平原圭伝説(レジェンド)

小鳥頼人

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2巻

5_真夏の海は人間の心なんかよりも熱いのが現実 ③

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    ♪

 そんなこんなで時間は過ぎ。
「喉ガ渇イタカラ飲ミ物買ッテクルワ」
 俺は水分を調達しに海の家へと歩を進める。海の家に可愛い女の子がいれば重畳ちょうじょう
「ン? アレハ――」

「ねぇねぇ君たち、お姉さんたちと遊ぼーよ」
「すみません。予定がありますので」

 遠目に見ても派手目の女の子数人が、三人組の男に声をかけている。
 もしや都市伝説の一つ、逆ナンでは!?
「いいジャン~。可愛がってア・ゲ・ル・か・ら」
「魅力的なお誘いですけど、いやぁ、悩ましいですね」
 くうぅ~! なんて羨ましいんだ! 人類史上最高傑作の俺様が先ほどナンパに失敗したばかりだというのに、かたや女性からお声がけされるなんてよ!
 どれほどレベルが高い男グループなのか気になった俺は逆ナンの現場に近づいた。

「……困りましたね、田村さん」
「こりゃ想定外だったなぁ」
「翔は本当モテるよな」

「…………ヲ前等カヨォーーーーーーッ!?」
 逆ナンされている殊勝な連中を拝んでみたら、見知った顔ぶれだった。
 永田大地と田村で、もう一人も見覚えはあるが――誰だっけ?
「ひゃっ!? なに今の叫び声!?」
「狂気とただれた感情を感じる……!」
 田村の腕を両手で掴んでいたギャルたちは、俺の登場に手を放した。その手は本来俺の肉体を握り締めるためだけに存在してるんだぞ。
「うっわ。マジで圭とエンカウントしちまったよ」
「神はイタズラっ子だね」
 田村ご一行は俺を視界に捉えるなり、たいそうげんなりとした表情を浮かべた。いくら俺に勝てないからって露骨に態度に出すなや。
「圭。お前がいると海岸の景観と治安が著しく悪化するから今すぐ帰れ」
「ハッ!? ヲ前ノルックスノ方ガヨッポドダワ!!」
 永田大地は今日も今日とて俺にたてついてきてクソ生意気な輩だな。
「平原。海にまで来て女の子に嫌な思いをさせて何が面白い? 理解できないね」
「俺ト話セテ嬉シイ気持チシカネーワボーケ!」
「それを決めるのは平原ではなく、女の子たちだ」
「翔、こんな奴放っておこうぜ。相手にするだけ時間と労力の無駄だ」
 無言だったもう一人のモブキャラが、田村の背中に手を置いてさとした。
「デ、ソナタハ誰ダッタッケ?」
 二人のことは認知しているものの、もう一人がどうしても思い出せない。どこかで会った気はするんだが、それ以上が思い出せない。地味な外見だから印象に残らなかったんだろうな。
「前にお前から後頭部に飛び蹴りを食らった、バスケ部三年の江田えだ達也たつやだ」
 げっ。こいつは俺の『バスケは球遊び』発言にブチギレた先輩のくせして狭量きょうりょうなバスケ部員じゃねーか。
「ヲ前ナンゾニ名前ガ設定サレテルノカ? 設定ノ無駄遣イダカラモブデ留メトケヤ!」
 一丁前に固有名詞を持った準レギュラー枠を狙ってるんじゃないよ!
「何意味分からないことほざいてんだ? この作品にそんな綿密なプロットが作り込まれてるわけないだろ」
 江田が俺の伝説をディスる発言をしたが、さすがに禁句だろ。作品の根幹を全否定してるようなもんだぞ。
「モブノ分際デ自己主張ノ激シイ奴ダナ……!」
