字の大きさ
上 下
21 / 22

第四出動 月花の心の扉を壊せ! ④

しおりを挟む
    ●●●

 月花は食材を買いにスーパーに足を運んでいた。
 料理は苦ではない。自分で献立を考え、スーパーで食材を自分の目で選んで買い物をして調理するのは飽きが来なくて楽しい。
 今この時くらいは嫌なことも全て忘れて楽しむ――

「学院は休んでるくせに、買い物には来るのね」

 ――ことは簡単には許されないようだ。
「大平、さん……」
 声をかけてきたのは月花のクラスメイト、大平だった。
 ここで遭遇するとは夢にも思っていなかった月花は動揺を隠せない。危うく買い物カゴを落としかけた。
「体調が悪くても、料理は私がしないと、だから」
「ふぅん」
 大平は月花が持っている買い物カゴの中身を一瞥いちべつするも、それ自体には興味がなかったのか月花の顔に視線を戻す。
「ねぇ、買い物済ませたら近くの公園に行かない? 話がしたいんだけど」
「うん、平気だよ」
 月花は買い物を終えると、エコバッグを半分持ってくれた大平と公園に向かった。
 公園に辿り着くと、ベンチにエコバッグを置いた。
 月花は立川との一件を嫌でも思い出してしまい、苦い気分になる。
「立川くんへの告白、残念だったねー」
 公園のベンチに腰掛けた大平は邪悪な笑みを作り、

