平坂アンダーグラウンド

小鳥頼人

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Chapter11:それがお前らのやり方か! ①

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「たのもー!」

 職員室の扉を盛大に開けて、一声を放つ。
 朝のHRホームルーム前の職員室には、ほぼ全教師がいた。
 男子生徒も一人その場にいるが、劇場を観賞していただくとしよう。
「片倉!? なぜ貴様がここにいる!?」
 案の定、顔が紅潮こうちょうした永山が俺の元まで近づいてくるが、
「おっと、それ以上近づけば――」
 俺は廊下から縄で縛られた浅間さんを入室させた。縛られたってか、縛ったの俺だけど。
「浅間純子さんの綺麗な綺麗な髪の毛を、ハサミでチョッキンチョッキンしますよ」
「んーっ! んーっ!」
 浅間さんは腕を縄で巻きつけられ、口にはガムテープが貼られているので抵抗はできない。
 さすがの永山も俺の指示に従う他ないようで、大人しく自席に戻った。
「よりにもよって、浅間さんを人質に……」
 浅間さんの父親が平坂高校に多額の支援金を出してるのは把握済よ。
「大切な娘の髪の毛が元生徒から切られたと父親が知ったらどう思いますかねぇ?」
 俺はハサミをチョキチョキ動かして、浅間さんの艶やかな髪に刃を向けた。
「卑劣な……」
 お前らのやってることも俺に負けず劣らず卑劣そのものだがな。
「こんな真似までして何が目的だ?」
 永山は腕を組んで仁王立ちになった。抵抗しませんよという、拳銃を向けられて手を挙げる時と同じ心理っぽい。
「俺の目的――それは、こいつですよ」
「それは――!?」
 俺が鞄から取り出したブツに、教師陣は茫然ぼうぜんとしている。
「永山先生なら当然こいつの正体はご存知ですよね」
「………………」
 永山は押し黙るが、黙秘権なんざねーぜ。
「最初に言っておきますけど、既にコピーは取ってありますからね。PDF化してUSBメモリに入れました。だからバインダーファイルを奪い取っても無駄です」
 まぁハッタリだけど。この短時間でそこまではできない。
「小賢しいガキが……」
 永山は歯軋はぎしりをして俺を射抜くように睨む。
「さて、ここから先はお嬢様が踏み入れる世界ではありません」
「ん? んー!」
 浅間さんにアイマスクと耳栓を装着した。教師どもの生々しい本性を直接聞かせるのは忍びないし、激昂げきこうする連中の醜いつらも拝ませたくない。
 まもなくHRホームルームの時間だが、知ったことか。追求だ追求。
「以前警備のバイト中に、偶然にも先生方が資料室でトラブルの隠蔽を図る瞬間を目撃してしまいました」
 その中には永山もいた。言い逃れはできないぞ。
「よりにもよって、こんな暴れ馬に見られちまうとは……」
 永山は悔しげに下唇を噛むが、トラブルを解決する気概もない自分の不甲斐なさを悔しがれってんだ。
「更にあなた方はトラブルの内容を逐一紙面化してこのバインダーに残していた」
 俺はバインダーの表紙を開いて掲げてみせた。
「今の話に、間違いはありませんよね?」
 職員室中を見渡す。
 すると永山がやれやれと観念したのか両手を開いた。
「浅間さんには聞かれないから構わんか――事実だとして、どうだってんだ?」
 永山は悪びれる様子も一切見せずに口角を吊り上げて、
「生徒の相談を尊重し、記録としてファイリングもした。しかし、業務多忙により対応できなかったので無期保留にしている。記録の内容は守秘しゅひ。それだけの話だ」
 あくまで己の正当性を主張している。
 が、守秘しゅひと言葉を変えつつも隠蔽自体は否定しないのな。
 無期保留って、解決する気ゼロじゃねーか。
 トラブルを紙媒体で保管していたのは、有事の際の保身として手札に置いておくことが目的か。悪手あくしゅでしかないと思うが。
「生徒の真剣な悩みよりも重要な業務とは何があるんでしょうね? タニマチへの接待飲み会ですか?」
「貴様……」
「あんたも教師なら、業務多忙でもどこかで時間作って、生徒の声に耳を傾けるくらいしなさいよ」
「中学を卒業したての社会も知らないクソガキがナメた口聞くんじゃねえ!」
 永山は足で床をドンッと叩きつけて叫んだ。
 こいつ、でかい声で恫喝どうかつすれば相手が委縮して黙ると考えてる節があるよな。
 だが、失うものがない俺はそんな威圧には屈しないぜ。
 それに、青柳さんの方がよっぽど危険なオーラがあって恐ろしいまである。
「永山先生だって、教師が特殊な職業と理解した上で教員になったんじゃないんですか?」
 自身の学生時代や教育実習で教師がどのような仕事かは概ね把握できる。
 教師とは、ただ生徒に勉強を教えて成績を向上させてはいおしまいって職業じゃない。
 クラスを受け持ったり、部活の顧問を担当したり、時には生徒のトラブルや保護者からの苦情に対応して、頭を下げなければならない。
 だからこそ、かつての俺には尊く、崇高すうこうな存在に見えていた。眩しかった。
 大学の教授とは違うのだ。特定の知識を授け与えて任務完了ではない。
 それが――こんな連中が教師の肩書きを名乗っているだなんて、がっかりだよ。
「知ってたさ。けどな、実際に教職に就くとすぐさま現実を見せられたよ。ドラマでよくある展開は現実ではほとんどない。実際には、地味ながら面倒な職務ばかりが降りかかってきた」
 そんなことは俺だって理解している。ドラマなど、所詮は空想の産物だ。
