「豆柴化しちゃうオレには、恋なんて無理だと思ってた」

悠里

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9.危機一髪 4

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 なんか体が軽いし、ぴょこぴょこ走ってる感が、なんかすごく、楽しいのだ。
 足も速いんだよね、なんか、人間として走ってる時とは、違う。4本足ってすごい。

 ぴゅーーーんっと駆けてる時。外階段につながるドアが開いて、黒木が一瞬見えた。
 一瞬、目が合った。「えっ」と、黒木の、めちゃくちゃ驚いた声がした。オレは、立ち止まらず、駆け抜けた。突き当りで曲がったけど、おばさんの理事長室はしまってる。隠れられるのは、給湯室しかない。隠れて、入ってすぐの壁際にちっちゃくなる。

 やばいやばいやばい。何でもう戻ってきたの、上までいくにしても早すぎだよね。

「あ、あれっ黒木先生?? 律は?」
「律?……あ、律先生にメモをのこしとこうと思ったんです。戻ったら待っててって。どっか別のとこ行っててすれ違ったら、と思って――」

 おばさん、動揺しすぎて、律とか呼んで不思議がられてるのが聞こえる。でもそれよりなにより……!

「それより、理事長、今、犬が……」
「――い、犬って?」

 おばさんが、すっとぼけているのが聞こえる。

「犬が駆け抜けていって――」
「ええっ? 犬……なんていないわよ、エレベーター乗って来ないと来れないし……」
「え、でも確かに、柴犬の……豆しばって知ってます? ちっこいやつ」

 ……わーん、黒木詳しいー! 体中が全部心臓になったみたい。やばい。

「目が合ったんですけど……こっち来たら居なくて、とにかくあっちの方に走っていきましたよ」

 そう言いながら、黒木とおばさんの足音。
 わーわーわー…………!! ま、まあ辛うじて、犬だから、見られても、犬だから……。

 でも、マメガ化は一応知られてるから、豆しばが居たって話から、そっちに話が飛んだら、バレる危険が一気に高まる……しかも今、オレ、居る筈なのに居なくなってる訳だし、すごい怪しいよね……!

 二人の足音が近づいてくる。と、その時。「あっ!!!!」 おばさんの、めったに聞かないような大声が。

「えっ?」
 黒木がびっくりした声がする。

「あっち……!! 今、階段の方に走っていく何かが……! ネコっぽかったけど」
「え、ネコでした?? ちょっと見てきますね」

 怪訝そうに言いながらも、黒木が猛ダッシュしていく音。おばさんが走ってきて、給湯室をのぞき、オレを見つけると、抱っこして、そのまま理事長室へ。オレを理事長室に入れて、紙袋も置くと、「ちょっと、隠れててね」と伝えて、また出て行った。


 ――――これは。
 助かった。と、いうのだろうか。


 茶色いネコだと……思ってくれてると。いいな。
 心臓がもうバクバクしてて。オレは、ぺちょっとつぶれて、丸くなった。

 豆しばのかわいい足を見ながら。……オレ、一生こんなことして生きてくのかしら。と。ため息をつくと、また、くぅん、響く。――もうぐったりだ。




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