平坂アンダーグラウンド

小鳥頼人

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Chapter5:オレハ、ジャパニーズデスノデ ①

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「夏風涼しい河川敷は最高のオアシスだね」
 世間は真夏日だの猛暑日だのと騒いでいるけど、俺からしてみればどちらも暑いことに変わりはない。
 だったら少しでも涼しいところにいたいってことで、河川敷で寝そべっている。
 冷房がガンガンにかかった部屋にいてもよかったんだけど、今日は母さんの友達が遊びに来ているので俺がいたら世間体が悪いと思って外出したのだ。
 ドラ息子が家にいても、ねぇ? 母さんの心証しんしょうを悪くするだけだし?
「ふぁーあ。昼寝しよっかな」
 猛暑日でも髪を強く揺らす風が涼しい河川敷は快適だ。
 まどろみが俺を誘惑してきやがるものだから抗えず、思考を止めて目を閉じる――

「オーウ。これはこれはボウズよ、ご機嫌うるわしゅう。デース」

 と、うるわしくない雰囲気を放つ男に話しかけられた。
 仕方なく目を開けると、長身の金髪外国人男性が立っており、俺を見下ろしていた。
 ってか、コイツは以前俺にゴミメダルと硬貨を押しつけてきやがった謎外国人じゃん。
「アンタの顔を見た瞬間に機嫌が悪くなりました。どうしてくれるんですか」
 せっかく晴れ晴れとした空と同じ気持ちになっていたのにお前のせいでぶち壊しだよ。
「オー、それは申し訳ないデース」
 謝るなら金をくれ。謝意しゃいは口先ではなくマネーで示せ。
「河川敷で昼寝デスカ?」
「そうしようと思ってた矢先に話しかけられて、睡魔はどこかに吹き飛びましたよ」
 いくら俺でもコイツが近くにいる状況下で眠れるほど平和ボケしていない。こんな輩相手に無防備を晒したらそれこそ何をされるか分かったもんじゃない。
 謎外国人は俺の隣に腰掛けた。いやさっさとどっか行けよ。
「えっと、何か?」
「隣に座った時は長話する時デース」
「えっこれから聞きたくもない長話がはじまるんですか?」
 絡みたくない相手から頼んでもいない長話を聞かされるとか修行か何かですか?
 逃げ出したいけど、こんなのに限って運動能力が桁違いの設定だったりするんだよなぁ。作者は俺の苦しみで遊ぶのはいい加減やめろや。
「申し遅れましタ。オレ、ゴーランヴォーレ・バステルリック、デース」
「パードン?」
 ゴーラン――なんて?
 地味に長くて覚えられなかった。横文字苦手なんだよね。俺ジャパニーズだからね、仕方ないね。
「OH、オレ、アメリカ語分かりまセーン」
 正式には今のは英語ですけどね。イングリッシュね。
「名前が長くて覚えきれませんでしたよ」
「オレのことはリックとでも呼んでくださいデース。集会でもそう呼ばれてマース」
 それならだいぶ呼びやすいな。結局フルネームは覚えられず仕舞いにはなったが。
 集会がなんなのかについては一切触れないでおく。
「リックさんの出身はどちらなんですか?」
「USAデース」
 それでなぜ英語が話せないの? 母国語じゃないの?? ヒスパニックなのかね?
「オレはデスネ、日本人になるべく日本国籍を取得しようと躍起になってるデース」
 俺的には一人でも珍妙な輩は増えないでほしいので、是非とも取得できないように全力で祈ろう。
「日本は素晴らしい国デース。生理的最低限の生活が保障されてるデース」
 日本は戦争もないし、よほどのことがない限りは衣食住に困る事態にはならない。
「日本は国民も寛大なお心で、誤った硬貨を渡してしまっても笑ってこころよく許してくれましたデース!」
「それ俺のことですか? これっぽっちも許しちゃいませんよ。今すぐ焼き土下座で謝罪してください」
 結果はどうであれ、お前のせいで賽銭箱泥棒と追いかけっこしたり、妙な組織の連中と追いかけっこしたりする羽目になったんだぞ。それを簡単に水に流せるほど、俺は人間できちゃいねえよ。
「フフッ、ソナタはユーモア溢れてて清々しいデース」
「ユーモアとかじゃなくてガチでキレてるんですけど?」
 笑顔で自分に都合よく曲解するのマジでやめろや。鈍器で後頭部をぶん殴るぞ。俺の心は土砂降りだっつーの。
「オレは日本に不法滞在しているのデース」
「110――っと」
 リックのろくでもない告白を聞いた俺がスマホを耳に当てると、リックはスマホを奪って通話終了ボタンを押した。
 ボケた野郎だと思ってたけど、こういう時は機敏な動きを見せるのな。
「警察にイタ電は関心しませんデース」
「イタ電じゃなくて真面目な通報だったんですけど?」
 犯罪者をのさばらせといちゃ色々とまずいしね?
「ですが、日本国籍を取ればノゥプロブレェームゥとなるのデース」
「はじめから在留許可取っとけよ……」
