平坂アンダーグラウンド

小鳥頼人

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Chapter1:嗚呼我らがベッドタウン、平坂市よ ②

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    ◎

「とうちゃーく、神社サマ!」
 辿り着いた先は神社。この際だから賽銭箱に入れてやろうと考えて足を運んだのだ。
 メダルを賽銭箱に投げ入れて、鈴緒すずおを揺らして二回手を叩く。
「何卒我が願い聞き入れたまへ~」
 一生働かなくて済みますように。クソウザい市長が一刻も早く失脚しますように。
 あとは……――もう、あんな不条理に苦しむ人が出ませんように――っと、それはもう忘れよう。うん、過ぎた話だ。
 柄にもなく浮かんできた真面目な思考をかき消した。
 瞬間、何か気配を感じた。
「……誰かいるのか?」
 周囲を見渡すものの、特に人も動物も見当たらない。気のせいだったか?
「ま、いっか」
 邪魔な硬貨も捨てた――もとい、賽銭箱に入れたことだし、神社から出るか。
 身体を反転させて神社の階段を降りようとしたら、神社奥の茂みからガサガサと音が漏れ、
「あっ!」
 振り向いたらなんと、中年男が賽銭箱を担いでいるではないか。
「待てっ! 賽銭泥棒め!!」
 泥棒に気がついた神主がどこからともなく現れて泥棒を追おうとするも、服装の問題で引き離される一方だ。袴では走りにくいもんな。
「待てと言われて待つ素直さは俺にはなぁあいっ!」
 神主の叫びも虚しく、賽銭ドロは軽快な走りで反対側の脇道を駆け抜けていってしまった。
 と、ここで神主とがっつり目が合った。
「君! 賽銭泥棒を捕まえてくれ! どうせ暇だろう!?」
「俺は警察でも正義の味方でもありませんけど~!?」
 失敬な。俺は徘徊という名分の暇潰しで忙しい身だぞ!
 それを学校にも行かず、働くわけでもなく、ただ街をブラついてるだけのボンクラのような物言い!
 ……心内しんないで叫んでて悲しくなってきた。全部事実じゃん。
 けど、あの調子こいた賽銭ドロに天誅てんちゅうを下すのも娯楽としては悪くない。
 賽銭ドロのあとを追う。賽銭箱の重さは計り知れんが相当重いはずだ。それなのに俺と大差ない速度で走り続ける運動能力には脱帽する。
 ……なぜその能力を他所よそで活かさないのか。
「貴様のお縄頂戴してやる!」
「ひぃ、ひぃ……体力がなくなってきた……」
 鬼ごっこ開始から数分後。
 小道を抜けて市街地へとステージが切り替わったところで、賽銭ドロは賽銭箱を担ぎながらの逃亡でバテだした。
「かくなる上は――賽銭箱アタック!」
「んお? よっと」
 あろうことか、賽銭ドロは賽銭箱をこちらに投げてきやがった。不意の行動にビビりはしたけど軽々と避けて――はい、賽銭箱の回収完了っと。
「ああっ!? しまった! 賽銭箱が強奪されてしまった!」
 強奪って、お前が勝手に手放したんだけどな。
「正義ヅラした偽善者め! よくも卑劣な手段で人様の獲物を奪いやがったな! 泣くぞ!? 泣いちゃうからな!!」
「あんたはおバカなんですか??」
 賽銭箱を放り投げた時点で所有権を放棄したも同然。はなっからお前の所有物でもなかったけどな!
 賽銭箱がお目当てなのに、それを飛び道具に使っちゃうバカさ加減がとても心配です。
 こんな大人が存在していると考えるだけで背筋がゾッとしてきた。今、夏だよな?
 大体、賽銭箱ごとじゃなくて箱から金銭だけを抜けば済んだ話では?
「賽銭箱、持ち上がんねぇ……!」
 てか、賽銭箱クッソ重ッ!? 賽銭ドロはよくこんなもん担ぎながら逃走してたもんだ。完全に筋トレやんけ。
 一人関心していると――