 だが、俺としてはできるできないではなく、やるやらないの話だと考えている。
「俺個人の意見としては、クラス担任や部活動の顧問だって本当は引き受けたくない。クラス担任は色々と揉め事があるとクソダルいし、保護者からの苦情を受けることだってある。部活動の顧問に至っては休日返上で付き合わないといけないしな」
「リアリスト思考ですね」
 教職ではなくサラリーマンになった方がよかったのでは?
「だから敢えて言おう。教師がサラリーマン化して何が悪い? これ以上、理想の教師像を押しつけるんじゃない」
 永山は自身を丸裸にしたかのごとく開き直りやがった。
「言っておくが、世の中こんなモンだぞ。政治家だって、国民よりも己の面子めんつや利権を最優先してる。自らが甘い汁を吸うことしか考えてない。自己犠牲を図ってでも誰かのために動ける奇特な人間なんぞほとんど存在しないし、いたとしても出るくいは打たれゆく運命にある」
 現実を盾に隠蔽体質を改めない教師陣と、できる限り生徒の要望に応えてほしい俺とには、縮まることなどない、深い深い溝がある。
「――話は平行線ですね。こうなったら俺が鉄槌てっついを下す他ありませんね」
 俺が宣言すると、教師陣からは失笑が漏れてきた。
鉄槌てっつい、はっ。一介いっかいの小僧に何ができる? やれるモンならやってみな」
 永山は俺がこれ以上は何もできないと思って挑発してきやがる。
「いち元生徒のか細い声なんぞ、かき消すくらい容易たやすいんだよ」
「そうは言いますが、さっきも言った通り隠蔽記録のコピーだって取ってるんですよ? かき消すのは無理です」
「ふーん。仮に隠蔽を晒せたとして、在校生はどうなる? 学校の評判が落ちれば、生徒も風評被害に遭うんだぞ?」
 平坂高校の風評に傷がつけば、生徒に被害が及ぶと永山は告げた。
「進路にも響くし、部活動の対外試合にも影響するだろうな。それらをかんがみても、お前の正義感とやらで問題を大っぴらにしたいなら好きにしな」
 在校生は世間から多少の色眼鏡で見られてしまうかもしれない。
 が、なんてことはない。不祥事と無関係ならば無関係だと堂々と構えていればいいのだ。
「無関係な生徒を不利な立場にはさせません」
「ホラ吹くなら誰にでもできるよな」
 生徒に害が及ばぬよう彼らは動いてくれる手筈てはずだ。
「まっ、ぶっちゃけ生徒なんぞ、所詮はビジネスのための金づるにすぎねーけどな」
 それが本性か。一応生徒もいる場でよく堂々とぶっちゃけたもんだ。
 ある意味で関心していると、
「――さっきから聞いてたけど、片倉、お前の主張はガキ臭いぞ。隠蔽も何も、いじめられる奴が全て悪いんだよ」
 先ほどから静観していた生徒が横槍よこやりを入れてきた。
「俺は先生方を支持しますよ」
 こいつがいるのにも構わず永山が本音をボロボロと吐きまくったのは、こいつもあっち側だからか。
「そもそも、あんた誰?」
「三年三組の大友おおともだ」
 三年三組って、確か派閥内乱が起きてるクラスだったよな?
「俺は堂々といじめをしてるけど、いじめってのはいじめられる側が原因を作ってるから起こるんだよ。火のないところに煙は立たねー」
 テンプレ通りの性根が腐った輩だった。受験生が何やってるんだか。
「だから、俺が天罰を下してやってるんだよ。感謝してもらいたいくらいだぜ」
「話になりませんね」
 サイコパス野郎の意見なんて参考にならんわ。時間を返せ。
「片倉君。君の意見も分かる」
 今度は初老の男性――校長が口を挟んできた。
「しかしながら、理想と現実は違う。君が教師に対して殊勝なイメージを持っているのは分かったが、現実は違うんだよ」
 優等生のような意見を口にするが、隠蔽を黙認してる事実は変わらないぞ。
「公立と違って私立では、入学生徒数の減少は経営を傾かせるに相応しい死活問題なんだよ」
「そうでしょうね」
 公立とは違い、私立は定員の厳密な概念がない。生徒数は多ければ多いほどいい。
「ここで君が校内のいじめや隠蔽を世間に公表したらどうなる? 来年以降の入学者が激減する。そうすると次に来るのが、学校の存続問題だ」
 私立は公立のように合併するわけにもいかない。何がなんでも生徒数を確保しなければならない。毎年毎年。近隣校と競争は尽きないのだ。
 だが俺は思う。こんな有害な高校、廃校になるべきであると。
「最初からこうならないよう努めれば起きなかった問題では?」
 校長の言い分を考慮しても、やはり不祥事を隠して放置するのは学校のためにはならない。
「それができないから今に至るんだよ。だから学校にとって不都合な問題は隠し通すしかないんだ。ずっとそうしてきたからウチは平和で進路実績にも自信があると世間にうたえるんだ」
「進学についても生徒に進言してますよね」
 これも以前資料室で聞いた会話だ。専門学校や就職希望の生徒を無理矢理大学進学に変更させようと示し合わせていた。
「専門や就職では世間体が悪いからね。我が校が外界で堂々たる足取りを歩むには確たる進学実績が必要なんだよ」
「利益とか実績とか……」
 生徒はビジネス要因でもお前らの捨て駒でもないんだよ。
 これ以上話しても無駄なのは分かってはいるが……。
「あの、これは俺からのお願いですが――」
 最後に希望を、最後に教師を信じてみたい。
「今からでも、隠蔽した事実を世間に公表して、一から学校を作り直してはくれませんか?」
 これは俺からの最終確認だ。こいつらにも一寸の良心があれば、考えを改めてくれる。
 望みを信じて、託して――
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