ワーストレンジャー

小鳥頼人

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第二出動 月花プロデュース大作戦! ③

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「おう、盗み聞きたぁタチが悪ぃな」
「ははは、バレてた?」

 銀次に捕まったのは上履きの学年色から同学年の生徒だと分かった。
 彼は教室に入るなり、やれやれしまったなぁとわざとらしくお手上げ状態のポーズを作る。
「西日のおかげでテメェの影が見えたんだよ」
「あちゃー。そこは考慮してなかったは~」
 男子生徒は参ったとばかりに肩をすくめた。
「雅也、お前どうしたんだ?」
「村野の知り合いか?」
 鉄平の知り合いらしき雅也という男は、ガチガチにセットされた長めの茶髪で身長は173センチの銀次と同じ程度あり、ズボンからはみ出したワイシャツ、ズボンは腰パン気味に履いており、ネクタイはゆるゆると身だしなみは全体的にだらしない印象を受ける。
「こいつはD組の森川雅也もりかわまさや。あのクリフィアの情報屋とは、こいつのことだっ!」
 鉄平は意気揚々と森川を指差して紹介するが、銀次は首を傾げる。
「はぁ? クリフィアの情報屋? 初耳だぞ」
「銀ちゃんはもうちっと学院のことを把握しといた方がいいと思うんよね」
「あいにくサボり屋なもんで、学院の事情にゃ興味ねぇな」
 銀次が眉間みけんに手を当てている間に、森川はワーストレンジャーの面々を一瞥いちべつして口を開いた。
「そう、俺こそがそこのクソバカ野郎の紹介に預かりました森川雅也さ。いやぁ物珍しい光景を見てしまったもので、つい覗き見しては挙句の果てに盗み聞きまでしちまった。てへっ、許せ☆」
 軽薄かつ反省の色すらない森川の態度に、銀次は思わず拳を握りかける。
 森川はそんな銀次にも物怖ものおじすることなく続ける。
「そんな光景も珍しかったけどな。俺の目的はそれだけじゃなかったんだぜ?」
 チャラついた外見の森川は月花の方を向き、言葉をつむぐ。
「そう、俺は綺麗な女性が大好きなんだZE? ね、時雨月花さん」
「――え? あ、その、え……!?」
 森川は謎の指パッチンを繰り出してから月花にサムズアップする。
 突如チャラ男の標的にされた月花はたいそう戸惑っている。
「なぁ村野。こいつ三、四千発グーでかましていいか?」
 指を鳴らす銀次の目は据わっている。
「雅也相手なら何万発でもいいんじゃね?」
「そんなに殴ったら手が疲れちゃうからやめときなよ。お詫びに嫌いなクラスメイトランキングについての情報を無償で提供しよう」
 例のランキングについてもご存知とは、さすがは情報屋と言ったところか。
 しかし銀次は森川をいぶかしむばかりで。
「ランキングの情報って、他クラスのお前がそこまで知ってんのかよ」
「このご時世、情報をたくさん握っておけば金になるのさ。相手の弱みも握れる。旨味満点だぜ」
 高校生、それも裕福な家庭が多いクリフィアの身分で金にがめついのはいかがとは思うが、言外ごんがいにこれまでたくさんの恩恵に預かってきたと述べている気がした銀次だった。
「超機密情報まで入手したら、最悪命を狙われるんじゃねぇの?」
「俺は校内専門だから安心しな。そこまで極秘な情報は持ってない。暗殺まではされないぜ」
「それは残念だ。さっさと死んでくれりゃあいいのに」
「銀ちゃん、身も蓋もないね」
 銀次の塩対応ぶりに鉄平は少し引いていた。
 雅也は銀次の辛辣しんらつなツッコミを無視すると、次なる獲物を捕らえた。
「えーっと、百瀬真紀さんだっけ? 魔法使いのモノマネ芸をしているという」
 森川は持っている情報を基に真紀に話しかけるが、真紀は頬を膨らませて不満顔だ。
「真似じゃない! 正真正銘の魔法使い、だ!」
「ほう、それはまた新たな情報だ」
 雅也は真紀の抗議を受け流して続ける。
「話を戻すと昨日のランキングだが、B組の上位ランカーどもで考え出したみたいだ」
「上位ランカーだぁ?」
「つまるところクラスで影響力を持ってる連中よ。人気者で発言力もある奴らさ」
「ふん。クラスで偉そうに振る舞ってるお山の大将連中かよ。ちっ、年がら年中群れやがって。気に入らねぇな」
 銀次はB組のリア充軍団を思い浮かべると、鼻を鳴らして恨み節を吐いた。
「銀ちゃんもワースト5のメンバーと絡んでるんだけどね。いや、嬉しいしオレが言い出しっぺだしツッコむのも気が引けたけどね?」
 銀次のぼやきにさすがの鉄平もツッコミを我慢できなかった。
「そいつらの主観と偏見でランキングが出来上がったってわけよ」
「ずいぶんと暇な連中だな。んなことする暇あんなら勉強しとけや。学生の本分は勉強だぞ。ったく、ガリ勉が売りの学院にいながら何やってんだか」
「いやいやいやいや、それ銀ちゃんが言っちゃうの? すさまじいブーメランだね! さすがにどうリアクションを取ればいいのか分からなくなってきたよ?」
 遅刻欠席まみれの銀次が学生の本分あれこれを語るものだから、鉄平は思わず銀次の胸に軽く手刀てがたなを打ってしまった。
「ワースト5の中でもくくりがあって、五位はまぁマシ、四位、三位は大変絡みづらい、二位と一位は一切関わりたくもないって位置づけだそうだ」
 やはり優と銀次は特別な存在らしい。もちろん悪い意味で。
「ってな感じだ。大した情報じゃないけど参考程度ってことで」
 ワースト5のランキングの話を終えると、森川はやおら銀次に微笑をたたえる。
「ところで橋本くん。君はお姉さんがいるよね?」
「ご存じの通り、生徒会長が俺の姉貴だよ。俺とは違って優等生よ。姉弟でここまで違うってすげーだろ?」
「きょうだいの形はそれぞれ違うからね」
 森川は銀次の自虐を軽く流し、本題だけどと続ける。
「雪奈パイセンを紹介してくれYO☆」
「あん? なんでだよ?」
「そりゃあ美人でスタイルもいいしおっとりしてて優しいしもう最っ高! 是非イチャラブビイィ!!」
 銀次は森川の台詞を待たず、彼の鳩尾みぞおちにチョップを繰り出した。
「ちょ、痛いよ橋本くん。マジで容赦ねぇな」
「姉貴はテメェのような軽いタイプは好みじゃねぇぞ。どっちかってぇと、A組の立川たちかわみたいな真面目すぎるくらいの方が好きなんじゃねぇかな」
「――……!」
 銀次が立川の名前を口に出すと、俯いていた月花ははっと顔を上げた。
「ん? 月花どうかしたか?」
「あ、な、なんでもないよ、百瀬さん……」
「……? ならばいいが」
 月花の様子に真紀は何事かと首を傾げたが、月花は首を振ってなんでもないとアピールする。
「えー? 俺ほど真面目な男はそうそういないぞ? ギャップを感じるぜ? なぁ鉄平」
「どの口が言うかね?」
「ちょおま、裏切り早えな」
「事実だし。雅也よりチャラさを極めた野郎は見たことないよ」
「それはそうと、月花ちゃんの性格改革ねぇ――大変いいことだけど、覚悟しなよ」
 鉄平が忖度そんたくすることなく本音を漏らしたので、森川は月花の話題へと切り替えた。
「どういう意味だ? ってか平然と下の名前でちゃん付けかよ」
 森川の軽さに銀次は辟易へきえきしたが、それ以上に意味深な一言が気にかかった。
「月花ちゃんが変わるには、三つの大きな壁を乗り越えないといけないからサ☆」
 当事者の月花は森川の発言にきょとんとしている。
「おっと、これ以上俺が喋ったら本人のためにゃならんな。それにいつまでもここに居座ってても野暮ってやつだな――では、アディオス♪」
 森川は天を仰いで高笑いしながら去っていった。
 その一部始終をワーストレンジャーの面々は呆然ぼうぜんと眺めていた。
「あいつは何者だ? 不審者か?」
「オレのダチだよ。なかなか笑える奴だろ?」
「類は友を呼ぶってのはこういうことを指すのか……」
「待ってくれ! あいつと同類扱いだけはやめてよ?」
「脳内構造は似通ってるんじゃねぇか?」