「君、賽銭箱なんて持ち歩いて何してるの?」

 何者かに背後から肩を掴まれたので振り向いたところ、二人の警察官が立っていた。お勤めご苦労様っす。
「賽銭泥棒から取り返したんですよー。感謝状とか出ます?」
 俺はニコニコスマイルで賽銭箱を警察官に押しつけるようにして引き渡すが、
「嘘をくなら、もっと楽しませてくれよ」
「嘘ぢゃないんですぅぅぅぅ~~~~っ!!」
 俺が窃盗犯扱いされてしまっていた。発見するなら追いかけっこ中にしてくれや!
「泥棒はコイツですよ――っていねえし!」
 賽銭ドロはいつの間にやら逃げおおせていた。
「万事休すだからって、でっちあげはダメだよぉ」
「署までご同行願えますか」
「違いますってぇーーっ!!」
 なんてこった。俺は冤罪で社会的に死んでしまうのか。
 ――ん? 社会的死? そもそもニートの俺に社会的信用は皆無なのでは……?
 まぁ、今時の刑務所はそこそこ快適らしいからな。しかと身を持って体験してみるのも一興かもな。
 腹を決めてパトカーに乗り込もうとすると、
「おおっ! 賽銭箱を取り返してくれたか! 少年よ、感謝する!」
 俺に助けを乞うてきた神主が気絶した賽銭ドロを引きずってこちらへとやってきた。
「ちなみに泥棒は私が捕まえた」
 こちらこそ感謝いたします! おかげ様で俺の無実が証明されます!
「よくひっ捕えましたね」
「神社横の公衆トイレに入ったら、たまたまコイツが用を足してたからボコってやった」
 ずいぶんとアグレッシブな神主さんだな。こりゃプライベートでは間違いなく激しい生活を送ってるパターンだね。
 それにしても、ついさっき盗みを働いたばかりだというのに現場近くで用を足すって、この賽銭ドロはどこまでバカなの? それも放尿中にやられちゃうって、一生の汚点だよね。
 更に言うと、神社のような神聖な場所の真隣に公衆便所って構成おかしくない?? 恒常的にたたりが起きてそうなんだけども? まつられてる神様絶対オコだよ。
「で、なして君はパトカーに乗ろうとしてるの?」
「窃盗犯と勘違いされたんですよ」
 まぁ今思えば状況だけ見ると俺以外に疑う要素が何一つなかったな。
「お巡りさん、この子は泥棒から賽銭箱を取り返してくれたんですよ。本物の犯人はコレです」
 神主は警察官に失神状態の賽銭ドロを投げ捨てるように引き渡した。
「すまない、君は本当に潔白だったんだね」
 警察官は申し訳なさげにこうべを垂れる。
「だから言ったでしょおぉぉぉぉ~~~~っ!?」
 俺は半泣きで警察官に抗議した。
 か弱き十代男子をもっと信用してくれたっていいじゃないの! 近頃のお巡りさんには慈悲が圧倒的に足りてない!
「感謝状を出したいんだけど、君、高校生? それとも大学生?」
「あー……十代ニートっす」
「あぁ……」
「青春時代は色々あるよねー……」
「えーっと、あざまっす」
 警察官二人から生暖かい笑みを謝礼代わりにいただいて、俺はその場から去った。

    ◎

「一円くれたら一円玉二枚あげマース。どうですカ?」
「………………」

 お前はゲーセンのメダルをよこしやがったなんちゃって外国人!
「さっきアンタからもらったの、一円玉じゃなかったんだけど?」
 どうしてくれんのと外国人に詰め寄ると、
「OHーー! ソォーリィー! 間違えてしまったようデース」
 外国人は両手を掲げて空を見上げて芝居がかった謝罪をすると、ズボンのチャックを全開してそこから硬貨を二枚取り出した。
 ――エッ? なぜソコから……??
「モノホンはココで、温めておきましたデース」
 小汚い笑顔で硬貨を差し出されたのでとりあえず受け取った。
「生暖かいのと、何やらほのかに臭うんですけど……?」
 男性ホルモンの匂いですか? 外国人男性の方はなかなかファンタスティックな香りを漂わせておられるようで。
「――って、いなくなってるし」
 少し目を離しただけなのに、外国人は忽然こつぜんと姿を消していた。
 改めてもらった硬貨を空に掲げて眺める。
 うん、受け取った時点で今回も一円玉ではないと分かってはいた。
「何かのシンボルか……?」
 星のエンブレムがかたどられた硬貨だ。初めて見る。
 硬貨を表と裏、何回かひっくり返して観賞していると、

