平原圭伝説(レジェンド)

小鳥頼人

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2巻

7_仁義や忠義も覚えがないと言われればそれまで ①

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「あ、ここは――」
「ナンダヨ新山ァ」

 街のとある一角。
 無理矢理召喚した新山とともに街を闊歩かっぽしていると、奴は建物の前に間抜けづらで立ち止まった。
「……いや。なんでもない」
「ホォーン」
 これまたずいぶんと煮え切らない態度だな。お前女々しい! 男らしくない!
「――カラノ、ナァアーーッ!」
「あっ、おい!?」
 俺は新山の首根っこを掴んで建物の真ん前まで移動した。
「ンー、ナニナニ? 【神奈組かみなぐみ】? ナンダココハ? ヲイ新山、弁明シロ」
 こいつが濁すってことはここには何かがある。それを解明するまでコイツを自由の身にはさせねぇ。
「あー……つまりだな。ここは暴力団の事務所なんだ」
 新山はうわずった小声で説明した。足はかすかに左右に揺れている。
「ナンデソンナビビッテンダ?」
 たかが暴力団がどうした。こちとら戸阿帆の荒くれ者どもに全勝中のおとこだぞ。
「そりゃビビるでしょ。ヤクザだぞ、ヤクザ! ヤーさん!」
 言い終えるや否や、新山は「しまった」とばかりに手で口を覆った。視線は建物周辺をせわしなく彷徨さまよわせている。
「……えー、あー――今のはオフレコでございます」
言質げんちハ取ッタ! 俺様ガ事務所ノ中ニ入ッテチクリヲ入レテヤル! ヤァー!」
 ボイスレコーダーで録音しておけばなおよかったわ。うーん、惜しい。
「いやいや、マジでやめてくれ! 気軽にイタズラする相手じゃないぞ! さすがにシャレにならないよ! 戸阿帆なんかとは次元が違うんだぞ!? お前分かってるのか!?」
 意気揚々と事務所に侵入しようとすると、新山に肩を掴まれた。
「ヒィイイイ~~ィ!! ケガレルダロォ!? バッチィ手デ触ンジャネーヨォ!!」
「あ、サーセン」
 俺が悲鳴を上げると、新山は困惑した表情で手を離した。
「とにかく! 彼らは仁義と義理人情を大切にしてるんだ。だから不義理な所業は許してくれない。下手したら命が消える。相手が悪すぎる」
 新山が必死こいて俺を説得してくるが、まるで響かないね。義理だか人情だか知らんが、そんなモノよりも大事なのは並外れたパワー、筋肉! これに尽きる!
「ナンデコノ俺様ガソンナ連中ニ許シヲワネバナラヌノダ?」
「強大な力を前に、無力な人々はそうするしかないんだよ」
 ビビリなやっちゃなぁ。そんなんだからモテないし内定ももらえないんだよ。誰もお前を恋人にしたいと思わないし、社会から必要ともされないんだよ。
「ソレニあらがワナケレバ革命ハ起コセナイ!」
「うーん、起こさなくていいんすけど」
 新山は余計な真似すんなと言わんばかりに俺を通せんぼしてこれ以上事務所に近づけないようにしてきた。
「ポイットナ」
「おわっ」
 そんな新山の腕を掴んで放り投げた。
 はい、これで俺のロードを塞ぐ邪魔者はいなくなった!
 意気揚々とインターホンを連打する。
『……どなたっすか?』
 インターホンのスピーカー部からドスの効いた、それでいて不機嫌そうな声が漏れてきた。
「我コソハ!! ヤクザニモ雨ニモ風ニモ負ケヌ丈夫ナ身体ヲ持ツ無欲ナ平原圭ナリ!!」
「欲の塊がぬけぬけと……あと声でっか」
 新山が頭をかいてぶつくさほざいているが無視無視。今は余計な戯言ざれごとに付き合ってる暇などないんだよ。
『……………………』
「オイッ!? 無視スルデナイゾ! ヲ前等モ極道ノはしクレヲホザクナラヴァ、スパットいさぎよク出テコイヤ!」
 フルシカトとか人として最低の行為だぞ! 恥を知れや!
 俺は再度インターホンを連打し、ついでに事務所の扉を足で蹴った。
「――――アッ」
「おまっ、なんてことを……!」
 その衝撃でドアノブがへし折れて地面に落ちてしまった。うーむ、力が強すぎるのも考え物だな。俺の筋肉ってマジ硬くて素敵だからな。女は皆ムラつくこと請け合いなり。
「……戦略的撤退!」
 新山が身をひるがえして逃げようとしたが、
「逃ガスカコノ卑怯者メ!」
 すかさず奴の腕を掴んだ。この俺の目が黒いうちはそう易々と逃亡成功なんざさせねーぞ?
「放せ! まだ死にたくないんだよーっ!」
 新山は俺の手を振りほどこうと涙目で暴れる。なに自分だけ逃げようとしてんだコラ。
 と、ここで。
 ふいに事務所の扉が開いた。