「でもね。私、はじめっからこうなるって分かってたんだぁ」

 自分より背が高い月花を相手に、足を組んで見下ろすように顔を上げて言い放った。
「………………」
 月花は大平から初めて放たれる雰囲気にされて言葉が出ない。
「分かってて、あんたの想い人をみんなの前でバラして、あんたが動かざるを得ない状況を作り上げたの」
 彼女の語り草から悪気は感じられない。
 つまり、後ろめたい気持ちなど微塵みじんも持たずに一連の流れを生み出したようだ。
「ワースト5? レンジャー? どっちでもいいけど――アイツらがあんたのサポートをしたのも私にとっては好都合だった。何もかもが私の思うがままの展開になったわ」
「こんなことをしたのには、何か、理由が……?」
 ようやく声が出せる状態に戻った月花は大平に理由を尋ねた。
「理由?」
 月花の問いに、大平は整ったつり眉をピクリと反応させてベンチから立ち上がると、
「私は高等部に進学してからずっとあんたが目障りだったのよ。お高くとまって、高嶺の花とか揶揄やゆされて、ちやほやされていい気になって。自分から行動しない、ただ止まって誰かから手を差し伸べられるのを待つだけの花だったあんたがね!」
 月花の顔に指を差して感情むき出しで強く言い放った。
「だから私はあんたが綺麗で無傷な高嶺の花ではいられないようにしてやろうと考えたの」
 大平は視線を落とし、地面を見つめながら続ける。
「今のあんたはタンポポの種よ。私が息吹いぶいて飛ばして、どこに向かうか分からず、ただ風の流れに身を任せるだけ」
 種がついたタンポポを一房ひとふさ見つけた大平は、しゃがみこんで息を吹いて飛ばす。
 タンポポの種は風に押し流されて、やがて人の目では見えないところまで飛んでいった。
「けれど、着地した場所がどこであれ、もう自分の力で踏み締めるしか道は残されてないのよ」
 大平は再度、矢のような視線で月花を見据える。
 その迫力に、月花は瞬時に目を逸らしてしまった。
「――どう? 何か言いたいことでもあるかしら?」
「…………わ、私は」
 月花は震える声と唇を必死に抑え込みながら言葉を吐き出そうとする。
「……私は、はじめから高嶺の花なんかじゃ、ない」
「は?」
 立ち上がって嫌悪の目を向けてくる大平に対して、月花は俯きながらも声を張り上げる。
「私は……! 自分を高嶺の花なんて思ってないし、望んでも、いなかった……! 周りにはやし立てられて、勝手に高嶺に植えられただけ……!」
「なにそれ――だったら尚更どうして、それを自分の口で叫ばなかったの!? あんたに足りないのはそこじゃないの!? 他人のせいにしたって意味ないでしょ!」
 強い風が二人の髪をなびかせる。
 大平は左手を腰に当て、右手でなびく髪を押さえて「あとさ」と前置きして続ける。
「あんたは一人なのよ。一人じゃないと言ってくれる人がいたとしても、その人は本当にあんたのことを受け入れてくれてるのかなぁ?」
 事実、月花は立川にフラれた。受け入れてはもらえなかった。
「仮に立川くんがあんたをひとりぼっちじゃいさせなかったとしても、彼の大切なたった一人とはまた別のお話」
 立川は小沢を選んだのだ。彼の中のオンリーワンポジションは小沢だけの特等席だ。
「立川くんはあんたのネガティブを直す道具でも治療薬でもないのよ」
 大平の言葉が月花の脳裏にずしんと衝撃を与えてくる。
 私は、自分を変えたいと口では言ってても、結局は誰かしらに依存して、すがっていなければ何もできていなかった。
 眼前のクラスメイトの言葉で傷ついているのは、図星を突かれているからに他ならない。
「ねぇ、こんなこと言われて悔しくないの? 私に何度も嫌な思いをさせられて、なんの感情も湧いてこない?」
 月花はスカートの丈をきゅっと強く握り締めるだけで言葉が出てこない。
 大平は消極的な月花の態度がたいそうお気に召さなかったようで、
「怒ってみなさいよ! コイツムカつくって、感情をむき出しにしてみなさいよ! それこそ橋本や村野のようにさ!」
 月花をこれでもかというほど扇動せんどうしてみるが、結局アクションはなく。
「……はぁ」
 やがて、燃え上がっていた大平の心も瞬時に冷え込み。
「呆れた。ここまで言ってもなお、言い返してこないのね。――明日、あんたが立川くんに告白してフラれたこと、クラスのみんなに拡散するから」
 嘆息たんそくして、月花をきつくきつく睨む。その感情は落胆か失望か。
「その、いつまでもウジウジと湿った性格をしてる限り、あんたは一生一人でしょうね。せいぜい家族にでも泣きついてれば?」
 苦い言葉を吐き捨てて大平は歩き出す。
 が、すぐに立ち止まる。振り向くことはしない。
「――あんたの敗北は最初から決まってたのよ……でも、自分の気持ちを伝えないと、結果なんて分からないよね。立川くんたちが付き合ってるか分からない以上、ワンチャンに賭けるのは悪くなかったわ」
 先ほどまでとは打って変わって、大平は穏やかなトーンで月花に寄り添うように語る。
「あんたみたいな美人はある意味損よね。無口で他人との交流をシャットアウトしてるとお高くとまってると言われて、八方美人だと信者は生まれるだろうけど同時にぶりっ子すんなって層も出てくる」
 大平は一息整えて苦笑する。
「結局アンチは生まれるのよ。どちらかを選ばなきゃいけないのなら、私は後者の方がマシだと思うな。そこを目指したら? 目を背けない道を選んだら?」
 大平は「ま、知らないけど」と締めくくって去っていった。
 一人残された月花は花壇に咲く花々を眺めながら思う。
(そっか――私、大平さんの策にめられてたんだ)
 大平からしてみれば、月花がフラれることも既定路線だった。その上でけしかけてきたのだ。まんまと彼女のてのひらの上で踊らされてしまっていた。
(あんな風に直接言われたのははじめてだったな)
 大平の心理は計りかねるが、ここまで表立って敵意をあらわにされたのははじめてだった。
 過去にも間接的な手口や陰湿な手段で嫌がらせを受けた経験は多々ある。
 しかし、今回は闘争心むき出しのド直球でハートを粉々に打ち砕かれた感がある。
(けれど、大平さんは私に嫌がらせというよりかは、挑発していた……?)
 一連の自分への態度がどうにも引っかかった。
 月花とタイプは異なるが、大平もアイドル並みのルックスを誇っている。
 その上で強引さや確固かっこたる意志の強さを持ち続けているのだろう。自分にはない芯の強さが、月花には眩しくも感じた。
 だが、月花にはそれ以上に不安に感じる要素が生まれてしまった。
(私のことを友達だと、一人じゃないと思ってくれてる人なんて、本当にいるのかな)
 ワーストレンジャーの面々を思い浮かべるが、彼らだってまだ話しはじめて半月程度だ。月花視点では、少なくとも気心が知れた仲までは達していない。
 本当は嫌々だったり義務感だったり、私が可哀想だからと考えただけで胸にぞわりと嫌な感覚がして、暗黒にまとわりつかれる。
 せっかく得た大切なものを、失いたくない。
 けれど、自分にできることって何?
(ワーストレンジャーと出会わなければよかったの……?)
 ワーストレンジャーとして活動できるのも今年限りかもしれない。
 来年にはクラス替えがあるが、各学年A~I組の9クラスもあるため、再び全員が同じクラスになる可能性はかなり低い。
 もし、立川だけでなく彼らまで自分を置いて先に進んでしまったら。
(私、どうすればいいの……?)
 未来に危機感と怯えを抱いていると。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

処理中です...