ワーストレンジャー

小鳥頼人

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第四出動 月花の心の扉を壊せ! ②

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「サボりなら学院に連絡するぞ」
 男性はいぶかしげに目を細めて三人を射貫くような視線で見据えている。
 その威圧感に優はひるんでしまった。
「友達を学院に連れていきたくて、家を探してるんです」
「住所が分からないので、手探りで探してて」
 鉄平と真紀が平日昼下がりに制服で町を徘徊している事情を男性に説明する。
 男性は一瞬眉をピクリとさせたが、すぐさま真顔に戻す。
「その友達の名前は?」
「橋本銀次――――銀ちゃんです!」
「――――銀次……」
 鉄平から銀次の名を聞いた男性は口元をほころばせた。
(なんだ銀次、お前案外学院楽しんでるんじゃないのか? お前を心配して、お前のためにこうして家まで押しかけようとしてくれる友達がいるじゃねーか)
 男性の正体は、銀次が憧れるガラス職人の北道だった。
「銀ちゃんのお知り合いですか?」
「おう。家も知ってるぞ」
「本当ですか! 教えてくれませんか?」
 鉄平が目をいて北道に懇願こんがんする。
「本来個人情報をバラすのはいけないんだが、緊急事態だ。俺の車に乗れ!」
 北道は面々に自身のステップワゴンに乗るよう促す。
 三人が乗り込んだことを確認した北道はエンジンをかけてアクセルを踏んだ。
「ったく、アイツはまた性懲りもなく学院サボってやがんのか」
「お兄サンは銀ちゃんとどういったご関係なんですか?」
 人懐っこい鉄平は物怖ものおじすることなく北道に質問をぶつけた。
「俺はガラス職人をやっている北道玄だ。銀次とは、先輩後輩の間柄だ」
「北道さんもクリフィアのOBなんですか?」
「逆に聞くけど、俺の見た目でクリフィアに行けたと思うか?」
「北道さん、見た目男らしくてカッチョイイですよ☆ あとでハグしますねっ」
「俺の意見は聞かずにハグは確定事項なのか!?」
 北道は鉄平からのラブコールに身の危険を感じた。特に貞操面。
「あー……銀次とは、中学時代の先輩後輩の間柄よ」
 北道はバツが悪そうに視線を彷徨さまよわせて答えた。
(すまねぇ君たち、ここは嘘をかせてくれ)
 北道は心の中で謝罪する。
「もし、銀ちゃんが家にいなかったらどうしましょう?」
「その時は俺がNINEで連絡する。奴も俺からの通知は無視できねぇからな」
 北道がいたずらっぽく笑うので、警戒心と若干の恐怖心に覆われていた優の心は平常を取り戻した。
「橋本は、なぜ学院を休みがちなんですかね?」
「学院でも何でもそうだが、行く目的や楽しみがなく、ただ行かされてるだけじゃ登校意欲も湧かないだろう」
「最近は割と休みが減ってたんですけどね」
「とすると、学院に行く気が失せる出来事があったのかもな」
「なるほど」
 北道の持論に優は顎に手を当てて考え込む。
「君たちは、何がきっかけで銀次と交友を持ったんだ?」
 バックミラー越しから北道が面々を見る。
「オレたちは、ワーストレンジャーなんです!」
「なんだそりゃ?」
 鉄平は突然のワードに困惑する北道にワーストレンジャー誕生の経緯いきさつを説明する。
「そうだったのか。銀次の野郎、俺には一言も学院の詳しい話はしやがらねぇ」
 北道は顔をしかめて溜息を一つく。
「中学時代の橋本はどんな感じでしたか?」
「そ、そうだな。あの頃は普通だったな」
 北道は優の質問に多少動揺したが、すぐに切り替えて、
「ワースト一位に選ばれるほど多方面に迷惑をかけて、本当にどうしようもねぇ野郎だ」
「けど、銀ちゃんにはいい所もたくさんあって!」
「この前も、メンバーの告白をアシストしてくれたんですよ」
 一発顔面にぶち込んだろうかと渋い表情でのたまう北道に、鉄平と真紀がフォローを入れた。
「……そっか」
 二人の言葉に北道は口角を上げた。
(よかったな、銀次。お前のことを理解して、理解しようとしてくれる子たちがいる)
「もう着くから降りる準備をしてくれ」
 北道は合図をすると、閑静な住宅街で車を停車させた。
「ここ、村野が探してたエリアでは?」
「テヘッ、見逃してた模様っす」
 鉄平はジト目で睨む優の肩を正面から揉んで自身のミスを誤魔化した。

「ここが銀次の家だ」
 北道のあとについてきた面々の前には大きな一軒家があった。
「立派な家だなぁ」
 橋本と掘られたLEDバックライト表札の高級感に、特に鉄平の目が留まる。
「ええとこの坊ちゃんだな! さすがはクリフィア中等部出身!」
 真紀も珍しく素直に関心していた。
「坊ちゃんじゃなくてドラ息子じゃないか?」
 優の冗談か本気か分からぬ毒に北道が笑った。
「じゃあ、いっちょみんなで押しかけますかね」
 鉄平はニヤニヤしながらインターホンに指を押し当てた。

