ワーストレンジャー

小鳥頼人

文字の大きさ
上 下
11 / 22

第二出動 月花プロデュース大作戦! ⑤

しおりを挟む
    ●●●

 一方その頃、クリフィア学院は昼休み。
「今日の昼もいっちょ時雨さんターイム!」
「イェーイ!」
 鉄平と真紀は腕を振り上げて雄叫びを上げた。
「ほら、時雨さんも!」
「イ、イェーイ……?」
「なぜ疑問系なのだ? レンジャーのメンバーたるもの、恥の概念は捨てよ!」
「真紀は恥の概念を多少は持とうな」
「貴様もな」
 二人欠けてはいるが、今日も月花を囲んだトークショーが開催された。
 ――というところで、一人の女子生徒が月花の席までやってきた。

「時雨さん、聞いてもいい?」
「えっ……あ、うん」

 月花に話しかけてきたのは、クラスメイトの大平智美おおひらともみだった。
 真紀以上に小柄で身長は140センチ台後半くらい。肉付きのよい体型で、豊満な果実を二つ備えている。
 髪を茶色に染め、爪にはマニキュアがついているが、これでも剣道部に所属している。
「大平さん、何の用?」
「は? 時雨さんっつってんでしょ。アンタに用はないのよ」
 大平は水を差してきた鉄平を氷よりも冷たい視線で一蹴いっしゅうする。
「可愛い顔して辛辣しんらつゥ」
「キモイから黙っててくんない!?」
「……サーセン」
 さすがの鉄平も大平の問答無用の圧力にたじたじだ。
 大平はもったいぶるようにゆっくりと口を開き、

「単刀直入に聞くけど――時雨さんってA組の立川くんに恋、してるよね?」
「――――ええっ!?」

 はっきりと問いかけてきた。
 渦中かちゅうの月花はもちろん、教室にいる生徒たちからもざわめきが起きている。
 よく言えば高嶺の花である月花の恋愛事情だ。誰しもが興味を抱くのは当然だ。
「時雨さん、立川が好きなの!?」
 鉄平も驚きを隠せないでいた。
「そ、それは……」
「そうか。だからあの時――」
 真紀は一昨日の銀次と森川の会話の途中で感じた月花の違和感の正体を理解した。

『時雨さんにも好きな人いたんだ』
『立川って誰だよ! コンチクショウめ!』
『けど、時雨さんって何考えてるか分からないからなぁ……付き合えたとしても続くかどうか』
『お高くとまってる感じだけど、ちゃんと恋もするのね』
『大平さんもあんな大きな声で聞くことなかったよなー』

 教室内では様々な感情が交錯こうさくしている。
 驚愕きょうがく、落胆、怨嗟えんさ、批判――
 雑然ざつぜんと渦巻いている。
「…………――っ」
 クラスメイトの注目を一身に浴びる月花は顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。
「あっ、ごめんね! もうちょっと小さな声で聞けばよかったね」
 大平は手を合わせて謝るが、時既に遅し。
「大平さん、空気読んでくれよ。時雨さんは恥ずかしがり屋さんで繊細なんだからさぁ」
「チッ。空気汚してるアンタに空気云々語られたくねーんだよ」
「エッ怖っ……空気汚染とか……」
 苦言を呈してきた鉄平に対して、大平は忌々いまいましそうに大きな舌打ちを繰り出した。
「時雨さんほどの魅力があれば、立川くんも余裕で落とせるでしょ。積極的に攻めちゃえ♪」
 大平は焚きつけるような挑戦的な笑みを月花に向けてきた。
「おい大平さん。そもそも立川には――ひいっ!?」
 大平は鉄平の言葉を待たずに鬼の形相で彼を睨みつけた。その瞳からは「余計なことを言うな」と恫喝どうかつにも似たメッセージが投げつけられていた。
「み、魅力なんて……」
 月花の顔は真っ赤なままで瞳は揺らいでいる。
 少しでもこの有様を隠したい一心で、俯いている。
 クラスメイトほぼ全員が月花を取り巻く一団を凝視して耳を傾けていた。
 その状況が続いたことで、

