「豆柴化しちゃうオレには、恋なんて無理だと思ってた」

悠里

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2.片思いの相手

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 翌日。無事に人に戻っていた。パンを焼いてコーヒーと共に流し込み、家を出る。職場である予備校の、講師の部屋に一番乗り。昨日終わらなかった仕事を片付けていると、しばらくして、隣の席に「はよ」と入ってきたのは、黒木 綾人くろき あやと、26歳。同期入社。

 ふわ、と黒木が好んでつけてる香水の香りがした。
 いつもだけど、いい匂い。

 すらりと背が高くて、シンプルなシャツとパンツなのに目を引く。少し長めの黒髪は、サラサラしててなんか艶がある。高くて綺麗に通った鼻筋と薄い唇。凛々しい眉。黒い瞳は、見つめられると、どき、とする。当然だけど、めっちゃ生徒に人気がある。
 ――脳内でめちゃくちゃ褒めてしまうのは、入社式で一目惚れして以来、ずっと片思いしてるから。まあ。男同士だし。……それでなくてもオレ、超厄介な、マメガだし。
 叶う訳がないと、諦めてるから、密かに好きでいるだけ。

 ――オレは実は、講師になりたかった訳じゃない。ここで大学時代にバイトをしていて、そのままの流れで入社したのには、訳があって――。

「おはようございます、律先生、綾人先生」

 理事長が、部屋を覗いた。外出時はきっちりスーツだけれど、ここに居る時は、いつもカジュアルな印象の理事長。カーディガンとシャツ、タイトスカート。大体そんな感じで柔らかい雰囲気。二人揃って、挨拶を返すと。

「律先生、今の仕事が終わったら、ちょっと理事長室に来てください」
「あ、はい」

 それだけ言って理事長が消えると、黒木はオレをチラ見した。

「律、何かしたのか?」

 ここでは、先生を名前で呼ぶことになっているので、仕事中は「綾人先生」と呼んでいるけど、普通の時は、オレは、「黒木」としか呼んでない。名前呼び捨てって……好きな奴に、できなくない? 照れてる間に、定着してしまった。
 黒木は、最初っから、オレを「律」と呼んでる。イケメンの陽キャは、ほんとすごい。何回か、黒木と合コンに連れていかれたけど、出会ってすぐの女の子のことも、普通に名前で呼んだり、呼び捨てたり。ほんと、ノリが良い。
 一見、整いすぎてて怖く思われそうな、その瞳は、ふ、と微笑むと途端に優しくなる。女子生徒たちどころか、男子生徒たちにまで、憧れてるやつらが居るのも、なんかほんと分かるくらい。

「――聞いてるか? 律?」
「あ、うん。聞いてる。 いや、何も、してないよ?」
「つか、お前、理事長に行く回数多くないか? よく理事長室行ってた、とか言うだろ? オレ、ほとんど呼ばれたことないけど」

 何話してんの? と苦笑しながら、黒木は言う。

「……優秀でいいよね、黒木は」
「やっぱ、なんか怒られてるってことか?」

 ますます苦笑しながら、黒木が言ってくる。
 そういうことにしておこう、と思って、肩を竦めて笑って見せた。

 この予備校のバイトは、大学入ってすぐにマメガを発症して、普通のバイトが出来ない気がして頼み込んだのだった。理事長の佐橋希美さはしのぞみさんは、オレの母の姉だ。だからオレにとってはおばさん。

 マメガ化しそうになったら、理事長室に逃げ込むか、講師室がある階の共用トイレにある内線電話で、おばさんを呼ぶ。それで大学在学中の講師のバイトは乗り切った。就職を考えた時も、おばさんが、「講師としてうちに勤めてもいいよ、一般企業とか大変でしょ」と言ってくれたので、オレも母も、即決でお願いした。

 だって、マメガって。大変なんだよ。

 普通にスーツ着て働いてる時に、犬になっちゃったらどうすんのって話で。
 しかも、犬になったら、服脱げちゃって、逃げるはいいけど、人間にもどる時は裸だし! 
 へんなところでそれやったら、オレが変質者だし! 

 ――正直、講師が絶対やりたかったかと言われると、そこまでではないけど、色々な可能性を考えると、これはかなりベストな選択だったと思う。まあでも生徒が希望校に受かった時の笑顔を見るのは、好きだから、まあ、悪くはない仕事だけど。








◇ ◆ ◇ ◆ ◇

お読みくださってありがとうございますヾ(*´∀`*)ノ🩷
タイトルがーかえたい気がするけど浮かびません……
かえる可能性あります💦
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