平坂アンダーグラウンド

小鳥頼人

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Chapter10:過去と懺悔 ①

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 警備のバイトから数日が経ったある日、偶然にも原と会ったので二つ質問をした。
 一つ目は甘田の件。
 彼は今も学校に通っているらしい。安堵したが、気になる展開になっていた。
「甘田をいじめてた奴らと相変わらず関わってるんだよね。パッと見いじめはもうないけど」
 あのクソどもと未だにつるんでるのが心配だ。
 そして二つ目は夏休みの登校日について。
 平坂高校では夏休みに登校日が二回ある。一回目の日にちが聞きたかった。
「一回目の登校日は八月七日だよ」
「明後日じゃねーか」
 原は「登校日なんて聞いてどうするの」と首を傾げたが、俺はその場のノリで聞いてみたと濁しておいた。

 来たる八月七日。平坂高校の登校日だ。
 平坂高校の隠蔽工作を公にするべく行動を開始する。
「また、こいつを着ることになるとはな」
 制服に着替える。中退後にすぐさま破棄しなかったのは結果的には英断だった。
 平坂高校の制服は上下黒色で上着はブレザー、男子は黄色のネクタイ、女子は赤いリボンを必ず着用する校則となっている。
 今は夏なので上はワイシャツにネクタイだけでいいものの、それでも蒸し蒸しして不快指数が高い。
 瓶底びんぞこ眼鏡にマスク姿で変装はバッチリだぜ。簡単には正体はバレないはずだ。
 革靴を履いてスクールバッグを持ち、平坂高校へと向かった。

    ◎

「余裕で潜入できたな」
 俺の変装が完璧なのか、はたまた平坂高校関係者がアホなだけなのか、俺が校門をくぐり抜けても守衛しゅえいをはじめ周囲の誰もが気にも留めなかった。
 今日は登校日なので全校生徒が登校しているが、俺を不審に思う者はなかった。
 先日お世話になった警備室に赴き、扉をノックする。
「すみません。先日警備のバイトをした、片倉巧祐です」
「おぉ、どうした?」
 扉を開けて出てきた用務員さんが、俺ので立ちを眺めて目を見開いた。
「片倉君、ここの生徒だったの?」
「なんというか、って感じです」
 雑にはぐらかすと、用務員さんはそれ以上追及してこなかった。
「で、用件はなんだい?」
「バイトした時に私物を資料室に忘れてしまったので、取りに行きたくて」
「僕が取りに行ってもいいけど」
「いえいえ、お手を煩わせるのは申し訳ないので、自分で取ってきます」
 用務員さんは少しだけ思案したのち、こくりと頷いて、
「まぁこの前バイトしてくれた君なら信用できるか――ほいよ」
 資料室の鍵を渡してくれた。感謝感激雨あられ。
「本当は他人に貸しちゃダメな代物だから、終わったらすぐに返してね」
「ありがとうございます!」
 用務員さんに頭を下げて、真っ直ぐ資料室へと向かう。
 資料室は二階廊下の一番奥にあるので移動がちとダルい。
 廊下をちゃっちゃと突っ切るべく早足で歩いていたのだが――
「おい、そこの鞄持ってる奴」
 背後から少し高めの男声だんせいが降りかかってきた。
 振り向くと、俺の元担任教師の永山が立っていた。
「……ハイ」
 万が一、声でバレることのないよう普段よりも低く作った声で反応した。
「お前、風邪か?」
「え、えぇ。ゴホゴホ」
「体調が悪いなら帰れ。倒れられたら迷惑だ」
 俺がわざと咳をすると、永山は眉間で谷を作って手をパタパタさせた。俺の菌を払いのけるかのように。
「そこまで辛くはないのでご心配には及びませんよ」
「別に心配はしてない。俺にさえうつさなきゃそれでいい」
 永山は頭を掻きながら廊下の反対側へと歩いていった。
(体調不良の生徒に迷惑とかうつすなとか、なぜ教師になったのってレベルだな)
 モンスターペアレント全盛期の堂々たる振る舞いに逆に尊敬するわ。人としては最低最悪だけどな。
 しっかし今みたいに突発的に声をかけられる恐れもあるのか。
 資料室前まで着いたが、一旦周囲を確認しておくべきだな。
 よし、誰もこちらを気にしていない。
(お邪魔しまーすっと)
 鍵を解錠かいじょうして資料室の扉を開ける。
 普段であれば資料室には教師しか入室できない。例の資料が保管されている場所なのだ、生徒に見られて外に漏らされたらおしまいだからな。
「生徒に見られる程度じゃ済まさないけどな」
 早速バインダーファイルを鞄に入れて、資料室をあとにする。
 用務員さんに鍵を返すと「何を忘れたの?」と聞かれたのでメモ帳と回答しておいた。
「そうだ、せっかくだから――」
 三ヶ月ちょっとしか在籍しなかった高校だけど、それでもかつては俺の居場所だったんだ。
 クラスの連中とは基本的にあまり積極的には絡まなかったけれど。