 あとアメリカ語分からないんじゃなかったの? モロ英語出したよね?
「俺からしたら不法滞在してる段階で処刑モノですけど? 首ギロチンレベルですけど?」
 不法滞在者の分際で日本国籍を得ようなどとは厚顔無恥こうがんむち! 日本人を名乗りたいなら、まずは奥ゆかしさと謙虚さを身につけろ。必須条件だぞ。
「オォ、慈悲がないデース。インバウンドで儲けるジャパニーズの台詞とはとても思えないデース」
「別に俺はインバウンドで得してませんから」
 日本の観光業界はインバウンド客――つまるところ、海外からやってくる外国人観光客に頼っている部分が大きい。観光で有名な京都が確たる例だ。平坂市? 観光名所がないわ。
「オレはなんとしてでも日本人になって日本に永住したいのデース」
「俺はなんとしてでも不法滞在しているイケナイ外国人を警察に突き出したいのデース」
 俺は絶対に間違ってない。こんな犯罪者をのさばらせている方が平坂市の、ひいては日本のためにならない。害悪でしかない!
「そう塩対応しなさんなデース。オレとソナタの仲じゃないデースカ」
「赤の他人ですよね?」
 肩を組まれて仲とか言われてもこれっぽっちも親密じゃないし、共感する義理はないよね。なんなら人種も違うし。
 あと以前ズボンの中から硬貨を取り出すようなエキセントリックな輩と深い仲にでもなれば、毎日さぞかし不快な気持ちにさせられることだろう。
「リックさんはいつから、不当に! 日本にいるんですか?」
「不当を強調されるととても悲しくなりマース」
 だって非は完全にそっちにあるからね。あと俺のスマホでお手玉してないでさっさと返してくれないかな。
「えーっと、十年くらいデース」
「そんなに!?」
 思ったよりがっつり日本生活やってるのね。ある意味もう日本人だ。
「十年無事に住めてきてるなら、もう日本国籍に拘らなくても……」
「十年間追い求めてきたモノを今更諦められないデース!」
 リックは空に向かって声高こわだかに叫び散らした。近くにいた鳥どもが驚いて逃げちゃったよ。
「不法残留とかじゃないんですよね?」
 不法残留とは在留許可を受けて入国したが、それが切れたあとも滞在し続けることだ。当然法律違反にあたる。
「正規の不法在留デース。ご安心くだサーイ」
「あっ、これ安心できないやつだ」
 正規の不法在留って、不法入国した上に不法滞在し続けてるんだけど。完全無欠のクロだわ。お国に強制退去されれば、入管法にゅうかんほうって法律により日本への再入国は厳しくなる。
ひらめきマシタ。オレが日本国籍を取れるよう、ソナタにご協力願いマース」
「えっ協力すると思いますか??」
 コイツの所業は忘れちゃいない。コイツに関わると俺は不幸になるんだ。手伝う理由がない。不法滞在してる輩なんだから尚更だ。
 というか既に色々と手遅れでは? 懲役刑が科せられても知らんぞ。
「協力してくれれば、将来オレが億万長者になったあかつきに一兆円あげマース」
「実現確率が限りなくゼロに寄ってる見返り……」
 釣り針デカすぎだろ。胡散うさん臭いにもほどがある。まったくもって期待できんな。
「一応聞きますけど、どうやって億万長者に?」
「それは勘と気合と元気デース。これらがあれば、人間なんでもできマース」
「お、おぅよ……」
 不法滞在者が勘と気合と元気で億万長者になれるはずがないんだがな。お前日本舐めすぎだろ。日本はお前のようなエセアメリカ人の受け皿じゃないんだよ。
 そもそもコイツは本当にアメリカ出身なのかね? それすらも疑心暗鬼になってきたわ。見た目だけは確かに米国人っぽいけど。
「日本国籍はともかく、なぜよりにもよって平坂市に住んでるんですか?」
 他に魅力的な市区町村はいくらでもある。落ち目しかない平坂市を選ぶ理由はとても気になる。
「平坂市はありとあらゆる検閲けんえつが緩いから、オレもこうして自由でいられマース」
「それでいいのか、平坂市!?」
 聞くんじゃなかったわ。同じ目的でこんな外国人が増えると治安が悪化するね。
「あれもこれもそれもどれも、市長がアホなせいだ……」
 俺は眉を寄せた眉間みけんに手を添えた。
「市長って方にお願いすれば、日本国籍がゲットできますカ? デース」
「無理ですね」
 散々暴言を浴びせられた揚げ句に警察を呼ばれるに違いない。
 ……ってことは、コイツを市長の元に送りつければ厄介払いできるのでは?
 ついでに市長の迷惑そうな顔が拝めそうだし、一石二鳥な気がしてきた。
「スマホを返してほしければ、諦めて大人しく協力するのデース」
「もはや脅迫じゃねーか!」
 リックの無茶苦茶な物言いに抗議しようと口を開けると――

「――片倉?」

 俺を呼ぶ聞き覚えのある声にリックへの反論の言葉が抑え込まれた。
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