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6.危機一髪 1
しおりを挟む瞬く間に一週間が終わり、土日はゆっくり過ごして、また月曜。
こんな、仕事と寝るだけの日々でいいのかなとも思うのだけど、疲れすぎると豆しばになっちゃうし、普通の人よりももっと、気を遣わなきゃいけないので、まあ……仕方ないよね。でも、嫌だけど。
ほんとはもうちょっと、無理とかしてでも、遊んだりしたい。
大学入ってすぐだったものだから、受験勉強終わって、さあ!! って時になったんだよね。
はー。最悪……もっと自由に遊んでからが良かったな。って言ってもしかたないけど、また思ってしまった。
そして月曜。授業は全部終わって、保護者からの電話。長くなる時は、子機を持って、空いてる部屋に入ることが多い。講師同士の会話が電話に入っても困るのもあるし。
――ここで勤める上で、何が一番、問題かというと。
親からのクレーム、なんじゃないだろうか。
成績が下がっただの、思うように上がらないだの。
成績順のクラス分けに関する文句や愚痴。これが一番面倒くさい。
うちの予備校は明朗会計で、かかるすべての金額を入る時に伝えている。追加は個別に受ける模試や補習くらいのもので。それなのに、成績が下がりだすと、高いだの、こんな成績だと払えないだの言い出すモンスターも、居る。
勉強の方法はいつも生徒に伝え、実践している子は伸びていく。しない子は、置いて行かれる。特にここに来るのは、元々ある程度は素質がある子達なのだから、やったかやらないか、それだけだと思うのに。
授業が終わって、さあ、帰ろうとした時。ある生徒の母親からの電話に止められた。あと二分遅かったら、帰れてたのに。
散々愚痴を聞き、勉強でこれをした方がいいというものを説き、三十分後、やっとの事で、電話を切った。もう疲れたなと立ち上がった。皆帰っちゃったかな、と思いながら、講師室に戻ろうと、部屋を出ると、やっぱり誰も居ない。
と思ったら、隣の部屋から、誰かが出てきた。
「あれ。律」
――黒木、だった。
「律も、電話対応だった?」
「あ、うん」
――ものすごくうんざりだった電話も、このタイミングで黒木と二人とか。なんかちょっと嬉しいので、電話ありがとうな気分になってしまった。
「珍しいね、黒木がこんな時間までかかるの」
「んーそうだな。生徒だったから」
「あ、生徒だったんだ」
「保護者だったら、とっくに切った」
悪戯っぽく笑う黒木に、「オレは保護者だったけど」と苦笑すると、肩を竦めて、黒木は席に座った。
「律は、丁寧に話聞きすぎなんだよ。いいとこだけど、疲れるだろ」
「――疲れるけど」
「生徒が落ち込んでるなら、まあ、聞くのもありだけど」
子機を、電話機に戻しながら、黒木はまだ立ってるオレを見上げてくる。
「誰だったの、電話」
「春日くんのお母さん」
「――いつもじゃん。母親が電話してきたって、無駄だっつの……」
「まあそうなんだけど……」
「生徒にやる気が無いと。次、電話が来たら、三者面談、提案してみたら? なんなら、三者じゃなくて、室長もいれて四者。その方が話、早いだろ」
「……そうだね。そうする」
頷いて、席に座る。黒木は腕時計を見ながらため息をついた。
「――はー。オレ、今日合コンだったんだけどな……」
「そうなんだ」
月曜から元気だなあと、思いながら、時計を見て、「今から行っても間に合うんじゃないの?」と言うと。
「盛り上がってる合コンに遅れていくのは面倒くさい。一人で自己紹介すんのも嫌だし」
「なるほど……」
苦笑して頷きながら、机の上を片付ける。
「なあ、なんかお前、痩せた気がするんだけど」
「え。……そう?」
「ちゃんと食ってる?」
……おばさんと同じ視点でオレのこと見てるのかな。うう。保護者? ……なんか嫌。
「食べてるよ」
「ちゃんと寝てる? お前、朝もすげー早いし。帰りも結構遅くまで居るんだろ?」
いるんだろ? というのは。黒木は結構早く、要領よく帰っていくから。予想で喋ってるんだよな、きっと。
「……まあたまに、遅いけど」
嘘。いつも遅いけど。
「なるべく早く帰って、ちゃんと食べて寝ろよな」
「――母親みたい」
そう言うと、黒木は、誰がだよ、と苦笑する。
「黒木って……合コン好き、だよね」
「――好きっていうか。出会い、ねぇじゃん。ここだと」
「ん、まあ……」
ちょっとズキズキする。
――オレは黒木に出会ってるから。
まあ分かってるよ、脈が無いの、なんて。分かってる。
もーストレス受けんな、オレ。豆になるー……。しっかりしろー。
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