「そもそも、お前が俺の名前を聞いたせいで設定されたんだぞ」
 オーケーオーケー、ストップ。これ以上メタ的な話はやめようや。
「平原。話は達也から聞いている。罪のない人の後頭部を背後から狙うだけでも許せないけど、更に俺の友達に手をかけたことははなは遺憾いかんだ」
 いつの間にやら田村の顔からは笑顔が消えており、俺に鋭い眼光を差し向けていた。
「ソウカッカシナサンナ。モテル男トハ常ニ余裕ガアルハズダゼィ? ソウ、コノ俺様ノヨウニナ!!」
 俺は田村の肩に手を置き、アドレナリンの分泌を抑えようと試みた。
「先輩に馴れ馴れしくするな。失礼だろ」
「ありがとう大地。達也も、よく平原の理不尽な所業に耐えたな。立派だ」
「アッアッ、ハイハーイ。ソウイウ友情ゴッコハオ腹イッパイデース」
 偽善者どものうすら寒い茶番劇は夏の海にはふさわしくありませーん。
 あと江田は全然耐えてませんから。思いっきし俺にビンタをかました揚げ句殴りましたから。
「ねぇ、話は終わったの?」
「アンタ、邪魔だから早くどっか行ってくんない?」
 俺の乱入によって蚊帳かやの外にされたギャルズは俺がよっぽど邪魔なようで、シッシッと退場しろとジェスチャーしてくる。この俺という上玉じょうだまを逃して後悔しても知らねーぞ?
 ってか、よく見たらこのギャルズは将来性しかないこの俺のゴージャスなナンパになびかなかったセンスゼロのクソアマどもじゃねーか!
「俺ノナンパハ無視シタクセニ、ソイツラニハ逆ナンスルトハ暑サデ熱中症ニナッタノカ!?」
 そんなバカな!? どうやら夏の日差しはギャルズの思考判断能力を著しく下げるには充分なまでの威力があるようだ。
「あーしたちにも選ぶ権利があんのよ」
「そうそう、わざわざ角刈り眼鏡や童顔ニキビを選ぶ物好きはそうそういないって」
「罰ゲームか頭がイカれない限り、その選択、だ・け・は、ありえないよねー」
 新山については好きなだけさげすんでも俺の人生になんら影響はないが、この俺様をけなすのは重罪だ! おまけに最後の女は「だけは」を強調しやがって。
「アンタラ、将来俺ガ一夫多妻制ヲ導入シテモワイフニ加エテヤラネーゾ!?」
「どうぞどうぞ。むしろそうしていただけるとものすごーく嬉しいでーす」
「生きながらの死を味わわずに済むわぁ」
「ヌヌヌ……」
 この俺様をモノにできないというのに女どもは強がってやがる。まったく、そうやって本当の気持ちをひた隠すから、いずれは訳の分からん男にヤリ捨てされるルートを辿るんだぞ。
「おいおい平原、ここらでもうやめとけ」
「オオン!? 女ノ前ダカラッテカッコツケテンジャネーゾ!?」
 田村がギャルズにアピールしたいのか、俺をダシに良い子ぶってきやがった。
「他人のグループに土足で踏み込んで、その勢いで顔に泥を塗るのはやめろと言ってるんだ」
「ココハ晴レタ浜辺ダカラ泥ジャナクテ砂ダケドナ」
「例えね、例え。揚げ足取りはいいから」
「チョットモテルカラッテイイ気ニナルノモ大概ニシトケヤ!! ヲ前ミタイナ女遊ビガ激シイヤリ●ンガ男余リノ格差社会ヲ生ミ出シテイルコトヲ自覚セヨ!!」
 俺は両手で田村の股間を指差して、誰も指摘できないであろう事実を糾弾きゅうだんした。
「そうか。なら致し方ないが、力業で退場させるしかないか――」
 田村が自身の手の関節を鳴らして俺にじりじりと近づいてくる。
 クソバカギャルズが田村に黄色い声援を飛ばしているため、俺たちの様子を何事かと見守るギャラリーも増えてきた。
 さすがに分が悪くなってきた気がするので。