「おい貴様、その硬貨をこちらに渡せ!」

 黒服サングラスの見るからに普通ではない屈強な男数名が俺から距離を置いて対峙してきた。
 いきなり現れたと思えば、無礼な輩どもだな。威圧的だし、反発したくなってきたわ。そういうお年頃ですもの。思春期ですもの。
「もしですけど、拒否権を行使すると言ったら?」
「少しばかり痛い目を見てもらう」
「貴様に拒否権があると思うなよ」
「って、なんでアンタら刃物持ってるんですか!?」
 少しばかりとは微塵みじんも思えないんですけど!? 普通にあやめられるやつですよね!?
 サバイバルナイフとか薙刀なぎなたとかリボルバーピストルとか、平日昼下がりの街中で出していい代物じゃないですよ! ここ日本ですよね!?
「それほど俺らも必死なんでな」
 まさかこんな硬貨二枚ごときで命を狙われる展開になるとはこれっぽっちも予測してなかったよ! なんで奴らはこんな硬貨を血眼ちまなこになって手にしようとしてるんだ?
 ひとまず? 逃げるが勝ち的な?
「道が続く限り俺は走り続けるッ!!」
「待てやゴルァ!!」
「追うぞ!!」
 この街は俺を含めて誰かに待ってもらいたい願望の人材多くない? 気のせい??
 そんな疑問が頭をよぎったが、すぐさまかき消してダッシュし続ける!
 これでも中学時代は野球部だったんだ、体力には多少の自信がある!
「賽銭箱に比べれば硬貨二枚を持って走るくらい、なんてことないぜーっ!」
「その硬貨はウチの会長が喉から手が出るほど求めてる代物なんだよ!」
「会長って誰やねん!?」
 もしかしなくても、コイツら仁義を重んじつつ社会に異を唱える勢力か?
 俺と黒服数人で街中を駆け巡る。
 住宅街、空き地、大通り、公園、商店街、河川敷――――
 どこもかしこも活気はなく、商店街はシャッター通り状態だ。公園や河川敷はろくに掃除もされていない。
 それに昭和ならまだしも今の時代に空き地が点在しているのは、不動産業界からも平坂市は不人気で土地商売が期待できないって烙印らくいんを押されているためだろう。
 改めて思う。この街の惨状を。平坂市のさびれっぷりを。
 栄枯盛衰えいこせいすいしているわけでもなく、ただただ衰退の一途を辿ってるだけ。このまま放置していいはずがなかろう。
 それなのに、市役所の冷暖房ガンガンの室内で胡坐あぐらをかく大人どもときたら――
(連中のケツを叩けたら、どれだけ溜飲りゅういんが下がることやら……)
 まただ。また、高校の時みたく首を突っ込みたくなる衝動に駆られてしまう。
(俺一人の影響力なんてたかが知れてる。余計な真似をしたところでこじれるだけだ)
 衝動をどうにかき止めて、逃走を続ける。
「お前が死ぬまで、地の果てまでも追いかけてやる!」
「目的変わってないすか!?」
 コイツらは硬貨を求めてたんじゃ? 俺のサツガイに切り替わってね?
 黒服連中は速度を落とさずに追い回してくる。さすがは裏社会の人間だ。体力と根性がある。肝も据わっていることだろう。
「……ん?」
 ここまで逃げておいてアレだけど、今更ながらふと気づいた。
(俺がこの硬貨を死守する理由って、あるか??)
 走りながら思案するも思いつかなかった上に、危うく道端に落ちていたバナナの皮を踏みかけた。
 あいつらの態度への反抗心以外に硬貨を守る理由、なし!
 ということで身体を180度回して黒服らに向き直り、
「こんなもん、欲しけりゃくれてやる! 拾え!! 二枚とも芝生に捨ててやる!」
 硬貨二枚を河川敷の芝生に放り投げた。
「おおっ! 感謝する!」
 黒服のとりまとめ役と思われる男が万歳し、
「――あっぶねーな!?」
 その際にすっぽ抜けたナイフが俺の頬をかすめた。
 頬に触れると、指に血が付着した。ナンテコッタ。
「少年よ、この借りは必ずや返すからな!」
「迷惑だから二度と俺の前に現れんな!」
 硬貨を手にした黒服軍団は満足げな面持ちで去っていった。
 俺も陸上部の練習ばりに走って疲れたので今度こそ帰宅するぞ。

    ◎

「今日の夕日も綺麗デース。ソナタもそうは思わんかね? デース」
 家へと向かう道で、また例の外国人とエンカウントしてしまった。
「お前も夕日と一緒に沈めや。そして二度と昇ってくんな」
「オオウ。近頃の若者はキレやすいデース」
 俺のこめかみの血管が一本千切れた気がした。

 そんな感じで頭がおかしい奴ばっかのイカれた街だけど、
 俺は好きだよ、平坂市。
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