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7.危機一髪 2
しおりを挟む「合コンに行くと、すごいモテてるもんね、黒木」
「お前も結構モテてるけどな」
……まあ。オレはお友達部門というか。話しやすいのだろうけど。黒木のモテ方とは全然違うと思うんだけどな。黒木にはそう見えるのか?
「オレさ、早く結婚して――その子には、家に居てほしいんだよね」
「専業主婦になってもらうってこと? 珍しいね。共働きが多いのに」
「まあ、じゃないとできないことがあるんだよ」
「……できないこと?」
なんかしみじみ言ってる。なんだろう? と思った瞬間。
電話が鳴った。
「律、もう出なくていいよ。営業時間外」
言われた時にはもう、咄嗟に出てしまっていた。黒木が苦笑してるのが見える。
あ、神谷先生ですか? という、保護者からの電話だった。
オレは、黒木と顔を合わせて、小声で、帰っていいよ、と伝える。
「面談すすめて、早めに切れよな」
メモに書いて、黒木がオレに見せる。オレが頷くと、立ち上がって、軽く手を振りながら部屋を出て行った。
一人になった部屋で、少し話を聞いて、黒木に言われた通り、生徒も混ぜての面談を進めてみた。
まあ正直なとこ――面談は面談で、日中の時間が取られるから、とっても嫌なんだけど。なんか今は、ちょっと、メンタルが弱ってて、これ以上聞けない気がしてしまった。
室長の時間も聞いて、折り返すことになって、電話は少し早めに切ることができた。
「――は……」
電話を置いて、そのまま、ぱたん、と机の上に伏せた。
何だったのかなあ。黒木の、奥さんにしてほしいことって。
いいなあ。黒木の奥さん、か。
きっと奥さんになった人には、優しいだろうし。
すげーカッコいいし。
ここの人気講師でいる限り、給料はすごく良いし。
一応オレも、給料は良いんだけど、使う暇が無いというか。
使う元気がないというか……。
黒木が結婚とか、する時は――
オレ、同僚で同期だし。スピーチとか、するのかなあ……。
まあでも。……黒木が幸せなら、もちろんお祝いするけど。
「帰ろ……」
は、と息をついた。
なんか今日はまだ月曜なんだよな。土日は結構、寝てたのに。
そんなことを思いながら、机に出ていたペンをしまって、ノートを閉じた。
「――っ……」
――あ。なんかヤバいかも。
つか、だめそうだな……。
どうしようこれ。……今日、おばさんまだ居るかな。
なんかすごく、ヤバい気がしてきた。腰の方から、そわそわした感覚。
内線電話、オレの所にある電話の短縮には、理事長室の電話が登録されている。ボタンを押すと「はい」とおばさんの声。
「あ、よかった、居た。おばさん、ごめん……」
「律? 何、まずいの?」
「うん。まずい……あ、でも今もう誰もいないからなんとかなるけど」
「トイレは行ける?」
「うん……行く」
共用トイレに向かおうと思って、立ち上がり、講師室の出口にむかって急いで、ドアの向こうの廊下に目を向けた時。
向こうから、黒木が、歩いてくるのが見えた。
え、何。忘れ物?
びっくりしすぎた瞬間。ぽん!! と変身してしまった。うわ、やば……!!!
オレは慌てて脱げた服をくわえて、ずるずるとひきずる。一番手前にある机の椅子の下に引きずり込んで、自分も隠れた。
最後に視界に入った黒木は、スマホを見ながらこっちに向かっていて、多分、今のは見てなかったはず。
自分のスーツの上に乗っかって、ただただ、息を顰める。
「――あれ、律?」
ドアを開けながら、黒木がオレの名を呼ぶ。
「律?」
荷物があるのにオレが居ないので、中に入ってきて、中から繋がっている他の部屋を開けてるみたい。
なんだなんだ、忘れ物じゃなくて、オレに用事?
何ー? 嬉しいけど、今日だけはもう帰ってー!!
ちょこんとそろえられてる自分の可愛い豆しばの足に、眩暈が起きそう。
こ、ここで人間に戻ったら、オレ裸だし。――終わる。
どんな理由があれば、講師室で裸になるの。
わー変態じゃんね、絶対戻るなよ、オレ……!!
……って、このド級のストレスの中、人間に戻れるわけはないけど。
「律……? トイレか?」
言いながら、黒木、なんか、奥の方に歩いていって、どうやら、自分の机の椅子に座ったらしい。
――待とうとしてるってこと……だよね……。
なななな、なぜ。
なんで今日に限って。
どうしよう。
黒木、ドアを閉めてないから、オレ、走れば、すぐに外には出れるけど。
この長い廊下を、ずっと奥までまっすぐ走って、理事長室まで――
黒木に見られず、走り抜けることは出来るだろうか……。
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