平原圭伝説(レジェンド)

小鳥頼人

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2巻

2_サイコパス人間は自覚がないからこそサイコパス ②

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「ヲ前ガタバコヲフカス度ニ俺ハコウスルカラナ。俺ノ手ガ壊死シタラ貴様ノ責任ヨ」
「だったら平原さんがいないところで吸うだけですよ」
猪口才ちょこざいナガキダナ……」
 ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う! 厄介な中坊だな!
「ところで、あなたは高校生ですか?」
 高岩は俺の制服を眺めて問いかけてきた。
「イカニモ、俺様ハ邦改高校ニ通ウ二年生、平原圭ト申ス」
 俺は両手両足を広げて360度回転した。あらゆる角度から俺様の光り輝く勇姿を眺めるがよいぞ。
「邦改……? あのバカ高校ですか?」
 邦改の名前を聞いた途端、高岩は口の端を吊り上げて半笑いを浮かべた。
「俺ガ在籍シテル高校ヲ、本人ヲ目ノ前ニシテヨクモマァ堂々トディスレルヨナ」
「少なくとも僕は、そんな底辺校には行かずに済む程度には成績良いので」
 学力でマウントを取ってくるとは、浅い男よ。中学生だから当然だが、視野が狭いな。
「聞ケ、高岩。学力ダケガ人生ノ全テジャ、ナイ。ムシロ、学力デハ解決デキナイ事柄ノ方ガ世ノ中ニ蔓延はびこッテイル。学力ノミデ人様ヲ見下シテイルウチハ真ノ男ニハナレナイ。目ヲ覚マセ、覚醒シロ!」
 俺は高岩の両肩に手を置いて、ありがたい言葉をコイツの耳に届ける。
「青春ドラマの真似事をしても、邦改高校生の発言だと思うと全く響いてこないですね」
「学力ヤ学校デランク付ケシテルト社会ニ出タ時ニ周リト上手クイカナイゾ」
「説得力がないんですよ。どんなにそれっぽいこと言っても平原さんは所詮邦改ですよね? 進学校の人が言うなら話は変わるんですが」
 そうやってレッテルや格で人の言葉を取捨選択するところが、お前が青い所以ゆえんなんだけどな。
「それに平原さんも社会に出たことないですよね? よくそれで社会がどうたら言えましたね」
 ふっ。そこはご心配には及ばないぜ。ここいらで俺の野望を話すとしよう。
「俺ハ内閣総理大臣ヲ目指ス男ダ。ユエニ常ニ社会情勢ニハ目ヲ向ケテイル」
「は、はぁ。内閣総理大臣」
 高岩の顔が引きつっている。見下した男が壮大な野心を秘めていたものだから、気圧されているんだろうな。
「ま、まぁ。夢は大きい方が生きる活力になりますもんね」
「ソノ通リダ。決シテ楽ナ道デハナイガ、用意サレタステージヲ突キ進ムノミダ」
 高岩ははぁ、と一つ溜息をくと、
「僕はそろそろ家に帰ります」
 俺とのやりとりに限界を感じたのか、その場を立ち去ることにしたようだ。
 ま! 俺のようなオーラが半端ない男と一緒にいると? 自分が惨めになるもんな。それはしゃーない。
 だがな。
「元々俺モ駅マデ向カッテタトコロダ。一緒ニ行クゾェ」
 俺は高岩の肩を組んでともに歩みをはじめる。
「えぇ……そういうのもういいですよ……平原さん面倒臭いんですよ。息も臭いし」
「反抗期ノ坊主ニハマダ俺ノハートフルサハ理解デキナイダロウナ」
 まったく、この俺様が気にかけてやってる幸福に感謝してくれよな。
「多分ですけど一生理解できないですね。逆に理解できたら人として終わりかと」
「減ラズ口ハヲ前ノ本質ノヨウダナ。ヤレヤレ」
 生意気な中坊だが、育て甲斐はありそうだ。上手く育てば、俺の右腕として機能するかもな。

    ♪

「せんぱーい、どうしたんすかぁ? もっと楽しませてくださいよ~」
「OBの威厳を見せてくださいなー」

 公園の反対側を二人で歩いていると、高校生五人組が一人の男を集団でボコっている光景を目撃した。
 他の民衆は皆関わり合いになりたくないのか、見て見ぬフリを決め込んでいる。
「アノ制服……戸阿帆ノ連中カ」
「戸阿帆って……人生終わってる奴らの掃き溜めじゃないですか。あんなのもはや学校じゃないですよ。高等学校を名乗る資格一切なし! 日本の治安のためにも一刻も早く廃校にするべきです」
「ヲ前、ナチュラルニ他人ノ高校ヲディスルヨナ」
「しかもリンチとか、暇な連中ですよね。将来を捨てて代わりに暴行の快楽に溺れる。アイツら本当に人間なんですか? 人外ではないんですか?」
「モウツッコム気力スラ沸カンワ」
 高岩のサイコパス感に若干引いてはいるが、野次馬のプロとしては、この暴行劇の詳細を確かめるのが先決だ。
「ドレドレ――――…………アァソウ」
 殴られている気の毒な男の顔を認識した瞬間、気の毒な気持ちはすーっと消え去った。