 一方その頃。
「今日から両親が揃って海外出張に行ってマジラッキーだったわ」
 銀次はリビングで一人、虚無きょむの表情でテレビ番組を眺めていた。
 番組の内容は全く頭に入ってこない。
 平日昼間に広い自宅でスナック菓子をむさぼりながらのテレビ鑑賞会は速攻で飽きてしまった。
「だりーな……」
 いつものごとく、一日サボって学園に行くつもりだったのに、二日連続で休んでしまっている。ドツボにはまった感が半端ない。
 ソファに転がって昼寝でもしようかと目を閉じた瞬間。
「……ちっ、誰だよ」
 インターホンがリビングに鳴り響いた。
 舌打ちをしてモニタ画面を見ると、
「銀ちゃん! 遊びに来たぜぃ!」
「ワーストレンジャー参上也!」
 謎のポーズを決める鉄平と真紀はいいとして、その背後には優もいることに驚いた。
 だが対面するのも億劫おっくうに感じたので居留守を決め込む。
「居留守とはいい度胸だな。チキンレースと行こうか」
 優がモニタ画面を占有してきたため、銀次はたいそう苛立った。
(生意気なツラをドアップで映すんじゃねぇよ)
「臆病者が。日頃のバイオレンスぶりも我が身を守るためのわら代わりだもんな」
(テメェ――ッ)
 銀次は優の挑発に思わずモニタ画面を殴りそうになった。
「おい銀次。いるのは分かってる。俺らを家に入れてくれや」
(き、北道さん!?)
 銀次の頭上に疑問符が浮かぶ。
 なぜ、北道がここに?
 しかもワーストレンジャーの面々と一緒に。
「――今すぐ開けます」
 北道の頼みとあればさすがに無視できない。
 諦念した銀次は玄関へと向かった。

「銀ちゃんは困った子だね。体内にGPSつけるべきレベルだよ」
 唇を尖らせて仁王立ちしているのは鉄平だ。
「お前は俺を常時監視したいお年頃なのか?」
 鉄平は銀次と視線が合うや否や抱擁ほうようしてきたので、銀次はすぐさま押しのけた。
「にしても、銀ちゃん立派なおうちに住んでるね! 羨ましいよ」
 銀次は面々をリビングへと通し、ソファに座らせて人数分のオレンジジュースをテーブルの上に並べた。
「村野の家だってそこそこなんだろ?」
 私立で学費が高いクリフィア学院に通うほとんどの生徒が比較的裕福な家庭に身を置いている。村野家も例外ではないだろうと銀次は想像していたのだが、
「――そうだったらどれほど楽しかったことか……」
 鉄平は窓から空をあおいで無気力な表情で黄昏たそがれ出したので銀次は放置したのだが、瞬時に復活した鉄平は「ところで」と前置きしてリビングを見渡した。
「美人お姉さんはいないの? 是非、ご挨拶をば」
「学院で絶賛授業中だわ!」
 今は平日の昼下がり。真面目な生徒ならば学院で六時間目の授業を受けている時間帯だ。
 つまり、今この場にいるのは北道を除いて全員不真面目な悪い少年少女たちなのだ。
 それよりも今日もっともビックリしたサプライズは、この人だ。
「……なぜ、北道さんまで」
 銀次は北道をちらちら見ながらおずおずと口を開いた。
「仕事の関係でこっちまで出てたらたまたまこの子らと会ってな。お前が学院に来ないから迎えに行きたいと。だから俺が連れてきたんだ」
 北道は銀次が自分へと向き直ると、苦笑して顛末てんまつを説明した。
 銀次は「そうだったんすか」と返答すると、三人に視線を移して遠慮がちに自分の頭に手を置いた。
「時雨が告白に失敗しただろ――本当はそうなると最初から分かってたんだ」
 銀次は口を重く開いてぽつぽつと心情を吐露とろしはじめる。
「前に立川と小沢が手を繋いで仲睦なかむつまじく下校してる様子を見ちまって」
 真面目な二人があれで付き合ってないと言ってきたら詰め寄るところだ。
「けど、何年も片想いしてた時雨に、俺の口から脈がないとは言えなかった」
 一歩踏み出した月花の歩みをどうして自分が阻めよう。
「自分で告白すると決めた意志は尊重したかったし、失恋してもそれも人生経験として積んで『なにくそ、次に切り替える!』って未来への活力にしてもらいたかったんだ」
 せっかく降って湧いた機会、自分の言葉で告白することが何よりも大切だと考えた銀次は告白まで推し進めてしまった。
「けど、全ては俺のエゴだったのかなって。やはり俺の口から事前に伝えるべきだったのかもしれねぇ。まだ経験が足りねぇ時雨には荷が重かったのかもと振り返ってみて思うんだよ」
 結果として月花は登校できないほど深く傷ついてしまった。しかし自分にはそんな月花を慰めるすべは持ち合わせていない。
「クラス一の嫌われ者の俺がいると、コミュニティの空気をぶち壊しちまうのかなって思った。お前らに、特に時雨に合わせる顔がなかったんだよ」
 銀次の心の内をひと通り聞き終えると、鉄平はきょとんとした表情で首を傾げた。
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