「豆柴化しちゃうオレには、恋なんて無理だと思ってた」

悠里

文字の大きさ
上 下
3 / 12

2.片思いの相手

しおりを挟む
 翌日。無事に人に戻っていた。パンを焼いてコーヒーと共に流し込み、家を出る。職場である予備校の、講師の部屋に一番乗り。昨日終わらなかった仕事を片付けていると、しばらくして、隣の席に「はよ」と入ってきたのは、黒木 綾人くろき あやと、26歳。同期入社。

 ふわ、と黒木が好んでつけてる香水の香りがした。
 いつもだけど、いい匂い。

 すらりと背が高くて、シンプルなシャツとパンツなのに目を引く。少し長めの黒髪は、サラサラしててなんか艶がある。高くて綺麗に通った鼻筋と薄い唇。凛々しい眉。黒い瞳は、見つめられると、どき、とする。当然だけど、めっちゃ生徒に人気がある。
 ――脳内でめちゃくちゃ褒めてしまうのは、入社式で一目惚れして以来、ずっと片思いしてるから。まあ。男同士だし。……それでなくてもオレ、超厄介な、マメガだし。
 叶う訳がないと、諦めてるから、密かに好きでいるだけ。

 ――オレは実は、講師になりたかった訳じゃない。ここで大学時代にバイトをしていて、そのままの流れで入社したのには、訳があって――。

「おはようございます、律先生、綾人先生」

 理事長が、部屋を覗いた。外出時はきっちりスーツだけれど、ここに居る時は、いつもカジュアルな印象の理事長。カーディガンとシャツ、タイトスカート。大体そんな感じで柔らかい雰囲気。二人揃って、挨拶を返すと。

「律先生、今の仕事が終わったら、ちょっと理事長室に来てください」
「あ、はい」

 それだけ言って理事長が消えると、黒木はオレをチラ見した。

「律、何かしたのか?」

 ここでは、先生を名前で呼ぶことになっているので、仕事中は「綾人先生」と呼んでいるけど、普通の時は、オレは、「黒木」としか呼んでない。名前呼び捨てって……好きな奴に、できなくない? 照れてる間に、定着してしまった。
 黒木は、最初っから、オレを「律」と呼んでる。イケメンの陽キャは、ほんとすごい。何回か、黒木と合コンに連れていかれたけど、出会ってすぐの女の子のことも、普通に名前で呼んだり、呼び捨てたり。ほんと、ノリが良い。
 一見、整いすぎてて怖く思われそうな、その瞳は、ふ、と微笑むと途端に優しくなる。女子生徒たちどころか、男子生徒たちにまで、憧れてるやつらが居るのも、なんかほんと分かるくらい。

「――聞いてるか? 律?」
「あ、うん。聞いてる。 いや、何も、してないよ?」
「つか、お前、理事長に行く回数多くないか? よく理事長室行ってた、とか言うだろ? オレ、ほとんど呼ばれたことないけど」

 何話してんの? と苦笑しながら、黒木は言う。

「……優秀でいいよね、黒木は」
「やっぱ、なんか怒られてるってことか?」

 ますます苦笑しながら、黒木が言ってくる。
 そういうことにしておこう、と思って、肩を竦めて笑って見せた。

 この予備校のバイトは、大学入ってすぐにマメガを発症して、普通のバイトが出来ない気がして頼み込んだのだった。理事長の佐橋希美さはしのぞみさんは、オレの母の姉だ。だからオレにとってはおばさん。

 マメガ化しそうになったら、理事長室に逃げ込むか、講師室がある階の共用トイレにある内線電話で、おばさんを呼ぶ。それで大学在学中の講師のバイトは乗り切った。就職を考えた時も、おばさんが、「講師としてうちに勤めてもいいよ、一般企業とか大変でしょ」と言ってくれたので、オレも母も、即決でお願いした。

 だって、マメガって。大変なんだよ。

 普通にスーツ着て働いてる時に、犬になっちゃったらどうすんのって話で。
 しかも、犬になったら、服脱げちゃって、逃げるはいいけど、人間にもどる時は裸だし! 
 へんなところでそれやったら、オレが変質者だし! 

 ――正直、講師が絶対やりたかったかと言われると、そこまでではないけど、色々な可能性を考えると、これはかなりベストな選択だったと思う。まあでも生徒が希望校に受かった時の笑顔を見るのは、好きだから、まあ、悪くはない仕事だけど。








◇ ◆ ◇ ◆ ◇

お読みくださってありがとうございますヾ(*´∀`*)ノ🩷
タイトルがーかえたい気がするけど浮かびません……
かえる可能性あります💦
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...