「お前らやりすぎだわ……人の心がないのか!」
「新山さんがチョロすぎんすよ」

 ボコられながら虚無の叫びを上げているのは新山だった。荒くれ者どもに先輩と呼ばれてたのはコイツだったのか。
「玩具は遊んでこそ価値があるでしょ~?」
「俺は玩具じゃない、人間だ」
「新山さん、マジ弱いっすよねー」
「日本で生活する上で暴力は必要ないから鍛えてないわ」
「そうだ、今からメロンパン買ってきてくださいよ。もち先輩のお金で」
 戸阿帆高校のチンピラは新山の肩に手を置いて、新山に何の得もないおつかいミッションを乞うている。
「あいにく、そんなお金はない」
「え!? おっかしいなー。財布持ち歩いてるでしょ?」
「おいっ、人の鞄を漁るんじゃない!」
 チンピラは新山の鞄を奪い取り、ニヤニヤしながら中身を物色している。
「ヒャッホー! ちゃんと財布入ってるじゃないですかー。いくらあるかなぁっと」
 哀れにも、新山の財布がチンピラの手によって漁られる。
「は……四十円しか入ってないんすけど。嘘っしょ?」
「あんたどんだけ貧乏なんすか」
「そりゃあ漫画とかゲームとかでね」
「出たよオタク……」
 輩どもが引いているが、新山はむしろ誇っているようにすら見える。貧乏童貞の分際でよくもまぁ堂々たる態度が取れるもんだな。恥を知れ恥を。
「バイトくらいしたらどうっすかぁ?」
「まーた高校時代に引き続いて怠惰生活してんですか?」
「短大ではサボりで不登校しちゃダメっすよ~」
「今はちゃんと毎日登校しとるわ」
 引き続いて? サボり? 奴は高校時代不登校だったのか?
 ま、そんなの俺にはどうだっていいけど。
「新山ノ野郎、年下ニ舐メラレオッテ。情ケナイッタラナイゼ」
「新山さんとやらは、平原さんの知り合いなんですか?」
「イカニモ。奴ハ俺様ノ忠実ジャナイ下僕ダ。短大二年ノナイ内定者ダ」
「忠実じゃない下僕は下僕と呼んではいけないのでは? いつ造反ぞうはんされるか分かりませんよ」
「既ニ何回モ造反ぞうはんサレトルワ」
 もはや造反ぞうはん=新山だ。造反ぞうはんと言ったら新山の代名詞。
「それは下僕どころか仲間ですらないのでは……? それでもなお下僕扱いできるのはいささか懐が広すぎませんかね?」
 新山は事あるごとに寝返りを繰り返してやがる。その度に天罰を受けているが、それでも決して自身のスタイルを一切崩そうとはしない。
 その気概だけは本来褒めてやってもいいところではあるが、俺に対しても散々裏切り行為を働いているので絶対に許さん。
「知り合いでしょ? 助けてあげないんですか?」
 高岩が俺に助け船を出せと要求してくるが、俺の知ったこっちゃない。
「男ナラ自分デ困難ヲ乗リ越エテミセヨ」
「冷たいんですね」
「甘ヤカスノハ奴ノタメニハナラン」
 何を言われようと、俺は毅然きぜんたる態度でいるからな。
「このままだとあの人、平原さんの下僕をやめてあちら側につきそうですよね」
「…………ナヌ?」
 高岩は忌々ゆゆしきシナリオを口にしてきやがった。
「そうなったら平原さんに襲いかかってくるかもしれません」
「ソレハ絶対ニ許セネェ! オイ高岩一緒ニ戸阿帆ノ連中ヲシバクゾ」
 虎の威を借る狐のアイツなんざ、不愉快すぎて見たかねぇ! そうなる前にこの状況を打破するぞ!
「変わり身早いですね……てか、僕を巻き込まないでくださいよ」
「弱キ者ヲ救ウハ男ノ矜持きょうじダゾ」
「いやぁこの場のキャスト全員が僕以下のクソ野郎しかいないんですもん」
 しれっとクソ野郎の中に俺も含まれてないか? 中坊らしい生意気さだな!
「イイカラ黙ッテ頭デハナク身体ヲ動カスンダヨ!」
 高岩の肩を数回強く揺すってさとす。
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