「アアアアアア!! 溺レル!! 誰カ助ケテクレーーーーーーッ!!」

 俺は海に潜り込んで、母性本能を駆り立てること請け合いなか弱き美少年を演出する。
「突然どうした? 浅瀬で溺れるわけないでしょ」
「いつもの発狂がはじまったんですよ」
 田村と永田大地が白い目で俺の様子を眺めているが、知ったことか! 俺はモテる男だと証明してやる! 見てろや、今にかわゆい女の子が俺を救いに来てくれるからよ!
「ハァ、ハァ……自力デ脱出デキタガ、呼吸困難ダ。誰カ、人工呼吸シテクレ……ガクッ」
 俺は浅瀬から出て砂場に仰向あおむけに倒れて酸素不足をアピールする。もちろん演技だが。
 ククッ、あとは女の子が俺に人工呼吸してくれればミッション完了よ。そしてそのまま俺は舌をねじ込んで、唾液を供給してやるのだ!

「――キミ、大丈夫か!? 俺はライフセーバーだ! 今すぐ救ってやるからな!!」

 来た来た。駆け足の音とともに男性の声が響いてきた。
 ――――ん? 男性??
「脈はあるな! だが水を抜いて酸素を入れないと……!」
 ちょっと待ってちょっと待とうやあんちゃんや! 俺はただ女の子に介抱されたいがために自作自演してるただの健康優良児の演技派男優なんだ!
「アッ、アノォ、ボキュワァ――」

「致し方ない! 人工呼吸だッ!!」
「ングゥゥゥゥーーーーーーッ!?」

 俺の声が聞こえていないのか単に無視しているのか、男の唇が俺の口を塞いできた。
 いやいや! 俺はファーストキスだぞ!? それを、彼女の葵でもなく、ライフセーバーのマッチョ男に捧げる羽目になるなんて!

「今よみがえらせてやるからな! ンむちゅーーーーっ!!」
「ウゥゥウウゥゥウーーーーーーッ!!」

 ライフセーバーはより強く俺にキッスをしてくる。柔い感覚はあるが、同性はありえないだろ!? 同性愛を否定するつもりは更々ないが、俺はノンケだ!!
 俺は手足をバタつかせて意識が戻ったことをアピールする。いや、はじめっから意識は飛んじゃいないけどな!

痙攣けいれんしているのか!? こりゃ気合いを入れて人工呼吸しなきゃだな!」
「ングォグォアファウォホーーーー!!」

 どこをどう見たら痙攣けいれんに見えるんだよ!? こいつ本当にライフセービングの資格持ってやがんのか??
 ライフセーバーは俺の口を塞いでは解放する動作を繰り返してくる。元々は演技のはずだったんだが、マジで意識が朦朧もうろうとしてきた。なんやねんこの拷問。
 こうなったらやむをえない。俺の意識が回復したと気づかせるために、俺の方から攻めるしかない。

「ンムチューウウウウゥゥゥゥ!!」

 俺はライフセーバーの唇を吸い尽くし、口内に舌をねじ込んだ。ヤケになった人間は無敵なんだよ。
「むぐぐっ!? ――おおっ、復活したか、少年!」
 ライフセーバーは目を輝かせて俺の両肩に手を置いた。
「…………オエェェェェエーーーーッ!!」
 あまりの気持ち悪さに嗚咽おえつが止まらん。最低最悪の余韻だよ。
「海水を飲みすぎると気持ち悪くなるのは仕方のないことだ!」
 海水じゃなくてあんたのキッス――もとい人工呼吸で気持ち悪くなったんですけど??
「カノヨウナ展開ハアンマリダゼ……」
 GODよ。貴方は、貴方だけはずっと俺の味方だと優しく微笑ほほえんでくれたじゃないですか。話が違いますよ。
「調子に乗って妙な真似するからそうなるんだよ」
「ガバガバな演技で女の子の唇を奪おうなどと目論もくろむとは浅はかな」
 永田大地と田村が俺に哀れみの視線をよこしてきたが、同情するならギャルの一人をあてがってくれ。
「フン。コレガ、おとこみちッテモンダゾ」
 俺はペッペッと口内の汚物を吐き出して、魂が抜けた状態のまま海の家へと向かった。

おとこみちってなんだろうね」
「田村さんには縁がない、ド低俗なプライドですよ」
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