「……――っ!」
「お、おいっ! 月花っ!?」
「お願い、来ないで百瀬さん――!」

 注がれる視線にいたたまれなくなった月花は椅子から立ち上がり、駆け足で教室から飛び出してしまった。
 その後ろ姿をクラスメイトたちはただ見送ることしかできなかった。
「あっ、時雨さん――行っちゃった」
 大平は月花が教室から出ていってしまったため自席へと戻った。
 するとすかさず大平の友人数名が彼女の元までやってくる。
「サトミン、大胆なことしたねー」
「時雨さんが立川くんラブって、よく知ってたね」
「まーね」
 大平が友人たちと談笑をはじめると、そこに、
「大平、いいか?」
「なによ、市原」
 先ほどの寸劇の一部始終を自席から鑑賞していた優は大平の席までおもむいて、問うた。
「なぜ、時雨の好きな人を、皆の前で暴露した?」
 当然の質問だ。さすがの優もクラスメイトのおおよその性格は把握している。
 大平は天然を炸裂させるタイプの人間ではない。だからこそ、事故を装ってしれっと月花の恋愛事情を大っぴらにした理由が気にかかった。
「時雨さんの力になれるかもじゃん。みんなの協力もあるとより心強いでしょ?」
 大平の笑みが作り物であることは優でも感づいた。
「嘘だな。そんな潔白な理由のはずがない」
 優が大平の意見は建前だと否定すると、彼女は足を組み直して息をいた。
「市原をだまくらかすのは無理かぁ」
 彼女は諦念ていねんの表情で呟くと、

「――一言で言うと、あの子が気に食わないから、よ」

 目に力を込めて言い放った。
「奇遇だね。そこは僕も同意見だよ」
 大平の心内しんないを知った優はシニカルな笑みを漏らして頷く。
「アンタはどうせ何もかもが気に食わなくて批判したいだけでしょ。一緒にしないで」
「時雨への感情は同じだと思うけどね」
 大平から質問の回答をもらって満足したのか、優は自席へと戻った。
 二人の会話を静観していた大平の友人たちの表情は皆、戸惑いの色を隠せていなかった。

 月花は図書室へと避難した。
 昼休みの間までの一時しのぎにしかならないが、この空間で頭を冷やして平常心を取り戻したかった。
 ここ数日はワーストレンジャーの活動で昼休みは来られていなかったが、普段は図書室に足を運ぶのが月花の日課となっている。
 図書室に行く理由は二つある。
 一つは教室の雑踏ざっとうから逃れ、落ち着いた空間でゆったりと本を読むため。
 もう一つは――

「あっ、時雨さん。今日は来てくれたんだ」
「う、うん……」

 月花に優しい笑みを与える男子生徒こそ、月花の想い人、立川勇人たちかわゆうとだ。
 一年A組の図書委員で大平と同じ剣道部所属。
 痩せ型でビジネスマンのような髪型は丁寧にいてある。
「ゆっくりしていってよ――と、これ。来月の新刊のリストね」
「あ、ありがとう」
 月花は席に着いて本を読む。座る位置はいつも立川の姿が見える場所を選ぶ。
 内気な月花には立川に雑談を持ちかける勇気は持ち合わせていない。だからせめて、立川を傍目はためからでも見ていたいがために図書室に足しげく通っているのだ。
 当然、そのルーティンを続けたところで進展もへったくれもないが、それでも月花は現状に満足していた。
 しかしその考えが今、揺らぎつつある。
 大平が放った言葉だ。

『時雨さんほどの魅力があれば、立川くんも余裕で落とせるでしょ。積極的に攻めちゃえ♪』

 こんな自分だけど、アプローチをかければ一筋の希望が見えるかもしれない、と。淡い期待を抱いてしまう。
 だが、月花には懸念すべき点があった。
 それは――

「立川君、こっちは終わったよ」
「ありがとう、小沢さん」

 立川に声をかけた女子生徒は一年C組の小沢千穂おざわちほ。吹奏楽部に所属している。
 清楚な見た目で性格も優しくしっかり者のイメージが強い。
 ほんのりウェーブがかかったセミロングの黒髪は艶がある。
 月花から見ても小沢は立川とお似合いに見えるし、日頃の親密さからして付き合っているのではないかと勘ぐってしまう。
(けど――正式に付き合ってるって情報はまだないんだよね……)
 だったら。
 だったらこんな情けない自分ではあるけれど、押してみたら案外上手く行くかも?
 月花は一度唇を引き結んでから、いそいそと開き直してたどたどしい声を出す。
「あ、あの。たち――」
 しかし。

「どうしたの? 時雨さん」
「困ってんなら俺らが相談に乗るよ?」

 立川に話しかけるよりも早く、男子生徒の二人組が月花に声をかけてきた。
 二人とも笑顔ではあるけれど垢抜けた外見により、月花は無意識に恐怖心を抱いた。
「あ、私は……」
 怖い。
 二人からはギラギラした思惑が伝わってくる。
 月花は恐怖心から後ずさり、二人組から顔ごと目を背ける。
「そんなに怖がらないでよー」
「そうそう、そんな露骨に避けられたらさすがに傷つくよ」
「――っ」
 傷つく――その言葉を聞いて、自分はこれまでこうやって相手を傷つけて、不快な思いをさせていたのだろうか。そんな不安が脳裏をよぎる。
 怖いけど、ここは二人に従うべきなのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

処理中です...