 ………………。

『――時雨月花……ちょっと顔と頭がよくてスポーツができるからってなによ』

 一連のやりとりを裏で見聞きしていた人物が実はもう一名。
『ちやほやされていい気になってるのも今のうちよ』
 女子生徒は口の端を歪ませて笑う。

『ふふっ、楽しみだわ。偽りの幸せは長くは続かないって教えてあげる』

    ●●●

 翌日の授業中。
 銀次は昨日の森川の言葉を回顧かいこしていた。

『月花ちゃんが変わるには、三つの大きな壁を乗り越えないといけないからサ☆』

(あいつは何か知っている。それは時雨の過去か? 人間関係か? なんにせよ、一筋縄ではいかなそうだ)
 銀次は改めて月花プロデュースの難しさを噛み締める。
(しかし、時雨はどうしてあんなにネガティブで自分に自信がないんだ?)
 月花に視線を向けると、彼女は真面目に板書をノートに写している。
 その横顔は非常に端正で、油断していると見入ってしまいそうだ。
(あんなに美人なのにな)
 あれだけ美人ならちやほやされるし、大切に扱われるはずだ。
 もちろんやっかみや嫉妬にも悩むだろうが、大切にされることで本人も自信がつき、他人に優しくできる快活な人格となってゆく。そんな身勝手なシナリオを思い描いた。
 人生色々ある。美人には美人なりの気苦労も絶えないのだろう。
(今の時雨を形作った何かが過去にあったとしか思えねぇ。けど付き合いが浅い今の段階で過去を問いただすのもなぁ……)
 月花とまともに会話をしはじめたのがつい一昨日なのだ。深い部分まで突くのは時期尚早しょうそうだ。
 他の生徒が真面目に板書をノートに写している中、銀次は筆記具も持たずに腕を組んで天井を見上げて考え込んでいた。
 その様子を教師がずっと見ているが、国語総合の教師とは違い注意する気配がない。問題児に関わると厄介なので触らないようにしている。
(考えてもしゃあねぇ。寝る)
 銀次は思考を止めて机に突っ伏した。
 もちろん教師にバレてはいるが咎められることもなく、めでたく夢の世界へとゴーイングしたのであった。
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