「テメェらか。イタズラでインターホンを鳴らして事務所の扉を蹴った不躾ぶしつけなボケは」

 タッパがあってガタイもよく、腕には刺青いれずみがあり、顔には傷跡が残る屈強な男が俺たちを睨んできた。
 おっと、とても喧嘩が強そう。
「……なんだ、まだガキじゃねーか。ここはお前らのような小便臭い小僧が来る場所じゃないんだよ。痛い目見たくなけりゃさっさと消え失せな」
 しかし俺たちを見た男は拍子抜けしたのか軽くあしらってきた。
「は、ははははい。すいませんでしたぁ!」
 新山がペコペコと何度も深く頭を下げるが、なんでコイツにヘコヘコしなきゃいけないんだよ。実力行使で黙らせてやればいいものを。
 そんなわけで――――
「ココデウタガ百年目! トリャットゥー!」
 俺は男の顔面に肘鉄を食らわせた。
「更ニッ! アチョーーーーーーッヨイヨイヨイッ!!」
 肘鉄だけじゃないぜ。飛び蹴り、かかと落としにストレート、とどめに殺人頭突きじゃい!
「お、おおお前、なんてことしてんだよ!?」
 俺の勇姿をの当たりにした新山が青ざめた顔で信じられないとばかりに俺を見ている。
「見テノ通リ先制攻撃ヲシカケタダケダゾ」
 今のコンボ技を食らって意識を保てる奴はいない――
「……それで貴様の攻撃はおしまいか?」
「ナ――全ク効イテナイ、ダトォ……!?」
 男は俺の渾身のパワーを受けても一切動じず、ダメージすらも受けてなかった。
 なんだコイツ!? 鋼の肉体か何かか!?
「弱い。弱すぎる。いいのは威勢だけか? つまんねぇぞ、角刈り眼鏡」
「イチイチソノ名称デ呼ブンジャナイヨ」
 どいつもこいつも角刈り眼鏡角刈り眼鏡ってさぁ。俺の代名詞みたいに表現すんなや。
 男は首を鳴らして涼しげな表情を浮かべている。野外の気温は猛暑日並だってのに風流なこった。
「そうか。じゃ、今度は俺のターンだ」
 男は首に続いてポキポキと指を鳴らして臨戦態勢に入る。
 ……あかん。これ、負ける気しかしないんだぜ。
 俺は数歩下がって、
「コラコラ新山、人様ニ暴力ハイカンゾ、ウム!」
 新山の背中を押して男に近づけさせた。
 まったく、軽い気持ちで暴力ふるっちゃダメだと学ばなかったか?
「はいぃ!? お前が――」
「ゴチャゴチャやかましいんじゃ! どうやら命が惜しくないようだなぁ……?」
 内輪揉めをする俺たちに男は苛立ちを隠さない。
「命は惜しいでーす!」
「生命トハ大変はかなクカケガエノナイモノダカラコソ美シク光リ輝クナリィェーッ!」
 こいつぁ無策じゃ勝てない相手だわ! こんな相手、戸阿帆の松田以来では? 奴は腕力ではかなわなかった。
 言っておくが一旦撤退しただけだからな? 当然リベンジしてやるぞ! 輩どもにいつまでもでかいつらさせてたまるかってんだ!
 俺たちは男に背を向けて全力疾走した。

 そこまで本気じゃなかったのか、男はすぐに諦めたようで追ってはこなかった。
 もしかしたら威嚇いかくで追い払う算段だったのかもしれない。
「はぁ、はぁ。だから……やめとけって、言ったんだ……!」
 荒い呼吸の新山は憤慨ふんがいした様子で俺の両肩に手を置いてきた。おい、汚いだろ。
「無事に逃げ切れただけ幸運だと思え! これに懲りたら二度と暴力団関係者にちょっかい出そうなんて考えるな!」
 いつものツッコミ半分の返事ではなく、ガチなトーンで警告してくる。
「今回は素手で向かってきたからまだ優しいけどさ、本来なら余裕でチャカが飛び出してくるんだぞ!?」
「チャカ?? 茶化シナラバ実害ハネーダロ」
 メンタルは苛立つだろうけど身体的ダメージは皆無。
「拳銃、ピストルのことだよ! 銃弾食らったら即死だ!」
 新山は指で拳銃のポーズを作って俺に向けてきた。
「偉ソウナヤッチャナァ。ドヤ顔デ数少ナイ知識ヲヒケラカスコトホド愚カナ行為ハナイゾ」
「なんで教えてあげただけで偉そう扱いされるんだか……」
 新山は理不尽に耐えるかのように頬を引きつらせている。表情筋鍛え足りないんじゃねーの? そんなんじゃ奇跡的に内定がもらえて就職できたとしても通用しないぞ。
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