「おはよう、諸君!」
 俺が堂々と一年一組の教室に入ると、元クラスメイトたちは「誰?」「知らん」などとひそひそ話をはじめた。
 気にも留めずにその足で甘田の席へと向かい、
「久しぶりだな、甘田。元気だったか?」
 俺が近づいてビビる甘田だったが、声を聴いた途端にはっと身体を硬直させた。
「も、もしかして片倉君……?」
「あぁ、片倉だ」
 俺が眼鏡とマスクを外すと、教室内ではざわめきが起こった。
「片倉、これまたどうしたんだ?」
 原が俺の隣にやってきた。
「確かめたいことがあってな」
「相変わらず大胆な奴だ」
 原は感嘆かんたんの声を漏らした。
 甘田に視線を戻すと、甘田ははにかんだ笑みを作った。
「僕は元気だったよ」
「お前が元気で安心した。だが――」
 甘田は今でもいじめっ子たちと一緒にいると聞いている。
「今だにあの連中とつるんでるらしいじゃん。平気なのか?」
 俺がいじめっ子連中に目を向けると、甘田は苦笑した。
「うん。あの後彼らは謝ってくれて、今では普通に友達だよ」
「そうか……和解したんだな」
 予想外の展開に驚いていると、元いじめっ子たちがやってきた。
「片倉、その……あの時は悪かった」
「俺たち、あの時までイジりといじめの区別がついてなかったんだ」
「お前に殴られて、あぁ、俺は甘田に同じ痛みを与えちまってたのかって気づけた」
「ガキだったんだよな。今でもまだまだガキだけど」
「今は甘田と普通によしなにやってるよ」
 いじめっ子のリーダー格が甘田の肩に手を回しても、甘田は嫌な素振りをしない。
「うん。平岡ひらおか君もよくしてくれてる」
 リーダー格の平岡を筆頭に、甘田をいじめてた連中全員が改心してくれたようだ。
「お前、平岡って名字なのか」
「元クラスメイトでそれはあんまりじゃね……?」
 平岡は若干ショックを受けているが、今の今までリーダー格の名前なんぞ知ろうとすらしなかったわ。
 そうか。失敗に学ぶのは悪くはない。俺自身にも当てはまることだが。
 当然過去の過ちは簡単にはすすがれないが、こいつらが反省して、甘田もそれをんでいるなら、これ以上俺が横槍を入れる筋合いはない。
「俺の方こそやりすぎた。すまん」
 妙な義憤ぎふんから暴走してしまった自覚はある。
 本来、俺には正義感を振りかざして燃え上がる資格なんざ持ち合わせていないってのに。
「にしてもこの学校、いじめが多いよなー」
 俺が溜息をくと、平岡が神妙な顔つきで重く口を開いた。
「――それは、この学校に受け継がれる悪しき慣習のせいだ」
「慣習?」
 首を傾げる俺に、平岡は話を続ける。
「俺もそうだったけど――部活とかで先輩と関わる機会があるとよく言われるんだよ。この学校では生徒同士の絆を深めるために、可愛がりをするのが伝統だってな」
下衆げすな伝統だな……」
 なんつーモンが継承されてんだよ。俺は高校では部活に入っておらず、そのために交友のある先輩がいなかったので知らなかった。
「俺たちもそれを真に受けて実践したわけだが……」
「可愛がりのつもりがいじめに発展していた、と」
 なんとも無情なお話である。誰も幸せにならないよね。
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